36 / 36
エピローグ
平和なひととき
しおりを挟む
(平和やな……)
ランチタイムが終わり、落ち着いたカフェ・シュガーパインの店内を見渡して、春眞は思う。
春眞とて、事件に関わることをそこまで忌避しているわけでは無い。茉夏ほどの興味を示さないだけだ。冬暉が警察官である限り、冬暉の同僚であり秋都の元後輩である夕子が里中家に出入りする限り、世間話程度ではあるだろうが、そういう世界に触れるだろう。
それでもやはり、春眞はもちろん茉夏も、そして今や秋都も民間人なのだ。探偵ごっこよろしく事件に首を突っ込むのは良く無いのだ。
好奇心旺盛の茉夏が味をしめていないと良いのだが、とこっそり願う。
そんな茉夏だが、晩ごはんを食べに来た夕子に、受け持ちの事件の話をせがんで、当たり障りの無い部分だけを聞いて、どうにか気持ちを満たしている様だ。
ちなみに冬暉には訊かない。邪険にされて喧嘩になるのがオチだからである。
さて、そろそろティタイムだろうという時間帯、レアチーズケーキをご贔屓にしているご常連の男性が訪れる。今日もスリーピースを格好良く着こなしていた。色はベージュなので雰囲気が柔らかく感じる。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ~」
それぞれがお迎えすると、男性は「おう」と軽く手を上げる。口を開けばいつものガラの悪さが垣間見えた。
「レアチーズとブレンド頼むわ」
男性は席に着くなり、メニューも見ずに注文した。
「はい、お待ちください」
春眞はお冷とおしぼりを置きながら返事をする。と同時に、ふわりと鼻を掠める火薬の匂いに(あ、また)と目を細めた。
このご常連の男性からは、時折火薬の匂いがするのである。仕事などで火薬を扱っているのだろうか。花火師とか採掘現場とか、それとも……自称サラリーマンと言うことだが。
例えご常連とは言え、こちらから踏み込むことはしない。もし世間話の中ででもそんな内容が出たら知ることもあるだろう。
このことは誰にも、秋都にすらも言っていない。茉夏の耳に入って、下手に好奇心を刺激したく無かったからだ。茉夏もわきまえてはいるが、万が一お客さまの失礼になってしまっては一大事である。
「兄ちゃん、ブレンドとレアチーズ」
「はぁ~い」
秋都はドリッパーを出し、春眞はショーケースからレアチーズケーキを出した。プレートに置き、脇にブルーベリージャムを置き、ケーキの上にミントの葉を飾る。
秋都は丁寧にブレンドをドリップする。近くにいるとその芳醇な香りが漂って来て、つい鼻で追ってしまう。やがて最後の一滴がコーヒーカップに注がれた。
「は~い、ブレンドお待たせ~」
「はいよ」
春眞はトレイにブレンドとレアチーズケーキを乗せ、ご常連のもとへと運ぶ。
「お待たせしました」
そうして音をできるだけ立てない様に、プレートとカップをそっとテーブルに置いた。
「お、ありがとう。これやこれや」
ご常連は嬉しそうににやりと笑い、いつもの様にブレンドコーヒーにミルクと砂糖をたっぷりと入れた。わくわくとした子どもの様な表情である。
(ああ、平和やわぁ)
そんな光景に、つい微笑ましくなってしまう。
これからもこんな平和が続けば良いな、と心の底から思ってしまう。お客さま商売なのだから、思いも寄らぬことがあるかも知れないし、困ることだって起こるだろう。
だが巧くバランスを取りながら、日々を過ごして行けたらなと思っている。
「どうしたん、春ちゃん、にやにやして」
おっと、顔に出てしまっていただろうか。春眞は慌てて顔を引き締める。
「いやさ、このまま平和でおってくれたらええなぁて思って」
すると茉夏は「えー?」と不満げだ。
「ボクは何かあってくれたほうがええけどな。ほら、この前みたいなん。わくわくするやん」
食い逃げのことなのか、ストーカーのことなのか、殺人事件のことなのか、それとも別のことなのか、何を指しているのかは判らないが、春眞は苦笑するしか無い。
