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2章 牛鬼の花嫁

第4話 牛鬼の再来

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 数日後、18時を少し過ぎたころ、がらりと開き戸が開いた途端、ふうとが「ひゃっ!」と素っ頓狂な声を上げて身体を縮こませた。

 亜沙あさははっとして、豆腐ハンバーグをねていたボウルから顔を上げる。すると「あの」女性のお客さまが晴れやかな表情で入って来た。その横には牛鬼が。もう亜沙たちに姿を隠すつもりは無い様だ。

 すぐそばに人間のお客さまがいるからか、牛鬼の姿は余計に大きく見えた。

 牛鬼はじろりとお父さんを、そして亜沙を睨みつける。次には亜沙の横のふうとに移り、ふうとはますますがくがくと震え上がる。

 亜沙も怖かった。だが毅然としていなければ。お父さんを見ると、いつもと変わらない穏やかでどこか飄々とした佇まい。亜沙も負けてはいられない。勝負でも何でも無いが。

「いらっしゃいませ!」

 亜沙は意識をして、いつもより心なしか元気にお客さまを迎え入れた。

 お客さまは今日も美しかった。チャコールグレイのシックなパンツスーツが、お客さまの華やかな顔を引き立てている。

 椅子に掛けたお客さまにお父さんがおしぼりを渡し、生ビールの注文を受ける。亜沙は手早く豆腐ハンバーグを形成し、ごま油を引いたフライパンに置き、使い捨てのニトリル手袋を外した。

「こんばんは。また来てもろうてありがとうございます」

 亜沙が声を掛けると、お客さまはつぶらな目を丸くした。

「覚えててくれはったんですか? まだ1回しか来てへんのに」

「もちろんですよ。特にお客さまはお豆腐料理をぎょうさん召し上がってくれはりましたから。こちらも嬉しくて」

 無難な言いわけだと思う。お客さまも不審には思わなかった様だ。

「こちらこそ、お豆腐たくさんで嬉しかったです。今日は前に食べられへんかったんを絶対に食べたくて。でもお豆腐の味がストレートに分かる湯豆腐もやっぱり捨てがたくて、迷とるんですよね~」

 お客さまは困った様に首を傾げた。本当にお豆腐が好きなのだろう。この「とりかい」のお豆腐は、豆腐小僧であるふうと謹製だ。その美味は亜沙もお父さんも太鼓判を押している。

「それやったら、湯豆腐の半分の量で温やっこ作りましょか? そしたら他にもいろいろと食べてもらえるでしょうし」

「ええんですか?」

 お客さまの形良い目がきらりと光る。亜沙は「はい」と微笑んだ。

「温やっこには薬味を乗せましょね。ポン酢で食べてもらえたら、湯豆腐みたいにもなりますし」

「嬉しいです! ほなほな、えっと、ひりょうずもお願いします。焼きで」

「はい。お待ちくださいね」

 亜沙は後ろを振り向く。ふうとはやはり堂々と姿を現した牛鬼が怖い様で、椅子の上で縮こまって震えている。だが意を決した様に首を振ると、ぴょこんと椅子から降りた。

 それでも恐々といった様子でおどおどしながら亜沙の横に来ると、お通しのお豆腐と温やっこのお豆腐を竹ざるの上に出してくれた。

「あ、亜沙さん、お豆腐でしゅ!」

「ありがとう」

 舌がもつれてしまったのか、少し噛んでしまう。ふうとには申し訳無いが、つい微笑ましくなってしまう。

 亜沙も牛鬼を前に怖くないわけが無い。それでもおとなしくしているし、かれているお客さまは元気そのもので、顔色も良いし食欲も旺盛だ。まだ生気は吸われていない証拠なのだと思う。なので少なくとも今は大丈夫なのでは無いかと思ったのだ。

 お父さんも平然として、他のお客さまのお料理を作っている。コンロの下に備え付けてあるグリルが小さくチンと音を立てた。お父さんが屈んで取り出した鉄板には、綺麗な焼き目が付いた鯖が乗っている。

 余分な脂を落とすために網に乗せ、脂で鉄板が汚れない様にアルミホイルで作った受け皿がその下に置かれている。こういうのもひとつも工夫、技なのだなと亜沙は感心したものだった。

 ふうとは亜沙の横で右に左にとそわそわしながらうろうろしている。ぎゅっと目を閉じ、目を開けた時に弾かれる様に口を開いた。

「あ、あの! ぎゅ、牛鬼、さん!」

 亜沙とお父さん、そして牛鬼にだけに聞こえる大きな声。牛鬼はその声に反応して、「ああ?」とぎろりとふうとを睨み付けた。

 ふうとはまだびくりとすくみ上がる。それでも勇気を振り絞る様に、胸元で震える拳を握った。

「あ、あの、お話が、したいです! このお店が閉まったら、来て、もらえませんか」

 辿々しく言って、ふうとは「はぁっ」と大きな息を吐いた。がんばれふうと。亜沙もつい息を詰める。目の前のお鍋の中には、女性のお客さま用の温やっこができあがりつつあった。

 先日来たとき、牛鬼は放って置いて欲しそうだった。だから断られても無理は無い。そうなると次の機会を狙うしか無かった。しつこいと思われても何度でも。だが牛鬼は「ふん」と鼻で息を漏らしたあと。

「……分かった」

 と、不機嫌そうな声で応えてくれた。ふうとは安心したのか、目を潤ませてその場にへたり込んだ。亜沙はその傍らにしゃがみ込む。

「ありがとう、ふうと。頑張ったな」

 亜沙が言ってふうとの背中を優しく撫でると、ふうとは真っ赤になった顔をぶんぶんと頷かせた。
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