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1章 すこやか食堂を作ろう
第3話 みのりの進路
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みのりはゆっくりと良く噛んで、朝ごはんをいただく。しっかりと噛むことで栄養の吸収率は上がる。お米やお野菜などが持つ大事な栄養素を、できるだけ余すこと無く取り込みたい。
その分食べ終わるのは遅くなるが、今は時間をあまり気にしなくて良いので助かる。みのりはそもそも早食いがあまり得意では無いのだ。
「あんた、今日も1日家におんの?」
「うん、その予定。できたら今日中に卒論完成させたいねん」
「がんばるなぁ」
そうしてゆったりとした朝ごはんが終わる。このころにはサプリメントの効果も出て来てくれているのか、めまいはだいぶんましになっていた。
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末さん」
残りの食器を洗うのはみのりのお仕事である。終わったら卒業論文を仕上げよう。そしたら明日提出に行ける。USBメモリで提出できるので楽なものだ。
そして2ヶ月後、みのりは卒業論文で無事に良をもらい、短期大学をめでたく卒業することができた。開き始めた桜がキャンパスを柔らかく染め、青い空が清々しい日だった。
さらに1年後。調理師専門学校で専門的なお料理を学び、忙しく毎日を過ごしている。
3月の卒業は目の前だ。同級生のほとんどは就職先をすでに決めている。だがみのりはまだだった。少しハードなことをすると倒れそうになってしまう自分に、働ける場所なんてあるのか。それがどうしても心配になってしまうのだ。
それでもみのりの夢を叶えるためには、さらなる研鑽が必要だ。みのりは悩んだ末、進路指導の教員を訪ねることにした。
少しふくよかな年かさのいった男性指導員はみのりの話を真剣に聞いてくれ、「そうやなぁ」と眉根を寄せた。
「確かに料理人は立ち仕事待った無しやもんなぁ。そっか、貧血かぁ」
「はい……」
みのりは目を伏せる。誰にだって、自分の都合の良い就職先があるわけでは無い。それらの中でも自分がベターだと思ったところを探し、そこを目指す。飲食店の厨房だったり、食品会社の開発部だったりと、様々だ。皆そうして道を決めている。みのりだけが尻込みしているのだ。
みのりの夢は飲食店経営だ。なら磨かなければならないのは、まずは技術である。それを鍛えるためには飲食店への就職は必要不可欠だと思われた。思っていた。
お金だって稼がなければならない。お店を出すためにもちろん、これ以上両親の脛をかじらないために。ただでさえ3年、好きな学校に通わせてもらったのだ。これからは恩返しをしなくては。
「ほな、こんなんはどうや」
指導員が提案してくれたのは、こうだった。
専門学校の卒業生の何人かが、家庭料理の枠を超えた本格的な料理教室を開いている。そこに行ける範囲で行くのはどうか。お仕事は身体を第一にして、短時間のアルバイトなどから始めてみる。
みのりは目の前が晴れた気分になった。
「そんなところがあるんですか?」
「ちょっと待ってな。最近卒業したOBも始めてて、生徒募集中やて連絡来とったわ」
指導員はデスクのパソコンを操作する。卒業生の進路やその先も、入手できるものは全てデータベース化されているのだろう。
「あ、あったあった。最近言うても卒業したんは10年前やな。一昨年から教室やっとるわ。それまではホテルのレストランの厨房におったはずやから、腕は確かやで。いろんなジャンル教えてるはずやわ。名前は赤塚、赤塚啓明や」
みのりの心が希望と期待で膨らむ。そんな素晴らしいことが実現できるのなら。
「常盤さんが良かったら、繋ぎ作っとこか。詳しい話は資料送ってもろたらええわ。今やったら紙よりウェブかPDFがええかな。メアドでもSNSのアカウントでもええわ、教えてくれるか」
「はい! よろしくお願いします!」
みのりは立ち上がって、深く頭を下げた。ぐらりと頭が揺れたが、全力で踏ん張った。
数日後、お家のリビングで卒業制作の案を練っていたら、指導員に伝えておいたチャットアプリのアカウント宛に、赤塚さんからメッセージとアドレスが送られて来た。
みのりは慌ててメッセージを読む。
チャオ!
