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#129 ノルドの境遇、そしてこれから。その1
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「私はとある街から参りました。そこにいる時は、医者として病院に勤めておりました」
この世界の人たちは、街や村にいる限り、魔法の加護のお陰で、滅多に怪我や病気をしない。
しかしその程度は、魔法使いの力量に寄って異なる。
このコンシャリド村は、サユリの加護で怪我人や病人はほぼ出ない。
村人には「しがない魔法使い」を装っているので、加護の大半をそこに割いている、と言う事にしている。この村には人相手の医者がいないからだ。
実際にはサユリの魔力だと余裕なのだが。
しかし、魔力の強くない魔法使いもいる。そういう街では医者が多く必要になるのだ。
ノルドがいたのもそんな街だった。そういう街は医療が発達する。なので、悪いばかりでは無いと言える。
さて、ノルドは患者を診る日々を送っていた。
その病院では、同じ内科の同僚がいた。男性で、年齢もほぼ変わらない。なのでふたりは友人の様な付き合いをしていた。
休憩時間に話をしたり、昼食をともにしたり、就業後には酒を酌み交わしたり。
そうして友好的な関わりを保っていた。
ある日、ノルドたちが勤める病院で騒ぎが起きた。患者の妻と名乗る女性が乗り込んで来たのだ。
「風邪だって診断されたから、処方された薬を飲んで寝ていたのに、急におかしくなって死んでしまったわ! どういう事なのよ!」
受付で喚き散らす女性を相手に、事務員が根気強く宥めながら話を聞くと、担当医はノルドの同僚だった。
丁度そのタイミングで、外の食堂で昼食を終え、病院に戻って来たばかりのノルドと同僚がその場を差し掛かった。
女性は同僚を見るや否や、胸ぐらを掴まんばかりに詰め寄った。同僚は仰け反り、表情を強張らせる。
「あんたのせいよ! あんたの出した薬を飲んで寝ていたのに、夫は死んだ! どういう事よ! 診断を間違えたんじゃ無いの!? 風邪じゃ無かったんじゃ無いの!?」
「い、いや……」
同僚はすっかりと狼狽してしまっている。
この街の魔法使いの魔力は確かに強く無く、だからこうして医者が必要になっている。だが、それで留まっている筈だった。
具合が悪くなると病院に行くのだが、その大概がどれも軽いもので、内科の場合は風邪、外科の場合は肩凝りや腰痛、捻挫や打ち身などの症状だった。
その全ては魔法使いや薬剤師が調合した薬で快方に向かう。
少なくともノルドが医者になってからは、重篤患者を見た事は無かった。軽症、軽傷の人数は多かったものの、治らなかった患者、ましてや亡くなった患者はひとりもいなかったのだ。
ノルドはまだ若く、医者になってから10年にも満たない。それでもひとりも亡くなっていないと言うのは、壱たちの世界では奇跡だ。
この世界では、魔法のお陰でその感覚が麻痺しているのだろう。何があっても死ぬ訳が無い。もしそう至る事があっても、万が一の確率なのだから、自分は大丈夫だ、と。
患者が何故亡くなったのかは判らない。同僚が「また風邪だろう」と大して診察しなかったのか、それとも処方した薬と患者との相性が悪かったのか。
薬は薬草から作られるから、アレルギーの可能性だってある。調べる術は魔法以外無いのだが。
間近に迫る憤怒の形相の女性を前に、同僚は唇をわななかせ、眼を泳がせる。釣り上がる女性の眼を正面から見る事も出来ず、痙攣の様に震える頭、そして眸がノルドと交差した。
その途端、同僚は叫んだのだ。
「俺じゃ無い! 診断をしたのはノルドだ! 俺は悪く無い! 悪いのはノルドだ!」
そんな嘘は、診察時に患者に付き添っていただろう女性は勿論信じないし、カルテを見たらノルドが欠片も関わっていない事も解る筈だ。
だがノルドは、友人だと信じていた同僚が自分に押し付けた事に、大いに失望した。
有事の際には守ってくれる、そこまでの期待はしていなかった。だが、擦り付けられるとは。
女性は一瞬呆けるが、やがて表情を歪め、叫んだ。
「何言ってるのよ! あの先生とは会った事も話した事も無いわよ! なのに何であの先生が関係あるのよ!」
その時は事務員や看護師が駆け付け、どうにかその場を収めた。事実関係を明らかにし、報告するからと。
