すこやか食堂のゆかいな人々

山いい奈

文字の大きさ
上 下
7 / 41
1章 すこやか食堂を作ろう

第7話 防犯カメラのお仕事

しおりを挟む
「いやさ、ほら、俺ってイケメンやん? スタイルもええし、モデルみたいやん?」

 赤塚あかつかさんはしれっとそんなことを言う。自分の容姿の良さを自覚している様だ。あまりにも堂々としていて、いっそ清々しい。

「せやから教室の生徒も女性が多い。それはかまへんねん。俺は料理に関しては中身もあるつもりやから」

 それはそうだとみのりも思う。なので「はい」と素直に頷いた。

「生徒が身も心も男性やったら、俺もそこまで気にせぇへん。でも女性やったら距離はきちんと取る様にしとる。物理的にも心理的にも。今村いまむらさんはああいう人やから、自然に距離を詰めて来はるし手が出てくる。職業病もあるんやろうな。せやから細心の注意を払う」

 赤塚さんは神妙な顔で淡々と語る。みのりは背筋が伸びる様な思いだった。ゆうちゃんも真剣な顔で聞いている。

常盤ときわちゃんは学校の紹介やし後輩やし、柏木かしわぎくんもおるから言うけど、ちょっと前にな、トラブルがあって」

 話を聞いて、みのりは戦慄せんりつした。そんなことがあるのかと。

 とある女性の生徒さん。赤塚さんは節度を保って対応していた。だが相手が好意を抱いていたことには気付いていた。だから余計に注意していた。

 ある日、告白されたそうだ。付き合って欲しいと。赤塚さんは丁重に断った。赤塚さんにとってその女性はあくまで生徒。それ以上でも以下でも無かったからだ。

 するとその女性は、ご両親と警察にこう訴えたのだ。

「料理教室の赤塚先生に乱暴された!」

 赤塚さんの元には警察が来た。教室で授業中だったので、本当に焦ったそうだ。だがそのときの生徒さんは奇しくも今村さんで、それは功を奏したらしい。

 赤塚さんは必死で無実を説き、今村さんも口添えしてくれた。

 だが今の日本はこういう場合、被害者とされる女性の訴えが優先される。それで冤罪えんざいも出ているかも知れない。日本はまだまだ男尊女卑の気配が残されていると思わせて、こういった部分では女尊男卑なのだ。

 しかし何があったのか、数日後、警察から電話があり、疑いが晴れたと言われたのだ。詳細は聞かされていない。捜査情報などは聞いても教えてくれないだろう。

 だから赤塚さんは「これは俺の想像やけどな」と前置きをして話をしてくれた。

 ご両親はともかくこうして警察まで巻き込んだところを見ると、もしかしたらあの生徒さんは、これまでもこうしたトラブルを起こして来たのでは無いかと。

 もやもやする感情はあるが、警察の事情聴取は数回で済んだことだし、自分を信頼してくれている生徒もいる、そう思って吹っ切ったそうだ。

「せやから今度からこんなことにならん様に、この教室には生徒に内緒で防犯カメラ付けてん。壁に埋め込んで分からん様にな。さすがに自宅に付けるんは抵抗あるからしてへんけど」

「ほな、今も撮影されてるんですか?」

「いや、今は切ってる。教室やってるときだけ、ちゅうか生徒とふたりのときだけな。俺も甘かったわ、マンツーマンやし俺はイケメンやねんから、最悪の事態も考えとかなあかんかったんやわ」

 その生徒さんの行動はかなり特殊だとは思うが、男女がひとつの空間にいることのリスクは確かに考えなければならないことなのだろう。だがこの件に関しては、赤塚さんに同情しかできない。

「大変でしたね」

「まぁなぁ、ま、済んだこっちゃ。SNSとかで拡散されんかっただけ全然ましや。目的が俺をおとしめることや無くて、責任取れっちゅうことやったんかも知れん。ちゅうことで、常盤ちゃんがうちに通ってくれるんやったら、防犯カメラがちゃんと仕事してくれるから、柏木くんも安心して欲しいわ。いるんやったら毎回の録画送るし」

