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#17 続・家族の団欒 大根の葉完結編

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 昼を過ぎ、のんびりとした時間が流れる。

 両親は団欒だんらんスペースでゆったりとお茶などを傾けている。平和なものだ。

 サミエルも紅茶を入れて、その場に混ざる。マロには深さのある皿にミルクを入れて。

「ところで母さん、俺に手紙とか来て無かった?」

 聞くと、母親は、「ああ!」と思い出した様に立ち上がった。チェストの引き出しを開け、数枚の封筒を持って来る。

「ごめんね~うっかり忘れてた。何だかいろいろなところから来ているみたいね」

「ありがとう」

 受け取り、何通かの裏面を見ると、村や町の役所からのものが殆どだった。

 サミエルは立つと、手紙が入っていたチェストの、別の引き出しからペーパーナイフを出し、まずは1通開けてみる。

 丁寧ていねいに畳んであった、熊のイラストが四隅を飾る可愛らしい便箋びんせんを広げると、書かれてあったのは礼の言葉だった。

「とても美味しかったです」
「ありがとうございました」
「また来てくださいね。楽しみにしています」

 営業先でサミエルの料理を食べた人々の言葉を、役場が取りまとめて送ってくれたのだ。

 この様な手紙を貰う事は初めてでは無い。どれも本当に有難い事で、大事に自室に置いてある。

「嬉しいねぇ」

 サミエルが微笑むと、母親が「あらぁ」と声を上げた。

「良かったじゃない。旅してる甲斐があるわねぇ」

「旅は好きでしてんだけどな。営業も食ってく為って言うのもあるし。けど、やっぱり旨いって言って食ってくれんのは嬉しいもんだよなぁ」

 言うと、マロも嬉しそうに頷いた。

「サミエルさんのお料理は本当に美味しいのですカピ。食べる皆さんも、きっと幸せな気持ちになられているのですカピ」

「そうだと良いな」

 へへ、と笑いながら次の封筒を開ける。中はやはり礼の手紙で、次々と開けて行くと、殆どのものがそうだった。

 1通だけ結婚斡旋あっせん所のダイレクトメールだった。面白いからつい見てしまう。

「結婚ねぇ……サミエルあんた、する気あるのかしら?」

 活版印刷で丁寧に作られたリーフレットを見ながら、母親が言う。

「今んとこは無いな。こんな生活してんだから現実的じゃ無いだろ。何? 母さんもある程度の歳になったら~とか言う?」

「言わないわよ~。結婚なんて向き不向きだってあるし、結婚して幸せになれる保証なんてものも無いし、良いものなんて事も言えないし」

 母親のその台詞を聞いて、父親が「ええっ!?」と驚く。

「何だ? 母さんは僕と結婚して良く無かったって言うのか?」

「違うわよ~」

 焦る父親を母親は笑い飛ばす。

「私はお父さんと結婚して良かったって思ってるわよ。けど、皆が皆そうじゃ無いって事」

「そ、そうか、いろいろなご家庭があるもんな」

 父親は安堵した様に胸を撫で下ろした。

「さて、と」

 サミエルは空になったカップを持って立ち上がる。

「散歩がてら市場に行って来るわ。マロはどうする?」

「ボクも行きたいですカピ」

 マロはそう応えて立ち上がる。

「よっしゃ。じゃあ行って来る」

「行って来ますカピ」

 サミエルはカップと、マロが使っていた器を手早く洗い、家を出た。



 市場で買ったものは、鮭の切り身。他の材料は家にあったので、使わせて貰う。調味料はサミエル手持ちのもの。

 まずは米を炊く。洗米と吸水は買い物の前に母親に頼んでいたので、後は水の量を調整して火に掛けるだけである。

 炊けるまでの間に食材の準備。鮭は白ワインと塩を振って数分置いて臭み抜き。出た臭みはしっかりと拭き取る。

 そうした鮭をオリーブオイルを引いたフライパンで焼き、身は解し、カリッと焼けた皮は粗微塵あらみじん切りに。

 茹でてある大根の葉は小口切りに。卵は割り解しておく。

 汁物も作っておく。鍋にオリーブオイルを引いてざく切りの玉葱たまねぎを炒める。

 しんなりして甘い香りがして来たら、短冊切りにした豚の燻製くんせい肉を加えて更に炒める。水を入れ、沸いたらユリン作のブイヨン顆粒かりゅうを投入。このまま少し煮る。

 さて、米が炊き上がり、蒸らしも終わったので、大きなフライパンを出して。

「ただいま!」

 そのタイミングでモリアが帰って来た。両親にサミエル、マロも「お帰り」「お帰りなさいカピ」と返す。

「兄さん、ご飯!」

 帰る早々それか。サミエルは苦笑しながら「今作ってるからもうちょっと待て」と応える。

 フライパンを強火に掛ける。オリーブオイルを引いて、解した卵を入れる。高温のオイルの中で端からふんわりと盛り上がる卵。半熟の状態で炊き上がった米を入れる。

