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1章 すこやか食堂を作ろう
第5話 生徒さんの癖
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赤塚さんは、ひとことで言うと「イケメン」だった。しゅっとしたモデルさんの様な風貌で、ふわりとうねった髪は金髪に近く、背も高くて女性人気が高そう、それがみのりが抱いた第一印象だった。黒のコックコートが余計に格好良く見せている。
専門学校を10年前に卒業しているのだから、今は30歳前後のはずだ。だがもっと若く見えた。それこそ悠ちゃんと変わらないほどに。
「もうすぐ生徒も来るから。ちゃんと事前に見学の許可は取ったぁるからな。あ、その前に手ぇ洗ってな、キッチンの水道。拭くんはペーパータオルあるから」
みのりと悠ちゃんは順番に丁寧に手を洗い、シンクの脇に置かれているペーパータオルで手を拭き、足元の大きなごみ箱に捨てた。タオルで無いのは清潔を意識しているからだろう。
赤塚さんがダイニングセットの椅子を2客引き抜いた。キッチンが対面に見える位置だ。
「椅子はこの辺使こてな。できるだけ物は少なくしてんねん。どうしても調理器具で溢れがちになるからな」
確かに和洋中と教えているのなら、包丁ひとつ取っても形から違う。家庭料理なら三徳包丁ひとつで充分事足りるが、生徒さんによっては専門的な器具が必要なのだろう。
「座っててくれてもええし、立ってキッチンとか手元とか見てくれてもええ。でも生徒の邪魔にならん様にだけ頼むわ」
「はい」
悠ちゃんも小さく頷く。みのりたちはありがたく、椅子を使わせてもらうことにした。みのりには常にめまいがあるので助かる。
「俺、まだ少し準備あるから、ゆっくりしとってな」
赤塚さんは手をひらひら振ると、また奥の部屋に入って行く。そこが控え室の様なものになっているのだろうか。次に出て来たときは、両手でトロ箱を抱えていた。キッチンの作業スペースに置かれたそれを見ると、葉物野菜などが入っていた。赤塚さんはそれをてきぱきと冷蔵庫に入れて行く。
「お手伝いしましょうか?」
みのりが腰を浮かすと、赤塚さんは「大丈夫大丈夫」と軽く言う。
「こんなん慣れた人間がちゃちゃっとやるんが早いから。それにこれ入れたら準備は終わりやから」
「……あの、今から教えはるんは、中華料理ですか?」
「そうや、よう分かったな。あ、スープで分かるわな」
「はい。あの、寸胴鍋見せてもろてええですか?」
「ええで。言うても何の変哲も無い鶏がらスープやで」
みのりはゆっくりと立ち上がる。急に立つとめまいが酷くなるからだ。本当に不便な身体だと思う。
寸胴鍋の中を見せてもらうと、鶏がらと何かのひき肉、多分鶏のひき肉。そして白ねぎの青い部分としょうがの皮が入っていた。
確かに一般的な鶏がらスープだった。ひき肉を使っているのは早くスープを煮出すためだろう。だがじっくりと煮出されているのだろう、淡いブラウンに染まったスープは透き通っていて、香味野菜のおかげで臭みも無く、動物性の良い香りだけが立ち上がっていた。灰汁も丁寧に取り除いたのだろう、今は中心に少し浮いている程度だった。
「お、ええ感じに取れて来たな」
作業を終えたのだろう赤塚さんが横から寸胴鍋を覗き込み、キッチンに置いてあった刷毛に灰汁を吸着させ、水を張ったボウルに落とした。
「鶏がらスープ取るんはひき肉使こても時間掛かるからな。生徒にやり方は教えるけど、前もって取っとくねん。家で作るんやったら手軽に素とか使こたらええと思うんやけど、ま、ここ教室やから」
「はい」
中華なら上湯や鶏がら、洋食ならブイヨン、和食ならかつお昆布出汁など、湯、フォン、お出汁はお料理の基本となるものである。これらを丁寧に取るかどうかで、お料理の仕上がりは変わって来る。赤塚さんはそれを大事にしているのだな、そう思うと料理人としての信用感が増してくる。
すると表のドアが開く音がし、みのりがとっさに見ると、華やかな雰囲気の女性が入って来た。
「こんにちはぁ~」
ゆったりとしたロングの赤いワンピースをまとい、ブラウンの髪は緩やかに巻かれて背中に流れている。お化粧が濃いめなので年齢は分かりにくい。真っ赤な唇が目を引く。みのりには派手な人に見えた。
「今村さん、こんにちは」
赤塚さんが笑顔で応える。女性は赤塚さんに駆け寄って手を伸ばした。が、赤塚さんはそれを笑顔のままひらりと避ける。
「ああん、もう、赤塚ちゃんたらほんまにつれへんのやからぁ~」
女性はそんなことを言いながらも楽しそうだ。もう何度も来ていて慣れているのか、手にしていた白のバーキンを空いているダイニングチェアに置いた。
