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#05 悪魔の女の子、再び
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さて、一夜明けて、朝食である。
朝に弱く、午前中はろくに頭が動かないサミエル。そんな状況でも作れるものと言えば。
このホルストの街でサミエルが1番美味しいと思うパンの商店で購入したコッペパン登場。
真ん中にナイフで切り目を入れておいて。
中身を作る。
中身はその日によって違う。
今朝はきゃべつと豚の燻製肉を千切りにし、塩だけのシンプルな味付けでオリーブオイルで炒めたものを、切り口に粒マスタードをしっかりと塗ったコッペパンに挟んだものだ。
「マロ、朝飯待たせたな」
「ありがとうございますカピ」
朝食を皿に乗せて置いてやると、マロは「いただきますカピ!」と元気に声を上げて齧り付いた。
サミエルも一口。うん、頭は動かずとも調理はきっちりと出来るのだから、我ながら恐ろしいものだ。
きゃべつの甘み、豚の燻製肉の仄かな塩気を含んだボリューム。それが粒マスタードの刺激と相まって、旨味を生み出している。
ぺろりと食べ終わって、手に着いたパンの屑を叩きながら、サミエルは「さて、と」と呟く。
「調味料調達しないとなードルドラに行かないと」
調味料は流石に自分で原材料から作る事は難しいので、ドルドラのとある工房に頼っている。
「サミエルさん、それも勿論大事なのだと思うのですカピが……」
マロがやや言い難そうに口を開く。
「何だ?」
そんなマロを促す様に、サミエルは明るく応える。
「一昨日、昨日とサミエルさんのご飯を食べて、思ったのですカピ。調味料を調達された後、能力測定所に行きませんカピか?」
「え?」
サミエルはぽかんとする。
「俺の能力は神の舌とも呼ばれてるこの能力だって、もう既に判明してるぜ」
「そうなのですカピが、新たな能力の予感がするのですカピ」
「ひとりでふたつ以上の能力持ちって、聞いた事無いぜ」
能力は発現する事がそもそも稀で、ひとりにひとつと言うのが常識である。
「ボクも無いのですカピ。ですが、神の舌だけであそこまでの美味しいご飯が作れるとは思えないのですカピ。ナイフ捌きや鍋使い、手際もボクが今まで見た中でも断とつだったのですカピ」
「それは単に、それなりに長く料理やってるから普通に上達したんだと思うぜ」
「そうかも知れませんカピ。ですが気になるのですカピ。サミエルさん、祓魔師のボクの勘を信じてみて貰えませんカピか」
「あ、そっか。お前さん祓魔師だったもんな」
祓魔師は呪いを解いたり悪魔や霊などを祓ったりする存在だ。だがマロの能力の高さは、第六感と言うものを高めているのかも知れない。
「んー」
サミエルは頭を掻いた。
「マロがそう言うなら、ドルドラに行ったら真っ先に行ってみるか。調味料は後でも大丈夫だからよ」
「先で良いのですカピか?」
「ああ、そう言われると気になっちまうからな」
そうして今日の予定が決まった。
街と街の行き来は、基本は馬や馬車を借りる。それぞれの街同士で連携が出来ているので到着地で乗り捨てが出来る為、借りた街まで返しに行く必要が無いので便利なのである。
旅に出る事を決めた時、専用の馬車を調達しようかとも考えたが、置き場所に困るだろうと思い、借りる事に決めたのである。
宿をチェックアウトしたサミエルは大きなトランクを引き摺り、マロと並んで馬車を借りに行く。
借りたのは、茶色い馬1頭が引く、小型の荷台が付いた馬車だった。荷物は大型とは言えトランクひとつだけなので、小型で充分なのである。マロが乗ってもまだ隙間があるぐらいだ。
代金は半額を出発地で支払う。途中で馬に与える人参も購入して。優しい眼をした馬の名前はサムと言った。
