カピバラさんと異世界のんびり料理旅(スローライフ風味)

山いい奈

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#30 美味しい食卓は今日も笑顔で溢れている

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 宿の受付の女性に声を掛け、厨房を使わせてもらう。

 隅の椅子におとなしく掛けるマロに見守られながら、調理開始。

 まずは、蒸し器の準備をしておく。

 茄子なすは皮をき、縦に幾つかにカット。灰汁あく抜きの為に水にさらす。

 鶏のもも肉は裏面の所々を切り開いて厚さを均等にし、広げて皿に並べる。そこに塩をり込み、米酒を振り掛けておく。

 茄子を水から引き上げ、水分を良く拭き取って、鶏肉とは違う皿に並べる。

 そのふたつを、湯気を上げる蒸し器に入れ、ふたをする。

 蒸し上がるまで、他の野菜の下拵したごしらえ。グリーンリーフを洗って水分を拭き取り、適当に千切っておく。玉葱はスライスしておく。

 ソースを作る。にんにくと生姜しょうが、玉葱、唐辛子を微塵みじん切りに。

 ボウルにソイソース、白ワインビネガー、砂糖、セサミオイルを入れて泡立て器で良く混ぜて、そこににんにくなどを入れ、更に混ぜ合わせ、全体が馴染む様に少し置いておく。

 さて、そろそろ鶏肉と茄子が蒸し上がる頃だろうか。時計を見ると、時間的には問題無い。あまり蒸し過ぎると鶏肉が固くなってしまう。

 蒸し器の蓋を上げると、大量の湯気とともに米酒と鶏肉のほのかな甘い香りが鼻をくすぐる。アルコール分はしっかりと飛んでいる筈だ。

 念の為に鶏肉の中心に串を刺してみると、そこからじんわりと溢れ出て来たのは透明な肉汁。良し、大丈夫だ。

 鶏肉と茄子を皿ごと取り出し、鶏肉は少し落ち着かせてから、適当にカットする。まだ熱いので火傷に気を付けて。

 後は部屋に持って行き、カロリーナたちが来てから仕上げる。

 使った調理器具を洗って元に戻し、必要な物を持って部屋へ。1度では難しかったので2回に分けて。

「ボクの背中に乗せてくださいカピ!」

 マロはそう言ってくれたが、量的にそれでも往復は必要そうだったので、正直にそう言う。どちらにしても、小さなマロに荷物持ちなんてさせられない。マロには念の為、厨房での留守番をして貰った。

 鶏肉と茄子はまだ湯気を立てている。鶏肉は蒸した時に使った皿に戻し、出た肉汁を吸い込ませる様にしてある。

 皿を人数分出し、グリーンリーフと玉葱を敷いておく。

「よし、後は盛り付けだけだな。カロリーナたちはそろそろかな」

「やっぱりボクは来なくても良いと思うのですカピ」

「はは、まぁそう言うなって」

 顔をしかめるマロに、サミエルは笑う。

 さて、マロの願いも虚しく、ノックされた窓の外を見ると、カロリーナと先日一緒だった悪魔がふたり。

 サミエルが窓を開けてやると、ふたりの姉を先に通し、最後にカロリーナ。

「こんにちは~、サミエルさん」

「ご機嫌よう、サミエルさま」

 ふたりの姉はゆったりとした所作で小首を傾げた。そしてふたり顔を合わせて、小さく頷くと、サミエルに丁寧に頭を下げた。

「先日は本当にごめんなさいね。知らなかった事とは言え、申し訳無い事をしてしまったわ」

「王都の皆さまもにきっと恐い思いをさせてしまいましたわね。本当に申し訳ありませんでしたわ」

 カロリーナに聞いてはいたものの、こんな素直に謝られると思っていなかったので、サミエルはやや狼狽うろたえる。

「あ、いや、こっちだって手荒だったと思うし、頭を上げてくれ」

 マロもそんなふたりを見て、呆然としていた。

「こんな悪魔もいるのですカピね。これまで見た悪魔は、そこの悪魔も含めて祓われてしかるべき悪魔ばかりでしたカピ」

「何ですって!?」

 カロリーナが声を荒げると、金髪の姉が「カロリーナ!」とたしなめた。

「わたくしたちが言うのもおかしいのですけれど、高位の悪魔ほど人間さまのルールも尊重いたしますの。悪魔としての能力と頭の出来は、実は比例しているのですわ」

 黒髪の姉の台詞はなかなか辛辣しんらつである。はっきりと「妹のカロリーナは能力も頭も残念」と言っているのだから。そしてカロリーナはそれを自覚しているのか、悔しげに顔を歪めた。

