上 下
157 / 190

#157 夜の賄いで、鰹のタタキ完全版 その1

しおりを挟む
 食堂の夜営業が終わり、壱たちは賄いを作る。

「じゃ、俺、かつおのタタキを作るから!」

 威勢良く言うと、水槽から鰹を揚げて、苦しげにぴちぴちと跳ねるそれをまな板に押さえ付ける。

 先日教えて貰った下ろし方、それをマスター出来たかと言うとまだ微妙ではあるが、覚えてはいる。出来れば今回は自力でやってみたい。

「うんうん、ではやってみると良いぞい。もし判らなかったら、カリルかわしに聞くと良いからの」

 茂造の穏やかな台詞に、壱はあらためて気合を入れる。

「うん。ありがとう」

 さて、茂造たちはそれぞれの作業に移り。

 壱はまず、鰹を大人しくさせる為に、その脳天に包丁の背を振り下ろす。すると意識を失った鰹は活きの良いまま、ぐったりと意識を失う。

 まずはうろこを取る。これがなかなか硬くて大変だ。

 次に頭を落とす。そして腹を開き、内臓を取り、血を流し、ひれを取り、と、辿々たどたどしくも作業を進めて行く。

 そしてどうにか、自力で5枚下ろしにする事が出来た。

 腹身が2さく、背身が2柵、そして骨。皮は付いたままだ。

 不慣れではあるので、表面が少しがたついたりささくれ立ってはいる。だが上出来だと思う。

「出来た!」

 壱は声を上げると、大きく息を吐いた。するとカリルが寄って来る。

「お、凄いじゃん! 巧いもんだな!」

「そうかな。表面ガタガタになっちゃったんだけど」

「いやいや、この前1回教えただけでこんだけ出来るんだったら上等だよ。凄いって。で、これがまた旨くなるって?」

「うん。その筈。みんなの口に合うと良いんだけどなぁ」

 これまでのフライパン焼きとは癖が全く変わるので、不安ではある。だがあの香ばしさと旨さ、自信はある。

 壱は先日ロビンに作って貰った2本の串を出し、鰹の腹身に刺す。持ち手の部分は重ねて片手で持てる様に。先に向かってVの字になる様にして、そこに鰹を刺すのだ。

 1柵ずつあぶるのが良いだろう。なのでもう1柵の腹身はトレイに乗せておく。

 そして水を張ったボウルを用意して、厨房で出来る準備は完了。串に刺した腹身もトレイに乗せて、壱はボウルとトレイを抱えて裏庭に出た。

 台にふたつを置いたところで忘れ物に気付き、再び中へ。マッチを取る。

 さて、では鰹のわら焼きに挑戦だ。焼き方は昨夜スマートフォンで調べておいた。動画もチェックした。

 折角せっかくの新鮮な鰹に火を通し過ぎない様に注意して、いざ。

 まず、藁に火を付ける。貰った藁を耐火煉瓦れんがの枠に入れ、火を点けたマッチを放る。するとパチパチと小さくぜる様な音がし、藁の間から赤い炎が見え始めた。

 そうなると、後は早い。藁が威勢良く燃え出し、煙が上がり出した。

 今だ!

 壱は串打ちした鰹の腹身を、素早く燃える藁の上にかざす。

 皮の面から炙る。チリチリと皮が焦げる音がし、同時にかぐわしい香りが漂って来る。

 藁の燃えた香りも良く、初めていだ壱は驚いたものだった。その香りが鰹に移ったら、そして焼けた香ばしさも加わるとどうなるのか。

 その答えを確かに壱は知っている。だがそれでも、楽しみでならなかった。

 焼くのは皮のみとレシピにもあったが、好みで身が出ている部分を炙る事もあるらしい。

 今回は香ばしさで鰹を美味しく食べて欲しいので、全面を炙る事にする。

 腹身なので、脂の控えめな鰹でも割合は多く、だがしたたる程では無い。それでも甘い香りも香ばしさに混じって漂って来る。

 これは旨いタタキが出来そうだ。

 炙り終えると、串から抜きながら水のボウルに落とす。余分な火入りを抑える為だ。

 さて、次の柵を炙る。トレイに乗せておいたふたつめの腹身を、先程と同じ様に串に刺し。

 藁を足して再び炎を上げながら、炙って行く。

 そして終わるとまた水のボウルへ。

 2柵文のタタキを入れたので、水の温度も上がっているだろう。壱はボウルだけを手に急いで厨房へと戻ると、シンクに温くなってしまった水を捨て、新たに冷たい水を入れた。

「壱、どうしたんじゃ?」

 厨房に入るや否や、焦る様に作業を始めた壱に、茂造がつられたのか慌てた様子で声を掛けた。

「炙った後はスピード勝負だからね! 余分に火が通らない様に、急いで冷やさないと。こういう時に氷が欲しいなって思うよ」

「おお、成る程の。しかし確かに氷はのう、この村には製氷機は無いからのう」

「街にはあるんだけどな。この村では氷使う事ってあんま無くて、買うってまでにはならねぇんだよな」

「そうじゃのう。水道水が普通に冷たいからのう」

 カリルの言葉に、茂造も頷く。

 確かにそうだ。この村の水道水は冷たい。壱たちの世界で言うところの、真冬とまでは言わないが、寒い時の水温だ。

 そう思うと洗い物担当のサントは大変だと思う。あまり手を見る機会は無かったが、赤切れなどは大丈夫なのだろうか。

 それとも、これもサユリの加護のお陰で問題無いのだろうか。赤切れも怪我の一種である。

 壱の耳にカリルの不満が届いた事などは無いが。本人が無口だと言う所も要因なのかも知れないのだが。

 壱はやや気にしつつも、まずは鰹のタタキだ。この水の冷たさなら、ボウルに入れたまま流水に少しさらせばしっかりと冷える筈だ。

 あまり水に入れたままで、身が水っぽくなってしまうと台無しなので、適当な所で取り上げ、布で表面の水分を優しく押さえる様に拭う。

 後は切るだけである。

 その頃には、茂造たちの手で他の賄いはほぼ出来ていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し

gari
ファンタジー
 突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。  知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。  正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。  過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。  一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。  父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!  地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……  ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!  どうする? どうなる? 召喚勇者。  ※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。  

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

無尽蔵の魔力で世界を救います~現実世界からやって来た俺は神より魔力が多いらしい~

甲賀流
ファンタジー
なんの特徴もない高校生の高橋 春陽はある時、異世界への繋がるダンジョンに迷い込んだ。なんだ……空気中に星屑みたいなのがキラキラしてるけど?これが全て魔力だって? そしてダンジョンを突破した先には広大な異世界があり、この世界全ての魔力を行使して神や魔族に挑んでいく。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...