うちの教室に興味持ってくれて嬉しいわ。
資料送るから見てな。見学もアリやで。
よろしくな。
……イタリア好きの明るい人なんかな? そんなことを思いながらも、アドレスをタップする。そこには料金や教室のスケジュール、予約方法などが記されていた。
「お父さんお母さん、悠ちゃん、言うてた教室の資料が来たわ」
みのりは一旦スマートフォンのアプリを落とすと、同期してあるタブレットを立ち上げる。該当のアドレスを開いて、ローテーブルに置いた。
お父さんと悠ちゃんは、ダイニングで晩酌を楽しんでいた。すでに缶ビールが数本空いている。お母さんは緑茶でお供していた。お母さんは下戸なのだ。みのりも貧血のことがあってほとんど飲まない。
3人が「どれどれ」と寄ってくる。全員でローテーブルを囲んだ。
「私はこういうとこの相場の金額は分からんけど、学校が紹介してくれてるんやったら信用できるんやろうなぁ」
お父さんのせりふに、みのりは「うん」と頷く。一般的なお料理教室と比べたら少しお高めではあるが、そこは問題にしていない。アルバイト代で賄えるだろう。
教室は平日の午後から毎日開かれていて、社会人向けに夜の授業もある。一昨年から続けていられるのだから、きっと順調なのだろう。
そしてこのお料理教室、マンツーマンで相談に乗りながら教えてくれるそうなのだ。かなり手厚いと言える。
「ふぅん? この赤塚ってOBと1対1なんや」
悠ちゃんがかすかに眉をしかめた、様に、みのりには見えた。
その分食べ終わるのは遅くなるが、今は時間をあまり気にしなくて良いので助かる。みのりはそもそも早食いがあまり得意では無いのだ。
「あんた、今日も1日家におんの?」
「うん、その予定。できたら今日中に卒論完成させたいねん」
「がんばるなぁ」
そうしてゆったりとした朝ごはんが終わる。このころにはサプリメントの効果も出て来てくれているのか、めまいはだいぶんましになっていた。
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末さん」
残りの食器を洗うのはみのりのお仕事である。終わったら卒業論文を仕上げよう。そしたら明日提出に行ける。USBメモリで提出できるので楽なものだ。
そして2ヶ月後、みのりは卒業論文で無事に良をもらい、短期大学をめでたく卒業することができた。開き始めた桜がキャンパスを柔らかく染め、青い空が清々しい日だった。
さらに1年後。調理師専門学校で専門的なお料理を学び、忙しく毎日を過ごしている。
3月の卒業は目の前だ。同級生のほとんどは就職先をすでに決めている。だがみのりはまだだった。少しハードなことをすると倒れそうになってしまう自分に、働ける場所なんてあるのか。それがどうしても心配になってしまうのだ。
それでもみのりの夢を叶えるためには、さらなる研鑽が必要だ。みのりは悩んだ末、進路指導の教員を訪ねることにした。
少しふくよかな年かさのいった男性指導員はみのりの話を真剣に聞いてくれ、「そうやなぁ」と眉根を寄せた。
「確かに料理人は立ち仕事待った無しやもんなぁ。そっか、貧血かぁ」
「はい……」
みのりは目を伏せる。誰にだって、自分の都合の良い就職先があるわけでは無い。それらの中でも自分がベターだと思ったところを探し、そこを目指す。飲食店の厨房だったり、食品会社の開発部だったりと、様々だ。皆そうして道を決めている。みのりだけが尻込みしているのだ。
みのりの夢は飲食店経営だ。なら磨かなければならないのは、まずは技術である。それを鍛えるためには飲食店への就職は必要不可欠だと思われた。思っていた。
お金だって稼がなければならない。お店を出すためにもちろん、これ以上両親の脛をかじらないために。ただでさえ3年、好きな学校に通わせてもらったのだ。これからは恩返しをしなくては。
「ほな、こんなんはどうや」
指導員が提案してくれたのは、こうだった。
専門学校の卒業生の何人かが、家庭料理の枠を超えた本格的な料理教室を開いている。そこに行ける範囲で行くのはどうか。お仕事は身体を第一にして、短時間のアルバイトなどから始めてみる。
みのりは目の前が晴れた気分になった。
「そんなところがあるんですか?」
「ちょっと待ってな。最近卒業したOBも始めてて、生徒募集中やて連絡来とったわ」
指導員はデスクのパソコンを操作する。卒業生の進路やその先も、入手できるものは全てデータベース化されているのだろう。
「あ、あったあった。最近言うても卒業したんは10年前やな。一昨年から教室やっとるわ。それまではホテルのレストランの厨房におったはずやから、腕は確かやで。いろんなジャンル教えてるはずやわ。名前は赤塚、赤塚啓明や」
みのりの心が希望と期待で膨らむ。そんな素晴らしいことが実現できるのなら。
「常盤さんが良かったら、繋ぎ作っとこか。詳しい話は資料送ってもろたらええわ。今やったら紙よりウェブかPDFがええかな。メアドでもSNSのアカウントでもええわ、教えてくれるか」
「はい! よろしくお願いします!」
みのりは立ち上がって、深く頭を下げた。ぐらりと頭が揺れたが、全力で踏ん張った。
数日後、お家のリビングで卒業制作の案を練っていたら、指導員に伝えておいたチャットアプリのアカウント宛に、赤塚さんからメッセージとアドレスが送られて来た。
みのりは慌ててメッセージを読む。
チャオ!
うちの教室に興味持ってくれて嬉しいわ。
資料送るから見てな。見学もアリやで。
よろしくな。
……イタリア好きの明るい人なんかな? そんなことを思いながらも、アドレスをタップする。そこには料金や教室のスケジュール、予約方法などが記されていた。
「お父さんお母さん、悠ちゃん、言うてた教室の資料が来たわ」
みのりは一旦スマートフォンのアプリを落とすと、同期してあるタブレットを立ち上げる。該当のアドレスを開いて、ローテーブルに置いた。
お父さんと悠ちゃんは、ダイニングで晩酌を楽しんでいた。すでに缶ビールが数本空いている。お母さんは緑茶でお供していた。お母さんは下戸なのだ。みのりも貧血のことがあってほとんど飲まない。
3人が「どれどれ」と寄ってくる。全員でローテーブルを囲んだ。
「私はこういうとこの相場の金額は分からんけど、学校が紹介してくれてるんやったら信用できるんやろうなぁ」
お父さんのせりふに、みのりは「うん」と頷く。一般的なお料理教室と比べたら少しお高めではあるが、そこは問題にしていない。アルバイト代で賄えるだろう。
教室は平日の午後から毎日開かれていて、社会人向けに夜の授業もある。一昨年から続けていられるのだから、きっと順調なのだろう。
そしてこのお料理教室、マンツーマンで相談に乗りながら教えてくれるそうなのだ。かなり手厚いと言える。
「ふぅん? この赤塚ってOBと1対1なんや」
悠ちゃんがかすかに眉をしかめた、様に、みのりには見えた。
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