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2章 肉食野郎と秘密のお嬢さん
第4話 始まった気持ち
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数日後に来店したビフテキさんは、それはもうご機嫌だった。いつでもにこにこと笑顔の多いビフテキさんだが、まるでとろける様な表情なのだ。
何か良いことがあったのだろうか。だとしたらみのりも嬉しくなってしまう。
11月になり、寒さが増して来ていた。風が冷たくなり、黄色い落ち葉がはらりと舞う。
ビフテキさんは今日もミディアムレアに焼き上げたビーフステーキを頬張り、お惣菜の白菜の粒マスタード煮込みを味わう。
今日のステーキのソースは、赤ワインソースである。じっくり煮詰めてとろみが付いた赤ワインにバターを落とし、お塩とこしょうで味を整えたシンプルなものだ。
粒マスタード煮込みは、白菜の水分を利用して煮込みにしている。お塩と呼び水は少し使うが、ことことと火を通して行くと白菜からじんわりと水分がにじみ出てくる。そこに白ワインを入れて甘い香りが立つまで煮込み、粒マスタードと粒こしょうで味を整える。
ぴりっとした粒マスタードの中から、白ワインで甘さを引き上げた白菜のとろりとした旨味が広がるのだ。
ビフテキさんは白ごはんの大をかっ込みながら、ちらちらとみのりを見上げる。しょっちゅう目が合うものだから、何か言いたいことでもあるのだろうか。それならば。
「何やら楽しそうですねぇ。何かええことでもあったんですか?」
そう水を差し向けると、ビフテキさんは「やったぁ!」とばかりに顔を輝かせた。
「分かります? 分かります!? そうなんですよ! めっちゃ嬉しいことがあって!」
きっと誰かに話したくて仕方が無かったのだろう。ビフテキさんは水を得た魚の様に口を開く。
「うちの会社、10月に部署異動があって、そんときにうちに移って来た子がめっちゃ可愛くて! もう一目惚れっちゅうやつです。しかもデスクが隣になったから、いろいろ教えたげたりしてるうちに結構仲良ぅなって、今度一緒に飯食いに行く約束取り付けたんですよ!」
まるで一息に近い勢いでまくし立てると、ビフテキさんは「嬉しいわぁ~」と身体をくねらせた。
「良かったですねぇ。ええお食事会になるとええですね」
「ほんまに。ええとこ見せんと。どんな店にしようかと思って。雰囲気ええ店でワインとかも飲みたいしなぁ」
「お客さまは牛肉がお好きですから、肉バルとかも良さそうですねぇ。本町にも美味しいお肉料理出してくれるお店があるんですよねぇ」
みのりは「すこやか食堂」を開くときに駅周辺を歩いて空気感を掴みはしたが、飲食店にはあまり入っていない。なので詳しく無いのだ。だが雰囲気の良さそうなお店が何軒もあることは知っているし、スマートフォンなどで調べればメニューなどもある程度は把握できる。
「そうやんなぁ。それか、梅田かなんばに出てもええやろうし。彼女の家がどこかにもよるけどな。帰りにくくなったりしたら悪いからな」
ビフテキさんはそんな素敵なお気遣いもできるのか。誰に対してもそうだが、これから関係を深めたいお相手ならなおさらだ。大事なことである。
「楽しいお食事になったらええですね」
「おう。店長さんもぜひ祈っててくれや!」
ビフテキさんはそう言って、力強い笑みを浮かべた。
その日の営業終わり、21時。悠ちゃんとせっせと後片付けに勤しむみのりは、ビフテキさんの淡い恋心を思い、ついにんまりと頬を緩ませてしまう。
みのりにはろくな恋愛経験が無かった。お付き合いの経験は一応あるのだが、何せ無理の利かない身体である。夏の炎天下に日傘無しで外を歩くことは人並み以上に辛かったし、激しいスポーツに付き合うことも難しい。テーマパークに一緒に行ったときには、めまいが酷くなってしまってベンチに座り込んでしまう体たらくだった。
だから長続きしないのだ。相手の男の子もこんな自分と付き合っていても楽しく無いだろう。
みのりはどうしても、人さまに迷惑を掛けたく無いと思って生きているから、これも仕方が無いと涙を飲んで来た。そして今も、異性の影は無い。
みのりも女性だ。人並みに恋愛話も好きである。自分にろくなエピソードは無いが、お友だちの幸せなお話は楽しかった。
「USJでめっちゃ並んだわ~」
「海遊館のジンベエザメめっちゃおっきかった~」
「肉フェスで食べまくって、これ絶対太ったわ~」
そんなことを弾ける様な笑顔で語るお友だちは、みんな可愛かった。恋する女性は綺麗になるなんて言うが、それは本当なのだ。
今日のビフテキさんも輝いていた。誰かに好意を抱く、誰かを想うことは、きっとその人の力にもなるのだ。