荷台にトランクと人参、そしてマロを上げて、サミエルはサムの首筋をそっと撫でてやる。馬の扱いも慣れたものだ。
「サム、よろしくな」
そう言って操縦席へ。早速手綱を掴む。緩く振るうとサムは首を微かに震わし、ゆっくりと歩き出した。
途中馬車を止め、昼食を摂る。宿のチェックアウトまでに作っておいた弁当だ。メインは塩の握り飯。おかずは卵焼きや茹でた野菜などの簡単なものだ。
ただ、汁物はその場で火を起こして温かいものを作る。材料は宿でカットしてある。
枯れ木を拾い、火を付け、手持ちの器具で鍋を固定する。
鍋にオリーブオイルを引き、大根、人参、牛蒡を炒める。大根が透明になって来たら、昨日の夜にキープしておいたブイヨンを入れ、沸いたら白菜を入れ、煮て行く。
野菜に火が通ったら大豆発酵パテを溶いて、具沢山スープの出来上がり。
「良い匂いですカピ……」
マロが辺りに漂う香りに鼻をひくつかせる。
「すぐによそってやるからちょっと待ってな」
そうしてケースから器を出そうとした。その時。
「あー! 見つけたわ!」
聞き覚えのある声が空から降って来た。顔を上げると、飛来したのは、サミエルに厄介な呪いを掛けた、あの悪魔の女の子だった。
「あー、またお前さんか」
サミエルはつい顔を顰めてしまう。マロは臨戦態勢である。
「何しに来たのですカピか。またサミエルさんに余計な事をしようとするなら」
マロが低い声で唸る様に言うと、悪魔は「はぁ」と面倒そうな溜め息を吐いた。
「もう何もしないわよ。カピバラ、お前がいる限り無駄だって解ってるからね。仕方が無いから私の専属って話は無しにしてあげる。その代わり」
悪魔は腰に両手を遣って、踏ん反り返って言った。
「お前が料理を作る時には、私にも食べさせなさい。毎食とは言わないわ。そうね……お前、今も作っているのね」
「まぁな、これは昼飯。簡単なもんだよ。自分とマロだけで食べる時にはそんな凝ったのは作らんよ」
「じゃあいつ凝ったのを作るのよ」
「商売の時だ。俺は皆に飯を食って貰って、それで金を貰ってる」
「じゃあその時に食べさせなさいよ」
「そりゃあ構わんが、金は貰うぜ。お前さんだけ特別扱いって訳には行かんからな」
「どれだけ渡せば良いの?」
「1人前は銅貨10枚な」
すると悪魔は「んー?」と首を捻る。
「人間の貨幣の価値は良く判らないわ。銅貨も持っていないし。そうね、じゃあ」
悪魔は言うと、左の中指に嵌めていた指輪を外し、サミエルに投げて寄越した。サミエルは小さなそれに慌てて手を伸ばす。
掌に乗せて見ると、銀色の土台に、四角くカットされた赤い透明な美しい石が付いている。サイズもかなり大きい。
「これ、宝石? 高価なもんじゃ無いんかよ」
「これはルビーですカピね」
マロが横から覗き込んで来る。
「色も濃いですし、透明度も高いですカピ。そしてこのサイズだと、かなり高価なのだと思いますカピ」
「詳しいんだな、マロ」
サミエルが感心した様に言うと、マロは照れた様に首を振った。
「宝石には自然の力が込もっているのですカピ。それを使って呪いや解呪を行う事もあるのですカピ。力を増幅させるのですカピ。なのでボクも勉強しましたカピ。使った事は無いのですカピが」
「そのルビー、人間の間ではそれなりの価値があると思うわ。土台も白金だしね」
「そりゃあこんな綺麗ででっかい石、俺の飯何食分なんだって話だよ」
一体金貨何枚分になるのか。宝石には疎いサミエルには判らないが、相当な額になるのでは無いだろうか。
「とりあえずはその宝石分食べさせなさい。その後は、そうね、また宝石を用意しようかしら」
「これ、お前さんの大切なものじゃ無いんかよ。力の増幅とかよ。良いのか? こんな簡単に支払いに使って」
「構わないわ。だってそれ、人間から頂戴したものだもの」