「この店のためにも、平和でおってくれた方がええやろ?」
「それはそうかも知れへんけどさ~」
茉夏はそう言って膨れてしまう。相変わらずである。好奇心の強さは茉夏の長所であり短所でもある。
「ほらほら、喋ってへんで、働きなさ~い」
呆れ声の秋都に窘められ、春眞と茉夏は「はぁい」と揃って返事をした。
男性のご常連は目を細めながら満足げにレアチーズケーキを味わっている。カウンタの若い女性のお客さまは生クリームをこんもりと絞ったパンケーキ、テーブル席の老年のご夫婦はバターとメープルシロップをたっぷり掛けたホットケーキを楽しんでいた。
(ほらな、やっぱり平和がいちばんやわ)
春眞はのどかなシュガーパインを眺めて、ゆったりと微笑んだ。
ランチタイムが終わり、落ち着いたカフェ・シュガーパインの店内を見渡して、春眞は思う。
春眞とて、事件に関わることをそこまで忌避しているわけでは無い。茉夏ほどの興味を示さないだけだ。冬暉が警察官である限り、冬暉の同僚であり秋都の元後輩である夕子が里中家に出入りする限り、世間話程度ではあるだろうが、そういう世界に触れるだろう。
それでもやはり、春眞はもちろん茉夏も、そして今や秋都も民間人なのだ。探偵ごっこよろしく事件に首を突っ込むのは良く無いのだ。
好奇心旺盛の茉夏が味をしめていないと良いのだが、とこっそり願う。
そんな茉夏だが、晩ごはんを食べに来た夕子に、受け持ちの事件の話をせがんで、当たり障りの無い部分だけを聞いて、どうにか気持ちを満たしている様だ。
ちなみに冬暉には訊かない。邪険にされて喧嘩になるのがオチだからである。
さて、そろそろティタイムだろうという時間帯、レアチーズケーキをご贔屓にしているご常連の男性が訪れる。今日もスリーピースを格好良く着こなしていた。色はベージュなので雰囲気が柔らかく感じる。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ~」
それぞれがお迎えすると、男性は「おう」と軽く手を上げる。口を開けばいつものガラの悪さが垣間見えた。
「レアチーズとブレンド頼むわ」
男性は席に着くなり、メニューも見ずに注文した。
「はい、お待ちください」
春眞はお冷とおしぼりを置きながら返事をする。と同時に、ふわりと鼻を掠める火薬の匂いに(あ、また)と目を細めた。
このご常連の男性からは、時折火薬の匂いがするのである。仕事などで火薬を扱っているのだろうか。花火師とか採掘現場とか、それとも……自称サラリーマンと言うことだが。
例えご常連とは言え、こちらから踏み込むことはしない。もし世間話の中ででもそんな内容が出たら知ることもあるだろう。
このことは誰にも、秋都にすらも言っていない。茉夏の耳に入って、下手に好奇心を刺激したく無かったからだ。茉夏もわきまえてはいるが、万が一お客さまの失礼になってしまっては一大事である。
「兄ちゃん、ブレンドとレアチーズ」
「はぁ~い」
秋都はドリッパーを出し、春眞はショーケースからレアチーズケーキを出した。プレートに置き、脇にブルーベリージャムを置き、ケーキの上にミントの葉を飾る。
秋都は丁寧にブレンドをドリップする。近くにいるとその芳醇な香りが漂って来て、つい鼻で追ってしまう。やがて最後の一滴がコーヒーカップに注がれた。
「は~い、ブレンドお待たせ~」
「はいよ」
春眞はトレイにブレンドとレアチーズケーキを乗せ、ご常連のもとへと運ぶ。
「お待たせしました」
そうして音をできるだけ立てない様に、プレートとカップをそっとテーブルに置いた。
「お、ありがとう。これやこれや」
ご常連は嬉しそうににやりと笑い、いつもの様にブレンドコーヒーにミルクと砂糖をたっぷりと入れた。わくわくとした子どもの様な表情である。
(ああ、平和やわぁ)
そんな光景に、つい微笑ましくなってしまう。