「ただ、このカロリーナの場合は末っ子と言う事もあってね~、私たちも両親も甘やかしてしまって、悪魔の中でも特に我が儘わがままに育ってしまったの~。高位の悪魔でなくても、他の子たちはもう少し人間を敬っているわ。勿論中には、祓われても文句を言えない悪魔もいるけど。これまでマロくんが出会った悪魔は、そういう悪魔ばかりだったのね~きっと」

「そうなのかも知れませんカピ。確かに祓う必要が無い悪魔とは、会う事は無かったですカピ。呪いを受けた人間さまを解呪し、その元凶の悪魔を退けたり祓ったりするのですカピ」

「人間さまにも、サミエルさまの様な良い方もいれば、罪を犯す者もいますでしょう? 同じ事なのだと思うのですわ」

「確かに、人間にも良い奴悪い奴がいる。それは悪魔の世界でも同じってことだな。で、お姉さん方、ええと、名前は」

「キリエナよ~」

「アイラエルですわ」

「キリエナとアイラエルは、悪魔の世界の中でも良い悪魔で、カロリーナが悪い悪魔だと」

「私は別に悪くなんか無いわよ! お姉さまたちの考え方がおかしいの! 尊敬するお姉さまたちでも、やっぱりそこだけは賛同出来ないわ」

「私たちは普通よ~。確かに他の悪魔よりかは人間に寄り添っているのかも知れないけど、私たちはそうで無いといけない立場だもの~」

「立場って?」

「善い事を司る天使と、悪い事を司る悪魔。そのバランスは神さまの元、天使と悪魔の折衝せっしょうで決まるのですわ。キリエナお姉さまとわたくしはその1柱ですの」

「そうよ。お姉さまたちは凄いんだから! そのお話も大事だけど、お姉さま、私お腹が空いたわ」

「あら、そうですわね。すっかりと話し込んでしまいましたわ。サミエルさま、今夜はお食事をいただけるとお伺いしているのですけれど」

「ああ、用意出来てんぜ。テーブルに着いてくれ。すぐに仕上げるからさ」

「楽しみだわ~」

「嬉しいですわ」

 3人の悪魔が椅子に掛け、マロはテーブルの上へ。そのマロはキリエナとアイラエルと和やかに談笑している。その横でカロリーナは膨れっ面だ。

「何で私にはいつも敵意剥き出しなのよ」

「それはお前がいつもロクな事をしないからカピ」

「本当に腹立つわね!」

 そんないさかいを挟みつつも、皆楽しそうだ。

 サミエルはグリーンリーフと玉葱を敷いた皿に蒸した鶏のもも肉と茄子を盛り、ソースを掛ける。

 蒸し鶏と蒸し茄子のオニオンソース掛け、完成である。

「出来たぜ」

 そう言いながら、それぞれの前に皿を置いてやる。彩り良く盛られたそれに、「まぁ」「あら~」と姉ふたりから声が上がる。

「では、早速いただきましょう」

「いただきますわ!」

「いただきます」

「いただきますカピ」

「どうぞ」

 ナイフで鶏肉をカットし、ソースを絡めて口に運ぶ。ゆっくりと咀嚼そしゃくし、悪魔たちは盛大に頬を綻ばせた。

「美味しいわぁ~……、こんなの初めて。確かに絶妙ね。臭みも無くてふっくらした鶏に、このソースがとても合うのね~。少しピリリとするのは唐辛子かしら?」

「本当ですわ。こちらのお茄子も……まぁ、トロトロね! こちらもとても美味ですわ!」

「でしょう? サミエルの料理は本当に美味しいんだから!」

「サミエルさんのお料理は絶品なのですカピ」

 そんな歓声を聞きながら、サミエルも一口。

 鶏肉は柔らかくしっとりと蒸し上がっている。茄子は舌の上でとろけて行く。勿論それぞれが仄かな辛味を含むソースと良く合っている。にんにくと生姜が良い風味を出し、玉葱のアクセントも良い。

