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1章 生と死の間の世界
第2話 生者と死者の間の世界
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熱い、熱い熱い熱い熱い熱い。
真っ赤な眼前、全身にまとわり付きながら身体をこじ開けて入ってくる黒煙。
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ、死、ぬ。
燃え盛る凶器に翻弄され、意識を失った次の瞬間。
「どこやろう、ここ」
「どこだろうな」
ふと気付くと、謙太と知朗は深夜の様な空間に佇んでいた。周りを見渡しても濃紺の闇が広がるだけで、近くにいる互いはどうにか認識できた。
「俺ら、火事に遭ったよな」
「……うん。焼けたと思う。死ぬほど熱かったはずなんやけど、なんでやろ、あんまり思い出されへんわぁ」
「俺もだ。どういうことだ?」
知朗がそう言った時、ふたりの目の前にふわりと灯りがともった。そしてその向こうに徐々に女性の姿が浮かび上がる。
「……はぁっ!?」
「うわあぁぁぁぁぁ!」
大いに驚いて後ずさりすると、まだ半透明の女性が「ああ、驚かせてしまい申し訳ございません」と淑やかな声を上げた。
間も無くその姿が完全になる。細身の小柄な身体に薄いピンクの着物をまとい、真っ黒で艶やかな髪は腰あたりまで伸びている。涼やかで瞑っている様な細い目尻がやんわりと下げられた。まるで日本人形の様である。
灯りを手にした女性はふたりを前に深々と頭を下げ、ゆっくりと口を開く。
「初めまして。おふたりをここに呼び寄せましたのは、私の主でございます」
そう静かに言い、また深く頭を下げる。
「お疲れでございましょう。どうぞお座りください」
女性はそう言って、床と思われるふたりが足を付けている箇所を掌で示す。
ふたりは顔を見合わせる。ここは従っても大丈夫なのだろうかと不安が過ぎる。するとそれを察したのか、女性がゆっくりとその場に腰を下ろして脇に灯りを置いた。とても姿勢の良い正座である。
そこでふたりも恐る恐るその場に座った。謙太はぺたん座り、知朗はあぐらをかく。
「まず、この度は誠にご愁傷さまでございました」
女性はそう言い三つ指をついた。
「ああ、僕らはやっぱり死んでしもたんですねぇ」
「はい。おふたりは火事でお亡くなりになりました。まだまだお若いですのに、本当に残念に思います」
「そっか」
知朗は素っ気なく言い、頭をばりばりと掻いた。
「あんま思い出せねぇけどさ、滅茶苦茶熱かったし痛かったはずなんだよな。あんだけ全身を火に焼かれて死なねぇわけが無ぇよな」
「それなのでございますが、僭越ながら主がそのご記憶を消させていただきました。これからおふたりにしていただきたいことに、炎への恐怖は禁物ということでございました」
「してもらいたいこと、ですか?」
ふたりはかすかに目を見開く。
「はい。その前に、まずはこの空間のことを説明させていただきます」
「そうだよ。ここはどこなんだ。俺ら死んだってことはいわゆる死後の世界ってやつなのか?」
「それは半分正解、半分間違いでございます。ここは確かに亡くなられた方が訪れる場所でございますが、死後の世界というものはこの更に先にあるのです。ここは生者と死者の間の世界なのでございます」
「じゃあこの世界にいる人はどうなるんですか?」
「この世界におられる死者の方々は、何かしらの理由があって転生できない、もしくはしたくないのでございます。ですのでご本人さまが転生したいと思われない限りは、永遠にこの世界に居続けることになります」
「それってええことないんや無いんですか?」
「いいえ、そうでは無いのでございます」
謙太が戸惑う様に言うと、女性はゆるりと首を振った。
「皆さまこの世界を楽しんでおられます。成仏していないわけではありませんので、大丈夫なのでございます」
「じゃあなんで僕らは揃ってこの世界に来たんですか? さっき何かしてもらいたいことがある、みたいなことを仰ってはりましたけど」
「そう難しいことではございません。おふたりにはこの世界にお住まいの方々に、お飲み物をご用意していただきたいのです」
「ええっと、ドリンクバーみたいってことか? 店か何かか?」
「そう捉えていただいて大丈夫かと思います。この世界には老若男女様々な方がおられますので、ジュースからお酒までいろいろなお飲み物がございます。金銭のやりとりはありませんので、正確にはお店ではございませんが、その様なものだと思っていただけましたら」
「まぁ、僕らができることでしたら」
「まぁそうだな」
まだどうにも腑に落ちないがふたりは頷いた。
ふたりが死んでしまったのは突然のことだ。成仏だの転生だの、これまで考えたことも無かった。死というものを視野に入れるには若かったし、病気知らずの健康体でもあった。
怪我だって調理中にできる小さなやけど程度だ。今でも現実感が無い。まるで夢を見ているみたいだ。
「あ、でもそれやったら火への恐怖とか関係無いですよねぇ?」
「それに関しましては追々と。さぁ、ではご案内いたします。恐れ入りますがお立ちくださいませ」
女性が灯りを手になめらかな動作で立ち上がるので、ふたりも腰を上げる。すると女性の後ろにすっと扉が現れた。深い色合いの木造りの大きな観音開きの扉だ。神社や寺を彷彿とさせる立派なものだった。
その扉がぎぎっと軋んだ音を立ててゆっくりと向こう側に開く。その向こうに見えるのは今いる暗闇と変わらない色だった。
所作良く歩く女性がためらいもせず扉をくぐるのでふたりも続く。すると驚いたことに扉越しに見えていた闇から一転、途端にそこは明るい空間に様変わりした。ふたりはその光につい目を瞑ってしまう。
