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#26 王族の方々の反応は

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 間も無く18時、国王陛下たちの夕飯の時間が目前である。

 冷暗庫から玉葱スライスと切り付けた2種の魚を出し、フリルレタスはしっかりと水分を拭き取る。

 ガラス製の平たい皿に玉葱スライスとフリルレタスを敷き、その上に魚を放射線状に2種を交互に並べて行く。

 その上に調味をした人参のり下ろしを掛けて、まずは1品目、鯛と鮭のカルパッチョ、人参ドレッシングの完成である。

 普段営業の時には1品しか作らない。それは2品以上だと手が回らないと言うのが最もたる理由である。

 だが今回は、お客さまと言える相手は1組である。そして賄い分については、城勤めの人間たちは交代で食事を取る為に時間がばらばらなので、充分に余裕を持って仕上げが出来る。

 そしてこれが大きな理由であるのだが、各種特産品を眼の前にして、意気が上がったのである。

 特産品にはめいが付けられていて、例えば豚肉ひとつ取っても、味は勿論価格にも差があるのだ。

 能力持ちとは言え、感覚が庶民であるサミエルにとっては、この城の冷暗庫や食料庫は、宝の箱なのである。

「おお、このドレッシングのオレンジが綺麗ですなぁ」

「成る程、人参を擦り下ろすんですね」

「今日もとても良い香りなのですカピ」

 カーシーとデーヴ、マロが完成した料理を眺めながら、うっとりと口元を緩める。すると離れた所に立っているルイジが、忌々しそうに「けっ」と吐き捨てる様に言う。

「カルパッチョなんざ珍しいもんじゃ無ぇだろうが。結局そんなもんかよ」

 そんなルイジをカーシーが困り顔でたしなめた。

「ルイジよ、国王陛下が求められているのは珍しい料理などでは無いんだぞ。サミエルさんが普段から作られる、市井しせいの皆さんが召し上がっている、そういうものなんだ。お前さんが儂らを案じてくれているのは解るが、そろそろ機嫌を直したらどうだ」

 しかしルイジはまた「ふんっ」と顔をしかめ、あちらを向いてしまう。

「サミエルさま、お料理が完成しましたら、メイドが食堂にお運びいたします。是非冷たいうちに召し上がっていただきましょう」

「そうっすね」

 キャスパが言うと、黒を基調としたメイド服を着た妙齢みょうれいのメイドと、若いメイドが華奢きゃしゃなワゴンを押して来たので、サミエルはそのメイドたちと3人でカルパッチョをワゴンに乗せた。国王陛下家族と弟君家族、合計7人分。

「さ、サミエルさま、マロさま、参りましょう」

 メイドたちがワゴンを押し、その後をキャスパと連なり、マロを抱えて付いて行く。食堂は1階分上、城の最上階、王座の間と同じフロアにあった。

「王座の間に入る事が出来る者は限られていますので、私は入る事が出来ないのですが、食堂ではご一緒出来ます。国王陛下や皆さまの反応が楽しみです」

 上に昇るエレベータの中で、キャスパが嬉しそうににこにこと笑う。先程ドライカレーを味見したからか、良い反応があると確信している様子だ。

 サミエルも普段通り調理が出来たので、大丈夫だと思う。いや、大丈夫だ。サミエルにはふたつの能力が付いている。途中で味見もした。我ながら旨く出来ていた。

 エレベータは最上階に到着し、開いたドアからまずはドアに近い所にいたサミエルとマロが、次にメイドがワゴンを押して出る。最後にドアが閉まってしまわない様に押さえていたキャスパ。

 メイドを先頭に、廊下を進む。食堂は王座の間の手前にあった。

 妙齢のメイドがドアを叩くと、中からドアが開かれた。メイドふたりとキャスパがうやうやしく頭を下げたので、サミエルとマロもそれにならった。

「おお来たか! 待ちかねたぞ!」

 部屋の奥から国王陛下の歓喜の声。サミエルが顔を上げると、広い食堂に大きく長いテーブルが奥に向かっていた。染みひとつ無い白いレースのテーブルクロスが掛けられている。

