すこやか食堂のゆかいな人々

山いい奈

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1章 すこやか食堂を作ろう

第4話 赤塚さんのお城

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 赤塚あかつかさんのお料理教室、1度見学に行ってみたい。とは言えまだ専門学校の授業があるし、今は卒業制作を控えている。卒業してからになるだろう。

「とりあえずお礼送っとこ。卒業したら見学に行きますって」

 みのりはメッセージアプリに戻り、手早く文字を打ち込んだ。さっと推敲すいこうして、ミスも失礼も無いと思ったので送信する。

「みのり、その見学、俺も行くわ」

 ゆうちゃんが言うので、みのりは「へ?」と目を丸くした。

「平日やし、悠ちゃんお仕事あるやろ?」

「有休あるから大丈夫や。なんや心配やわこれ」

「そうやろか」

 みのりはピンとこないが、悠ちゃんに引っかかるところがあるのなら、みのりには分からない何かを感じたのかも知れない。基本は専門学校の紹介だから信用してはいるのだが。

「行くときには絶対に言うてや」

「うん、分かった」

 そのとき赤塚さんと初めて会うことになるのだろうし、しかも相手は男性だ。悠ちゃんが一緒だと心強いかも知れない。みのりは小さく頷いた。



 卒業制作は日本料理で無事乗り越え、専門学校の卒業に漕ぎ着けた。体調を見ながら、どうにかあまり周りに迷惑を掛けずにここまで来れた。感無量だ。卒業と同時に調理師免許も取得でき、本当に胸を撫で下ろした。

 数日お休みをもらって、4月になり、みのりはまず、アルバイト先を探すことにする。短時間でもお料理にたずさわれるところが良いと、通し営業をしている飲食店に焦点を絞る。

 夕方からだと学生さんの需要があると思うので、みのりは開店準備からを狙う。そうして決まったのは、あべのハルカスに入っている日本料理レストランの厨房だった。

 大阪メトロやJRなどが乗り入れている天王寺てんのうじのあべのハルカスは、最近までは日本でいちばん高いビルだった。今は東京の麻布台あざぶだいヒルズに抜かれてしまい、2位となっている。それでも天気が良ければ展望台からは兵庫や京都、奈良まで望むことができる。

 全国2位になってしまったときには、みのりは大阪人として少し悔しい気持ちが沸き上がったものだった。

 あべのハルカスは基本不定休なので、それ以外は営業日で土日祝など関係無い。むしろ書き入れ時である。

 なのでみのりの休日も自然と平日になる。週休2日、火曜日と木曜日だ。なのでお休みの日を利用して、赤塚さんのお料理教室の見学をさせてもらうことにした。

 今日も晩ごはんを食べに来ていた悠ちゃんに言うと、悠ちゃんは「分かった」と快く頷いてくれる。

「いつ行くん?」

「まだ決めてへんねん。赤塚さんに連絡したら、教室やってる平日やったらいつ来てくれてもええでって言うてくれてはるねん」

「僕はいつでも休めるで」

「そうなん?」

「うん。せやから好きな日決めたって」

「ありがとう」

 みのりが微笑むと、悠ちゃんもゆったりとした笑みを浮かべる。安心すると同時に、もしかしたら自分はそんなに頼りないのだろうかと不安になる。すると。

「お母さんも行こか?」

 お母さんまでそんなことを言うものだから、みのりは慌ててしまう。

「大丈夫やって。ほんまやったらひとりで行かなあかんのに」

 お母さんはみのりの貧血のこともあるからか、少し過保護な傾向がある。確かにみのりは就職をしなかった。だが少しでも自立をして、両親に恩返しをしたいと思っている。経済的にも独立はまだ難しいだろうが。

 もう年齢的には成人しているが、ちゃんと大人になったと言い難いところがある。それが情けないと思う。

 無理が利かない身体とはいえ、それでも日々少しでも限界を更新することを目指して、アルバイトも頑張りたいのだ。



 翌週の木曜日、赤塚さんのお料理教室の見学をお願いした。悠ちゃんも有給休暇を取ってくれて、ふたりで教室のある本町ほんまちに向かう。

 天気の良い、4月の中旬だった。すっかりと春めいていて、心がわくわくしてしまう。桜はそろそろ葉桜に移り変わるだろう。

 本町は大阪メトロ御堂筋みどうすじ線と四つ橋よつばし線、中央ちゅうおう線が通っているビジネス街だ。みのりにはあまり馴染みの無い駅なのだが、資料にあった地図を見ると、最寄りは四つ橋線の本町駅だった。

 なので、昭和町しょうわちょう駅から御堂筋線に乗り、大国町だいこくちょう駅で四つ橋線に乗り換える。路線は違うがホームが同じで、線路が隣り合っているのだ。

 御堂筋線は梅田駅、四つ橋線は西梅田駅に北上する。御堂筋線の一部は御堂筋の下、四つ橋線の一部は四つ橋筋の下を通っている。御堂筋は梅田から南下する一方通行の道路、逆に四つ橋筋は梅田へと北上する一方通行の道路なのだ。大阪市の中心地を南北に横断する4車線の大きな道路である。

 四つ橋線の本町駅を降り、改札を出て地上に出ると、大きな道路が2路線交差していた。北に向けて一方通行の道路が四つ橋筋である。

 赤塚さんのお料理教室があるのは、四つ橋筋を少し北に行って、脇道を入ったところにあるこぢんまりとしたビルの1室だった。3階建てで、茶色いタイル張りの壁はほんのりとすすけている。築年数がそれなりに経っているのだろう。

 1階部分はグレイのシャッターが下まで降りていて、お店なのかどうかも分からない。お料理教室は2階部分だった。

 ビルの右側にある小さな入り口から中に入ると奥に階段、手前に小さなエレベータがあったので、みのりたちはエレベータを使う。2階にはあっという間に着いて、ドアが開くと正面にガラス張りのまだ新しいドアがあった。

 そっと中を覗いてみると、アイランド型の大きなキッチンが1台と家庭用の大型冷蔵庫、シンプルなダイニングセットが見えた。人影は無い。スマートフォンの時計を見ると、約束の時間、13時50分の5分前だった。少し早かっただろうか。だがみのりがドアの取っ手に手を伸ばすと、あっさりと回った。

 そっと押してみると、中から鶏がらスープの香りがふわりと漂って来る。よく見るとキッチンの三口コンロのひとつに寸胴鍋があって、火に掛けられていた。

「す、すいませーん、常盤ですー。赤塚さん、いらっしゃいますかー?」

 中には入らず声を掛ける。すると奥のベージュのドアが開き、黒のコックコートを着た痩身そうしんの男性が姿を現した。

「あ、常盤ときわちゃんやな。ニーハオ」

 今度は中国語? イタリア好きなわけでは無いのか? みのりは思わずきょとんとしてしまう。が、すぐに我に返ってぺこりと頭を下げた。

「こんにちは、常盤です。今日はどうぞよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくな。そっちの男の人は?」

 悠ちゃんはみのりの後ろにいてくれていた。

柏木かしわぎと言います。念のための付き添いです。よろしくお願いします」

 すると赤塚さんは「ほぅ」と目をぱちくりさせ、だがすぐににっと人懐っこい笑みを浮かべた。

「柏木くんな。よろしく~。まま、入ってや」

 赤塚さんに促されて中に入ると、さらに濃厚な鶏がらスープの香りに包まれた。
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