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2章 ただ純粋だっただけ

第8話 里中兄弟の休日

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 里中さとなか家に訪れた「お客さま」とは、秋都あきとの元後輩で元相棒あり、冬暉ふゆきの現先輩である浅沼夕子あさぬまゆうこである。月に1度ほど、シュガーパインが休日の日に晩ごはんをご一緒するのだ。

 夕子は刑事課の刑事なので、予定がおじゃんになってしまう事もたまにあるが、シュガーパインの定休日は週に1度必ずやって来るから日延べしても良いのだし、遅くなって構わないのなら前日だって構わないのである。

 現に休み前日にカフェの後片づけから晩ごはんの準備まで手伝ってもらって、夜中まで飲んで、そのまま泊まった事だってある。

 夕子の外見や性格は、茉夏まなつと共通する部分が多々ある。まず気質がさっぱりしている。ヘアスタイルは茉夏より長い。「マメに切りに行くのが面倒臭い」と言って、適当に伸びた髪を後ろでまとめているのがデフォルトだ。楽だからと言う理由で、一時期流行はやって今や定番となったくるりんぱが多い。

 夏の化粧は「汗ですぐに流れてまうから」基本しない。ウオータープルーフの日焼け止めだけをきっちり塗り、ポイントメイクを軽くするだけだ。その代わりスキンケアは入念にする。ファンデーションをしなくても良い肌を常に目指しているのである。

 さて、今夜の里中家の晩ごはんは水炊きになった。具材のメインとなる骨付き鶏肉がこの時季は手に入りやすい。骨付き肉は美味しいだけでは無く、ふくよかなお出汁も良く出るのだ。お手製つみれからも良い出汁が滲む。

「美味しいです! 里中さん!」

 夕子もご満悦の様子だ。隙を見てビールに手を伸ばしながら、うららポン酢で水炊きをかっ込む。その食べ方はなかなか豪快で、およそ女性らしいとは言いがたいかも知れないが、余程お腹が空いていたのだろう。春眞はるまたちも食べながら微笑ましく見守った。

 秋都のこだわりからか、里中家のお鍋はいつも具沢山である。骨付き鶏肉はもちろん、白菜に人参、長ねぎと春菊、きのこは椎茸とえのきとしめじが入っている。お豆腐は木綿を使い、今や全国区となったマロニーも入れる。

 昆布は買い物に行く前から水に付けているので、まろやかで深いお出汁がしっかりと出ている。そこに鶏肉やお野菜、きのこから旨味が出て、食材をまとめあげる。それを酸味がきりっとしているうらら香でいただくと、何とも言えない味わいが口に広がるのである。

 やがてお腹が落ち着いたのか、夕子はようやくとんすいとおはしを置いた。

「は~~~……」

 満足げに深く長い息を吐く。

「ひと心地付きました~。今日お昼抜きやったんですよ」

「あら! 浅沼ちゃん無理しちゃダメよ~」

「大丈夫です! 頑丈なんで!」

 言いながら夕子はファイティングポーズだ。さすがさまになっている。

「そりゃ頑丈でしょうけど、兄ちゃんはおかん気質ですからね。日常生活をさぼると言われますよ?」

「そうなんよ。現役ん時はオネエや無かったけど、おかん気質ではあったな。ちゃんとしたご飯食べてへんと怒られんねん。お昼ならともかく晩は疲れるし、もうどうでもええわーて思ってインスタントや冷凍食品で済ましたりすると叱られてまう。毎日青汁飲んでるんやけどね」

「夕子さんも正直に言わへんかったらええやん?」

 茉夏が言うと、夕子さんは照れた様に頬を掻いた。

「いや~、里中さんに隠し事は出来ひんっちゅうか~、聞かれると答えてもて~」

「その正直なんが浅沼ちゃんのええところよ~」

 秋都がまるで娘や妹を自慢するかの様に胸を張る。

「正直で刑事って務まるんスか?」

「務まる務まる~」

 冬暉の疑問に夕子はからからと笑って応えた。

 そんな他愛ない話を、笑いも大いに交えながら交わして、やがて鍋の中は空になる。誰とも無く片付けを始め、数十分後には汚れた食器類もテーブルも綺麗になっていた。

 そうしている内に、時刻は21時に差し掛かる。シュガーパインは休業日だが、平日なのだから速水さんは出勤で、遅くまで仕事をしている筈だ。今日はカフェの方では無く、住居スペースの玄関を訪ねてくれと言ってある。