 最奥にわくわく顔の国王陛下。向かって右側に奥からきさき、王子、王女が掛け、左側にはふたりの男女と王女と同い年ぐらいの男の子。恐らく国王陛下の弟家族。

 国王陛下が即位してから弟君が表に出る事は殆ど無くなってしまった為に、サミエルの中に弟君の顔の記憶は無いが、間違い無いだろう。

 ふたりのメイドがワゴンを運び入れ、テーブルの周りを巡りながら、最初に国王陛下、そして妃たち右側、続けて左側と料理を提供して行く。

 サミエルはマロを下ろし、キャスパと並んで、ドアの近くに控えた。

 キャスパが口を開く。

「本日は2品ございます。まずは1品目、鯛と鮭のカルパッチョでございます」

 国王陛下と王女は落ち着き無さげに小さく肩を揺らしている。料理が置かれると、早速鼻を近付けた。

「おお、これは良い香りだ」

「本当ね! とても美味しそうだわ! ね、お母さま、お兄さま!」

 王女が嬉しそうに言うと、妃はにっこりと優雅に微笑み、王子は料理を見つめる眼を輝かせて小さく頷いた。

「ほう、確かに美味しそうだ。楽しみだな」

 左側の奥の男性が興味深げに言う。

「実は私はね、最近すっかりと食べる事が楽しみになってしまってね。兄上に誘って貰って、今日は本当に楽しみにしていたんだ」

「そうだろうなぁアンドレアス。お前は見る度に膨よかになっている様な気がするぞ」

 国王陛下が言うと、王女と男の子は楽しそうに笑い声を上げ、王子は笑いを噛み殺す。弟君の横の女性、恐らく奥方は苦笑した。

 確かに弟君は恰幅が良い。食べる事が大好き! そんな主張が滲み出ている気さえする。

「そうなんですのよ、お義兄さま。いくらもうあまり人前に出る事も無いとは言え、あまり肥えてしまうのも考えものだと申し上げても、聞く耳を持ちませんの。健康にも良く無いと思いますのに」

「そうよなぁ。しかし私が言ったところで、アンドレアスが聞くかどうか」

 奥方の苦言に国王陛下がそう言ってうなると、王女が「そんな事より!」と声を上げた。

「早くいただきましょうよ。温くなってしまうわ!」

「おお、そうだな。それは勿体無い。ではいただくとしよう」

 各々銀製のナイフとフォークを手にし、綺麗な所作しょさでフォークに絡め、口に入れて行く。そして誰もが眼を見開いた。

「このドレッシング、人参なのか? サミエルよ、これは人参をどの様にしているのだ?」

 国王陛下に急に話を振られ、サミエルは「あ、はい」とやや上擦うわずった声を上げた。

 失礼ながら、ひとつ小さく咳払いをして。

「生の人参を擦り下ろしまして、オリーブオイルやビネガーなどで調味をしております。ここ王都で栽培されている人参はオーリックの街の特産品。とても糖度が高く、旨味も強いです。なら是非生で召し上がっていただけたらと思いまして」

