上 下
2 / 41
1章 すこやか食堂を作ろう

第2話 みのりの夢

しおりを挟む
 年が明け、1月。真冬を迎え、吹きすさぶ風は身体を芯から冷やして行く。

 みのりたち常盤ときわ家とゆうちゃんが住まうマンションは、大阪市の阿倍野あべの昭和町しょうわちょうにある。大阪メトロ御堂筋みどうすじ線の昭和町駅が最寄りだ。天王寺てんのうじ駅まで1駅という利便性の良さなのだが、住宅街の側面も大きく、駅前には大きなスーパーやドラッグストア、周辺にはいくつか商店街があったりと、暮らしやすい街なのだ。

 そして駅の西側、すぐ近くにある「寺西家阿倍野長屋てらにしけあべのながや」は、昭和初期に建造された4軒長屋だ。近代長屋としては全国初の登録有形文化財である。今は4軒とも飲食店として経営されていて、木造瓦葺かわらぶきを保つ懐かしい雰囲気のお店として地域の名所となっている。

 悠ちゃんは大学卒業後に就職していて、平日は毎朝職場がある、大阪でも屈指のビジネス街淀屋よどやばし橋まで大阪メトロ御堂筋線に揺られる。みのりが通う短期大学は谷町線の四天王寺前夕陽ケ丘してんのうじゆうひがおか駅が最寄りである。

 みのりは短期大学で栄養学を学んでいる。幼いころからお母さんがみのりのために、鉄分を始めとした栄養素、そしてバランスを考えたごはんを作ってくれていた。そのおかげでお家には数冊の栄養学の本があり、みのりも興味を持ったのだ。

 将来はそういう分野の研究や教育に携わるという道もある。栄養士の資格も卒業と同時に取得できる。だがみのりが選んだのは、飲食店経営の道だった。

 みのりはそんなにたくさんの量を食べることはできないが、お母さんが作ってくれた愛情いっぱいのお料理、そしてお友だちや悠ちゃん、もちろん両親と食べた美味しい外食も、みのりの心を暖めてくれた。

 美味しいものは、人をこんなにも幸せにしてくれるのか。ならみのりの様に美味しいもので体調などを整えることができたら、それは素晴らしいことなのでは無いか。みのりはそう思う様になった。

 だから、高校卒業後の進路には迷った。調理が学べる学校に行くか、栄養学が学べる学校に行くか。すると両親がこんなことを言ってくれたのだ。

「みのり、大学を国公立か短大にするんやったら、そのあと専門学校に行ってもええで。最大2年制でな」

 それで、みのりの迷いは無くなった。大学は栄養学が学べる短期大学を目指し、卒業後は1年制の調理師専門学校に行くことに決めた。もちろんストレート合格を目指し、ストレート卒業が目標だ。

 できるだけ両親に、そして悠ちゃんに心配を掛けない様にと。

 そうして漕ぎ着けた大学2回生。卒業したら大阪市内の調理師専門学校の1年制に進む予定だ。

 夢が膨らむ。もちろん卒業してすぐにお店を出せるだなんて思っていない。お金だってたくさんいるし、お母さんから教えてもらった基礎と、専門学校の1年間だけでスキルが伴うなんて甘えたことは考えていない。

 やはりどこかの飲食店で修行をした方が良いのだと思う。

 だが長時間立っていられないみのりが、立ち仕事を勤めることができるだろうか。普段、少しでも身体を強くしたくて歩いたりしてはいるが、常にめまいに付きまとわれているみのりは、無理をすると頭の揺れが酷くなり、下手をすると立っていられなくなる。

 本当に情けない。自分はまともに働くこともできないのだろうか。涙が出そうになるが、誰が悪いわけでもないと吹っ切って頭を振る。そしてめまいが酷くなり、うつむく日々だ。

 それでも自分ができることを日々するしか無い。短期大学は無事2年で卒業できそうだ。卒業論文も書き上げられそうである。

 みのりのテーマは「健康を保つ家庭料理」だった。題材としては弱いと思った。だがそれがみのりが将来見据えていることだった。

 あらためて奮起するために、みのりは気合を入れてパソコンに向き合った。貧血なら、風邪なら、腎臓病なら、糖尿病なら、高血圧なら、などなど。どうお献立を構成するか。お料理の知識はまだ覚束おぼつかなかったが、レシピ本を見たり、お母さんに協力してもらいながら取り組んでいる。

