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5章 親愛なる3人目
第2話 浮上した3人目
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「これ、どこにあった?」
「……本棚。レシピ本出したらくっ付いて来た」
「そっかぁ……」
お母さんは何かを諦めた様に、そしてどこか達観した様に顔を歪めた。
「……お父さんが帰って来てからでええ?」
お父さんはここ最近、お腹周りが気になると言い、日曜日の午前にスポーツジムに通う様になっていた。スポーツウェアなどに着替えずに気軽にマシントレーニングができる施設で、それならあまり気負わずに通えるとお父さんは言っていて、順調に続いていた。
「うん」
空気を読んだみのりはそsれ以上聞くことはせず、口を閉じた。お母さんは無言でテーブルに置いていたスマートフォンを持ち上げて、リビングダイニングを出て行った。
やがて、お父さんが帰って来た。充実感溢れる表情でリビングに入り、そのままいつもの様にお水を飲もうと、キッチンに行くためにダイニングを横切って。
ダイニングテーブルの上に置いてある母子手帳を見て、顔を固くした。その視線はそのまま、あれからしばらくして戻って来たお母さんに移り、お母さんは小さく頷く。お父さんは小さく息を吐いた。
「そうかぁ……」
「……うん」
ふたりにしか分からない事情が、この母子手帳にあるのだろう。みのりは両親が口を開いてくれるのを待つ。目の前にはレシピノートが開かれているが、手帳を見つけてからは1文字も増えていなかった。結局レシピ本も借りていない。
「悠ちゃんにも」
「せやな」
両親はそんなことも話している。もしかしたら悠ちゃんにも関係のあることなのだろうか。……悠ちゃんは、何か知っているのだろうか。
すると、インターフォンがリビングに鳴り響く。みのりが立ち上がろうとしたが、お母さんが早かった。出て、そのまま玄関に向かう。そして戻って来たお母さんと一緒だったのは悠ちゃんだった。いつもの様にお昼ごはんを食べに来たのだ。
悠ちゃんはリビングに入るなり、ほんのわずかに顔を引きつらせてたじろいだ。漂う不穏な空気を感じたのだろう。
「みのり、悠くん、座ってくれるか」
ダイニングテーブルに着いているお父さんの横にお母さんが座り、その正面にみのりと悠ちゃんも腰を降ろす。いつもお食事をしている指定席だ。悠ちゃんがテーブルの上にぽつんとある母子手帳を一瞥して、何ごとと思ったのか怪訝そうにわずかに顔をしかめた。
両親は何かを決心した様な顔を合わせ、小さく頷いた。口を開いたのはお母さんだった。
「あんな、お父さんとお母さん、再婚やねん」
みのりは驚愕で目を見開いた。悠ちゃんも目を見張っている。
「正確には、お父さんは初婚、お母さんが再婚。みのりを授かってすぐに前の夫と別れて、産まれる直前に再婚したんよ」
お母さんは淡々と語る。お父さんも冷静な表情だ。まるで覚悟を決めている様に。
「お母さんの妊娠が病院で確定したとき、お母さんは前夫と結婚しとった。せやから母子手帳には当たり前にそん時の苗字を書いた」
それはそうだろう。旦那さんとの子どもなのだから。……みのりはそう思うほどに、現実感を欠いていた。これは本当にみのりの、お父さんとお母さんの話なのだろうか。頭がぐらぐらする。みのりは両腕をテーブルに置いて踏ん張った。
「前夫に言うたんよ、子どもができたって。そしたらな、前夫は喜ぶどころか、悲しそうな顔してなぁ」
お母さんはそう言って目を伏せる。きっとそのとき、お母さんは落胆しただろう。子を、ふたりの繋がりの結晶を喜んでくれないなんて。
「……前夫な、心が女性やったんよ」
みのりは息を飲んだ。悠ちゃんも横で呆然としている。
「もともとな、違和感はあったんやて。でもお母さんらの若いころって、そういうんがまだあんま一般的や無くてね。そういうタレントさんとかはたまに見る様になってたけど、今ほどや無かった。せやから前夫も「女になりたい」て思いながらも、それはおかしなことやって思ってたみたいで」
そしてお友だちの紹介でお母さんと出会い、周りの薦めもあって結婚に至る。だが違和感は日が経つにつれどんどん大きくなり、お母さんの懐妊を機に、決定的になってしまったのだ。
「自分は父親にはなられへん、そう言われたわ」
お母さんは無表情ながらも、その目には悲しそうな色が浮かんでいる。当時の感情を思い出しているのかも知れない。
「そんで、離婚することになった。そんときに支えてくれたんがお父さんや。お父さんはな、前夫の幼なじみで、ちっさいころからよう遊んでたんやて。前夫がそうなってしもたんなら、自分が、って思ってくれて。正義感が強いんよ」
そこで、お父さんが静かに口を開いた。
「せやからお母さんとお父さんはな、戸籍上は夫婦やねんけど、気持ちは同士やねん。みのりをちゃんと育てる同士。言うたら「チーム・みのりの親」や」
「そ。みのりを育てるのに、守るのに全力を注ぐ。せやから他の夫婦とはちょっとちゃうかもな」
そうか。だからお父さんとお母さんはお部屋が別々なのか。多分お父さんのいびきは方便だ。少なくともみのりは聞いたことが無かったのだし。上はともかく弟妹がいない理由もきっとそこにある。
「でも、お母さんは紛れも無く、みのりを産んだお母さんやから」
「お父さんも、みのりを実の子やて思ってるから」
「それでも、親の都合でこんなことになってしもうて、ほんまにみのりには悪いことしたって思ってる。ほんまに、ごめんね」
