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4章 心と身体の痩せ方太り方
第5話 不意打ち
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人にはそれぞれ適正体型、体重があって、少しぐらいぽっちゃりでも、痩せていても、その人が健康で元気に動けるのなら、それがその人に合っているのだと思う。
太りすぎるのも痩せすぎるのも、状況によっては決して悪いとは言い切れない。力士さんなどは大きくなって体重を増やすことで勝率を上げるし、モデルさんは様々なお洋服を着こなすためにスリムな体型を維持する。
だが太りすぎだと病気になってしまったりなどの弊害が出てしまうこともある。そのため現役引退後の力士さんはダイエットをしたりする。
痩せすぎもそうだ。身体に脂肪が少なすぎると免疫力の低下や骨粗鬆症などを引き起こしやすく、女性の場合は月経異常も起こりがちになる。何より重篤な心疾患などに見舞われた際の死亡リスクが上がると言われている。
お茄子さんの場合、今の体型で問題無く動くことができるのなら、それで問題無いと言える。だが力が入らないのであれば、やはりカロリー、エネルギーが足りていないのではと思う。
身体を動かすと、いつもより多くのカロリーが摂れる。そして鍛えられて行く。それが良い巡りになる。
一朝一夕では難しいが、少しずつ生活に取り入れ、身体に馴染ませることで回って行くのだ。
巧くいったらええな。みのりは心からそう願った。
一週間後、お茄子さんが来店した。ほんの少しだが、今までより健康そうに見える。目立って身体が大きくなったとかでは無いのだが、何だかその目から自信が感じられるのだ。
お茄子さんはお惣菜にお茄子の揚げ浸しを選び、メインにチーズオムレツ、お味噌汁、そして珍しく白いごはんの小を頼んだ。
「あの、あれからプロテインバー食って、準備体操とスクワットをする様にしたんす。そしたら何だかごはんが今までより美味しく感じられる様になったっす。不思議っす。ごはんの量はあんま変わらんすけど」
充分である。あれからまだたったの1週間。効果はまだまだこれからだ。ごはんがますます美味しいと思えるなら、現状では及第点では無いだろうか。それも立派な運動の成果である。
「朝昼と職場のまかない、午前中のプロテインバーと、家を出るときにナッツかチーズ食べて。で、仕事の休憩でチョコレート食べてます。あんまお腹は空かんのですけど、それぐらいやったらなんとか入るんで」
お茄子さんは少し照れた様に「へへ」と微笑んだ。
「そしたら、何か気持ちが前向きになってきた気がして。少しずつですけど、お腹にも力が入る様な気もして。職場の人にも「何や元気になったな」って言われました」
「凄いですね!」
みのりが心から言うと、お茄子さんは「いえいえ」とはにかんで謙遜する。
「店長さんのおかげです。いろいろ教えてくれはったから」
そんなの、みのりこそが「いえいえ」だ。
「お客さまが真面目に取り組んではるからですよ。新しいことを始めて続けるんは、ほんまに大変なことなんですから」
「そうかも知れんすけど、でも、あんときは悶々と悩んでるだけやったから。太る方法とかネットとかでも調べたりしてたんですけど、何や難しゅう考えてしもて。店長さんに言うてもろて、あ、そんなややこしないんやって。せやから感謝なんす」
「そう言うてもらえたら、私も嬉しいです」
みのりが言うと、お茄子さんはまた微笑んだ。
「あの、ぼく、いつか独立したいんす。自分の居酒屋やりたいんす。ちっさくてもええんで、雰囲気のええ居酒屋。そんために今貯金とかもがんばってて。うちの店、全部店で料理作ってるからええ修行になるんす。ぼくは社員なんすけど、店長候補とかや無いんで給料もそう多くは無いんすけど、地道にやって、いつかはって」
目をきらきらさせて語られるお茄子さんの夢に、みのりはがつんと頭を打たれた様な気分になった。自分はいったい何をやってきたのだろうと。
「店長さん、まだ若く見えるのに、もう店長さんやなんて凄いっすね」
「……いえ、とんでも無いです。私なんてまだまだで」
みのりはひやりとした。頭がぐらりとする。みのりは凄くも何とも無い。みのりはただ。
ただ、周りに助けられただけだ。
みのりはすっかりと自己嫌悪に陥ってしまったのだった。
どうにか閉店時間を迎え、みのりは厨房の掃除をしていたのだが、ついつい時折手が止まってしまう。
この「すこやか食堂」はみのりが店長という体ではあるが、実際は悠ちゃんとの共同経営である。開店時の資金に関しては、両親に用意してもらった分がいちばん多く、当然のことながらみのりの貯金がいちばん少なかった。
それでもこのお店の料理人はみのりである。だから悠ちゃんはみのりを店長に据えた方が良いだろうと言ってくれたのだ。その方がみのりのお店だと実感も出るだろうからと。
ふたりの出資比率では悠ちゃんの方が多い。なのに悠ちゃんはお店の全てにみのりの意思を尊重してくれた。両親から預かった貯金は確かにみのり名義ではあったが、貯めたのはみのりでは無い。お父さんが稼いで、お母さんが支えて貯めてくれたものだ。それは完全に両親の愛情と厚意なのである。
