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3章 こんがらがる慕情
第11話 焼き鳥屋ミーティング
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19時頃、里中4兄弟と夕子は、長居駅から少し外れたところの焼き鳥屋にいた。チェーン店なのだが、特に若い層に人気のある店で、大衆的で活気溢れる店内は、店員や客の立てる音や話し声が飛び交い、春眞たちがやれ殺しだやれ犯人は誰だなんて話をしても、周りに聞かれる心配はあまり無い。
しかも幸いな事に平日だからか、通してもらった奥まったテーブル席は、内緒話にもってこいだった。
春眞が晩ごはんについて秋都に電話した時、今日は外食にすると言われ、指定された焼き鳥店の席の予約をしたのだった。
「では! 第3回、捜査会議~!」
なので茉夏がいつもの調子でビールジョッキ片手に高らかに唱えたところで、何ら問題は無かった。春眞は念のため周りを見渡してみたが、客は皆自分たちのお喋りと目の前の料理に夢中だった。
それでも。
「茉夏、一応外なんやから、もうちょっと声抑えぇや」
春眞がやんわり言うと、茉茉は、あ、と口を開けた。
「そうやったね。ごめんごめん」
素直に謝った。そうして木製のテーブルを囲う春眞たちに身を乗り出すと、ひそひそと言う。
「春ちゃんと別れた後ね……」
「極端やろ。普通でええねん普通で」
「もう、春ちゃんわがままやなぁ」
「何でや」
「まぁまぁ」
双子が繰り広げる小芝居を宥める秋都。
「秋兄、姉貴、詳しい事教えてくれや。今日何があったって?」
冬暉もビールジョッキを手に訊く。春眞や夕子と違って、茉夏も冬暉も、ついでに秋都も自宅ではビールはあまり飲まない。ただ焼き鳥やお好み焼きなど、ビールが合うとされる食事の時の1杯目はビールを飲む事にしている。
ちなみに秋都と茉夏がビールをあまり飲まない理由は「肥りやすいから」だそうだ。茉夏はともかく秋都は……いや、何も言うまい。
「今日お店お休みやったやろ? せやから現場に行ってみようって春ちゃんが言うてくれて。で、着いたらね……」
春眞も秋都たちと別れてからの、ふたりの行動は聞いていなかった。帰って来たのは18時頃だったのだが……。
あれから女性は長居駅から大阪メトロ御堂筋線に乗り、20分ほどが経ったところ、本町駅で下車する。
そのころには乗車客も増えて来ていて、途中から茉夏と秋都は女性を見失わない様に、尾行に慣れた秋都に従って、座席から半ば身を乗り出す様にし、だがさりげなさを装って見張る。降りる頃には立ち上がって、女性がはっきり見える場所に移動していた。
重そうな黒のビジネスバッグを右肩に掛けた女性は、その重みをものともしない様に背筋を真っ直ぐに伸ばして歩き、本町駅から地上に上がり、間も無くビルの中に入って行った。7階建てほどの白で塗られたビルだった。
「勤め先やろか」
「どうかしら~、あんなバッグ持ってるぐらいやから、多分営業職よね~。お得意さま先かもね~」
秋都は周囲に視線を彷徨わせ、ある一点を指差した。茉夏がその方向に目をやると、ガラス張りのカフェがある。女性が入って行ったビルの、道路越しではあるが斜め前に位置していた。
「このまま続けるのなら、あそこで待ちましょ。あっこからならこのビルの正面も見えるやろうし~、セルフだからすぐに動けるし~。勤め先でもお得意さま先でも、しばらくは出て来えへんでしょうからね~」
「……うん」
茉夏は意を決して頷いた。
止めるならこのタイミングだった。一瞬迷った。このまま尾行していたら、いつまで掛かるか解らない。面白そうだと心躍ったが、茉夏に地道な作業は向いていなかった。尾行なんてその最たるものだ。始めてみたものの、我ながらいつ放り出してもおかしく無かった。
だが茉夏は続けると決めたのだ。ここで止めてはそれこそ格好悪い。茉夏にだって意地がある。頑なになっている訳では無い。首を突っ込むのなら、これくらいはこなさなくては、それこそただの野次馬だ。そうでは無いことを周りにも、何よりも自分自身に証明したかった。
