すこやか食堂のゆかいな人々

山いい奈

文字の大きさ
上 下
30 / 41
4章 心と身体の痩せ方太り方

第6話 人が呼び寄せるもの

しおりを挟む
「みのり」

 ゆうちゃんの優しい声が店内に響く。みのりはそろそろと顔を上げた。きっと情けない顔をしているだろう。

「どうしたん?」

 ああ、悠ちゃんがこうして甘やかしてくれるから、みのりはいつまで経っても独り立ちできない。

 それはきっと幸せなことなのだと思う。いつまでも守られて、大事にされて、支えられて。

 だが果たして、それで良いのだろうか。成長できず、ちゃんとした大人になれず、ぬくぬくとした環境に置いてもらえて。

 みのりはお茄子なすさんが語ったこと、そして自分の立場をぽつりぽつりと漏らす。みのりは自分の力で「すこやか食堂」を開店できたわけでは無い。両親が、そして悠ちゃんがいなければ成り立たなかった。今も悠ちゃんがいてくれるから、こうして運営できている。

 悠ちゃんは大学の経営学部を卒業し、お仕事は事務職だった。なので経営やお金に関してはみのりよりもよほどけている。悠ちゃんがいなければこの「すこやか食堂」はとうに傾いていた可能性だってある。みのりはお料理しか学んで来なかったのだから。

 その時点で自分の甘さが露呈している。若かったと許されることでは無い。悠ちゃんと役割分担をしていると言えば聞こえは良いが、仕込みは悠ちゃんにも手伝ってもらっているし、お金関係は悠ちゃんに負んぶに抱っこ状態なのだから、あまりにも寄り掛かり過ぎている。

 「すこやか食堂」開店から数年、目の前のことで精一杯で、そんな状況を見る視野がすっかりと欠けていた。

 みのりはみのりなりに目一杯力を注いで来た。だが自分ひとりでは何もできていない現実に打ちのめされたのだ。

 本当に今さらだ。あまりにも不甲斐無い。

「みのり」

 悠ちゃんのてのひらが、みのりの背中を優しく撫でる。

「みのりは確かに、僕はともかく周りの人や運に恵まれたんかも知れんな。「運も実力のうち」なんて言われても、みのりは納得せんのやろ」

 みのりはこくりと頷く。みのりが実力以上の環境に身を置けるのは、私生活を支えてくれる両親、たった1年ほどで腕を鍛えてくれ、今もアドバイスをしてくれる赤塚さん、条件付きとはいえこの場所を格安で提供してくれる沙雪さん、そして日々そばで尽力してくれる悠ちゃんのおかげなのだ。

「でも、みのりかて、めっちゃがんばってきたやん。せやから周りが助けてくれるんやと僕は思うけどなぁ」

 本当に感謝している。周りの人たちの力があって、みのりの能力が1段2段と引き上げられている。

 赤塚さんの教室に通いながらの勤め先も、みのりはアルバイトという雇用形態だったから、立場としては調理補助だった。なのでやることと言えば下ごしらえや盛り付けなどで、調理師専門学校を順当に卒業できる腕があれば充分だったのだ。叱られたりした記憶なんてほとんど無い。プロの調理場にいられる満足感があっただけだった。

 本当に、自分は苦労知らずでここまで来れた。場所に恵まれたからお客さまにも恵まれたのだ。

「なぁ、みのり、ここは確かにめっちゃええ場所やと思うで。でもな、みのりの料理が美味しく無かったら、お客は続かんかったんとちゃうか?」

「……でも、美味しいだけやったらお店は続けられへん」

「せや。接客も大事やわな。それもみのりの力なんやあらへんか? 今までいろんなお客がおったやん。ただ食べてくだけの人も多いけど、みのりの優しさで寄り添えた人かておったやん。お茄子さんかてそうやんか。健康的に太りたいて言わはったから、みのりは知識を持って寄り添った。せや、前にはツナをメインで食べられる料理かて、休日返上で考えて試作したやん。卵アレルギー持った人かておったな。お客の希望でしながきに無い料理作ったり。そんなん、思いやりが無いとできひんよ。この「すこやか食堂」はそういう店や。僕は確かに経理とかやってるけど、料理ができたとしても、みのりみたいな接客はできひん。僕は優しないからな」