「貰ったんだったら、尚更大事なんじゃ無いんか?」
訊くと、悪魔はふんと鼻を鳴らした。
「良いのよ。そいつ両手の指にじゃらじゃら指輪付けて自慢してる嫌なやつで、使用人虐げて馬鹿笑いしていたから腹が立ったの。だからひとつ拝借してやったわ」
「それ盗みじゃ無いか!」
サミエルが驚いて咎める様な声を上げると、悪魔はまたつまらなさそうに、ふんと鼻を鳴らした。
「私は悪魔なんだから、盗みを悪いとは思わないわ。それに本当に嫌なやつだったんだからね。悪魔の私から見ても、本当に腹立たしかったわ。だから罰を与えたの」
悪人に罰を与える悪魔とは一体。もしかしたらこの悪魔、存外良い子なのでは無かろうか。いや、盗みを働いて平気でいる訳だが。
「それに増幅装置にするには、自力で手に入れた石じゃ無きゃ駄目だからね。それはただのお洒落用よ。このドレスにも合っていたしね。土台が金ならもっと可愛かったんだけど」
金より白金の方が価値は高いのだが、この悪魔にとってはそういう問題では無いのだろう。
「解ったよ。盗品ってのが気にはなるが、宝石に罪は無いからな。この宝石分、きっちり食わせてやる」
サミエルが諦めた様に息を吐きながら言うと、悪魔は破顔した。
「本当!? 本当ね!? 後からやっぱり駄目って言われても聞かないわよ!?」
「ああ、言わんよ。営業の時で無くても、好きな時に食いに来たら良いからよ。作る前に来てくれたら、3人分作れるからさ」
「ええ、是非そうさせて貰うわ。そうね、なら、夕飯は基本毎日来るわ。昼は私も忙しいし、まぁ良いかしら」
「今来てるじゃ無いか」
「暇な時もあるの。そうね、じゃあ手始めに、今作っているそれを寄越しなさい」
悪魔はそう言って、火の上で湯気を上げているスープを指差した。
「はいよっと。あ、ところでお前さん、名前は何て言うんだ?」
「あら、この、悪魔の私に名前を聞くなんて、人間の癖に生意気ね」
悪魔の名前を聞くのはそんな大層な事だったか? サミエルはこれまで会って来た悪魔を思い出して首を捻る。
「良いわ、教えてあげる。私の名はカロリーナ。よぅく頭に刻みなさい」
「カロリーナな。俺はサミエル。カピバラはマロ。よろしくな」
仰々しく言うカロリーナに軽く応えると、カロリーナは膨れっ面を晒す。
「本当に生意気ね! でもご飯に免じて許してあげるわ。早くそのスープを寄越しなさい。良い香りだわ!」
「はいはい」
サミエルはまず鍋の様子を見る。大豆発酵調味料を溶く時に弱火にしてあったものの、悪魔との遣り取りの間に少し煮詰まってしまったので、水を足して味を調整する。
出来上がったのでケースから器を出し、注いで、マロとカロリーナに渡してやった。
ふたりは途端に集中する。マロは器に顔を突っ込む勢いで、カロリーナもスプーンを持つ手が止まらない。
「茶色なんて見た目は良く無いのに、何でこんなに美味しいのかしら」
「美味しいですカピ。お野菜が柔らかくて、スープがまろやかですカピ」
「スープだけじゃ無くて、握り飯とおかずも食えよ」
そう言って箱に詰めた弁当を出してやる。そしてサミエルもスープに口を付けた。
ブイヨンと大豆発酵調味料の絶妙なバランス。その豊かな旨味が野菜にじんわりと染みて、何とも膨よかな味わいである。
「私あんまり冷たい食事好きじゃ無いんだけど、この握り飯は美味しいわね。具も入ってないのに」
気付いたらカロリーナが握り飯を頬張っていた。
「冷めても旨い様に作ってあるからな。マロ、取ってやるから待ってな」
「ありがとうございますカピ」
「ところでサミエル、これからの予定教えなさいよ。いちいち探すの面倒だわ。近くまで行ったらカピバラの気配で解るから、大体の場所を教えてくれたら良いわ」
握り飯をぺろりと平らげたカロリーナが、次は卵焼きに手を伸ばしながら言った。
