おいしい心残り〜癒し、幸せ、ときどき涙〜

山いい奈

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3章 お家カレーで解きほぐせたら

第2話 手間暇を掛けてでも

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 後にやって来たサヨさんに知朗ともろうが「カレーを作りたい」と言うと、また戸惑った様な表情をされた。

「カレー、でございますか……?」

「おう。材料揃えられるか?」

「先と同じくあるじに聞いてみませんと。ですがケーキの時も大丈夫だったのですから、今回もご用意できるかと。あ、申し訳ありません、これは私の勝手な考えでございますか」

「いや、俺もそれで期待してるんだ。今度も大丈夫なんじゃ無ぇかなって」

「そうでございますね。良いお返事ができると良いのですが。では聞いて参りますのでお待ちくださいませ」

「あ、用意してもらえるんだったら二度手間にどでまになるし、今必要なもの書いて渡して良いか?」

「そうでございますね。ではこちらにお願いします」

 サヨさんが着物のたもとから取り出した紙片と鉛筆を受け取り、知朗は考えながら必要なものを書き出して行く。サヨさんは数枚に渡ったそれを見て「なるほどでございます」と納得した様に頷いた。

「では可能でしたら、こちらの材料をすぐにお揃えいたしますね。また参りますのでお待ちくださいませ」

 サヨさんは深くお辞儀じぎをして扉から出て行った。

「用意してもらえたらええねぇ」

「ああ。特にあれが手に入りゃあ話が早いし確実だと思う」

「そうやねぇ」

 太郎たろうくんが言った隣の家のカレー。すなわちいわゆる「お家のカレー」を想像した。市販のカレールウを使って作ったカレーである。

 あれから太郎くんに話を聞いたところによると、太郎くんの家は小さなアパートだったとのこと。なら下世話げせわだが、経済的にもカレールウのカレーの可能性が高いと見たのだ。

 カレールウが使えるなら、確実に美味しいものが作れるので何の心配も無い。少しばかりアレンジはするが、基本の作り方で作れば良いのだ。

 だがカレールウが手に入らなかった場合。その時にはカレー粉などを使ってルウを作らなければならない。カレー粉すら駄目なら、スパイスを調合して作らなければならないのだ。

 知朗は一時期カレーにっていた時があり、スパイスから作ったことがあった。なのでどのスパイスが必要なのかは分かっている。だが配分がうろ覚えなのだ。

 そしてカレールウが使えなかったらブイヨンも必要になってくるので、なかなかな大仕事になる。

 手間は惜しまないが、少しでも早く太郎くんの望むものを作ってあげたいという気持ちが勝る。なのでカレールウはぜひ欲しいところなのだが。

「ふぅむ、わしは生前も料理を全然せんかったから分からんのじゃが、カレールウというのはそんなにも大事なのかの?」

 ツルさんが切り子グラスを片手に問うてくる。

「ツルさんカレールウは知ってるか? つか亡くなったのいつだよ」

「いつ死んだのかはもう年じゃて、忘れてしもうた」

「え、結構大事なことなんや無いですか?」

 けろっと言うツルさんに謙太けんたは驚く。

「もう死んでしもうたんじゃから、いつかはどうでもええんじゃ。それよりカレールウじゃ。それが無かったら、太郎ぼうが食べたいカレーは作れないのかのう?」

 はぐらかされた気がするが、今は追求するところでは無いだろう。知朗は「んー」と唸る。

「作れねぇことは無ぇが、何つうかルウから作ると本格的になりすぎるって言うか。確かに美味いもんができるんだけど、今回作りてぇのは「旨いカレー」じゃ無くて「太郎が食いてぇカレー」だからな。一般家庭でルウから手作りするってなかなか無ぇと思うぜ」

「そうなんじゃな。カレールウとはそんなに重要なものなんじゃな」

「そうなんですよねぇ。味そのものを左右しますからねぇ。トモは凝り性やから、僕も手作りを食べさせてもろたことあるけど、実家の親でもそこまでせんかったですよ。でもお家のカレーって、同じルウを使っててもそれぞれ違ったりするやんねぇ。不思議やわぁ」

 最後のせりふは知朗に向かっていた。

「そうなんだよな。ルウもいろいろ種類があるし、行けたとしてもどこのブランドが来るか判らねぇし」

「指定せえへんかったん?」

「そこまで頼んで良いもんかどうか判らなかったからな。まぁよっぽどよく分からねぇもんが来ねぇ限り大丈夫だろ」

「そうやねぇ。今のカレールウはどこのも美味しいやろうしねぇ」

「カレールウというのは、そんなに種類があるものなのかのう?」

「その辺のスーパーで買えるだけでも10とかあるかな」

「そんなにか!」

 ツルさんが驚いた様に目をく。ツルさんが生きていたころにはカレールウは無かったか、あってもそう種類は多く無かったのだろう。

 料理を全然しなかったということだから、余計に知らないだろうし。一体ツルさんの時間はいつから止まっているのだろうか。

 すると「謙太さま知朗さま、お待たせいたしました」とサヨさんがやって来た。ふたりに深く頭を下げる。

「ご希望しておりました材料をご用意いたしましたので、ご確認くださいませ」

「キッチンの中ですか?」

「はい」

 知朗が我先にとシステムキッチンに向かう。謙太も続きツルさんもひょこひょこと付いて来る。

 知朗は扉や引き出しを開けて、入っている食材を全部出して行く。肉や野菜、そして。

「カレー粉か!」

 用意されていたのはカレー粉だった。と言うことは、カレールウを手作りしなければならないと言うことだ。

 スパイスから作るより、配分を覚えていない身としては助かったと言えるのかも知れないが。

 知朗は持ち上げたカレー粉の瓶を睨み付ける様に見て、「……よし、やるか」と観念した様な声を上げた。

「あ、でも時間大丈夫か? サヨさん、次暗くなるまでどれぐらいある?」

「もうさほど時間はございません。そのカレーをお作りになられるのにお時間が掛かる様でしたら、明日の方がよろしいかと」

「そっか。じゃあ明日にするかな」

 知朗は言うと、キッチンから離れぶらぶらと歩いて太郎くんの元へ。

 太郎くんは筋肉質な青年と、軽い筋肉トレーニングをしている最中だった。これを遊びと言うのかどうかは難しいところだが、太郎くんは黙々もくもくと懸命に青年に付いて行っていた。

「太郎」

 知朗が声を掛けると太郎くんは動きを止める。まずは青年を見て、青年がさわやかな笑みで頷いたら、とととっと知朗の元に駆けて来てくれた。

「太郎、カレーの材料が入ったぜ。明日作ってやるからな」

 言うと太郎くんはぱっと嬉しそうに目を開いた。それは微かな変化だったが、感情を表すことが少ない太郎くんなので、これはかなり嬉しいと思ってくれているのだと思う。

 知朗はにっこりと笑顔を浮かべ、太郎くんの頭をくしゃりと撫でた。

「旨いの作ってやるから待ってろよ」

 言うと太郎くんは小さくこくりと頷いた。するとそれを見守っていた青年が「良かったな!」と快活かいかつに言い、背中をぱしんと軽く叩いた。

「じゃあ明日美味しくカレーが食べられる様に、もっとトレーニングをがんばろう!」

 青年がそう言って手を差し出すと、太郎くんは素直にその手を取った。

 連れて行かれる時にちらりと振り向いたので、知朗はひらひらと手を振る。すると太郎くんは少しほっとした様に頬を緩ませた。

 表情はまだ硬い。だがこれが今の太郎くんにとって、精一杯の笑みなのかも知れない。大分友朗に心を許している、そんな感じがした。
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