 みのりからしたら、悠ちゃんは充分優しいが。みのりが不思議に思って首を傾げると、悠ちゃんは苦笑いを浮かべる。

「確かに……、確かにお茄子さんはみのりがしてへん苦労をしてはるんやと思う。でもみのりが苦労せんかったかって言われたらそうや無いやろ。みのりには貧血があって、それでもこうして人に料理で健康に、幸せになって欲しい言うて立ち仕事を選んだ。僕からしてみたら無理してる様にも見える。それの何があかんの?」

 そんなの、苦労でも無理でも何でも無い。みのりがしたいことをしているのだから、当たり前のことなのだ。

「人にはその人に染み付いとるもんがあって、それが努力やったり前向きな気持ちやったり、人への思いやりやったり。それが運の強弱を決めるんやて僕は思ってる。怠けたり性格が悪かったりしたら、運は逃げてく。みのりは今まで腐らんとそのときそのときでできることを精一杯やってきたんや。僕はずっとそんなみのりを見てた。せやからできることをしたりたいって思った。やから今、一緒に「すこやか食堂」に立ってる。おじさんもおばさんも、赤塚さんとかかって分かってるからみのりに手を伸ばす。それがみのりがこれまでやってきたことの結果や」

 みのりはそんな大それたことはしていない。できていない。みのりが優しいと言うのなら、それは周りがそうだからだ。暖かな空間にみのりを導いてくれたから、みのりも穏やかでいられるのだ。

 だがそれを引き寄せたのはみのりなのだと、悠ちゃんは言ってくれている。人徳なんてそんな大層なものはみのりには無い。だがこれまでみのりが自分なりに精一杯やってきたことが今を育んでくれたのなら。

 悠ちゃんの言葉なら、信じられる。みのりにとって、肉親以外にいちばん優しいのは悠ちゃんなのだから。

「ありがとう、悠ちゃん」

 みのりはこみ上げるものを堪えながら笑みを浮かべる。悠ちゃんはそんなみのりの頭をぽんぽんと優しく撫でた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

心の落とし物

緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも ・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ ) 〈本作の楽しみ方〉  本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。  知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。 〈あらすじ〉  〈心の落とし物〉はありませんか?  どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。  あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。  喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。  ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。  懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。 〈主人公と作中用語〉 ・添野由良(そえのゆら)  洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。 ・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉  人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。 ・〈探し人(さがしびと)〉  〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。 ・〈未練溜まり(みれんだまり)〉  忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。 ・〈分け御霊(わけみたま)〉  生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

小さなパン屋の恋物語

あさの紅茶
ライト文芸
住宅地にひっそりと佇む小さなパン屋さん。 毎日美味しいパンを心を込めて焼いている。 一人でお店を切り盛りしてがむしゃらに働いている、そんな毎日に何の疑問も感じていなかった。 いつもの日常。 いつものルーチンワーク。 ◆小さなパン屋minamiのオーナー◆ 南部琴葉(ナンブコトハ) 25 早瀬設計事務所の御曹司にして若き副社長。 自分の仕事に誇りを持ち、建築士としてもバリバリ働く。 この先もずっと仕事人間なんだろう。 別にそれで構わない。 そんな風に思っていた。 ◆早瀬設計事務所 副社長◆ 早瀬雄大(ハヤセユウダイ) 27 二人の出会いはたったひとつのパンだった。 ********** 作中に出てきます三浦杏奈のスピンオフ【そんな恋もありかなって。】もどうぞよろしくお願い致します。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

家政夫くんと、はてなのレシピ

真鳥カノ
ライト文芸
12/13 アルファポリス文庫様より書籍刊行です! *** 第五回ライト文芸大賞「家族愛賞」を頂きました! 皆々様、本当にありがとうございます! *** 大学に入ったばかりの泉竹志は、母の知人から、家政夫のバイトを紹介される。 派遣先で待っていたのは、とてもノッポで、無愛想で、生真面目な初老の男性・野保だった。 妻を亡くして気落ちしている野保を手伝ううち、竹志はとあるノートを発見する。 それは、亡くなった野保の妻が残したレシピノートだった。 野保の好物ばかりが書かれてあるそのノートだが、どれも、何か一つ欠けている。 「さあ、最後の『美味しい』の秘密は、何でしょう?」 これは謎でもミステリーでもない、ほんのちょっとした”はてな”のお話。 「はてなのレシピ」がもたらす、温かい物語。 ※こちらの作品はエブリスタの方でも公開しております。

処理中です...