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4章 偏食お嬢さんと、血液を作るご飯

第1話 大きな病気とかで無かったら良いけど

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 浅葱あさぎとカロムは、今日も村で買い物である。

「晩ご飯何にしようかなぁ」

 そんな話をしながら、商店の中に並べられた新鮮な野菜を眺める。トマト、ブロッコリ、レタスなどなど。どれもみずみずしくて美味しそうだ。

「明日の昼も考えなきゃだぜ」

「そうだね」

 昼食はいつもピラフやパスタなどのワンプレートで済ませているので、今夜の余り肉や余り野菜でどうにでもなるが、さて。

「あ、卵も買っとかなきゃな」

「もう無かったっけ」

「おう。そうだ、今夜は新鮮な卵でオムライスどうだ? 具沢山のスープ付けてさ」

「良いね! じゃあ野菜は、玉葱と人参はまだあるから、マッシュルームとグリンピース。スープ用にレタスと」

 そんな話をしていると、通りの一角でざわめきが起こった。

「ちょっとあんた、大丈夫かい?」

 そんな女性の声も聞こえる。浅葱とカロムは顔を見合わせると頷き合い、様子を見に行く事にした。

 野菜の商店と隣の商店の間、建物の壁に手を付いてうずくまる若い女性。その表情は辛そうに歪められ、呼吸もし辛そうではぁはぁと小刻みになっていた。額にはじんわりと玉の汗が浮いている。

 そんな女性をいたわる様に、小太りの中年女性が傍らにかがんで若い女性の背中に手を添えている。その周りにも心配そうな顔をした村人数人が取り囲んでいた。

「スラノさん、どうかしたんですか?」

 カロムが中年女性、スラノに聞くと、戸惑った様に「あらカロムくん。マリナちゃん、しんどそうに蹲っちゃって」と応えてくれた。すると若い女性、マリナが「すいません……」とか細い声をらした。

