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6章 すこやかで愛しい日々に
第3話 できるなら、いつまでも
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5月になり、悠ちゃんのご両親がタイから帰って来た。以前のお仕事場に戻るということなのだが、海外赴任の後ということもあり、1週間の特別休暇をもらうことができたそうだ。
おじちゃんとおばちゃんは「今のうちに!」と日帰りでユニバーサル・スタジオ・ジャパンと、1泊で奥水間温泉に出掛けて行った。本当にアクティブだ。だがこれぐらいで無ければ、長年の海外赴任は耐えられなかったかも知れない。
住めば都と言うが、やはり水の合う合わないはあるし、それも人それぞれである。おじちゃんたちはタイの空気が合ったのだと思う。みのりはタイどころか、近場の旅行先として人気の台湾や韓国などにも行ったことが無いので、その感覚がピンと来ないのだが。
奥水間温泉は大阪の貝塚市にある温泉旅館である。泉州の奥座敷と呼ばれ、自然豊かな中の和風旅館だ。泉質は濃度の高い天然ナトリウムで、美肌や神経痛など数々の効能から「美人の湯」や「奇跡の湯」と言われている。
周囲に温泉街などが無いので、子どもや若い人には退屈かも知れないが、静かに過ごせる隠れ家の様な側面も持っている。また、料理旅館の一面もあって、趣向を凝らした創作懐石料理がいただけるのだ。みのりは羨ましいなんて思ってしまう。
そうしておじちゃんたちが心躍らせながら飛び回っている間も、「すこやか食堂」はいつも通り営業が始まる。
5月の今は春のものが終わりを迎え、初夏のものが出回り始める。今日はヤングコーンの焼き浸し、新じゃがいものバジルサラダ、ホワイトアスパラガスの柚子胡椒和え。そしてうすいえんどうの白和えと、大阪しろ菜のすり黒ごま炒めである。
うすいえんどうと大阪しろ菜は、主に関西で食べられている食材だ。どちらもなにわ伝統野菜に指定されている。
うすいえんどうの主な産地は和歌山県だが、アメリカから大阪羽曳野市の碓井地区に入ってきたのが始まりである。品種改良を得て今のうすいえんどうになっているが、導入されたころの豆を残そうと、今も碓井豌豆保存部会で守られているのが誉田碓井えんどうである。
鮮やかな緑色、ふっくらとした丸い実は爽やかな甘みを蓄えている。火を通すとほくほくの歯ごたえになる。
栄養素としてはビタミン類や葉酸、食物繊維など。これはえんどう類共通なのだが、うすいえんどうはたんぱく質や鉄も豊富なのだ。
大阪しろ菜は江戸時代から大阪で作られてきたことで、大阪しろ菜と呼ばれている。明治初期には天満橋付近で主に栽培されたことから、天満菜とも呼ばれている。
白くしっかりとした軸に、青々とした幅広の葉。あくも味の癖も少なく調理法は多岐に渡る。5月の今出回るのは早生種で、肉厚だと言われている。
しろ菜にはカリウムやカルシウム、ミネラルが多く含まれている。ビタミンCも含み、疲労回復や肌荒れなどに効果がある。
なにわ伝統野菜は22品目あり、希少品も多い。その中でもうすいえんどうや大阪しろ菜、泉州水なす、そして難波ねぎと泉州玉ねぎは比較的入手しやすい。なので旬になれば「すこやか食堂」でも積極的に使う様にしているのだ。
大阪しろ菜は今や年間を通して食べることができるが、ほとんどのものが時季が限られる。なので余計に「すこやか食堂」でも使いたくなるのである。
相変わらずめまいはある。だがお料理をしているときには、そんなことを忘れてしまうほどに癒される。色鮮やかで新鮮な食材に、厨房にふんわりと漂うお出汁の香り。ごま油でお野菜を炒めれば香ばしい芳香が立ち上がり、鉄のフライパンでお肉を焼けば、こんがりとした焼き目がお肉をますます美味しくしてくれる。
みのりが貧血を抱えながらも立ち仕事を続けていられるのは、全てお料理のおかげである。日々こうして慰められて、支えられて来たのだ。
もちろん周りの人たちの尽力だって大きい。たくさんの人たちに支えられている。存在が励みになっている。
お父さんお母さんにママに悠ちゃん、赤塚さんや沙雪さん、「すこやか食堂」のお客さまたちだって、かけがえのない人たちだ。誰ひとり欠けても、みのりは頑張れなかったと思う。悠ちゃんのご両親だって、開店のときには豪華な花を贈ってくれたりした。