「ごめんなぁ」
お父さんとお母さんは深く、頭がテーブルに着くほどに深く頭を下げた。みのりは複雑な心境で、どう結論を付けたら良いのか分からなかった。
「……本棚。レシピ本出したらくっ付いて来た」
「そっかぁ……」
お母さんは何かを諦めた様に、そしてどこか達観した様に顔を歪めた。
「……お父さんが帰って来てからでええ?」
お父さんはここ最近、お腹周りが気になると言い、日曜日の午前にスポーツジムに通う様になっていた。スポーツウェアなどに着替えずに気軽にマシントレーニングができる施設で、それならあまり気負わずに通えるとお父さんは言っていて、順調に続いていた。
「うん」
空気を読んだみのりはそsれ以上聞くことはせず、口を閉じた。お母さんは無言でテーブルに置いていたスマートフォンを持ち上げて、リビングダイニングを出て行った。
やがて、お父さんが帰って来た。充実感溢れる表情でリビングに入り、そのままいつもの様にお水を飲もうと、キッチンに行くためにダイニングを横切って。
ダイニングテーブルの上に置いてある母子手帳を見て、顔を固くした。その視線はそのまま、あれからしばらくして戻って来たお母さんに移り、お母さんは小さく頷く。お父さんは小さく息を吐いた。
「そうかぁ……」
「……うん」
ふたりにしか分からない事情が、この母子手帳にあるのだろう。みのりは両親が口を開いてくれるのを待つ。目の前にはレシピノートが開かれているが、手帳を見つけてからは1文字も増えていなかった。結局レシピ本も借りていない。
「悠ちゃんにも」
「せやな」
両親はそんなことも話している。もしかしたら悠ちゃんにも関係のあることなのだろうか。……悠ちゃんは、何か知っているのだろうか。
すると、インターフォンがリビングに鳴り響く。みのりが立ち上がろうとしたが、お母さんが早かった。出て、そのまま玄関に向かう。そして戻って来たお母さんと一緒だったのは悠ちゃんだった。いつもの様にお昼ごはんを食べに来たのだ。
悠ちゃんはリビングに入るなり、ほんのわずかに顔を引きつらせてたじろいだ。漂う不穏な空気を感じたのだろう。
「みのり、悠くん、座ってくれるか」
ダイニングテーブルに着いているお父さんの横にお母さんが座り、その正面にみのりと悠ちゃんも腰を降ろす。いつもお食事をしている指定席だ。悠ちゃんがテーブルの上にぽつんとある母子手帳を一瞥して、何ごとと思ったのか怪訝そうにわずかに顔をしかめた。
両親は何かを決心した様な顔を合わせ、小さく頷いた。口を開いたのはお母さんだった。
「あんな、お父さんとお母さん、再婚やねん」
みのりは驚愕で目を見開いた。悠ちゃんも目を見張っている。
「正確には、お父さんは初婚、お母さんが再婚。みのりを授かってすぐに前の夫と別れて、産まれる直前に再婚したんよ」
お母さんは淡々と語る。お父さんも冷静な表情だ。まるで覚悟を決めている様に。
「お母さんの妊娠が病院で確定したとき、お母さんは前夫と結婚しとった。せやから母子手帳には当たり前にそん時の苗字を書いた」
それはそうだろう。旦那さんとの子どもなのだから。……みのりはそう思うほどに、現実感を欠いていた。これは本当にみのりの、お父さんとお母さんの話なのだろうか。頭がぐらぐらする。みのりは両腕をテーブルに置いて踏ん張った。
「前夫に言うたんよ、子どもができたって。そしたらな、前夫は喜ぶどころか、悲しそうな顔してなぁ」
お母さんはそう言って目を伏せる。きっとそのとき、お母さんは落胆しただろう。子を、ふたりの繋がりの結晶を喜んでくれないなんて。
「……前夫な、心が女性やったんよ」
みのりは息を飲んだ。悠ちゃんも横で呆然としている。
「もともとな、違和感はあったんやて。でもお母さんらの若いころって、そういうんがまだあんま一般的や無くてね。そういうタレントさんとかはたまに見る様になってたけど、今ほどや無かった。せやから前夫も「女になりたい」て思いながらも、それはおかしなことやって思ってたみたいで」
そしてお友だちの紹介でお母さんと出会い、周りの薦めもあって結婚に至る。だが違和感は日が経つにつれどんどん大きくなり、お母さんの懐妊を機に、決定的になってしまったのだ。
「自分は父親にはなられへん、そう言われたわ」
お母さんは無表情ながらも、その目には悲しそうな色が浮かんでいる。当時の感情を思い出しているのかも知れない。
「そんで、離婚することになった。そんときに支えてくれたんがお父さんや。お父さんはな、前夫の幼なじみで、ちっさいころからよう遊んでたんやて。前夫がそうなってしもたんなら、自分が、って思ってくれて。正義感が強いんよ」
そこで、お父さんが静かに口を開いた。
「せやからお母さんとお父さんはな、戸籍上は夫婦やねんけど、気持ちは同士やねん。みのりをちゃんと育てる同士。言うたら「チーム・みのりの親」や」
「そ。みのりを育てるのに、守るのに全力を注ぐ。せやから他の夫婦とはちょっとちゃうかもな」
そうか。だからお父さんとお母さんはお部屋が別々なのか。多分お父さんのいびきは方便だ。少なくともみのりは聞いたことが無かったのだし。上はともかく弟妹がいない理由もきっとそこにある。
「でも、お母さんは紛れも無く、みのりを産んだお母さんやから」
「お父さんも、みのりを実の子やて思ってるから」
「それでも、親の都合でこんなことになってしもうて、ほんまにみのりには悪いことしたって思ってる。ほんまに、ごめんね」
「ごめんなぁ」
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