上 下
124 / 190

#124 お米の育て方(その2、苗作り)その2

しおりを挟む
「イチさん、どうしたっすか?」

「い、いえ、何でも無いです」

 ここまで来ておいて、何と言う事。米を育てる事だけに焦ってしまったか、すっかりと忘れてしまっていた。

 種籾は給水させる前に、60度程度の湯に浸けて消毒しなければならなかったのだ。それを抜かしてしまった。

 これは一大事。壱は如雨露を手にしたままサユリの元に駆け寄り、耳元で小声で言う。

「種籾の消毒忘れてた」

「うむ、言おうかどうしようか迷ったカピが、壱の世界の食べ物だカピ、我が口を出すのはどうかと思って黙っていたカピ。今思い出したカピか」

「大丈夫かな、ちゃんと育つかな」

「大丈夫カピ。種籾を浸水させる前に、我が魔法で消毒しておいたカピ」

 サユリは言い、鼻を鳴らした。

流石さすがサユリ! ありがとう!」

 壱は笑顔になると、如雨露を放り出してサユリに抱き付いた。

「感謝するカピよ」

「本当に感謝だよ。俺、みんなに言って来る。サユリの魔法で何とかなるって言っても大丈夫かな」

「これぐらいなら大丈夫カピ」

「ありがとう」

 壱は言うと如雨露を拾い上げ、みんなの元に駆け寄る。

「みなさん、すいません。行程が抜けてました」

 そう言って頭を下げる。

「実は、種籾を水に浸ける前に、お湯で消毒しなきゃならなかったんです。今回はサユリが魔法で何とかしてくれる事になったので、大丈夫なんですが、本当にごめんなさい」

「そうなんですね。大丈夫なら、問題無いですよ」

 ガイが笑みを浮かべてくれる。

「そうですねー。次植える分からやれば良いですしー」

 ナイルものんびりと言う。

「言い訳になっちゃうんですけど、俺も米を育てるのって初めてで。この世界に来る前に調べたりしてみての中途半端な知識しか無いんです」

 実際はサユリが壱たちの世界からきっちり持ち込んでくれているのだが、種籾をこの世界に持ち込んだのは壱と言う事になっており、サユリの関与は無い事になっている。

 なので、この言い分が妥当なのだ。

「そんな状態の俺が仕切る時点でどうかとは思うんですが、みなさん凄く協力してくれて、本当に助かってます」

 言うと、ジェンたちは声を上げて笑う。

「何言ってんすかイチくん! オレらの方が米の事全く何も知らないっすし、むしろイチくんに知識がある方が凄いんじゃ無いっすか? だって育てた事無いんすよね?」

「そうですよ。俺は元々麦農家だったんで、例えばいきなり家畜とか育ててみろって言われても、知識も経験も無いですから無理ですよ。みんな初めてなんですから、手探りでやって行きましょう」

 いつも感じているが、この村はどうしてこんなにも良い人たちばかりなのか。壱は有り難くて仕方が無い。

「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」

「こちらこそー」

 ナイルたちはそう言って、笑みを浮かべてくれた。



 植木鉢に水を撒き終え、如雨露を片付け、以前の職場の手伝いに向かうガイたちを見送りながら、壱はサユリにポツリと言う。

「凄いよね。あの人たち余りにも良い人過ぎて、恐縮するレベルだよ」

「当然カピ。耐火煉瓦れんが作りの手伝いの時点で、そういう人間が集まる様に根回しいていたカピ」

「そうなの!?」

 壱は驚いてサユリを見る。

「我も茂造も、当たり前カピが村人全員を把握しているカピ。あの4人をセレクトしたのは我たちカピ。特に性格が良く、好奇心が強めで、責任感がある働き者。煉瓦作りの時はそれぞれの職場のおさにガイたちが来る様にして貰っていたのだカピ。そのまま米農家にスライドするであろう事も織り込み済みだったカピ」

「それって、長の人たちに拒まれなかったの? 凄い貴重な戦力だろうに」

「だから従業員が多い職場から選んだカピよ。それだとそういう人間も多いカピから然程さほど痛手では無いカピ。そこはちゃんと考えているカピ」

「そっかぁ」

 成る程、それもそうか。そうだ、サユリは聡明なカピバラだった。壱が及ばない事もきちんと配慮したりしている筈だ。

 先程の米の種籾も消毒の件についてもそうだった。

「さて壱、のんびりしている場合では無いカピよ。厨房に入るカピ。もうすぐ昼営業も始まるカピ」

「そうだった! 結局仕込み時間殆ど使っちゃったなぁ」

 壱は慌てて厨房へのドアを開けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し

gari
ファンタジー
 突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。  知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。  正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。  過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。  一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。  父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!  地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……  ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!  どうする? どうなる? 召喚勇者。  ※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。  

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

無尽蔵の魔力で世界を救います~現実世界からやって来た俺は神より魔力が多いらしい~

甲賀流
ファンタジー
なんの特徴もない高校生の高橋 春陽はある時、異世界への繋がるダンジョンに迷い込んだ。なんだ……空気中に星屑みたいなのがキラキラしてるけど?これが全て魔力だって? そしてダンジョンを突破した先には広大な異世界があり、この世界全ての魔力を行使して神や魔族に挑んでいく。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...