みのりはふと顔を上げ、店内を見渡す。こぢんまりとしているけれど、みのりにとっては大きな大きな、自分のお城。正確には、みのりと悠ちゃんの大切なお城。
これからも悠ちゃんとふたりで、この「すこやか食堂」を運営していきたい。今となっては悠ちゃん以外とお店に立つことは想像すらできない。
依存してしまっているのかな? と思うと怖くなるが、今はやはり悠ちゃんの力が必要なのである。だからもう少しだけ、頼らせて欲しいなと思う。
横で下ごしらえを手伝ってくれている悠ちゃんと、目が合う。悠ちゃんはにっこりと微笑んだ。悠ちゃんがそうして慈しみを与えてくれるから、みのりは自信を持っていられる。ずっとこのままでいられたら、なんて贅沢を望んでしまう。
赤塚さんと沙雪さんは、あれからお式などを上げずに入籍をし、このビルの3階で同居を始め、親族の希望でウェディングフォトを撮った。沙雪さんはそれすらも面倒がったらしいが、それで親族の気が済むのならと渋々フォトスタジオに向かったそうだ。
しかしいざ撮影してもらったものがアルバムになると、「悪ぅ無いやん」とまんざらでも無かったそうだ。みのりも見せてもらったのだが、白いタキシードの赤塚さんとマリンブルーのマーメイドドレスの沙雪さんはとても美しく、思わず「美男美女えぐっ」と普段あまり口にしない言葉使いをしてしまいそうになった。
ふと思い出す。以前赤塚さんに言われた言葉。
「常盤ちゃんと柏木くんは、いつ結婚するん?」
もちろんみのりと悠ちゃんに結婚する予定は無い。みのりは悠ちゃんに恋愛感情は無いし、逆も然りだろうから、きっとそれは現実にならない。
それでももし、万が一、そういうご縁があるのなら。
そうだ、みのりの両親だってそうでは無いか。ふたりの間にあるのは恋愛では無く家族愛。みのりをかすがいにして繋がっているのだ。だからお父さんは「チーム・みのりの親」という言葉を使った。
そう思うと、「チーム・すこやか食堂」もありかも知れない。そんなことを考えるとわくわくしてくる。
みのりはつい、にんまりと頬を緩ませてしまう。すると悠ちゃんがそれに気付いたのか。
「どうしたん。なんや嬉しそうやな」
「ううん、何でも無い」
みのりは笑顔のまま首を振る。悠ちゃんには黙っていよう。負担に思われたら嫌だから。
これからも美味しくて身体に良いものを、支えと癒しと憩いを、お客さまに提供したい。叶えられるなら、これからもずっと、悠ちゃんと一緒に。
おじちゃんとおばちゃんは「今のうちに!」と日帰りでユニバーサル・スタジオ・ジャパンと、1泊で奥水間温泉に出掛けて行った。本当にアクティブだ。だがこれぐらいで無ければ、長年の海外赴任は耐えられなかったかも知れない。
住めば都と言うが、やはり水の合う合わないはあるし、それも人それぞれである。おじちゃんたちはタイの空気が合ったのだと思う。みのりはタイどころか、近場の旅行先として人気の台湾や韓国などにも行ったことが無いので、その感覚がピンと来ないのだが。
奥水間温泉は大阪の貝塚市にある温泉旅館である。泉州の奥座敷と呼ばれ、自然豊かな中の和風旅館だ。泉質は濃度の高い天然ナトリウムで、美肌や神経痛など数々の効能から「美人の湯」や「奇跡の湯」と言われている。
周囲に温泉街などが無いので、子どもや若い人には退屈かも知れないが、静かに過ごせる隠れ家の様な側面も持っている。また、料理旅館の一面もあって、趣向を凝らした創作懐石料理がいただけるのだ。みのりは羨ましいなんて思ってしまう。
そうしておじちゃんたちが心躍らせながら飛び回っている間も、「すこやか食堂」はいつも通り営業が始まる。
5月の今は春のものが終わりを迎え、初夏のものが出回り始める。今日はヤングコーンの焼き浸し、新じゃがいものバジルサラダ、ホワイトアスパラガスの柚子胡椒和え。そしてうすいえんどうの白和えと、大阪しろ菜のすり黒ごま炒めである。
うすいえんどうと大阪しろ菜は、主に関西で食べられている食材だ。どちらもなにわ伝統野菜に指定されている。
うすいえんどうの主な産地は和歌山県だが、アメリカから大阪羽曳野市の碓井地区に入ってきたのが始まりである。品種改良を得て今のうすいえんどうになっているが、導入されたころの豆を残そうと、今も碓井豌豆保存部会で守られているのが誉田碓井えんどうである。
鮮やかな緑色、ふっくらとした丸い実は爽やかな甘みを蓄えている。火を通すとほくほくの歯ごたえになる。