「さ、今村さん、手を洗ってエプロンを着けてくださいね。それと、事前に言うてた通り、今日は見学の人がおりますんで」
「はいは~い」
言いながら女性、今村さんはちろりとみのりたちの方を見る。すると途端にその目は険しいものに変わった、様に見えた。
あれ? 睨まれた? みのりは思わず目を瞬かせる。ふと悠ちゃんの顔を見ると、呆れた様に目を細めていた。どうしたのだろうか。みのりは小さく首を傾げた。
専門学校を10年前に卒業しているのだから、今は30歳前後のはずだ。だがもっと若く見えた。それこそ悠ちゃんと変わらないほどに。
「もうすぐ生徒も来るから。ちゃんと事前に見学の許可は取ったぁるからな。あ、その前に手ぇ洗ってな、キッチンの水道。拭くんはペーパータオルあるから」
みのりと悠ちゃんは順番に丁寧に手を洗い、シンクの脇に置かれているペーパータオルで手を拭き、足元の大きなごみ箱に捨てた。タオルで無いのは清潔を意識しているからだろう。
赤塚さんがダイニングセットの椅子を2客引き抜いた。キッチンが対面に見える位置だ。
「椅子はこの辺使こてな。できるだけ物は少なくしてんねん。どうしても調理器具で溢れがちになるからな」
確かに和洋中と教えているのなら、包丁ひとつ取っても形から違う。家庭料理なら三徳包丁ひとつで充分事足りるが、生徒さんによっては専門的な器具が必要なのだろう。
「座っててくれてもええし、立ってキッチンとか手元とか見てくれてもええ。でも生徒の邪魔にならん様にだけ頼むわ」
「はい」
悠ちゃんも小さく頷く。みのりたちはありがたく、椅子を使わせてもらうことにした。みのりには常にめまいがあるので助かる。
「俺、まだ少し準備あるから、ゆっくりしとってな」
赤塚さんは手をひらひら振ると、また奥の部屋に入って行く。そこが控え室の様なものになっているのだろうか。次に出て来たときは、両手でトロ箱を抱えていた。キッチンの作業スペースに置かれたそれを見ると、葉物野菜などが入っていた。赤塚さんはそれをてきぱきと冷蔵庫に入れて行く。
「お手伝いしましょうか?」
みのりが腰を浮かすと、赤塚さんは「大丈夫大丈夫」と軽く言う。
「こんなん慣れた人間がちゃちゃっとやるんが早いから。それにこれ入れたら準備は終わりやから」
「……あの、今から教えはるんは、中華料理ですか?」
「そうや、よう分かったな。あ、スープで分かるわな」
「はい。あの、寸胴鍋見せてもろてええですか?」
「ええで。言うても何の変哲も無い鶏がらスープやで」
みのりはゆっくりと立ち上がる。急に立つとめまいが酷くなるからだ。本当に不便な身体だと思う。
寸胴鍋の中を見せてもらうと、鶏がらと何かのひき肉、多分鶏のひき肉。そして白ねぎの青い部分としょうがの皮が入っていた。
確かに一般的な鶏がらスープだった。ひき肉を使っているのは早くスープを煮出すためだろう。だがじっくりと煮出されているのだろう、淡いブラウンに染まったスープは透き通っていて、香味野菜のおかげで臭みも無く、動物性の良い香りだけが立ち上がっていた。灰汁も丁寧に取り除いたのだろう、今は中心に少し浮いている程度だった。
「お、ええ感じに取れて来たな」
作業を終えたのだろう赤塚さんが横から寸胴鍋を覗き込み、キッチンに置いてあった刷毛に灰汁を吸着させ、水を張ったボウルに落とした。
「鶏がらスープ取るんはひき肉使こても時間掛かるからな。生徒にやり方は教えるけど、前もって取っとくねん。家で作るんやったら手軽に素とか使こたらええと思うんやけど、ま、ここ教室やから」
「はい」
中華なら上湯や鶏がら、洋食ならブイヨン、和食ならかつお昆布出汁など、湯、フォン、お出汁はお料理の基本となるものである。これらを丁寧に取るかどうかで、お料理の仕上がりは変わって来る。赤塚さんはそれを大事にしているのだな、そう思うと料理人としての信用感が増してくる。
すると表のドアが開く音がし、みのりがとっさに見ると、華やかな雰囲気の女性が入って来た。
「こんにちはぁ~」
ゆったりとしたロングの赤いワンピースをまとい、ブラウンの髪は緩やかに巻かれて背中に流れている。お化粧が濃いめなので年齢は分かりにくい。真っ赤な唇が目を引く。みのりには派手な人に見えた。
「今村さん、こんにちは」
赤塚さんが笑顔で応える。女性は赤塚さんに駆け寄って手を伸ばした。が、赤塚さんはそれを笑顔のままひらりと避ける。
「ああん、もう、赤塚ちゃんたらほんまにつれへんのやからぁ~」
女性はそんなことを言いながらも楽しそうだ。もう何度も来ていて慣れているのか、手にしていた白のバーキンを空いているダイニングチェアに置いた。
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