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#126 村への訪問者

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 夜営業の仕込みが始まり、そして夜営業に入り、忙しなく過ぎる。

 何事も無く終わろうとしていた、その時。

 フロアで客の間を彷徨いていたサユリが厨房に顔を出した。

「茂造、壱、行くカピよ」

「おや、どこにじゃ?」

 茂造が聞くと、サユリは鼻をひくつかせた。

「村の外に客だカピ」

「おやおや、久しぶりじゃのう」

「え、え?」

 壱が訳が判らず挙動不審になると、カリルが壱の背中を豪快に叩いて言った。

「ほらイチ早く! どんな人だろうな!」

 壱がまだ慌てていると、サユリが口を開く。

「茂造、壱、パンと水を持っていってやるカピ。多分腹を空かせているカピよ」

「ほいほい。壱よ、済まんがカップと、フロアで使っているポットを用意してくれんかの」

「あ、う、うん」

 パンを袋に入れる茂造の言葉の通り、壱はフロアに出るとポットを持って来る。中を見ると水は半分程だったので、8分目くらいまで足す。

 そしてカップも手に。その頃には茂造もパンの準備を終えていた。

「では行くカピ」

 壱と茂造は割烹着かっぽうぎ三角巾さんかくきんを外すと、裏庭から出てサユリに付いて行く。そのペースに合わせて早足で歩くと、遠くに見えて来た。確かに村のすぐ外にひとりの若い男性が、木に仰向けに凭れて倒れていた。

 壱が駆け寄り、ポットとカップを地面に置いて、男性の肩を軽く揺する。

「大丈夫ですか?」

 そう声を掛けると、男性は小さく呻く。その頃にはサユリと茂造も追い付いて来ていた。

「どうじゃ?」

「気を失っているみたいだけど」

「どれカピ」

 サユリが右前足を上げ、投げ出されている男性の足に触れると、男性の眼がゆっくりと開いて行った。

「お、おや……ここ、は……」

 サユリは治癒魔法も使えると聞いていた。そのお陰か、男性は徐々に意識を取り戻して行った。

「良かった。ここは村です」

「村……?」

「コンシャリド村と言う村じゃよ。お前さん、どこから来たのかの?」

「ああ……着いたのだな……良かった……」

 男性は言うと眼を細め、緩く口角を上げた。

「あ、水飲みますか? パンもありますよ」

「おお、有難い……」

 壱の台詞に男性は眼を閉じる。壱はコップにポットから水を注ぎ、男性に差し出した。

「持てますか?」

「あ、ああ……」

 男性はかすかに震える両手を伸ばすとカップを受け取り、口から一気に流し込んだ。しかし途中でせてしまう。

「ゴホッゴホッ」

 少量の水が口から飛び出て、男性の服が少し濡れてしまった。

「ああ、済まない……! 君は汚れていないかい……?」

「俺は大丈夫です。水はたっぷりありますので、ゆっくり飲んでください」

「ありがとう……」

 壱がカップに水を足してやると、男性は今度はゆっくりとのどを鳴らす。

 すると漸く落ち着いたのか、男性は大きく息を吐いた。

「ありがとうございます。本当に助かりました」

「パンもあるぞい。腹は減っておらんかの?」

 茂造が言い袋を開けると、男性は申し訳無さそうに首を振った。

「いえそんな、そこまでして頂く訳には」

 そう言った途端、男性の腹の虫がぐううと鳴った。

「あ」

 男性が恥ずかしそうに眼を閉じると、茂造がほっほっほっと笑いながらパンを袋から出し、男性に差し出した。

遠慮えんりょなんて要らんぞい。もう少し身体に優しいもんを持ってこれたら良かったんじゃが、無くてのう」

 確かにポトフが1番良かったのだろうが、今日はここに来る直前に売り切れてしまっていた。

「いえ、充分です。本当にすいません。いただきます」

 男性は茂造からパンを受け取ると、大口でかじり付いた。余程お腹が空いてしたのか、ひとつ目はあっと言う間に無くなった。

「ほらほら、まだあるぞい。たんと食べての。その後うちでゆっくり休むと良いぞい。部屋はあるからの」

「ああ、本当にそんな、流石にそこまでは。この辺り暖かいですし、どこかその辺で夜明かししますから」

 男性がふたつ目のパンを食べながら、また首を振る。しかしいくら何でも。

「そんな事をされてしまったら、流石さすがに心配になります。本当に遠慮は要りませんから、うちに来てください。あ、俺はじいちゃん、この人の孫で壱と言います」

わしは茂造と言うんじゃ。よろしくの」

 サユリは沈黙を守る。代わりにふん、と鼻を鳴らす。

「あ、私はノルドと言います。あ、いえ、でも」

 そう言う頃には、ふたつ目のパンは無くなっていた。

 その時、サユリが右前足で男性の足を突いた。その途端とたん、男性、ノルドは気を失った。

「ノルドさん、ノルドさん!?」

 突然の事だったので、壱は慌てて声を掛ける。が、サユリはふんと鼻を鳴らす。

「壱、サントを呼んで来るカピ。この男を運ばせるカピよ」

 ああ、サユリのこの態度、ノルドがこうなった原因はサユリか。なら大丈夫か。

 壱は立ち上がると、食堂に向かって走り出した。
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