秋都が「茉夏が納得するまで」と言ったのは、茉夏の性格を解っているからこそだった。なので見返してやりたいという思いもほんの少しだけあった。
「うん、行こう、秋ちゃん」
「はいは~い」
そう言ってカフェに向かう茉夏を、秋都が追い掛けた。
「それから、女性が出て来たんは40分ぐらいしてからかなぁ。出てすぐ電話したりしとったな。次どこ行くんやろうって付けてたら、ラッキーな事に家に帰ってん」
その頃にはテーブルには注文した料理はほとんど揃っていて、美味しそうな焼き鳥が数種類、軟骨の唐揚げ、チキン南蛮などを、熱弁を奮う茉夏以外はもりもりと手を伸ばしていた。
ここまで話し終えた茉夏は一息吐く様に、まだかなり量が残っているビールをぐいっと呷り、焼き鳥の中から鶏皮の塩焼きを手にして、豪快にかぶり付いた。話に夢中になっていたのだろうが、お腹も空いていたのだろう。
「ほなさ、そのビルが女性の勤め先やったって事か?」
「判らないけどね~、お得意さま先からの直帰って可能性もあるし~。ビルを出てすぐ電話して、その後どこにも寄らへんでお家やからね~。自社に電話して、直帰になったんかも知れへんから~」
食べる事に夢中になってしまった茉夏から引き継ぐ様に、秋都が応える。
「ああ、ならその可能性が高ぇかもな」
「で、茉夏ちゃん、その女性の名前は判ったん?」
夕子の問いに茉夏は食べる手を止め、脂で汚れてしまった指先をおしぼりで拭うと、得意げな表情で某ブランドのショルダーバッグからスマートフォンを取り出した。
「ちゃんとメモったで。住所もね! 実家なんかな、大きな一戸建てやった。表札にあった苗字は門脇。名前は出てへんかった。残念やわぁ」
「苗字だけで充分や。ええと」
夕子が黒のトートバッグからコピー用紙を出す。サイバーセキュリティ対策課に調べてもらった、闇サイトの掲示板に書き込んでいた人物のIPアドレスの追跡結果だ。
「うん、これやね。門脇麻美子。特別珍しい苗字や無いけど、こんな偶然はあれへんやろうからね。多分本人やろ。私らも今朝話訊きに行ったで」
「やっぱり、犯人は現場に戻るってやつ? 供えられとった花束もその女性やろか」
「自分で殺した人に花束なんて供えるか? 別ん時とかに来た遺族や無いん?」
「いや、田渕は天涯孤独やったはずやで」
春眞の推測を冬暉が否定した。
「もともと親戚がおらんかったとこに、母子家庭で、その母親は田渕が大学ん時に事故に遭うてる。お陰で遺体の引き取り手が無くてな、まだ署の安置所に置かれたままや。このままやと無縁仏になるやろな」
「ほな、花束は友達とかやろか」
「そうやと思うけどな」
「う~ん、気になるわね~」
春眞と冬暉が結論を出そうとしたところに秋都が考え込み、数秒後に顔を上げた。
「ねぇ浅沼ちゃん、冬暉、田渕の戸籍って取れへんかしら。抄本やなくて謄本」
「……田渕本人や無く、田渕家そのものの続柄とかが知りたいっちゅうことですか?」
夕子が首を傾げると、秋都は大きく頷いた。
「そうそう。あの花束ね、白かったのよ~、それにたったひとつだけ。彼にそんな花束を供えてくれるほどの親しいお友だちっておったかしら~?」
「いえ、飲みに行ったりはしとったみたいですけど、そんな親しいて感じはあれへんかったな……」
夕子は考えながら、ゆっくりと口を開く。
「言うなれば平気で詐欺をする様な人格ですから、そういう部分を周りも感じ取っとったんかも知れません」
「そうやんね。せやから花束は私もご遺族を想像したわ~」
「田渕に他に遺族がおるって?」
冬暉が身を乗り出して来た。
「有り得ない話や無いでしょ~? 可能性があるなら調べてみましょ、ってことよ」
「判りました。明日朝いちで役所に行って来ます。て、田渕の本籍地ってどこやっけ」
「遠かったらファクスしてもらわんとあかんすね」
冬暉がスーツの胸ポケットから手帳を取り出し、メモを取った。
「ねぇねぇ夕子さん、門脇さんに話訊きに行ったんよね。ほな、もうひとりのこの」
茉夏がコピー用紙の一部、掲示板に書き込んだ3人目の名前を指差して訊く。
「垣村春香さんは?」
「さっき行って来たで。門脇さんはね、やけに冷静やった。でも瞬きが|多うて、不自然さを感じたわ。垣村さんは逆にやたら明るく振る舞っとる様に感じた」
「萩原さんと含めて、三者三様て感じやね」
「そうなんよねぇ。ありゃあね、誰も女優にはなれへんね」
夕子はそう言って、小さく笑った。自分が言った事が面白かったわけでも無かろうに。3人の大根演技を思い出しているのだろうか。ならばこの笑いは失笑なのか。
「アリバイは?」
「門脇さんは行き着けのバーにおったって。垣村さんは萩原さん同様ファミレス。揃いも揃ってなぁ」
「アリバイあれへんでもおかしない時間帯やもんね」
話が途切れ掛けた瞬間、春眞が今だ、と口を開いた。タイミングを図っていたのだ。3人全員の話が出た今、ベストタイミングと言えた。
「あんな、今日僕が家に帰った時、田渕と店に来たもうひとりの女性が来てたで」
「え!?」
「春ちゃん、それほんま!?」
「あら~」
「マジか」
全員の視線が春眞に集まる。刺されるかの様な圧を感じた春眞は、無意識に上半身を軽く後ろに反らした。
「店が定休日やったから、少し話しただけな。私服やったから最初誰か判らへんでさ」
「で、一体何しに来てん」
「レアチーズ食べに来たって言うてた。せやから昨日の売れ残りを1ピース持って帰ってもろた」
「はぁ?」
声を上げた冬暉だけでなく、秋都たちも口をぽかんと開けた。
「萩原さんと言い、どんだけレアチーズ人気なのよ~」
「知り合いから美味しいて聞いたて」
「萩原さんの事やろか。田渕と一緒に食べて、昨日食べに来たんも彼女やんね?」
茉夏の疑問に春眞は「そうそう」と応える。
「どないなっとんねんレアチーズ」
冬暉は少しばかり呆れた様である。
「でもこれで、少なくともそんな他愛の無い話ができる間柄になっとるって証明された様なものね~。ん~、殺したって証拠はまだ無いけど、話を「聞く」事ができるかも~」
「話なら俺らが訊きに行くけどよ?」
「そうじゃ無くてね~え?」
秋都は挑む様に言い、既に3杯目の芋焼酎のロックをちびりと舐めた。
しかも幸いな事に平日だからか、通してもらった奥まったテーブル席は、内緒話にもってこいだった。
春眞が晩ごはんについて秋都に電話した時、今日は外食にすると言われ、指定された焼き鳥店の席の予約をしたのだった。
「では! 第3回、捜査会議~!」
なので茉夏がいつもの調子でビールジョッキ片手に高らかに唱えたところで、何ら問題は無かった。春眞は念のため周りを見渡してみたが、客は皆自分たちのお喋りと目の前の料理に夢中だった。
それでも。
「茉夏、一応外なんやから、もうちょっと声抑えぇや」
春眞がやんわり言うと、茉茉は、あ、と口を開けた。
「そうやったね。ごめんごめん」
素直に謝った。そうして木製のテーブルを囲う春眞たちに身を乗り出すと、ひそひそと言う。
「春ちゃんと別れた後ね……」
「極端やろ。普通でええねん普通で」
「もう、春ちゃんわがままやなぁ」
「何でや」
「まぁまぁ」
双子が繰り広げる小芝居を宥める秋都。
「秋兄、姉貴、詳しい事教えてくれや。今日何があったって?」
冬暉もビールジョッキを手に訊く。春眞や夕子と違って、茉夏も冬暉も、ついでに秋都も自宅ではビールはあまり飲まない。ただ焼き鳥やお好み焼きなど、ビールが合うとされる食事の時の1杯目はビールを飲む事にしている。
ちなみに秋都と茉夏がビールをあまり飲まない理由は「肥りやすいから」だそうだ。茉夏はともかく秋都は……いや、何も言うまい。
「今日お店お休みやったやろ? せやから現場に行ってみようって春ちゃんが言うてくれて。で、着いたらね……」
春眞も秋都たちと別れてからの、ふたりの行動は聞いていなかった。帰って来たのは18時頃だったのだが……。
あれから女性は長居駅から大阪メトロ御堂筋線に乗り、20分ほどが経ったところ、本町駅で下車する。
そのころには乗車客も増えて来ていて、途中から茉夏と秋都は女性を見失わない様に、尾行に慣れた秋都に従って、座席から半ば身を乗り出す様にし、だがさりげなさを装って見張る。降りる頃には立ち上がって、女性がはっきり見える場所に移動していた。
重そうな黒のビジネスバッグを右肩に掛けた女性は、その重みをものともしない様に背筋を真っ直ぐに伸ばして歩き、本町駅から地上に上がり、間も無くビルの中に入って行った。7階建てほどの白で塗られたビルだった。
「勤め先やろか」
「どうかしら~、あんなバッグ持ってるぐらいやから、多分営業職よね~。お得意さま先かもね~」
秋都は周囲に視線を彷徨わせ、ある一点を指差した。茉夏がその方向に目をやると、ガラス張りのカフェがある。女性が入って行ったビルの、道路越しではあるが斜め前に位置していた。
「このまま続けるのなら、あそこで待ちましょ。あっこからならこのビルの正面も見えるやろうし~、セルフだからすぐに動けるし~。勤め先でもお得意さま先でも、しばらくは出て来えへんでしょうからね~」
「……うん」
茉夏は意を決して頷いた。
止めるならこのタイミングだった。一瞬迷った。このまま尾行していたら、いつまで掛かるか解らない。面白そうだと心躍ったが、茉夏に地道な作業は向いていなかった。尾行なんてその最たるものだ。始めてみたものの、我ながらいつ放り出してもおかしく無かった。
だが茉夏は続けると決めたのだ。ここで止めてはそれこそ格好悪い。茉夏にだって意地がある。頑なになっている訳では無い。首を突っ込むのなら、これくらいはこなさなくては、それこそただの野次馬だ。そうでは無いことを周りにも、何よりも自分自身に証明したかった。
秋都が「茉夏が納得するまで」と言ったのは、茉夏の性格を解っているからこそだった。なので見返してやりたいという思いもほんの少しだけあった。
「うん、行こう、秋ちゃん」
「はいは~い」
そう言ってカフェに向かう茉夏を、秋都が追い掛けた。
「それから、女性が出て来たんは40分ぐらいしてからかなぁ。出てすぐ電話したりしとったな。次どこ行くんやろうって付けてたら、ラッキーな事に家に帰ってん」
その頃にはテーブルには注文した料理はほとんど揃っていて、美味しそうな焼き鳥が数種類、軟骨の唐揚げ、チキン南蛮などを、熱弁を奮う茉夏以外はもりもりと手を伸ばしていた。
ここまで話し終えた茉夏は一息吐く様に、まだかなり量が残っているビールをぐいっと呷り、焼き鳥の中から鶏皮の塩焼きを手にして、豪快にかぶり付いた。話に夢中になっていたのだろうが、お腹も空いていたのだろう。
「ほなさ、そのビルが女性の勤め先やったって事か?」
「判らないけどね~、お得意さま先からの直帰って可能性もあるし~。ビルを出てすぐ電話して、その後どこにも寄らへんでお家やからね~。自社に電話して、直帰になったんかも知れへんから~」
食べる事に夢中になってしまった茉夏から引き継ぐ様に、秋都が応える。
「ああ、ならその可能性が高ぇかもな」
「で、茉夏ちゃん、その女性の名前は判ったん?」
夕子の問いに茉夏は食べる手を止め、脂で汚れてしまった指先をおしぼりで拭うと、得意げな表情で某ブランドのショルダーバッグからスマートフォンを取り出した。
「ちゃんとメモったで。住所もね! 実家なんかな、大きな一戸建てやった。表札にあった苗字は門脇。名前は出てへんかった。残念やわぁ」
「苗字だけで充分や。ええと」
夕子が黒のトートバッグからコピー用紙を出す。サイバーセキュリティ対策課に調べてもらった、闇サイトの掲示板に書き込んでいた人物のIPアドレスの追跡結果だ。
「うん、これやね。門脇麻美子。特別珍しい苗字や無いけど、こんな偶然はあれへんやろうからね。多分本人やろ。私らも今朝話訊きに行ったで」
「やっぱり、犯人は現場に戻るってやつ? 供えられとった花束もその女性やろか」
「自分で殺した人に花束なんて供えるか? 別ん時とかに来た遺族や無いん?」