栄養素としてはビタミン類や葉酸、食物繊維など。これはえんどう類共通なのだが、うすいえんどうはたんぱく質や鉄も豊富なのだ。
大阪しろ菜は江戸時代から大阪で作られてきたことで、大阪しろ菜と呼ばれている。明治初期には天満橋付近で主に栽培されたことから、天満菜とも呼ばれている。
白くしっかりとした軸に、青々とした幅広の葉。あくも味の癖も少なく調理法は多岐に渡る。5月の今出回るのは早生種で、肉厚だと言われている。
しろ菜にはカリウムやカルシウム、ミネラルが多く含まれている。ビタミンCも含み、疲労回復や肌荒れなどに効果がある。
なにわ伝統野菜は22品目あり、希少品も多い。その中でもうすいえんどうや大阪しろ菜、泉州水なす、そして難波ねぎと泉州玉ねぎは比較的入手しやすい。なので旬になれば「すこやか食堂」でも積極的に使う様にしているのだ。
大阪しろ菜は今や年間を通して食べることができるが、ほとんどのものが時季が限られる。なので余計に「すこやか食堂」でも使いたくなるのである。
相変わらずめまいはある。だがお料理をしているときには、そんなことを忘れてしまうほどに癒される。色鮮やかで新鮮な食材に、厨房にふんわりと漂うお出汁の香り。ごま油でお野菜を炒めれば香ばしい芳香が立ち上がり、鉄のフライパンでお肉を焼けば、こんがりとした焼き目がお肉をますます美味しくしてくれる。
みのりが貧血を抱えながらも立ち仕事を続けていられるのは、全てお料理のおかげである。日々こうして慰められて、支えられて来たのだ。
もちろん周りの人たちの尽力だって大きい。たくさんの人たちに支えられている。存在が励みになっている。
お父さんお母さんにママに悠ちゃん、赤塚さんや沙雪さん、「すこやか食堂」のお客さまたちだって、かけがえのない人たちだ。誰ひとり欠けても、みのりは頑張れなかったと思う。悠ちゃんのご両親だって、開店のときには豪華な花を贈ってくれたりした。
みのりはふと顔を上げ、店内を見渡す。こぢんまりとしているけれど、みのりにとっては大きな大きな、自分のお城。正確には、みのりと悠ちゃんの大切なお城。
これからも悠ちゃんとふたりで、この「すこやか食堂」を運営していきたい。今となっては悠ちゃん以外とお店に立つことは想像すらできない。
依存してしまっているのかな? と思うと怖くなるが、今はやはり悠ちゃんの力が必要なのである。だからもう少しだけ、頼らせて欲しいなと思う。
横で下ごしらえを手伝ってくれている悠ちゃんと、目が合う。悠ちゃんはにっこりと微笑んだ。悠ちゃんがそうして慈しみを与えてくれるから、みのりは自信を持っていられる。ずっとこのままでいられたら、なんて贅沢を望んでしまう。
赤塚さんと沙雪さんは、あれからお式などを上げずに入籍をし、このビルの3階で同居を始め、親族の希望でウェディングフォトを撮った。沙雪さんはそれすらも面倒がったらしいが、それで親族の気が済むのならと渋々フォトスタジオに向かったそうだ。
しかしいざ撮影してもらったものがアルバムになると、「悪ぅ無いやん」とまんざらでも無かったそうだ。みのりも見せてもらったのだが、白いタキシードの赤塚さんとマリンブルーのマーメイドドレスの沙雪さんはとても美しく、思わず「美男美女えぐっ」と普段あまり口にしない言葉使いをしてしまいそうになった。
ふと思い出す。以前赤塚さんに言われた言葉。
「常盤ちゃんと柏木くんは、いつ結婚するん?」
もちろんみのりと悠ちゃんに結婚する予定は無い。みのりは悠ちゃんに恋愛感情は無いし、逆も然りだろうから、きっとそれは現実にならない。
それでももし、万が一、そういうご縁があるのなら。
そうだ、みのりの両親だってそうでは無いか。ふたりの間にあるのは恋愛では無く家族愛。みのりをかすがいにして繋がっているのだ。だからお父さんは「チーム・みのりの親」という言葉を使った。
そう思うと、「チーム・すこやか食堂」もありかも知れない。そんなことを考えるとわくわくしてくる。
みのりはつい、にんまりと頬を緩ませてしまう。すると悠ちゃんがそれに気付いたのか。
「どうしたん。なんや嬉しそうやな」
「ううん、何でも無い」
みのりは笑顔のまま首を振る。悠ちゃんには黙っていよう。負担に思われたら嫌だから。
これからも美味しくて身体に良いものを、支えと癒しと憩いを、お客さまに提供したい。叶えられるなら、これからもずっと、悠ちゃんと一緒に。
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