しかし徐々に目が慣れて来てゆっくりと開いて見ると、まるで穏やかな宴が行われている様な光景が広がった。
真っ赤な眼前、全身にまとわり付きながら身体をこじ開けて入ってくる黒煙。
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ、死、ぬ。
燃え盛る凶器に翻弄され、意識を失った次の瞬間。
「どこやろう、ここ」
「どこだろうな」
ふと気付くと、謙太と知朗は深夜の様な空間に佇んでいた。周りを見渡しても濃紺の闇が広がるだけで、近くにいる互いはどうにか認識できた。
「俺ら、火事に遭ったよな」
「……うん。焼けたと思う。死ぬほど熱かったはずなんやけど、なんでやろ、あんまり思い出されへんわぁ」
「俺もだ。どういうことだ?」
知朗がそう言った時、ふたりの目の前にふわりと灯りがともった。そしてその向こうに徐々に女性の姿が浮かび上がる。
「……はぁっ!?」
「うわあぁぁぁぁぁ!」
大いに驚いて後ずさりすると、まだ半透明の女性が「ああ、驚かせてしまい申し訳ございません」と淑やかな声を上げた。
間も無くその姿が完全になる。細身の小柄な身体に薄いピンクの着物をまとい、真っ黒で艶やかな髪は腰あたりまで伸びている。涼やかで瞑っている様な細い目尻がやんわりと下げられた。まるで日本人形の様である。
灯りを手にした女性はふたりを前に深々と頭を下げ、ゆっくりと口を開く。
「初めまして。おふたりをここに呼び寄せましたのは、私の主でございます」
そう静かに言い、また深く頭を下げる。
「お疲れでございましょう。どうぞお座りください」
女性はそう言って、床と思われるふたりが足を付けている箇所を掌で示す。
ふたりは顔を見合わせる。ここは従っても大丈夫なのだろうかと不安が過ぎる。するとそれを察したのか、女性がゆっくりとその場に腰を下ろして脇に灯りを置いた。とても姿勢の良い正座である。
そこでふたりも恐る恐るその場に座った。謙太はぺたん座り、知朗はあぐらをかく。
「まず、この度は誠にご愁傷さまでございました」
女性はそう言い三つ指をついた。
「ああ、僕らはやっぱり死んでしもたんですねぇ」
「はい。おふたりは火事でお亡くなりになりました。まだまだお若いですのに、本当に残念に思います」
「そっか」
知朗は素っ気なく言い、頭をばりばりと掻いた。
「あんま思い出せねぇけどさ、滅茶苦茶熱かったし痛かったはずなんだよな。あんだけ全身を火に焼かれて死なねぇわけが無ぇよな」
「それなのでございますが、僭越ながら主がそのご記憶を消させていただきました。これからおふたりにしていただきたいことに、炎への恐怖は禁物ということでございました」
「してもらいたいこと、ですか?」
ふたりはかすかに目を見開く。
「はい。その前に、まずはこの空間のことを説明させていただきます」
「そうだよ。ここはどこなんだ。俺ら死んだってことはいわゆる死後の世界ってやつなのか?」
「それは半分正解、半分間違いでございます。ここは確かに亡くなられた方が訪れる場所でございますが、死後の世界というものはこの更に先にあるのです。ここは生者と死者の間の世界なのでございます」
「じゃあこの世界にいる人はどうなるんですか?」
「この世界におられる死者の方々は、何かしらの理由があって転生できない、もしくはしたくないのでございます。ですのでご本人さまが転生したいと思われない限りは、永遠にこの世界に居続けることになります」
「それってええことないんや無いんですか?」
「いいえ、そうでは無いのでございます」
謙太が戸惑う様に言うと、女性はゆるりと首を振った。
「皆さまこの世界を楽しんでおられます。成仏していないわけではありませんので、大丈夫なのでございます」
「じゃあなんで僕らは揃ってこの世界に来たんですか? さっき何かしてもらいたいことがある、みたいなことを仰ってはりましたけど」
「そう難しいことではございません。おふたりにはこの世界にお住まいの方々に、お飲み物をご用意していただきたいのです」
「ええっと、ドリンクバーみたいってことか? 店か何かか?」
「そう捉えていただいて大丈夫かと思います。この世界には老若男女様々な方がおられますので、ジュースからお酒までいろいろなお飲み物がございます。金銭のやりとりはありませんので、正確にはお店ではございませんが、その様なものだと思っていただけましたら」
「まぁ、僕らができることでしたら」
「まぁそうだな」
まだどうにも腑に落ちないがふたりは頷いた。
ふたりが死んでしまったのは突然のことだ。成仏だの転生だの、これまで考えたことも無かった。死というものを視野に入れるには若かったし、病気知らずの健康体でもあった。
怪我だって調理中にできる小さなやけど程度だ。今でも現実感が無い。まるで夢を見ているみたいだ。
「あ、でもそれやったら火への恐怖とか関係無いですよねぇ?」
「それに関しましては追々と。さぁ、ではご案内いたします。恐れ入りますがお立ちくださいませ」
女性が灯りを手になめらかな動作で立ち上がるので、ふたりも腰を上げる。すると女性の後ろにすっと扉が現れた。深い色合いの木造りの大きな観音開きの扉だ。神社や寺を彷彿とさせる立派なものだった。
その扉がぎぎっと軋んだ音を立ててゆっくりと向こう側に開く。その向こうに見えるのは今いる暗闇と変わらない色だった。
所作良く歩く女性がためらいもせず扉をくぐるのでふたりも続く。すると驚いたことに扉越しに見えていた闇から一転、途端にそこは明るい空間に様変わりした。ふたりはその光につい目を瞑ってしまう。
しかし徐々に目が慣れて来てゆっくりと開いて見ると、まるで穏やかな宴が行われている様な光景が広がった。
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