「そりゃあそうだな。えぇと、とりあえずこれから」
サミエルはマロの握り飯とおかずを皿に乗せながら応えた。
朝に弱く、午前中はろくに頭が動かないサミエル。そんな状況でも作れるものと言えば。
このホルストの街でサミエルが1番美味しいと思うパンの商店で購入したコッペパン登場。
真ん中にナイフで切り目を入れておいて。
中身を作る。
中身はその日によって違う。
今朝はきゃべつと豚の燻製肉を千切りにし、塩だけのシンプルな味付けでオリーブオイルで炒めたものを、切り口に粒マスタードをしっかりと塗ったコッペパンに挟んだものだ。
「マロ、朝飯待たせたな」
「ありがとうございますカピ」
朝食を皿に乗せて置いてやると、マロは「いただきますカピ!」と元気に声を上げて齧り付いた。
サミエルも一口。うん、頭は動かずとも調理はきっちりと出来るのだから、我ながら恐ろしいものだ。
きゃべつの甘み、豚の燻製肉の仄かな塩気を含んだボリューム。それが粒マスタードの刺激と相まって、旨味を生み出している。
ぺろりと食べ終わって、手に着いたパンの屑を叩きながら、サミエルは「さて、と」と呟く。
「調味料調達しないとなードルドラに行かないと」
調味料は流石に自分で原材料から作る事は難しいので、ドルドラのとある工房に頼っている。
「サミエルさん、それも勿論大事なのだと思うのですカピが……」
マロがやや言い難そうに口を開く。
「何だ?」
そんなマロを促す様に、サミエルは明るく応える。
「一昨日、昨日とサミエルさんのご飯を食べて、思ったのですカピ。調味料を調達された後、能力測定所に行きませんカピか?」
「え?」
サミエルはぽかんとする。
「俺の能力は神の舌とも呼ばれてるこの能力だって、もう既に判明してるぜ」
「そうなのですカピが、新たな能力の予感がするのですカピ」
「ひとりでふたつ以上の能力持ちって、聞いた事無いぜ」
能力は発現する事がそもそも稀で、ひとりにひとつと言うのが常識である。
「ボクも無いのですカピ。ですが、神の舌だけであそこまでの美味しいご飯が作れるとは思えないのですカピ。ナイフ捌きや鍋使い、手際もボクが今まで見た中でも断とつだったのですカピ」
「それは単に、それなりに長く料理やってるから普通に上達したんだと思うぜ」
「そうかも知れませんカピ。ですが気になるのですカピ。サミエルさん、祓魔師のボクの勘を信じてみて貰えませんカピか」
「あ、そっか。お前さん祓魔師だったもんな」
祓魔師は呪いを解いたり悪魔や霊などを祓ったりする存在だ。だがマロの能力の高さは、第六感と言うものを高めているのかも知れない。
「んー」
サミエルは頭を掻いた。
「マロがそう言うなら、ドルドラに行ったら真っ先に行ってみるか。調味料は後でも大丈夫だからよ」
「先で良いのですカピか?」
「ああ、そう言われると気になっちまうからな」
そうして今日の予定が決まった。
街と街の行き来は、基本は馬や馬車を借りる。それぞれの街同士で連携が出来ているので到着地で乗り捨てが出来る為、借りた街まで返しに行く必要が無いので便利なのである。
旅に出る事を決めた時、専用の馬車を調達しようかとも考えたが、置き場所に困るだろうと思い、借りる事に決めたのである。
宿をチェックアウトしたサミエルは大きなトランクを引き摺り、マロと並んで馬車を借りに行く。
借りたのは、茶色い馬1頭が引く、小型の荷台が付いた馬車だった。荷物は大型とは言えトランクひとつだけなので、小型で充分なのである。マロが乗ってもまだ隙間があるぐらいだ。
代金は半額を出発地で支払う。途中で馬に与える人参も購入して。優しい眼をした馬の名前はサムと言った。
荷台にトランクと人参、そしてマロを上げて、サミエルはサムの首筋をそっと撫でてやる。馬の扱いも慣れたものだ。
「サム、よろしくな」