 玉葱のスライス、グリーンリーフを一緒に食べると爽やかさを感じ、口の中をすっきりさせてくれる。

 今回も美味しく出来た。サミエルは満足げに口を動かした。

「あの、サミエルさま、これからなのですけども、わたくしたちも時折ご相伴させていただいてよろしいかしら。勿論料金はお支払いいたしますわ」

 アイラエルの恐る恐ると言った問いに、サミエルは笑顔で頷いた。

「ああ、良いぜ。でも前もって言っておいて貰えたら助かる。食材が足りなくなっちまうからさ」

 するとアイラエルもキリエナも嬉しそうに「まぁっ」と声を上げる。

「ありがとうサミエルさん! じゃあ前の日にカロリーナに言付けるから、よろしくね~」

「おう」

「ボクもキリエナさんとアイラエルさんなら歓迎ですカピ。このおふたりは良い悪魔なのですカピ。そこの悪魔とは大違いなのですカピ」

「本当にうるさいわね! 悪魔なんだから悪魔らしくあって何が悪いのよ!」

「人間さまにとっては悪いカピ。お前はもっとおとなしくするカピ」

「そうよ~カロリーナ、おイタも程々にしなさいよ~」

「あまり酷いですと、外出禁止も辞しませんわよ」

「お姉さまたちまで酷い!」

 また賑やかになるな。食事を進めながらかしましく口を開く悪魔たちを見ながら、悪くは無いなとサミエルは笑みを浮かべる。

 これからもサミエルはマロと旅をしながら、様々な街や村で上等な食材を使い、美味しいご飯を作って行くのだろう。時にはこうして賑やかに。

 素材との出会い、人々との関わり、どれもとても楽しみだ。

「あら、サミエルさん遅くなってごめんなさ~い、お詫びの品と言っては何なんだけど、お土産を持って来てるの~」

 キリエナがそう言って出して来たのは、白ワインのボトルだった。

「お口に合うと良いんだけど~」

 そのラベルはサミエルにも見覚えのあるもの。

「あ、マキリさんとこの! しかも凄い高級品!」

「そうよ~。私たち1番のお気に入りの白ワインなの~」

「流石にサミエルさまもご存じでしたかしら?」

「ああ。俺もそこの酒が好きで、そこのんばっか飲んでる。だがこのクラスはなかなか買える値段じゃ無くてな。こりゃあ嬉しいな! ありがとうな。早速開けるか」

「あら、わたくしたちもご一緒してよろしいのかしら?」

「ああ。こういう旨い酒は、皆で飲んだら益々ますます旨い」

 サミエルは立ち上がると、荷物の中から器を取り出す。グラスやカップなど、不揃いではあるが、マロ用の深皿も含めて全員分を用意する事が出来た。

「ワイングラスが無くて悪いが」

「全然良いわよ~。これで益々サミエルさんのお料理が美味しくなるかしら?」

「そうですわね。これは素晴らしい組み合わせですわ。お肉でしたら赤ワインでも良かったかしら?」

「私は白が好きだから、この方が嬉しいわ」

「マロも飲むだろ?」

「す、少しだけいただきますカピ」

 そうして全員の分を注ぐと、食事途中ではあるが、皆自然と白ワインの器を掲げていた。

「サミエルさんの素晴らしいお料理と、この白ワインに~!」

「そして、この場にいる皆さまのご活躍とご健勝を願いまして!」

「乾杯!」

 中身が白ワインとは思えない、まるでエールの様な威勢で、器を重ね合わせる。そこは華やかな笑顔が溢れていた。
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