「いや、さすがにそこまでは」

 悠ちゃんが苦笑すると、赤塚さんは「うん」と満足げに頷いた。

「常盤ちゃん、うちは授業料も決して安ぅ無いけど、やり方は見てもろた通りや。考えてもろて、また連絡くれたら嬉しいわ」

「はい」

 そう応えながら、みのりの心は決まっていた。この教室に通わせてもらおうと。コーンスープを飲んだだけだが分かる。赤塚さんは素材を活かすお料理をしている。みのりもそういうごはんを作りたい。心や身体が癒され、元気になれるものを作りたい。それがみのりの目標なのだ。



 そしてみのりは、アルバイトがお休みの週に2日、赤塚さんのお料理教室に通う様になった。何を作るのかは生徒のリクエスト次第。なのでみのりは、その時々の旬のお野菜を使ったものをとお願いした。

 みのりが通い始めたのは6月の初夏だったので、新生姜しんしょうがやズッキーニにパプリカなど。大阪しろも忘れてはならない。

 大阪しろ菜はなにわの伝統野菜に指定されている葉物野菜である。江戸時代から栽培が始まり、当時は天満橋てんまばし付近での栽培が主だったので天満菜てんまなとも呼ばれている。

 しっかりとした青い葉と白くて太い軸が特徴で、癖や灰汁あくがほとんど無く、煮物や炒め物に和え物など、いろいろなお料理に合うのだ。

 天満橋の最寄り駅は大阪メトロ谷町線、京阪本線と京阪中之島線の天満橋駅。近くに日本円の硬貨を製造する造幣局があり、毎年春に実施される桜の通り抜けが有名である。140種ほど300本以上の桜が圧巻なのだ。

 お店を開くとして、みのりはお野菜を使ったお惣菜をたくさん作りたいと思っていた。お肉類や魚介類も人間の身体を作る重要なたんぱく質などが含まれているが、やはりお野菜を多く取って欲しいと思っている。バランスが大事だから。

 なのでどうしても題材がお野菜になってしまうのだ。赤塚さんもみのりの意図を汲んでくれて、和洋中問わずいろいろなおしながきを取り入れてくれた。

 みのりは貧血で悩まされているが、それを和らげるために必要な食材は、レバやまぐろなどの動物性の食品だ。だがそれだけでは駄目なのだ。鉄の吸収を良くするためのビタミンCや葉酸などだって必要なのだ。

 そして、鉄に必要なものばかりを摂っていては、他が疎かになる。だからバランスなのである。

 みのりの作るものが少しでも将来のお客さまのためになりますように。そう願いながら、みのりは今日も赤塚さんの指導を受けるのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

十年目の結婚記念日

あさの紅茶
ライト文芸
結婚して十年目。 特別なことはなにもしない。 だけどふと思い立った妻は手紙をしたためることに……。 妻と夫の愛する気持ち。 短編です。 ********** このお話は他のサイトにも掲載しています

たこ焼き屋さかなしのあやかし日和

山いい奈
キャラ文芸
坂梨渚沙(さかなしなぎさ)は父方の祖母の跡を継ぎ、大阪市南部のあびこで「たこ焼き屋 さかなし」を営んでいる。 そんな渚沙には同居人がいた。カピバラのあやかし、竹子である。 堺市のハーベストの丘で天寿を迎え、だが死にたくないと強く願った竹子は、あやかしであるカピ又となり、大仙陵古墳を住処にしていた。 そこで渚沙と出会ったのである。 「さかなし」に竹子を迎えたことにより、「さかなし」は閉店後、妖怪の溜まり場、駆け込み寺のような場所になった。 お昼は人間のご常連との触れ合い、夜はあやかしとの交流に、渚沙は奮闘するのだった。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

処理中です...