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#158 夜の賄いで、鰹のタタキ完全版 その2

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 壱は鰹をまな板に乗せ、包丁で丁寧に切って行く。火が通った部分がどうしても崩れやすいので、そっと包丁を入れて。

 そうして出来上がった鰹のタタキを、玉ねぎとにんにくのスライスとともに皿に盛った。

「イチー、どうだ? こっちは出来たぜ?」

「こっちも出来たよ!」

 カリルの声に、壱は元気に応える。

 既に賄いが出揃ったテーブルに、壱は完成したばかりの鰹のタタキをサーブした。

「お、これがバージョンアップした鰹のタタキだな!?」

 カリルが眼を輝かせる。

「え、何それ! ボク聞いてないんだけど!」

 メリアンがねた様に声を上げた。

「言ってねぇからな」

「カリル酷ーい!」

 カリルのぶっきら棒な台詞に、メリアンが声を荒げる。

「まぁまぁメリア~ン、まずはいただきましょうよぅ~。楽しみよねぇ~」

 マーガレットがメリアンをなだめつつ、背中を優しく撫でる様に叩く。

「むー」

 メリアンは膨れっ面を崩そうとせず、それでも鰹のタタキにフォークを突き立てた。

「いただきます!」

 怒鳴る様に良い、タタキにかじり付いた。

 その途端、元々くりっと大きな眼が、更に見開かれる。眉間に寄っていたしわも綺麗に取れて、表情を輝かせながら咀嚼そしゃくし、残りの身も口に放り込んだ。

「凄っごい! 何これ吃驚びっくり! 凄っごい! 凄っごい美味しい! 香ばしさが凄い! 何これ凄い!」

 中にものが入っているからか左手で口を押さえ、興奮しながら嬉しそうに叫ぶ様に、ただただ凄いを連発する。

 そんなメリアンの様子を見て、「じゃあ私も」「俺も」と次々にタタキに手が伸びた。

 各々口に入れる。そして一様に眼を見開き、「旨っ!」「美味しい!」と声を上げた。

「ちょ、イチ、これ何でどうしてこんなになるんだよ! え、前に食ったタタキも旨かったけど、何だよこれ凄ぇな! 香ばしい、と言うか、香り? 味が香りっつうか、ええと、どう言ったら良いのか判んねぇけど!」

 カリルも興奮してまくし立てる。

「本当ねぇ~。やっぱり香ばしさが際立つって言うのかしらぁ~? 良い香りが鰹の臭みをすっかり消しちゃってるじゃ無ぁい~。玉ねぎとかと頂くと尚更なおさらねっ。凄いわぁ~……」

 マーガレットはうっとりと眼を閉じる。口角も緩やかに上がり、とても満足そうだ。

「ほ、本当に、お、美味しい、ですねっ! や、やっぱり、か、香りが凄いん、で、です、ねね! あ、あの、あの、あの、美味しい! です!」

 マユリも興奮しているのか、語彙力ごいりょくを失い、吃音癖きつおんぐせもいつもより酷くなっている。

 だが見開いた眼を輝かせ、頬を紅潮させながらタタキを頬張るその表情から、感動すらしているだろう様子が解る。

 壱はサユリに視線を移す。サユリにも2切れ程をサーブしていた。

 サユリは夢中になってタタキをガッついている様に、壱には見えた。

「サユリはどうかな」

 ストレートに聞いて見ると、サユリは幾度と頷きながら言った。

「これは旨いものカピ。壱、褒めてやるカピ」

 おお、普段なかなか「旨い」と言わないサユリから、そのワードを引き出せるとは。これは相当気に入ってくれたと言う事だ。

 全員の反応に、壱は大きく胸を撫で下ろした。

 自信はあった。だが不安が無かった訳では無い。フライパンで作ったタタキでも、みんなは美味しいと言って食べてくれた。だから大丈夫だろうと思っていても、藁の癖が受け入れられるかどうかが不明だったのだ。

 これは大成功である。

 おっと、壱も早く食べなければ、無くなってしまう。

 茂造を見ると、眼を細めてとても嬉しそうだ。

「じいちゃんも藁焼きは久しぶりじゃ無い?」

「いや、実は初めてなんじゃ。儂が元の世界にいた頃は、高知の料理屋なんかもそれほど多く無くてのう。あっても、藁焼きは食べられんかったからのう。こんなに旨いもんじゃったんじゃのう。凄いのう、旨いのう」

 だったら尚更食べて貰えて良かった。壱は嬉しくなり、笑みを浮かべる。

 さて、壱も一切れ。

 おお、香ばしさ、香りは勿論の事、火入れも丁度良い。表面と、身はほんの数ミリしか通っていない。さくさくとして、それでいてしっとりした食感もしっかりとある。

 プロが炙った程では無いのかも知れない。だがこれは上等では無いだろうか。

 何より、みんなが喜んで、気に入ってくれた。凄い事だ。

 これなら安心して結婚パーティにも出せるだろう。壱はまた安堵した。
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