そう言って操縦席へ。早速手綱を掴む。緩く振るうとサムは首を微かに震わし、ゆっくりと歩き出した。
途中馬車を止め、昼食を摂る。宿のチェックアウトまでに作っておいた弁当だ。メインは塩の握り飯。おかずは卵焼きや茹でた野菜などの簡単なものだ。
ただ、汁物はその場で火を起こして温かいものを作る。材料は宿でカットしてある。
枯れ木を拾い、火を付け、手持ちの器具で鍋を固定する。
鍋にオリーブオイルを引き、大根、人参、牛蒡を炒める。大根が透明になって来たら、昨日の夜にキープしておいたブイヨンを入れ、沸いたら白菜を入れ、煮て行く。
野菜に火が通ったら大豆発酵パテを溶いて、具沢山スープの出来上がり。
「良い匂いですカピ……」
マロが辺りに漂う香りに鼻をひくつかせる。
「すぐによそってやるからちょっと待ってな」
そうしてケースから器を出そうとした。その時。
「あー! 見つけたわ!」
聞き覚えのある声が空から降って来た。顔を上げると、飛来したのは、サミエルに厄介な呪いを掛けた、あの悪魔の女の子だった。
「あー、またお前さんか」
サミエルはつい顔を顰めてしまう。マロは臨戦態勢である。
「何しに来たのですカピか。またサミエルさんに余計な事をしようとするなら」
マロが低い声で唸る様に言うと、悪魔は「はぁ」と面倒そうな溜め息を吐いた。
「もう何もしないわよ。カピバラ、お前がいる限り無駄だって解ってるからね。仕方が無いから私の専属って話は無しにしてあげる。その代わり」
悪魔は腰に両手を遣って、踏ん反り返って言った。
「お前が料理を作る時には、私にも食べさせなさい。毎食とは言わないわ。そうね……お前、今も作っているのね」
「まぁな、これは昼飯。簡単なもんだよ。自分とマロだけで食べる時にはそんな凝ったのは作らんよ」
「じゃあいつ凝ったのを作るのよ」
「商売の時だ。俺は皆に飯を食って貰って、それで金を貰ってる」
「じゃあその時に食べさせなさいよ」
「そりゃあ構わんが、金は貰うぜ。お前さんだけ特別扱いって訳には行かんからな」
「どれだけ渡せば良いの?」
「1人前は銅貨10枚な」
すると悪魔は「んー?」と首を捻る。
「人間の貨幣の価値は良く判らないわ。銅貨も持っていないし。そうね、じゃあ」
悪魔は言うと、左の中指に嵌めていた指輪を外し、サミエルに投げて寄越した。サミエルは小さなそれに慌てて手を伸ばす。
掌に乗せて見ると、銀色の土台に、四角くカットされた赤い透明な美しい石が付いている。サイズもかなり大きい。
「これ、宝石? 高価なもんじゃ無いんかよ」
「これはルビーですカピね」
マロが横から覗き込んで来る。
「色も濃いですし、透明度も高いですカピ。そしてこのサイズだと、かなり高価なのだと思いますカピ」
「詳しいんだな、マロ」
サミエルが感心した様に言うと、マロは照れた様に首を振った。
「宝石には自然の力が込もっているのですカピ。それを使って呪いや解呪を行う事もあるのですカピ。力を増幅させるのですカピ。なのでボクも勉強しましたカピ。使った事は無いのですカピが」
「そのルビー、人間の間ではそれなりの価値があると思うわ。土台も白金だしね」
「そりゃあこんな綺麗ででっかい石、俺の飯何食分なんだって話だよ」
一体金貨何枚分になるのか。宝石には疎いサミエルには判らないが、相当な額になるのでは無いだろうか。
「とりあえずはその宝石分食べさせなさい。その後は、そうね、また宝石を用意しようかしら」
「これ、お前さんの大切なものじゃ無いんかよ。力の増幅とかよ。良いのか? こんな簡単に支払いに使って」
「構わないわ。だってそれ、人間から頂戴したものだもの」
「貰ったんだったら、尚更大事なんじゃ無いんか?」
訊くと、悪魔はふんと鼻を鳴らした。
「良いのよ。そいつ両手の指にじゃらじゃら指輪付けて自慢してる嫌なやつで、使用人虐げて馬鹿笑いしていたから腹が立ったの。だからひとつ拝借してやったわ」