これからもこんな平和が続けば良いな、と心の底から思ってしまう。お客さま商売なのだから、思いも寄らぬことがあるかも知れないし、困ることだって起こるだろう。
だが巧くバランスを取りながら、日々を過ごして行けたらなと思っている。
「どうしたん、春ちゃん、にやにやして」
おっと、顔に出てしまっていただろうか。春眞は慌てて顔を引き締める。
「いやさ、このまま平和でおってくれたらええなぁて思って」
すると茉夏は「えー?」と不満げだ。
「ボクは何かあってくれたほうがええけどな。ほら、この前みたいなん。わくわくするやん」
食い逃げのことなのか、ストーカーのことなのか、殺人事件のことなのか、それとも別のことなのか、何を指しているのかは判らないが、春眞は苦笑するしか無い。
「この店のためにも、平和でおってくれた方がええやろ?」
「それはそうかも知れへんけどさ~」
茉夏はそう言って膨れてしまう。相変わらずである。好奇心の強さは茉夏の長所であり短所でもある。
「ほらほら、喋ってへんで、働きなさ~い」
呆れ声の秋都に窘められ、春眞と茉夏は「はぁい」と揃って返事をした。
男性のご常連は目を細めながら満足げにレアチーズケーキを味わっている。カウンタの若い女性のお客さまは生クリームをこんもりと絞ったパンケーキ、テーブル席の老年のご夫婦はバターとメープルシロップをたっぷり掛けたホットケーキを楽しんでいた。
(ほらな、やっぱり平和がいちばんやわ)
春眞はのどかなシュガーパインを眺めて、ゆったりと微笑んだ。
0
お気に入りに追加
18
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
彩霞堂
綾瀬 りょう
ミステリー
無くした記憶がたどり着く喫茶店「彩霞堂」。
記憶を無くした一人の少女がたどりつき、店主との会話で消し去りたかった記憶を思い出す。
以前ネットにも出していたことがある作品です。
高校時代に描いて、とても思い入れがあります!!
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
三部作予定なので、そこまで書ききれるよう、頑張りたいです!!!!
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
ファクト ~真実~
華ノ月
ミステリー
主人公、水無月 奏(みなづき かなで)はひょんな事件から警察の特殊捜査官に任命される。
そして、同じ特殊捜査班である、透(とおる)、紅蓮(ぐれん)、槙(しん)、そして、室長の冴子(さえこ)と共に、事件の「真実」を暴き出す。
その事件がなぜ起こったのか?
本当の「悪」は誰なのか?
そして、その事件と別で最終章に繋がるある真実……。
こちらは全部で第七章で構成されています。第七章が最終章となりますので、どうぞ、最後までお読みいただけると嬉しいです!
よろしくお願いいたしますm(__)m
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
学園ミステリ~桐木純架
よなぷー
ミステリー
・絶世の美貌で探偵を自称する高校生、桐木純架。しかし彼は重度の奇行癖の持ち主だった! 相棒・朱雀楼路は彼に振り回されつつ毎日を過ごす。
そんな二人の前に立ち塞がる数々の謎。
血の涙を流す肖像画、何者かに折られるチョーク、喫茶店で奇怪な行動を示す老人……。
新感覚学園ミステリ風コメディ、ここに開幕。
『小説家になろう』でも公開されています――が、検索除外設定です。
瞳に潜む村
山口テトラ
ミステリー
人口千五百人以下の三角村。
過去に様々な事故、事件が起きた村にはやはり何かしらの祟りという名の呪いは存在するのかも知れない。
この村で起きた奇妙な事件を記憶喪失の青年、桜は遭遇して自分の記憶と対峙するのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる