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3章 こんがらがる慕情

第2話 イケメンのお客さま

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 翌朝、冬暉ふゆきは持ち前の肝臓の強さを発揮し、しかし「胃もたれしてやがる」とぼやきながら、朝ごはん前に胃薬を流し込んだ。

 兄弟が揃った朝ごはんの時に昨夜の醜態しゅうたいを告げると、床に頭をり付けんばかりに悶絶もんぜつし、項垂うなだれながらも夕子ゆうこにタクシー代を全額返すと当然のごとく言った。

 出勤する冬暉を見送り、春眞はるま秋都あきとはシュガーパインの開店準備、茉夏まなつは家事に取り掛かる。

「おはようございまーす、こなやベーカリーでーす!」

 9時頃、元気な挨拶を寄越しながら、裏口から白いエプロン姿の男性が入って来た。

 こなやベーカリーは長居ながい公園通りにある人気のパン屋さんで、粉屋こなやさんはこなやベーカリーの店長でありパン職人である。

 シュガーパインでは開店当初から、こなやベーカリーから食事用のパンをおろして貰っている。シュガーパインから近いと言うのも理由だが、何より春眞たちがこなやベーカリーのパンが好きだという事がいちばんだ。

 現在シュガーパインが建つ土地は、元々里中さとなか一家が住まう一戸建てが建っていた。そこに秋都が「カフェをやる」と言い出したので、両親からの融資のもとまるっと建て替えたのだ。シュガーパイン開店前から、里中家はこなやベーカリーを贔屓ひいきにしていたのだった。

 なのでシュガーパインオープンに当たり、「パンをどうするか」の話し合いにおいて、兄弟間でめる様なことは一切無かった。「え? こなやさん以外にどこから仕入れるつもり?」な勢いだった。

「おはようございまーす」

 春眞はサラダや添え付け用のベビーリーフの水切りをしていた手を止めて、裏口に粉屋さんを出迎えに行く。

「お世話になってます」

「こっちこそ毎度ありがとな!」

 春眞は粉屋さんが両手で抱えているばんじゅうを受け取り、傍らの台に置いた。中に入っているパンにほこりなどが掛かったりしない様にと、ふんわり掛けられた白い布をそっとめくると、焼いて間も無いパンの甘くこうばしい香りがふわんと漂った。春眞の心が一瞬で癒されてしまう。

「今朝もええ匂いですね~、美味しそうです」

「そうやろそうやろ! 今朝も会心の出来やで!」

 ばんじゅうにはバタールが10本、整然と置かれていた。シュガーパインでは食事セットメニューでパンかライスを選べ、パンの場合はカットしたバタールを提供している。もちろん単品での提供もある。ちなみに良く出るのはパンである。