 今はどうにか書き終えていて、推敲すいこうを残すのみとなっている。遅くとも2月には提出しなければならないので、順調と言えるだろう。

 2回生の1月ともなれば、もう単位は全て取れている。なのでキャンパスに行く必要は無い。なのでみのりは自室で論文作成に集中する日々だった。

「はい、みのり、お待たせ」

「ありがとう」

 お母さんが整えてくれた朝ごはんが、ほかほかと湯気を上げる。常盤家の朝ごはんは基本和食である。

 お茶碗にふんわりとよそわれた、活動エネルギーの源である白いごはん、食欲をうながしてくれる真っ赤な梅干し、赤血球生成に良いビタミン12と鉄分を含むしじみのお味噌汁、上質な植物性たんぱく質とイソフラボンたっぷりの木綿豆腐の冷や奴。これらが毎朝の定番だった。

 そして今朝は、卵とほうれん草のバターソテーがメインだった。鉄のフライパンで作ってくれたもので、鉄分がしっかりと含まれている。

 鉄にはヘム鉄と非ヘム鉄があり、吸収が良いのはお肉やお魚などに含まれるヘム鉄だ。ほうれん草などのお野菜などは非ヘム鉄で、こちらは吸収率が低め。だがバランスは大事だし、なによりみのりは朝からお肉類などを食べる気力が無い。喉を通る気がしないのだ。お魚ならともかく。

 その代わり、できるだけお米をしっかりと食べる。お昼までしっかりと動ける様に。とはいえ今日も論文のために引きこもるので、あまり食べると太ってしまうのだが。体力は付けたいが、過度に太りたく無いお年頃なのだ。

「ほな僕、仕事行ってきます」

 綺麗に朝ごはんを食べ終え、お父さんの空いた食器の洗い物までしてくれた悠ちゃんがキッチンから戻って来た。

「お、私も行かんとな」

 お父さんも腰を上げた。

「はい、行ってらっしゃい。ふたりとも、今日晩ごはんは?」

「多分お世話になると思います。もし予定変わったらすぐに連絡します」

「私も家でもらうわ」

「オッケー」

 悠ちゃんはこうして常盤家でごはんを食べる分、ちゃんと食費を払ってくれていると聞いている。お母さんはみのりのことでお世話にもなっているし要らないと言ったそうだが、遠慮無く食べに来られる様にしたいから、という柏木かしわぎ家の説得に「それもそうか」と受け取ることにしたのだそうだ。

 みのりもこうして悠ちゃんと一緒にごはんが食べられるのが嬉しかった。賑やかな食卓はみのりに元気をくれる。社会人として働くお父さんや悠ちゃんの話を聞くのも楽しかった。

「ほな、行ってきます」

「行ってくるわな」

「行ってらっしゃい」

「行ってらっしゃーい」

 お父さんと悠ちゃんは、お母さんとみのりに見送られて、出勤して行った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

たこ焼き屋さかなしのあやかし日和

山いい奈
キャラ文芸
坂梨渚沙(さかなしなぎさ)は父方の祖母の跡を継ぎ、大阪市南部のあびこで「たこ焼き屋 さかなし」を営んでいる。 そんな渚沙には同居人がいた。カピバラのあやかし、竹子である。 堺市のハーベストの丘で天寿を迎え、だが死にたくないと強く願った竹子は、あやかしであるカピ又となり、大仙陵古墳を住処にしていた。 そこで渚沙と出会ったのである。 「さかなし」に竹子を迎えたことにより、「さかなし」は閉店後、妖怪の溜まり場、駆け込み寺のような場所になった。 お昼は人間のご常連との触れ合い、夜はあやかしとの交流に、渚沙は奮闘するのだった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

おにぎり食堂「そよかぜ」~空に贈る手紙~

如月つばさ
ライト文芸
おにぎり食堂「そよかぜ」 2019年。ホタルが舞うあの日から、約3年の月日が流れました。 いらっしゃいませ。お久し振りです。おにぎりの具は何に致しましょう? どうぞ、ゆっくりなさってくださいね。 ※本編では語られなかった、今だからこそ語られる、主人公ハルの過去に纏わる完結編となる物語。

処理中です...