すこやか食堂のゆかいな人々

山いい奈

文字の大きさ
上 下
34 / 41
5章 親愛なる3人目

第3話 不思議なご縁

しおりを挟む
 みのりはどう捉えれば良いのだろう。いろいろなものががらがらと崩れていく様な感覚はするのだが、芯のところは揺るがない、不思議とそんな確信がある。

 お父さんが血の繋がったお父さんでは無かった。だがお父さんは本当にみのりを可愛がってくれた。娘として愛してくれた。それが信じられるぐらいには、みのりとお父さんの絆には確かなものがあった。

 お父さんもお母さんも、これまでみのりに本当のことを言わなかった。だがそれにだって事情があったのだ。もう大人になった今だから良いものの、これが多感な、思春期のころに知っていたら、みのりはどうなっていたか。

 ……そうして両親を擁護ようごできるほどに、みのりは両親の愛情を感じてこれていた。だからみのりは両親との関係を疑うことなんて無かった。それは今も変わらない。

 両親はみのりのことを思って、真実を言わなかった。それだけは確かなのだろうと思う。もっと若いときに実の父親がトランスジェンダーだと言われ、今よりも未熟だったみのりは冷静でいられたか。

 個人的には偏見などあまり無いと自負している。今は多様性の時代だと言われていて、いろいろな価値観が認められ、また、拒絶される世の中なのだと思う。みのりは「すこやか食堂」でいろいろなお客さまに触れ合うのだから、その視野は広く持たなければと思っている。

 それはみのりなりの広い世界で培われたものだ。だが学生のころではそうは行かない。家庭と学校をメインとした小さな世界で、みのりは今の様に思えたか。テレビや動画などでタレントさんなどの他人を見ているのはわけが違う。血の繋がった肉親がそうであったと知れば、もしかしたら嫌だと思っていたかも知れない。だが成長できた今では。

「……お父さん、お母さん、あんね、許すとか許さんとか、そういう話や無いんやと思う。びっくりしたしショックやったけど、お父さんとお母さんが私を大事にしてくれてることだけはちゃんと分かってるから」

 お父さんとお母さんが顔を上げた。その目は赤くなってしまっている。冷静を装いながらもきっと心は激しく揺れている。

「血の繋がりとか関係あれへんとか、ちゃうな、そういうんや無いねん。私はお父さんとお母さんが向けてくれるもんを疑いもせんかったんやから、それでええんやと思う」

 まだ完全に飲み込むには、少し時間が掛かると思う。だが両親が与えてくれたものは紛れも無く本物だ。みのりはお父さんとお母さんを信じる。それだけだ。

 お父さんもお母さんも肩を震わせ、お母さんは両手で顔を覆った。

「みのり、ありがとう」

「ありがとうねぇ……」

 そう言う両親に、みのりはただ穏やかな笑みを浮かべた。ゆうちゃんはそんなみのりの頭をぽんぽんと叩き、「うん」と小さく口角を上げた。



「ねぇ、私の血の繋がったお父さんて、どんな人なん?」

 みのりとお母さんでお昼ごはんを用意し、4人で食卓を囲む。お昼はいつも簡単に、今日はニラ入り豚キムチとしめじのお味噌汁、白米である。

 お母さんはお父さんと顔を見合わせて「う~ん」と首をひねった。もうすっかりと涙は乾いている。

「何ちゅうか、天真爛漫てんしんらんまんちゅうか、明るい人やったで。でも今にして思えば、不安な気持ちを隠そうと思ってたんかも知れへんねって。お父さんとそんなことを言うてたんよ」

「うん。私はたっちゃん、あ、実のお父さんの名前な、竜樹たつきっちゅうんやけど、小さいころは結構おとなしめな子やったからな。大学デビューっちゅうん? そんなんやったわ。もともと中性的やったなぁ」

 ではもしかしたら血の繋がったお父さんは、そのあたりから違和感を感じ始めていたのだろうか。

「へえぇ。今どうしてはるんかとかって、知ってるん?」

「うん。私がたまに連絡取り合っとるからな。今は堂山どうやまで同性愛者向けのバーのママやってるんや。もう何年も会ってへんけど元気なはずや」

 何と。自分と同じ飲食店経営をしているのか。お酒の取り扱いの有無はあるものの、血は争えないということなのだろうか。みのりは「そうなんや」と目を丸くした。

 そのとき、ふと頭の中の記憶が揺り起こされる。そう昔では無いときに、同じ様に梅田うめだ堂山町のお店でバーをやっている女装家の男性に会ったことがある。そう、「すこやか食堂」を始める前、赤塚あかつかさんのお料理教室の見学にお邪魔したときだ。

「ねぇ、お母さんの前の苗字、ええっと、前のお父さんの苗字は何やったん?」

 みのりの心臓がどくどくと大きく打つ。まさかそんな偶然があるわけが無いと思いながら。

今村いまむら。あの母子手帳にはもともと今村て書いてあったんよ。それを消して常盤ときわに書き直したん」

 まさか。みのりは愕然がくぜんとして目を見張った。隣から「嘘やん」と呟きが聞こえたので見ると、悠ちゃんも唖然としてしまっていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

心の落とし物

緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも ・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ ) 〈本作の楽しみ方〉  本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。  知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。 〈あらすじ〉  〈心の落とし物〉はありませんか?  どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。  あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。  喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。  ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。  懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。 〈主人公と作中用語〉 ・添野由良(そえのゆら)  洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。 ・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉  人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。 ・〈探し人(さがしびと)〉  〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。 ・〈未練溜まり(みれんだまり)〉  忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。 ・〈分け御霊(わけみたま)〉  生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。

小さなパン屋の恋物語

あさの紅茶
ライト文芸
住宅地にひっそりと佇む小さなパン屋さん。 毎日美味しいパンを心を込めて焼いている。 一人でお店を切り盛りしてがむしゃらに働いている、そんな毎日に何の疑問も感じていなかった。 いつもの日常。 いつものルーチンワーク。 ◆小さなパン屋minamiのオーナー◆ 南部琴葉(ナンブコトハ) 25 早瀬設計事務所の御曹司にして若き副社長。 自分の仕事に誇りを持ち、建築士としてもバリバリ働く。 この先もずっと仕事人間なんだろう。 別にそれで構わない。 そんな風に思っていた。 ◆早瀬設計事務所 副社長◆ 早瀬雄大(ハヤセユウダイ) 27 二人の出会いはたったひとつのパンだった。 ********** 作中に出てきます三浦杏奈のスピンオフ【そんな恋もありかなって。】もどうぞよろしくお願い致します。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...