「おお、確かにその通りだ。農業従事者が丹精込めて育てている人参はとても甘くて美味しい。サラダや煮込みなどで食べる事が多かったが、成る程、ドレッシングとは」

 国王陛下が感心して言うと、弟君も「んん~」と満足げな声を上げた。

「これは本当に美味しいなぁ! 生の人参はどうしても癖があるものだが、これは全然感じさせない。ビネガーの効果もあるのかな? それがまた野菜や魚に合うのだな。凄い」

 そんな弟君の横で、奥方も競う様にカトラリーを動かしている。

「ええ、本当に。こんなにも美味しいだなんて思わなかったわ。素晴らしいわね」

 王子ら子どもたちも「美味しい! 美味しい!」と夢中になっていた。

 さて。

「キャスパさん、俺そろそろ次の料理の準備をして来ます」

 サミエルがそっと耳打ちをすると、キャスパは「そうですね。お願いします」と返し、国王陛下たちに頭を下げた。

「国王陛下、皆さま、私たちはもう1品の準備をして参ります。恐れ入りますが少々お待ちくださいませ」

 サミエルとマロもお辞儀じぎをし、食堂を出る。ワゴンを押して来たメイドは、いつの間にか廊下で控えていた。

 サミエルはまたマロを抱え、厨房へと戻る。するとカーシーとデーヴが駆け寄って来た。

「サミエルさん、如何いかがでしたかな? 皆さまの反応は」

 ふたりの表情は期待に満ちている。サミエルは小さく笑った。

「お陰さんで、喜んでもらえたみたいっす」

「ですよねぇ! あんなに美味しいものを作られるんですもんなぁ。国王陛下たちがお気に召さない訳がありませんわなぁ」

「そうですね、間違いありませんね」

 ふたりは顔を合わせてうんうんと頷いた。

 サミエルはマロを椅子に下ろし、もう1品の仕上げに取り掛かる。

 やや深さのある白い皿に、トマトソースで煮込んだ肉種を盛る。一緒に煮込んでいた野菜もたっぷりと。

 その上にスライスしたゴーダチーズをそっと乗せたら。

 トマト煮込みハンバーグ、完成である。

「ほほう、これはまた美味しそうですなぁ」

「おお、チーズがとろりと溶けて良い塩梅あんばいですね」

 カーシーとデーヴが皿を見下ろし、相貌そうぼうを緩める。

「さ、サミエルさま、冷めないうちに皆さまに召し上がっていただきましょう」

「そうっすね」

 キャスパの言葉にサミエルは頷き、メイドとともにワゴンに乗せた。

 またサミエルはマロを抱え、キャスパやメイドたちと食堂へ向かう。

 入ると、国王陛下は勿論の事、皆の皿も綺麗に空になっていた。どうしても残ってしまうドレッシングも、パンに付けて食べてくれた様で、皿にはその跡が残されていた。

 メイドがワゴンを押してテーブルを回り、空いた皿を下げ、煮込みハンバーグを提供して行く。

「まぁっ、チーズがとろけて、とても美味しそうだわ!」

 王女が嬉しそうな声を上げた。国王陛下も他の人たちも、眼を輝かせている。

「サミエルよ、これは何だ?」

「煮込みハンバーグです。ハンバーグをトマトソースで煮込み、ゴーダチーズを乗せました。温かいうちにどうぞ」

「では早速いただこう!」

 新たにサーブされた銀のカトラリーを手に、チーズとハンバーグにナイフを入れる。

「おお……肉汁があふれてくるな!」

 弟君の感嘆かんたんの声。

 トマトソースもたっぷり絡めて、口へ。「おお!」「ん~~!」とあちらこちらから声が漏れた。

「ハンバーグがふわっふわであるな。トマトソースも絶妙だ。酸味が程良く抑えられていて、しかも甘みがある。少し塩気のあるチーズととても合う。これは素晴らしい!」

 国王陛下の手放しの誉め言葉に、サミエルは安堵あんどする。カルパッチョも大好評だったし、大丈夫だろうと思ってはいても、やはり少しは不安も感じてしまうものだ。

「……僕、ハンバーグ大好き。これ、凄く美味しい」

 これまで無言だった王子が、笑顔でぽつりと呟いた。相当お気に召していただけた様である。

 妃も無言ではあるものの、まなじりを下げて口角を上げ、もぐもぐと口を動かしている。

 そうして和やかに、皆の皿が空くかと言うその時。

 城全体が大きく揺れたかの様な轟音が響き渡る。

「何事だ!」

 国王陛下が立ち上がり、声を荒げた。
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