 今夜もいつもの通り春眞と冬暉が送るので、ふたりは酒量をいつもより控えめにしておいた。

「そろそろ速水さんが帰って来はるころか」

 春眞が壁に掛けられたアナログ時計を見ながら言うと、隣の夕子が興味を示した。

「例のストーカーに遭うてる子やんね? 里中くんから少し聞いた。面倒な事になっとるね」

「いや、僕らは面倒とか思わないですけど」

「ああちゃうちゃう、そういう意味やなくて、その速水さん? にとってね」

「ああ、そういう意味で」

「腹立つやんね夕子さん! ストーカーとかもう滅亡すればええのに!」

 食後のコーヒーを運んで来た茉夏が憤慨しながら話に入って来る。シュガーパインのブレンド豆を使い、一般的なコーヒーメーカーでれたものである。店でドリッパーで丁寧に煎れるものよりは少しばかり落ちるが、インスタントよりは格段に美味しい。

「同意するけど殺したらあかんで?」

「やらへんよ!」

「誰なんか心当たりも無いって?」

「みたいです」

「今なんか仕事忙しいみてぇで、日曜日も働いてましたよ速水さん。よりにもよってこんなタイミングでなぁ」

「あら冬暉ったら! 忙しかろうがそうで無かろうが、ストーカーはあかんのよ~」

 秋都がシュークリームを人数分運んで来た。冬暉と夕子は大阪市内の所轄署勤めなのだが、最寄り駅近くのショッピングモールに入っている専門店の一品で、夕子の手土産である。

 夕子は里中家を訪れる時、必ずこうして手土産を持って来てくれる。先述のショッピングモールか、長居駅近くの老舗店舗のどちらかで見繕う。なのでその時の限定ものは外さないにしても、幾度か品物が被った事もある。しかし誰も気にしないのである。夕子が選ぶものはどれも美味しいからだ。

 その時ドアホンが鳴った。速水さんだろうか。立っていた秋都が親機に向かう。里中家のドアホンはハンズフリーでテレビモニタ付きである。

『こんばんは、速水です』

「はぁ~い、いらっしゃ~い」

 秋都が通話を切ると同時に、春眞と冬暉が立ち上がった。

「行こか」

「おう」

「行ってらっしゃーい」

「行ってらっしゃ~い。コーヒーは帰って来たら煎れ直してあげるわね」

 ふたりがリビングを出ると、寛いでいた夕子もすっと立ち上がり、春眞たちの後を追う様にリビングを出て来る。春眞は(おや?)と思ったが、お手洗いだろうかと思い特に何も言わない。

 春眞が玄関を開けると、門扉の外に速水さんが立っていた。

「こんばんは。今夜もよろしくお願いします。ほんまにすいません」

 そう言って何度も頭を下げる。毎晩の事である。そこまで恐縮されてしまうと、こちらこそ申し訳無くなってしまう。速水さんの気持ちも重々解るが、もう少し普通にしていてもらえたら嬉しい。こちらは全く気にしていないのだから。

「ほんまに気にすんなって。ほな、行くか」

 冬暉がそう言ってスニーカーを履こうとすると、背後から声が掛かった。

「速水カナ、さん?」

 夕子だった。壁にもたれ、腕を組んで立っている。夕子は品定めする様に速水さんを眺めると、満足したのかにっこりと笑った。

「こんばんは。里中兄弟のお友だちで、浅沼です」

「あ、こ、こんばんは」

 速水さんは戸惑いながらも挨拶を返し、小さく頭を下げた。

「聞きました。ストーカー、大変ですね」

「あ、いえ、毎日家まで送ってもらってますから、私は全然」

 そう言って首を左右に振る速水さんに、夕子は頷いた。

「ところで、ほんまに犯人に心当たり無いんですか?」

「は、はい」

「ほんまに?」

 そう言う夕子の声は、きっと速水さんには冷たく感じたのかも知れない。速水さんはおびえた様にすくんだ。
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