「頭がくらくらして……たまにあるんで大丈夫です……少ししたら落ち着きますから……」

「病院は?」

「行って無い……」

 カロムに応える女性の口調が砕ける。同年代なのだろうか。

「じゃあ少し落ち着いたら病院行こう。俺ら一緒に行くから」

「ううん、そんな迷惑掛けらんない……」

「大丈夫だから。ちゃんとアントン先生に診て貰おうぜ」

 カロムが優しく言うと、マリナは躊躇ちゅうちょしながらも小さく頷いた。

「うん……ありがとう、カロム……」

 マリナはかすかに口角を上げて言うと、またしんどそうに俯いた。

「カロム、あんたは錬金術師さまのお世話もあるんだろう? アントン先生のところには私が一緒に行くからさ」

「何言ってるんですか。スラノさんこそ7人の子どもが家で待ってんでしょ? 早く帰ってやらなきゃ」

「でもねぇ」

 そう言いながら譲らないふたりの間に、浅葱が「あの」と横槍を入れる。

「僕とカロムで行きますから。ロロア、あ、錬金術師さまも、体調の悪い方を放っておいたとなれば、そっちの方が怒られてしまいます」

「そうかい……?」

 スラノはまだ躊躇ためらっている様だが、浅葱の言葉に主張を引っ込めた。

「じゃあお願いして良いかい? 後で電話ででも知らせておくれよ。やっぱり心配だからさ」

「解りました。任せてください。アサギ、勝手に決めちまって悪い。買い物はまた後でな」

「うん」

 スラノはマリナに「お大事にね」と言うと立ち上がり、群がる村人に「ほらほら、大丈夫だからね!」と言いながら解散させ、浅葱たちに黙礼するとその場を去った。

「ごめんねぇ、カロム……と、あなたは確か錬金術師さまの助手さん……」

「はい。浅葱と言います。ああ、無理に喋らないで」

「ありがとうございます……いえ、もう、大丈夫そうです」

 マリナは先程よりかははっきりとした声で言うと、手を付いた壁を支えにし、ふらつきながら立ち上がった。

「病院、ひとりで行けるから」

 そう言い弱々しい笑みを浮かべるマリナ。カロムは呆れた様に息を吐いた。

「何言ってんだ、そんなふらついて。ほら、俺の身体支えにしてくれて良いから、歩けるんなら病院行くぞ。負ぶってやろうか?」

「それは恥ずかしい……大丈夫、自分で歩ける。でも、腕持って良い?」

「おう」

 マリナはカロムの腕をすがる様に持ち、ゆっくりと歩み出した。



 頭がくらくら、と言う事は目眩めまいである。目眩の原因は様々だ。マリナはどうか。

 病院に到着しロビーに入ると、午後の落ち着いている時間帯からか、診察を待つ患者は2人。これならすぐにて貰えそうだ。

 カロムはマリナをソファに座らせる。

「しんどいなら寝かせて貰ったら」

「ううん、座ってるだけで随分楽。ありがとう」

 マリナはそう言って、ソファに身を沈めた。ソファはまだ空いているので、浅葱とカロムも座らせて貰う。マリナは頭を下げて静かに眼を閉じた。

 そうして待っていると、マリナの番が来る。診察室を開けたクリントに呼ばれると、マリナはふらりと立ち上がった。

「大丈夫か?」

 カロムがマリナを支える様に立ち上がる。

「大丈夫。もうそこまでだからひとりで歩ける。行って来るね」

 そうしてマリナはゆっくりと慎重な足取りで、診察室に入って行った。

「大丈夫かなぁマリナさん。大きな病気とかで無かったら良いけど」

「そうだな。ロロアレベルの錬金術師が作る薬でも、治らない病気はあるからな」

「そっか、やっぱりあるのか……」

 浅葱はまなじりを下げる。

「錬金術師も万能って訳じゃ無いからな。勿論俺ら一般人が出来ない事で出来る事は多いが」

「だったら尚更、大丈夫だったら良いなって思うよ」

「ああ」

 すると数分後、金属製の小さなトランクを手にしたクリントが診察室から出て来た。

「アサギさん、カロムさん、これからお家に伺いますね。錬金術師さまを訪ねます」

「何だ? 何か特別な薬でもいるのか?」

 やや不安を帯びるカロムの声。浅葱も少し怖くなる。するとクリントが「いいえ」と首を振った。

「血液検査をして貰うんです。錬金術師さまにはお電話してますから」

「じゃあ俺らが持って行こうか?」

「いえ、その場で検査をして貰って、すぐに結果を持ち帰りたいので。爺ちゃんは原因に予想は付いてるみたいですが、確認の為にって」

「あ、じゃあ僕も一緒に行くよ。急ぐのならお手伝いあった方が良いよね」

 浅葱はそう行って立ち上がった。

「そうだな。ここには俺がいるから」

「じゃあアサギさん、行きましょうか。急ぎたいので馬で行きます。大丈夫ですよ、うちの馬は大型なので、ふたり乗れます」

「はい。お願いします」

 受付の女性に「行って来ます」と言い、病院を出るクリントに浅葱は続く。

 クリントに付いて病院の裏に回るとそこには馬小屋があり、黒い大型馬が繋がれていた。横には滑車付きの荷台もあったので、用途に寄って繋ぐのだろう。

 クリントはトランクを一旦いったん荷台に置くと、馬に手早くくらなどを付け、その頬をそっと撫でた。

「今日もよろしくな」

 すると馬はそれに応える様にヒヒンと鳴き、身体を震わせた。

 まずはクリントが乗り、引き上げて貰って浅葱も後ろに乗る。トランクを取って鞍にくくり付けると、「はいっ」とクリントが手綱たづなを振るった。

 馬はまずゆっくりと歩き、村を出てクリントがあらためて手綱を上げると、軽快に走り出した。



「ただいま!」

「こんにちは!」

 家に着き、言いながらドアを開けると、研究室からロロアが出て来た。

「あれ、おふたりご一緒だったのですカピか?」

「うん。買い物中に体調を崩した女性がいたから、カロムとふたりで病院に連れて行ったんだよ」

「はい。で、これから検査をお願いするのは、その女性、マリナさんの血液です」

「解りましたカピ。大至急検査しますカピ。クリントさん、お手数なのですが、検体けんたいを研究室に持って来てくださいカピ。アサギさん、お手伝いをお願いしますカピ」

「解りました」

「解った」

 ロロアに続き、浅葱と、トランクを大事そうに抱えたクリントは研究室へ。

 クリントが作業台の上でトランクを開き、幾重にも柔らかな布が敷き詰められた中から、血液で満たされた小瓶をそっと取り出す。

 その間に浅葱が、ロロアの指示に従って白い小さなプレートを幾つか並べる。ロロアは数種類の薬品を用意した。

「錬金術師さま、検体の瓶、開けても大丈夫ですか?」

「はい、お願いしますカピ」

 クリントが小瓶の蓋を開け、ロロアの前に置く。ロロアはガラスとゴムで作られたスポイトを手にすると、血液を吸い出し、プレードに少しずつ垂らして行く。

 次に薬品。それぞれの瓶には小匙が入っているので、それを使ってプレートの血液に振り掛けて行った。

 すると、血液は青や緑、更に濃い赤や黒などに変化して行く。

 それらを見て、ロロアは「はいカピ」と頷いた。

「アントン先生のお見立て通りですカピ。マリナさんは、極度の貧血ですカピ」

「ああ、そうですか。それなら錬金術師さまのお薬で治りますね」

 その結果に、クリントは些か安堵した様に胸を撫で下ろした。
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