「それ盗みじゃ無いか!」
サミエルが驚いて咎める様な声を上げると、悪魔はまたつまらなさそうに、ふんと鼻を鳴らした。
「私は悪魔なんだから、盗みを悪いとは思わないわ。それに本当に嫌なやつだったんだからね。悪魔の私から見ても、本当に腹立たしかったわ。だから罰を与えたの」
悪人に罰を与える悪魔とは一体。もしかしたらこの悪魔、存外良い子なのでは無かろうか。いや、盗みを働いて平気でいる訳だが。
「それに増幅装置にするには、自力で手に入れた石じゃ無きゃ駄目だからね。それはただのお洒落用よ。このドレスにも合っていたしね。土台が金ならもっと可愛かったんだけど」
金より白金の方が価値は高いのだが、この悪魔にとってはそういう問題では無いのだろう。
「解ったよ。盗品ってのが気にはなるが、宝石に罪は無いからな。この宝石分、きっちり食わせてやる」
サミエルが諦めた様に息を吐きながら言うと、悪魔は破顔した。
「本当!? 本当ね!? 後からやっぱり駄目って言われても聞かないわよ!?」
「ああ、言わんよ。営業の時で無くても、好きな時に食いに来たら良いからよ。作る前に来てくれたら、3人分作れるからさ」
「ええ、是非そうさせて貰うわ。そうね、なら、夕飯は基本毎日来るわ。昼は私も忙しいし、まぁ良いかしら」
「今来てるじゃ無いか」
「暇な時もあるの。そうね、じゃあ手始めに、今作っているそれを寄越しなさい」
悪魔はそう言って、火の上で湯気を上げているスープを指差した。
「はいよっと。あ、ところでお前さん、名前は何て言うんだ?」
「あら、この、悪魔の私に名前を聞くなんて、人間の癖に生意気ね」
悪魔の名前を聞くのはそんな大層な事だったか? サミエルはこれまで会って来た悪魔を思い出して首を捻る。
「良いわ、教えてあげる。私の名はカロリーナ。よぅく頭に刻みなさい」
「カロリーナな。俺はサミエル。カピバラはマロ。よろしくな」
仰々しく言うカロリーナに軽く応えると、カロリーナは膨れっ面を晒す。
「本当に生意気ね! でもご飯に免じて許してあげるわ。早くそのスープを寄越しなさい。良い香りだわ!」
「はいはい」
サミエルはまず鍋の様子を見る。大豆発酵調味料を溶く時に弱火にしてあったものの、悪魔との遣り取りの間に少し煮詰まってしまったので、水を足して味を調整する。
出来上がったのでケースから器を出し、注いで、マロとカロリーナに渡してやった。
ふたりは途端に集中する。マロは器に顔を突っ込む勢いで、カロリーナもスプーンを持つ手が止まらない。
「茶色なんて見た目は良く無いのに、何でこんなに美味しいのかしら」
「美味しいですカピ。お野菜が柔らかくて、スープがまろやかですカピ」
「スープだけじゃ無くて、握り飯とおかずも食えよ」
そう言って箱に詰めた弁当を出してやる。そしてサミエルもスープに口を付けた。
ブイヨンと大豆発酵調味料の絶妙なバランス。その豊かな旨味が野菜にじんわりと染みて、何とも膨よかな味わいである。
「私あんまり冷たい食事好きじゃ無いんだけど、この握り飯は美味しいわね。具も入ってないのに」
気付いたらカロリーナが握り飯を頬張っていた。
「冷めても旨い様に作ってあるからな。マロ、取ってやるから待ってな」
「ありがとうございますカピ」
「ところでサミエル、これからの予定教えなさいよ。いちいち探すの面倒だわ。近くまで行ったらカピバラの気配で解るから、大体の場所を教えてくれたら良いわ」
握り飯をぺろりと平らげたカロリーナが、次は卵焼きに手を伸ばしながら言った。
「そりゃあそうだな。えぇと、とりあえずこれから」
サミエルはマロの握り飯とおかずを皿に乗せながら応えた。
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