「ところでよ春坊、昨日だか今朝だかに、長居公園で自殺してもたやつがおったらしいなぁ」

「あ、今朝のニュースで見ましたよ。物騒ですよね」

「何もあんなとこ選ばんでもなぁ。縁起が悪いったらありゃせんわ」

「ほな、今日は公園立ち入り禁止とかですかね? あ、でもめっちゃ広いし、現場の周辺だけとか」

「いやぁ、それは判らへんけどよ、されてへんくてもよ、親御さんなんかはガキ遊びに行かせるんは控えるんや無いか?」

「ああ、かも知れませんね」

 そんな世間話を少しして、粉家さんは帰って行った。春眞はバタールのばんじゅうを抱え、店内に戻る。

「パン来たで。今日も美味しそうや」

「粉家ちゃんのパンは毎日美味しいわよね~。まかないが楽しみ~」

「残っとったらね」

 お昼の賄いと晩ごはんの主食がパンになるかライスになるかは、その時点での残量による。とは言いながらも余裕を持って仕入れるので、幸い食べられない日は無いのである。



 下ごしらえや掃除が終了して10時、カフェ・シュガーパイン開店である。

 と同時に、ドアが開かれた。

「いらっしゃ、あれ?」

 お迎えの言葉を切ってしまった春眞の視線の先に立っていたのは、冬暉と夕子だった。

「オープン早々悪ぃ、仕事でよ」

「ごめんやで、営業中に」

 刑事である冬暉と夕子が、仕事でシュガーパインに来たと言うことは。

「聞き込み? 聞き込み!?」

 茉夏がわくわくした様子で身を乗り出した。

「そう。この男性なんやけど、見覚えあれへんかなぁ」

 夕子が差し出したタブレットを、春眞と茉夏がのぞき込む。秋都もカウンタから出て来た。

「これCGですか?」

「そう。今朝長居公園で発見された死体のね。CGで作成してん」

 水色一色の背景に、無表情の男性の胸元から上が表示されていた。本物の写真と比較したら若干じゃっかんの作り物感が否めないが、良くできている。

「あ、長居公園て今朝のニュースで見たやつ。確か自殺って」

「あら、そんなんやってたの~?」

 秋都が目を丸くし、春眞は「うん」と頷いた。

「着替えながらちょろっと見ただけやけどね。で、身元不明って?」

「ああ。まだ不明のままな。身元が判る様なもんは持ってへんかったんやけど、財布にレシートがごっそり入っとってよ、そん中にここのもあってん。今それをしらみ潰しに当たってるとこでさ」

「ん~……」

 春眞が眉をしかめる。何か引っかかりを感じていた。

「どうしたん? 春眞くん」

「結構なイケメンやと思いまして」

「何、春ちゃん、そういう趣味!?」

「んな訳あるかい」

 茉夏が大げさに驚いたのを、即座に潰す。もちろん茉夏も本気で言ったのでは無いだろう。

「ま、確かにイケメンやんね。でもボク、人の顔覚えるん得意や無いからなぁ」

「僕もこう、薄っすらと思い出す様な思い出さん様な」

 春眞は眉をひそめて唸り出す。

「財布にね、ここのレシートが3枚あってん。しかも3日連続で同じ様な時間に来とった。覚え無いやろか」

「それ、いつ頃の事かしら~?」

「いちばん古いんで2週間前ですかね」

「こんなイケメンやったら、私も覚えてそうなもんなんやけど~」

 兄ちゃん、ほんまに営業オネエなんか? ついそう疑ってしまいたくなりそうな台詞だが、今はとりあえす置いておいて。

「何食べてたとか判ります?」

「えっとね」

 夕子がタブレットを操作する。春眞がちらりと画面を見ると、撮影したであろうレシートが表示されていた。

「それぞれドリンクが2杯ずつ。2日目はひとつがチーズケーキのセットやね」

「てことはふたりで来とった……、3日連続、……あっ!」

 目を細めて記憶を探っていた春眞が顔を上げた。

「思い出したかも! 3日連続違う女性と来とった人や無いかな」

「凄い春ちゃん、よう思い出したね。常連さんでも無いのに」

「2日目来はった時に、あ、昨日のお客さんやって流石に思って、でも連れてる女性が前日とちごたんや。似たタイプの女性やったんやけどね。そしたら3日目またちゃう女性連れて来はったから。でも4日目には来おへんかったから忘れとった」

「まさかの3股? どんな女性やったん?」

 夕子の問いに、春眞はまた記憶を巡らす。

「こう、いわゆるバリキャリっちゅうか、そんな雰囲気の女性ばっかり。スーツとかを綺麗にきっちり着込んで、アクセサリも化粧もきっちり」

「……あ、ボクも何となく思い出したかも。結構綺麗な人ばかりやったよね」

「そうそう」

 春眞の言葉で、茉夏も接客していた時の記憶が掘り起こされたのだろう。春眞がうんうんと頷く。

「常連や無いんか。じゃあ名前とかは判らんな」

 冬暉が溜め息を吐き、春眞は申し訳無さそうに頭を掻いた。

「うん、悪いけど」

「いやいや、悪無い悪無い」

 夕子が微笑を浮かべて手を振る。

「ま、他のお店に期待しましょ。他の捜査員も動いとるしねー」

「夕子さん、身元判ったら教えてね!」

 茉夏の表情はきらきらと輝いている。好奇心が刺激されているのだろう。

「ん。帰りに寄らせてもらうね。また晩ご飯食べさせて~。勿論お代は払うから」

「いつでも食べに来てね~。進展次第によっては、また帰るん遅うなるんでしょ~?」

 夕子はシュガーパインが開店してから、仕事が多忙になり帰りが遅くなる時には、里中家に寄って晩ご飯を食べていた。もちろん材料費は支払ってくれている。秋都はいらないと言ったが、払った方が遠慮無く食べに来れるからと夕子が言うので、受け取る事にしたのだ。

「ですねぇ。さて、どう転がるかやな」

 夕子がにやりと口角を上げた。
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