いつかみのりにも、そんな人が現れてくれると良いな。みのりの貧血のことを理解してくれる、優しい人だったら嬉しいな。そんなことを思うのだった。
何か良いことがあったのだろうか。だとしたらみのりも嬉しくなってしまう。
11月になり、寒さが増して来ていた。風が冷たくなり、黄色い落ち葉がはらりと舞う。
ビフテキさんは今日もミディアムレアに焼き上げたビーフステーキを頬張り、お惣菜の白菜の粒マスタード煮込みを味わう。
今日のステーキのソースは、赤ワインソースである。じっくり煮詰めてとろみが付いた赤ワインにバターを落とし、お塩とこしょうで味を整えたシンプルなものだ。
粒マスタード煮込みは、白菜の水分を利用して煮込みにしている。お塩と呼び水は少し使うが、ことことと火を通して行くと白菜からじんわりと水分がにじみ出てくる。そこに白ワインを入れて甘い香りが立つまで煮込み、粒マスタードと粒こしょうで味を整える。
ぴりっとした粒マスタードの中から、白ワインで甘さを引き上げた白菜のとろりとした旨味が広がるのだ。
ビフテキさんは白ごはんの大をかっ込みながら、ちらちらとみのりを見上げる。しょっちゅう目が合うものだから、何か言いたいことでもあるのだろうか。それならば。
「何やら楽しそうですねぇ。何かええことでもあったんですか?」
そう水を差し向けると、ビフテキさんは「やったぁ!」とばかりに顔を輝かせた。
「分かります? 分かります!? そうなんですよ! めっちゃ嬉しいことがあって!」
きっと誰かに話したくて仕方が無かったのだろう。ビフテキさんは水を得た魚の様に口を開く。
「うちの会社、10月に部署異動があって、そんときにうちに移って来た子がめっちゃ可愛くて! もう一目惚れっちゅうやつです。しかもデスクが隣になったから、いろいろ教えたげたりしてるうちに結構仲良ぅなって、今度一緒に飯食いに行く約束取り付けたんですよ!」
まるで一息に近い勢いでまくし立てると、ビフテキさんは「嬉しいわぁ~」と身体をくねらせた。
「良かったですねぇ。ええお食事会になるとええですね」
「ほんまに。ええとこ見せんと。どんな店にしようかと思って。雰囲気ええ店でワインとかも飲みたいしなぁ」
「お客さまは牛肉がお好きですから、肉バルとかも良さそうですねぇ。本町にも美味しいお肉料理出してくれるお店があるんですよねぇ」
みのりは「すこやか食堂」を開くときに駅周辺を歩いて空気感を掴みはしたが、飲食店にはあまり入っていない。なので詳しく無いのだ。だが雰囲気の良さそうなお店が何軒もあることは知っているし、スマートフォンなどで調べればメニューなどもある程度は把握できる。
「そうやんなぁ。それか、梅田かなんばに出てもええやろうし。彼女の家がどこかにもよるけどな。帰りにくくなったりしたら悪いからな」
ビフテキさんはそんな素敵なお気遣いもできるのか。誰に対してもそうだが、これから関係を深めたいお相手ならなおさらだ。大事なことである。
「楽しいお食事になったらええですね」
「おう。店長さんもぜひ祈っててくれや!」
ビフテキさんはそう言って、力強い笑みを浮かべた。
その日の営業終わり、21時。悠ちゃんとせっせと後片付けに勤しむみのりは、ビフテキさんの淡い恋心を思い、ついにんまりと頬を緩ませてしまう。
みのりにはろくな恋愛経験が無かった。お付き合いの経験は一応あるのだが、何せ無理の利かない身体である。夏の炎天下に日傘無しで外を歩くことは人並み以上に辛かったし、激しいスポーツに付き合うことも難しい。テーマパークに一緒に行ったときには、めまいが酷くなってしまってベンチに座り込んでしまう体たらくだった。
だから長続きしないのだ。相手の男の子もこんな自分と付き合っていても楽しく無いだろう。
みのりはどうしても、人さまに迷惑を掛けたく無いと思って生きているから、これも仕方が無いと涙を飲んで来た。そして今も、異性の影は無い。
みのりも女性だ。人並みに恋愛話も好きである。自分にろくなエピソードは無いが、お友だちの幸せなお話は楽しかった。
「USJでめっちゃ並んだわ~」
「海遊館のジンベエザメめっちゃおっきかった~」
「肉フェスで食べまくって、これ絶対太ったわ~」
そんなことを弾ける様な笑顔で語るお友だちは、みんな可愛かった。恋する女性は綺麗になるなんて言うが、それは本当なのだ。
今日のビフテキさんも輝いていた。誰かに好意を抱く、誰かを想うことは、きっとその人の力にもなるのだ。
いつかみのりにも、そんな人が現れてくれると良いな。みのりの貧血のことを理解してくれる、優しい人だったら嬉しいな。そんなことを思うのだった。
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