女性は興奮しながらもその場は辞してくれた。
しかしその翌朝。
新聞の一面を飾ったのは、「ノルドが医療ミスを犯した」と言う記事だった。
この世界の人たちは、街や村にいる限り、魔法の加護のお陰で、滅多に怪我や病気をしない。
しかしその程度は、魔法使いの力量に寄って異なる。
このコンシャリド村は、サユリの加護で怪我人や病人はほぼ出ない。
村人には「しがない魔法使い」を装っているので、加護の大半をそこに割いている、と言う事にしている。この村には人相手の医者がいないからだ。
実際にはサユリの魔力だと余裕なのだが。
しかし、魔力の強くない魔法使いもいる。そういう街では医者が多く必要になるのだ。
ノルドがいたのもそんな街だった。そういう街は医療が発達する。なので、悪いばかりでは無いと言える。
さて、ノルドは患者を診る日々を送っていた。
その病院では、同じ内科の同僚がいた。男性で、年齢もほぼ変わらない。なのでふたりは友人の様な付き合いをしていた。
休憩時間に話をしたり、昼食をともにしたり、就業後には酒を酌み交わしたり。
そうして友好的な関わりを保っていた。
ある日、ノルドたちが勤める病院で騒ぎが起きた。患者の妻と名乗る女性が乗り込んで来たのだ。
「風邪だって診断されたから、処方された薬を飲んで寝ていたのに、急におかしくなって死んでしまったわ! どういう事なのよ!」
受付で喚き散らす女性を相手に、事務員が根気強く宥めながら話を聞くと、担当医はノルドの同僚だった。
丁度そのタイミングで、外の食堂で昼食を終え、病院に戻って来たばかりのノルドと同僚がその場を差し掛かった。
女性は同僚を見るや否や、胸ぐらを掴まんばかりに詰め寄った。同僚は仰け反り、表情を強張らせる。
「あんたのせいよ! あんたの出した薬を飲んで寝ていたのに、夫は死んだ! どういう事よ! 診断を間違えたんじゃ無いの!? 風邪じゃ無かったんじゃ無いの!?」
「い、いや……」
同僚はすっかりと狼狽してしまっている。
この街の魔法使いの魔力は確かに強く無く、だからこうして医者が必要になっている。だが、それで留まっている筈だった。
具合が悪くなると病院に行くのだが、その大概がどれも軽いもので、内科の場合は風邪、外科の場合は肩凝りや腰痛、捻挫や打ち身などの症状だった。
その全ては魔法使いや薬剤師が調合した薬で快方に向かう。
少なくともノルドが医者になってからは、重篤患者を見た事は無かった。軽症、軽傷の人数は多かったものの、治らなかった患者、ましてや亡くなった患者はひとりもいなかったのだ。
ノルドはまだ若く、医者になってから10年にも満たない。それでもひとりも亡くなっていないと言うのは、壱たちの世界では奇跡だ。
この世界では、魔法のお陰でその感覚が麻痺しているのだろう。何があっても死ぬ訳が無い。もしそう至る事があっても、万が一の確率なのだから、自分は大丈夫だ、と。
患者が何故亡くなったのかは判らない。同僚が「また風邪だろう」と大して診察しなかったのか、それとも処方した薬と患者との相性が悪かったのか。
薬は薬草から作られるから、アレルギーの可能性だってある。調べる術は魔法以外無いのだが。
間近に迫る憤怒の形相の女性を前に、同僚は唇をわななかせ、眼を泳がせる。釣り上がる女性の眼を正面から見る事も出来ず、痙攣の様に震える頭、そして眸がノルドと交差した。
その途端、同僚は叫んだのだ。
「俺じゃ無い! 診断をしたのはノルドだ! 俺は悪く無い! 悪いのはノルドだ!」
そんな嘘は、診察時に患者に付き添っていただろう女性は勿論信じないし、カルテを見たらノルドが欠片も関わっていない事も解る筈だ。
だがノルドは、友人だと信じていた同僚が自分に押し付けた事に、大いに失望した。
有事の際には守ってくれる、そこまでの期待はしていなかった。だが、擦り付けられるとは。
女性は一瞬呆けるが、やがて表情を歪め、叫んだ。
「何言ってるのよ! あの先生とは会った事も話した事も無いわよ! なのに何であの先生が関係あるのよ!」
その時は事務員や看護師が駆け付け、どうにかその場を収めた。事実関係を明らかにし、報告するからと。
女性は興奮しながらもその場は辞してくれた。
しかしその翌朝。
新聞の一面を飾ったのは、「ノルドが医療ミスを犯した」と言う記事だった。
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