 米にオイルと卵をまとわせる様に、パラパラになる様に炒めて行く。そこに鮭の身と大根の葉を入れて更に炒めて行く。

 鮭の皮を追加してさっと混ぜて。

 味付けは塩と胡椒こしょうに米酒、仕上げにバター。

 汁物を仕上げる。塩と胡椒で味を整えて、大根の葉を入れる。温める程度に火を通して、火を止めて。

 鮭と大根の葉の炒飯チャーハン、豚の燻製肉と大根の葉のスープの完成である。

 見事、大根の葉を使い切ってやった。

「良い香り~。兄さ~ん、お腹空いた~」

「手伝え」

「はーい」

 サミエルが盛り付けた料理を、モリアがテーブルに運ぶ。

「ねぇ兄さん、今日もカロリーナさん来るの?」

「だと思うけど」

 すると、両親はやや不安げに顔を見合わせた。

「昨日のお前たちとの悶着もんちゃく見てると、やっぱり悪魔とは解り合えないのかしら、と思って」

 その母親の言葉は良く解る。サミエルもそう思ってはいる。だが。

「解り合う必要は無いさ。それはもう種族の違いだから仕方が無い。その壁を超えて仲良く解り合って、なんて綺麗事は言わんさ。それでもあいつが人間である俺の飯食いたいってんなら、少しはこっちに寄り添えって、そんだけの話。必要以上に怖がる事は無いぜ」

「そうなのかも知れないが……」

 父親も少し渋い顔。そこをモリアがあっけらかんとした口調で。

「私は兄さんの言う事解る。父さんも母さんも、多分難しく考え過ぎなんだよ。大丈夫だって。カロリーナさんは単に悪魔の常識を主張してただけなんだから」

 その時、家のドアがノックされた。

「はーい」

 料理を運び終えたモリアがドアを開ける。立っていたのはカロリーナだった。

「来たわよ。ちゃんとノックもしてあげたわ」

「いらっしゃい。ご飯出来たところですよ」

 モリアは笑顔でカロリーナを招き入れる。「よう」、サミエルもそう挨拶しながら、残しておいたカロリーナの分を盛り付けた。

 カロリーナは一昨日と同じ席に着く。斜め前の席から睨み付けるマロに顔をしかめて、「もう何もしないわよ」と言い捨てた。

「ね、父さん母さん、大丈夫でしょ?」

 モリアが言うと、両親はまた顔を見合わせて小さく頷いた。「そうね」と微笑を浮かべてそんな台詞を。

「何の話?」

 カロリーナが訊くと、モリアは「何でも無いですよ」とまた笑顔。

 人の家に来た時はノックをしろ。一昨日サミエルがそう言った事を、カロリーナはちゃんと守っていた。屋内で食事をする時には椅子に掛けると言う事も守っている。

 それらの事はカロリーナにとっては面倒な事なのだろうが、それでも言われた事はやってくれている。そこは信用しても良いと、サミエルは思っている。

 後は当たり前の様に呪いを掛ける事を止めてくれれば。

 昨日マロとふたりでしっかりと釘を刺したのだから、当分は大丈夫だと思うのだが。

 サミエルが料理をカロリーナの前に置いてやる。

「あら、今日は米を炒めたものなのね。美味しそうだわ」

 カロリーナが眼を丸めて笑顔を浮かべた。

「じゃ、いただこうか」

 父親の合図で、みんなで手を合わせた。

「いただきます!」

 皆、早速スプーンを手にする。

 サミエルはまず、スープの器を寄せる。ずず、とすすると、優しい味。ユリンのブイヨンは相変わらず良い仕事をしていて、玉葱と豚の燻製肉からも良い味が出ている。

 大根の葉はシャキシャキの食感を残していて、ほのかな癖がブイヨンとも良く合っている。

 さて、炒飯はどうか。しっとりパラパラに仕上がっているそれをスプーンですくう。

 ほんのかすかな苦味の大根の葉と甘くてふっくらの鮭の身、香ばしい鮭の皮。それらを米と卵が纏めている。バターを使っているのでコクもある。大根の葉の歯応えが食感のアクセントになっている。

 とても味わい深く仕上がっている。我ながらとても美味しい。

 家族やマロ、カロリーナも夢中になってスプーンを動かしていた。

「美味しい!」
「絶妙な味わいね~」
たまらないな!」

 そうして皿が空くと、満足げな溜め息を吐いた。

「美味しかった~ぁ」

 今回も喜んで貰えた様だ。

「明日の朝でサミエルのご飯も食べ納めかぁ」

 父親が残念そうに言うと、カロリーナが「あら」と声を上げた。

「サミエル、明日にはこの村を出るのかしら? 何処に行くか言っておいてくれないと困るじゃない」

「ああ、そうだな。マカロワの村の予定だ。ドルドラの北部だな」

「解ったわ。仕方が無いからまた探してあげるわよ」

 相変わらず尊大である。だがもう慣れたものだ。

「じゃあ明日の朝はご馳走にして貰わなきゃね!」

「いや、起き抜けはほとんど頭回らんし、期待はあんまりせんでくれよ」

 モリアの期待が込められた台詞に、サミエルは苦笑した。
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