すこやか食堂のゆかいな人々

山いい奈

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2章 肉食野郎と秘密のお嬢さん

第3話 心が満足するとき

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 ビフテキさんは、それから週に2度ほど来る様になった。もちろんメインはいつもビーフステーキだ。焼き加減はミディアムレア。

 日替わりのソース、今日はすり下ろした玉ねぎを使ったバスサミコソースである。玉ねぎを甘い香りがするまでオリーブオイルで炒め、赤ワインとバルサミコ酢、はちみつを入れてじっくりと煮詰めて作るソースだ。隠し味にお醤油を落としてあげることで、日本人にも馴染みやすい味になる。

「おしゃれな味やな! 旨いわ」

 ビフテキさんはそう言いながら、ステーキをもりもりと平らげる。ごはんもいつもと同じ白米の大、お豆腐とわかめのお味噌汁と、選んだお惣菜はかぼちゃのマヨヨーグルトサラダだった。

 ふかして、皮ごと荒く潰したかぼちゃに、熱いうちにお砂糖やお塩などで下味を付け、粗熱が取れたらマヨネーズとプレーンヨーグルトを混ぜ込む。

 ねっとりとしたかぼちゃの甘みと、さっぱりとした酸味のヨーグルト、マヨネーズのコクが合わさってまろやかな風味になるのだ。

 「すこやか食堂」はお客さまがご自身で定食を選ぶお店だ。なのでその内容によってお値段は変わる。副菜のお惣菜は一律のお値段にしているのだが、メインはものによって変わる。やはり鶏肉料理がお手頃で、牛肉料理が少し贅沢になる。

 お客さまによってはダイエット中だからお米は要らないというお客さまもいるし、メインを頼まずにお惣菜を数品頼まれるお客さまもいる。メインに卵を2個使った卵焼きやオムレツがあるためか、お惣菜を頼まずにメインを2皿のお客さまだって。

 お米も白いごはんの他に発芽玄米と十穀米が選べるし、サイズも大中小とある。お味噌汁にも値付けがされていて、いらないと言うお客さまもいる。

 お手頃にお腹いっぱいになりたいからと、白ごはんの大に生卵で卵かけご飯、お味噌汁のみのお客さまだっている。その自由度は高いのだ。それこそがこういう食堂の強みだと思っている。

 お味噌汁の具は毎日お豆腐とわかめである。吸い口に青ねぎを散らす。春には生のわかめを使い、手に入らない季節は塩蔵わかめを使う。

 これらは特に女性に良い効果をもたらす。お味噌は女性ホルモンに良い働きをするし、お豆腐には女性がおちいりやすい骨粗鬆症こつそしょうしょうを予防する効果がある。わかめは繊維質がたっぷりで便秘気味になりやすい女性に良いし、低カロリーなのでダイエットにも最適なのだ。

 このビフテキさんは、ビーフステーキなど好きなものをお腹いっぱい食べるのはお好きな様だが、その食材が持つ栄養素などには無頓着むとんちゃくだ。だが多くの男性はきっとそうだ。女性ならそれこそダイエットをする人も多いだろうから、いろいろと調べて詳しくなったりもするだろうが、ビフテキさんはそういった必要も無さそうな体型をしているし、細かいことはきっと気にしていない。

 今日もお惣菜のおしながきを見て、かぼちゃの持つ力に驚いていた。

「へぇー、βベータ-カロテンて何か聞いたことあるけど、免疫力を強ぅしてくれるんやなぁ。食物繊維たっぷりで、冷え性とか肩凝りとか、悪玉菌の減少に働く。おもろいなぁ、栄養素って」

 かぼちゃはオイルと一緒に摂ることでβ-カロテンの吸収率が上がる。マヨネーズを混ぜ込んだのはそのためである。だがマヨネーズは偉大で、合わせるとぐっとお料理を食べやすくしてくれるのだ。

 ビフテキさんは器用にナイフとフォーク、お箸を使い分け、定食を平らげて行く。大きめのお茶碗にふんわりとよそった白いごはんも、肉汁が滴るビーフステーキも、こんもりと盛り付けたかぼちゃのサラダもみるみる無くなって行く。そして最後にお味噌汁を掻き込む様に飲み干して。

「はぁ~」

 心地良さげに息を吐いた。その顔が満足げに綻んでいる。

「旨かった! ごっそさん!」

「ありがとうございます」

 ああ、この瞬間が本当に幸せだ。みのりは緩む顔を止められない。決して手抜きなんてしない。まだまだ道半ばであっても、そのときの自分のできることを最大限にやっている。だから「旨い」「美味しい」は、みのりにこの上ない喜びをくれるのだ。

 仕込みを始めるとき、みのりはまず寸胴鍋にお水を張り、昆布をたっぷりと沈める。最低30分置いて昆布の旨味を最大限引き出してやる。そうして火に掛けて、沸く寸前に火を止めてたっぷりの削り節を入れる。じわじわと沈んでいくたびに、その旨味がじっくりと溶け出して行く。

 いちばん出汁。最高の旨味ができあがる。和食、日本料理の肝となるお出汁。その香りが鼻腔びくうに届くたびに、みのりの心は癒される。そして願う。今日もお客さまに美味しいものをお届けできる様に。お客さまの身体を、心をいたわれる様に。

 そうしてみのりの心はふんわりと満たされるのだ。
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