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#56 鰹のタタキ定食の朝食を

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 さて、一夜が明けて。

 壱はまた早めに起きると、朝支度したくを終えて厨房に降りる。冷蔵庫から鰹の切り身とベーコンに味噌と、棚から玉ねぎとにんにく、ローリエを持って2階に上がる。

 そして今度は鍋を手に厨房に降りると、冷蔵庫に寝かせてあるブイヨンを鍋に貰い、上に戻る。

 実はサユリに頼んで、鰹に時間魔法を掛けて貰った。鮮度を保つ為だ。時間限定なのでそろそろ切れる頃である。

 では、調理開始。

 まず、鰹の背身せみを適当なサイズにカットし、塩を振って置いておく。続けて丸ままの腹身はらみにも塩をして置く。

 次に、前夜から吸水させておいた魚沼コシヒカリを炊き始める。

 次はブイヨンを入れた鍋を火に掛ける。沸くまでの間に玉ねぎをざく切りにする。沸いたら玉ねぎを入れ、弱火にする。

 ベーコンをカットしてフライパンで炒め、ブイヨンに加える。

 続けて玉ねぎとにんにくをスライスする。

 次に塩をしておいたカットした鰹の背身の、臭みが抜けた事を確認出来たら、浮き出た水分を拭き取り鍋に敷き詰め、包丁の腹で潰したにんにくとローリエ、ひたひたのオリーブオイルを加える。火に掛け、じわじわと熱を通して行く。

 腹身に出た臭みの元も拭き取って。

 フライパンを出し、薄くオリーブオイルを敷く。良く熱し、そこに腹身を入れる。軽く押し付けながら、表面に焦げ目が付いたら別の面に。それを繰り返す。

 出来上がったら水を張ったボウルに。ほんの数秒ひたして、別の水のボウルに移す。氷が無いので、ひとつめの水のボウルで粗熱あらねつを取り、ふたつめのボウルでめて冷やすのだ。

 そうして冷やされた鰹の腹身の水分を布で拭き取り、オリーブオイルを入れた鰹の様子を見る。うん、火が通り始め、泡が上がっているので、弱火に落とす。

 ベーコンと玉ねぎを煮たブイヨンに味噌を溶き、さぁ、そろそろ米も炊き上がる。

 そしてその頃に茂造が起きて来た。

「おお、壱。また早起きしてくれたんじゃの」

「少しね。美味しく出来てたら良いんだけど」

「では支度をして、サユリさんを起こして来ようかの」

 茂造が行くと、炊き上がった米のふたを上げて木べらでほぐして、また蓋をして蒸らす。鰹のタタキはスライスして皿に盛り、スライスした玉ねぎとにんにく、塩を添える。

 ベーコンと玉ねぎの味噌汁はスープボウルにそそぎ、米も同じ器によそう。サユリの分は両方サラダボウルに。オリーブオイル煮にしてある鰹は火を止めた。

 少し変則的ではあるが、鰹のタタキ定食の出来上がりである。

「おお……! 鰹のタタキ、旨そうじゃのう」

「フライパンで焼いてるから、香ばしさが足りないと思うけどね。とりあえず食べてみてよ」

「ほう、鰹の表面だけに火を通しているカピか。中は生なのカピな」

「そう。俺らの世界の調理方法なんだ。本当はわらで表面をあぶるんだけど、今日はフライパンでな」

 茂造は嬉しげに、サユリは興味深げに鰹のタタキを眺める。

 良く良く考えたら、この村では麦を育てているのだから、藁は大量にあるのだ。用器は陶芸工房で作って貰えないだろうか。今度相談してみよう。問題は串だ。金属製である必要がある。これは街で手に入るだろうか。

「では、いただくかの」

「いただくカピ」

「はい、どうぞ。タタキは塩で食べてな。サユリの分には軽く振ってあるから。薬味やくみの玉ねぎとにんにくは好みで一緒にどうぞ」

 茂造もサユリも、早速鰹のタタキを口にする。

「おお、凄いのう、ちゃんと鰹のタタキじゃ。旨いのう」

「ほう、表面に香ばしく火を通す事によって、あの癖と言うか、それが消えるのだカピな」

「あ、サユリも苦手だった? そうなんだよ。どう? 口に合う?」

「うむ、なかなかカピ。これなら村人にも受け入れて貰えそうカピ」

「今度藁で炙ったやつ食べさせてやるよ。もっと旨いよ」

「それは楽しみカピ」

 ふたりの反応に壱は安堵あんどし、やっと自らの口に入れる。まずは塩だけで。

 うん。ちゃんと強火で焼いた表面が香ばしく仕上がっている。中は生のままなのでしっとりとして、臭みもしっかりと抜けている。

 臭み取りの為に振った塩がほど良い加減を生んでいて、付ける塩は少量で良い。

 今度は玉ねぎと一緒に。うん、甘みと辛みのバランスの良い玉ねぎが、鰹の旨味を引き立てる。

 この村ではほぼ毎日玉ねぎを収穫するので、その実は壱たちの世界で言うところの新玉ねぎなのである。なので生でも食べやすいのだ。

 水にさらすと辛み成分がいくらか抜けるが、そうすると栄養分も逃げると聞いた事があるのでしていない。そう言えば食堂でもしていない。

 今度はにんにくで。これもまた素晴らしいバランスである。玉ねぎのさわやかなものと違い、ややパンチのある辛み。だがそれがタタキの甘みを引き上げる。

 我ながら良く出来たと、壱は満足する。

 今度は味噌汁を。いろいろレシピを調べてみたら、コンソメスープに味噌を溶かすスープを見つけたのだ。

 これはブイヨンだが、玉ねぎとベーコンでおぎなってある。味噌汁の具としてはあまり無いのだろうが、ベーコンは燻製くんせい豚肉なのだから、合わない事は無いと思うのだが。

 飲んでみる。うん、なかなか悪く無い。いな、美味しい。成る程、流石味噌。どんなものにでも溶け込んでしまう。

「壱よ、この味噌汁も旨いなぁ。ブイヨンを使ったんじゃな?」

「うん。事後報告になってごめん、少し貰った。昆布も鰹節も無いし、魚の粗から出汁だしを取る時間は流石に無かったからやってみたんだけど、これ良いね。味噌は少なめだけど、これぐらいが良いかも」

「うむ。なかなかいけるカピ」

 サユリも夢中で飲んでいる。レシピを見たとは言え実験的だったので、巧く出来て本当に良かった。

 白米は言わずもがな。何せ魚沼のコシヒカリを鉄鍋で炊いているのだから、美味しく無い訳が無い。

 壱はこの朝食の出来栄えに、眼を閉じて口角を上げた。
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