なのにお茄子さんは自分の力だけで道を切り開こうとしている。自分でお金を貯め、同僚さんに叱られながらも居酒屋さんで修行をして、自分のお店を持とうと奮闘している。
ああ、自分はなんて甘ったれなのだろうか。みのりは愕然としてしまうのだった。
太りすぎるのも痩せすぎるのも、状況によっては決して悪いとは言い切れない。力士さんなどは大きくなって体重を増やすことで勝率を上げるし、モデルさんは様々なお洋服を着こなすためにスリムな体型を維持する。
だが太りすぎだと病気になってしまったりなどの弊害が出てしまうこともある。そのため現役引退後の力士さんはダイエットをしたりする。
痩せすぎもそうだ。身体に脂肪が少なすぎると免疫力の低下や骨粗鬆症などを引き起こしやすく、女性の場合は月経異常も起こりがちになる。何より重篤な心疾患などに見舞われた際の死亡リスクが上がると言われている。
お茄子さんの場合、今の体型で問題無く動くことができるのなら、それで問題無いと言える。だが力が入らないのであれば、やはりカロリー、エネルギーが足りていないのではと思う。
身体を動かすと、いつもより多くのカロリーが摂れる。そして鍛えられて行く。それが良い巡りになる。
一朝一夕では難しいが、少しずつ生活に取り入れ、身体に馴染ませることで回って行くのだ。
巧くいったらええな。みのりは心からそう願った。
一週間後、お茄子さんが来店した。ほんの少しだが、今までより健康そうに見える。目立って身体が大きくなったとかでは無いのだが、何だかその目から自信が感じられるのだ。
お茄子さんはお惣菜にお茄子の揚げ浸しを選び、メインにチーズオムレツ、お味噌汁、そして珍しく白いごはんの小を頼んだ。
「あの、あれからプロテインバー食って、準備体操とスクワットをする様にしたんす。そしたら何だかごはんが今までより美味しく感じられる様になったっす。不思議っす。ごはんの量はあんま変わらんすけど」
充分である。あれからまだたったの1週間。効果はまだまだこれからだ。ごはんがますます美味しいと思えるなら、現状では及第点では無いだろうか。それも立派な運動の成果である。
「朝昼と職場のまかない、午前中のプロテインバーと、家を出るときにナッツかチーズ食べて。で、仕事の休憩でチョコレート食べてます。あんまお腹は空かんのですけど、それぐらいやったらなんとか入るんで」
お茄子さんは少し照れた様に「へへ」と微笑んだ。
「そしたら、何か気持ちが前向きになってきた気がして。少しずつですけど、お腹にも力が入る様な気もして。職場の人にも「何や元気になったな」って言われました」
「凄いですね!」
みのりが心から言うと、お茄子さんは「いえいえ」とはにかんで謙遜する。
「店長さんのおかげです。いろいろ教えてくれはったから」
そんなの、みのりこそが「いえいえ」だ。
「お客さまが真面目に取り組んではるからですよ。新しいことを始めて続けるんは、ほんまに大変なことなんですから」
「そうかも知れんすけど、でも、あんときは悶々と悩んでるだけやったから。太る方法とかネットとかでも調べたりしてたんですけど、何や難しゅう考えてしもて。店長さんに言うてもろて、あ、そんなややこしないんやって。せやから感謝なんす」
「そう言うてもらえたら、私も嬉しいです」
みのりが言うと、お茄子さんはまた微笑んだ。
「あの、ぼく、いつか独立したいんす。自分の居酒屋やりたいんす。ちっさくてもええんで、雰囲気のええ居酒屋。そんために今貯金とかもがんばってて。うちの店、全部店で料理作ってるからええ修行になるんす。ぼくは社員なんすけど、店長候補とかや無いんで給料もそう多くは無いんすけど、地道にやって、いつかはって」
目をきらきらさせて語られるお茄子さんの夢に、みのりはがつんと頭を打たれた様な気分になった。自分はいったい何をやってきたのだろうと。
「店長さん、まだ若く見えるのに、もう店長さんやなんて凄いっすね」
「……いえ、とんでも無いです。私なんてまだまだで」
みのりはひやりとした。頭がぐらりとする。みのりは凄くも何とも無い。みのりはただ。
ただ、周りに助けられただけだ。
みのりはすっかりと自己嫌悪に陥ってしまったのだった。
どうにか閉店時間を迎え、みのりは厨房の掃除をしていたのだが、ついつい時折手が止まってしまう。
この「すこやか食堂」はみのりが店長という体ではあるが、実際は悠ちゃんとの共同経営である。開店時の資金に関しては、両親に用意してもらった分がいちばん多く、当然のことながらみのりの貯金がいちばん少なかった。
それでもこのお店の料理人はみのりである。だから悠ちゃんはみのりを店長に据えた方が良いだろうと言ってくれたのだ。その方がみのりのお店だと実感も出るだろうからと。
ふたりの出資比率では悠ちゃんの方が多い。なのに悠ちゃんはお店の全てにみのりの意思を尊重してくれた。両親から預かった貯金は確かにみのり名義ではあったが、貯めたのはみのりでは無い。お父さんが稼いで、お母さんが支えて貯めてくれたものだ。それは完全に両親の愛情と厚意なのである。
なのにお茄子さんは自分の力だけで道を切り開こうとしている。自分でお金を貯め、同僚さんに叱られながらも居酒屋さんで修行をして、自分のお店を持とうと奮闘している。
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