すこやか食堂のゆかいな人々

山いい奈

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2章 肉食野郎と秘密のお嬢さん

第2話 夢の牛肉

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 ナイフとフォークをおはしに持ち替えて白いごはんを口に運んだお客さまが、「なぁ」と顔を上げる。

「ここ、おしながきに栄養素っちゅうん? このメニューはこれが入っててあれにええとか書いてあるやん。何でなん?」

 初めてのお客さまからはたまに聞かれることである。

「食べるもんは身体を作るもんですから。自分にはこれが足りんとか、感じることって無いですか? 何やちょっとめまいがするなぁとか、胃の調子がよう無いなぁとか。そういうときに選んでもらえたら、少しは身体を労ってあげられるんとちゃうかなぁって思ってるんです」

「へぇ、なるほどなぁ」

 みのりがこっそりと「ビフテキさん」と名付けたお客さまは、感心した様な表情で目を見開いた。

「俺なんかはステーキ、あ、牛肉のステーキとか焼肉が大好きやねんけど、もしかしたら何か足りひんとかあるんやろか。健康そのものやと思うんやけど」

「確かにお元気やからこそ、がつっとしたステーキが食べられるっちゅうんもありますよね。その方の嗜好しこうもあるとは思うんですけど。牛の赤肉には動物性たんぱく質とヘム鉄、ビタミンB12と亜鉛なんかが豊富なんですよ。うちは赤身のもも肉なんですけど、アミノ酸のひとつのカルニチンも含むんですね。カルニチンは脂質の代謝を助けてくれるんですよ。たんぱく質は身体そのもの、筋肉とか心臓とかそういうのを作りますし、ヘム鉄やビタミンは貧血とか冷え性なんかにええですね。うちが赤身肉を使ってるんは、脂身にはコレステロールが含まれてるからで。少なすぎてもあかんのですけど、摂りすぎてもようないですもんね。赤身やったら低糖質ですし」

「はー!」

 ビフテキさんは感嘆かんたんしたのか、目を丸くして息を吐いた。

「今までそんなん考えたこともあらへんかったわ。単に旨いから食うてたけど、食い物ひとつ取ってもいろいろあるんやなぁ。ほな、脂身とかあんま食わん方がええってことか? 俺、脂身も結構好きやねんけど」

「もちろん食べ過ぎはよう無いと思いますけど、ほどほどに食べはるんは全然ええと思いますよ。脂身美味しいですよね」

「せやんなぁ。焼肉屋とかで上ロースとか頼むと、ええさしの入った肉来るやん。あれ旨いやん。A5ランクとか夢やわぁ」

 ビフテキさんがうっとりと顔を緩める。みのりは思わずくすりと笑みをこぼした。

「A5ランクの肉がええって聞くんやけど、ちゅうことは他にもランクってあるんやんね?」

「そうですね、A5ランクがいちばんええお肉とされてますね。BランクとCランクもありますよ。1頭の牛さんから食べられる部分がどれだけ取れるかで決まります。Aが多くてCが少ないんですね。で、数字の1から5は、さしの入り方とかその色や質、お肉そのものの締まり方とかきめの細やかさ、色の綺麗さなんかで決まるんです。ですんで美味しさで決められてるんや無いんですね」

「そうなん? A5ランクが旨い肉やと思ってた」

「もちろん美味しいお肉ですよね。贅沢品でなかなか手が届きませんけど。でも私みたいに赤身好きな人には、A3ランクぐらいが美味しいなって思うんですよ。赤身で有名かなって思うんが熊本のあか牛とかなんですけど、こちらがA3ランクほどなんですって」

 あか牛は和牛の1種、褐毛和種あかげわしゅである。熊本では主に阿蘇あそ地方で放牧飼育が行われており、年間出荷数がわずかな希少種だ。和牛で有名な黒毛和牛よりも旨味成分が多いとも言われている。

「へぇ、ってことは、えーと、3掛け5で、牛肉のランクって15に分けられてるってことか。面白いなぁ」

「そうですね。そうやって分けた方が、買うときとか提示するときに分かりやすいからなんでしょうね。ステーキハウスとか焼肉屋さんとかで書かれとったら、どんなお肉か想像しやすいですもんね」

「そやな。なんやA5がいちばん旨くてええ肉やて思い込んどったけど、そうや無いんやな。勉強になったわ、ありがとう」

 ビフテキさんがほがらかに笑う。みのりも微笑んだ。

「いえ、こちらこそ聞いてくださってありがとうございます。食べ物のお話はついテンションが上がってしもうて」

「分かる。俺も牛肉やったらめっちゃ上がるもんな」

 ビフテキさんは言って、にっと口角を上げた。
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