「いや、田渕は天涯孤独やったはずやで」
春眞の推測を冬暉が否定した。
「もともと親戚がおらんかったとこに、母子家庭で、その母親は田渕が大学ん時に事故に遭うてる。お陰で遺体の引き取り手が無くてな、まだ署の安置所に置かれたままや。このままやと無縁仏になるやろな」
「ほな、花束は友達とかやろか」
「そうやと思うけどな」
「う~ん、気になるわね~」
春眞と冬暉が結論を出そうとしたところに秋都が考え込み、数秒後に顔を上げた。
「ねぇ浅沼ちゃん、冬暉、田渕の戸籍って取れへんかしら。抄本やなくて謄本」
「……田渕本人や無く、田渕家そのものの続柄とかが知りたいっちゅうことですか?」
夕子が首を傾げると、秋都は大きく頷いた。
「そうそう。あの花束ね、白かったのよ~、それにたったひとつだけ。彼にそんな花束を供えてくれるほどの親しいお友だちっておったかしら~?」
「いえ、飲みに行ったりはしとったみたいですけど、そんな親しいて感じはあれへんかったな……」
夕子は考えながら、ゆっくりと口を開く。
「言うなれば平気で詐欺をする様な人格ですから、そういう部分を周りも感じ取っとったんかも知れません」
「そうやんね。せやから花束は私もご遺族を想像したわ~」
「田渕に他に遺族がおるって?」
冬暉が身を乗り出して来た。
「有り得ない話や無いでしょ~? 可能性があるなら調べてみましょ、ってことよ」
「判りました。明日朝いちで役所に行って来ます。て、田渕の本籍地ってどこやっけ」
「遠かったらファクスしてもらわんとあかんすね」
冬暉がスーツの胸ポケットから手帳を取り出し、メモを取った。
「ねぇねぇ夕子さん、門脇さんに話訊きに行ったんよね。ほな、もうひとりのこの」
茉夏がコピー用紙の一部、掲示板に書き込んだ3人目の名前を指差して訊く。
「垣村春香さんは?」
「さっき行って来たで。門脇さんはね、やけに冷静やった。でも瞬きが|多うて、不自然さを感じたわ。垣村さんは逆にやたら明るく振る舞っとる様に感じた」
「萩原さんと含めて、三者三様て感じやね」
「そうなんよねぇ。ありゃあね、誰も女優にはなれへんね」
夕子はそう言って、小さく笑った。自分が言った事が面白かったわけでも無かろうに。3人の大根演技を思い出しているのだろうか。ならばこの笑いは失笑なのか。
「アリバイは?」
「門脇さんは行き着けのバーにおったって。垣村さんは萩原さん同様ファミレス。揃いも揃ってなぁ」
「アリバイあれへんでもおかしない時間帯やもんね」
話が途切れ掛けた瞬間、春眞が今だ、と口を開いた。タイミングを図っていたのだ。3人全員の話が出た今、ベストタイミングと言えた。
「あんな、今日僕が家に帰った時、田渕と店に来たもうひとりの女性が来てたで」
「え!?」
「春ちゃん、それほんま!?」
「あら~」
「マジか」
全員の視線が春眞に集まる。刺されるかの様な圧を感じた春眞は、無意識に上半身を軽く後ろに反らした。
「店が定休日やったから、少し話しただけな。私服やったから最初誰か判らへんでさ」
「で、一体何しに来てん」
「レアチーズ食べに来たって言うてた。せやから昨日の売れ残りを1ピース持って帰ってもろた」
「はぁ?」
声を上げた冬暉だけでなく、秋都たちも口をぽかんと開けた。
「萩原さんと言い、どんだけレアチーズ人気なのよ~」
「知り合いから美味しいて聞いたて」
「萩原さんの事やろか。田渕と一緒に食べて、昨日食べに来たんも彼女やんね?」
茉夏の疑問に春眞は「そうそう」と応える。
「どないなっとんねんレアチーズ」
冬暉は少しばかり呆れた様である。
「でもこれで、少なくともそんな他愛の無い話ができる間柄になっとるって証明された様なものね~。ん~、殺したって証拠はまだ無いけど、話を「聞く」事ができるかも~」
「話なら俺らが訊きに行くけどよ?」
「そうじゃ無くてね~え?」
秋都は挑む様に言い、既に3杯目の芋焼酎のロックをちびりと舐めた。
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