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#117 マリルへの贈り物

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 さて、ドロップクッキーを作った当初の目的は、マリルに贈る為である。壱はその分はしっかりとキープしていた。

 従業員はみんなクッキーに満足し、夜営業の仕込みまでの休憩に入っている。

 壱はマリルへのクッキーを乗せた皿を手に、サユリと茂造とともに2階のダイニングへ。

 そのクッキーを前に、ラッピングをどうしようかと思案する。茂造に聞いてみると、新しい紙の袋があって、食品をそのまま入れても問題無いと言う事なので、それを分けて貰う事にする。

 バターの油分が染み出してしまうと大変なので、2重にする。

 しかしこのままだと余りに味気無い。かと言ってってしまうとまた気をつかわせてしまう可能性がある。

 リボンの1本でもあると話は早いのだが。壱はサユリと茂造に訊いてみる。

「ふむ、リボンは無いのう。ひもなら白いのと、生成り色と言うのかの? 薄い茶色いのがあるぞい」

「生成りの方、リボン代わりに出来るかも。どこにあるの?」

「物置部屋にあるぞい。どれ、持って来ようかの」

「じいちゃん、俺が行くよ。どこに置いてある?」

「ええと確かの……」

 壱は物置部屋に行き、茂造に言われた棚を見る。すると白い紐玉ひもだまと生成りの紐玉が並べて置かれていた。壱は生成りの紐玉を取り、ダイニングへ戻る。

 クッキーの袋に合わせてみると、クラフトの袋に生成り色は悪く無い。壱は封筒の封が開かない様に縦方向に3回巻き付け、袋の表側に蝶々結びで留める。

「こんなもんかな」

 所詮しょせんは男性がやるものである。これ以上の可愛いさは求められない。とりあえずこれで体裁は整ったと思う。

 壱は部屋に戻ると、布製の大きめなバッグを用意し、ダイニングへ。クッキーをバッグに入れる。

「袋が大き過ぎないのでは無いカピか?」

「マリルにクッキーあげる帰りに、はしと串を取って来ようかと思って。り鉢は明日かな」

「ああ、昨日ロビンにいろいろ頼んでいたカピな。壱の世界の道具だったカピか」

「箸はそうだけど、串はどうなのかな。こっちでバーベキューとかってする?」

「バーベキューカピか?」

 サユリが首を傾げる。

「ざっくり言うと、外で火を起こして、肉焼いたり料理したりして食べる事」

「そんなのはこの世界では、旅の最中では当たり前の事カピ」

「あ、そうなのか。俺らの世界ではイベントと言うか、結構特別な事だったからさ」

「儂は向こうの世界でも、あまりした事は無いのう。こっちに来てからは1度も無いのう」

 壱は学生時代などに何度かした事がある。炭火で焼いた肉は本当に美味しかった。炭はどんな安い肉でも美味しくしてくれる。

 この村に炭はあるのだろうか。あるのならまた食べたい所ではあるが。

 今度裏庭に、かつおのたたき調理用に、耐火煉瓦でわくを組む予定だ。それに網などを乗せたら肉ぐらい焼けそうではあるが。

「この村に炭ってあるの?」

「村では作ってはいないカピが、街で買えるカピよ。正直使い道が我には良く判らないカピが」

「儂も燃やすぐらいしか思い浮かばんからのう」

「燃やして食べ物焼いたり、浄水効果があったり、他にもあると思う。街の人たちの使い方は判らないけど」

「成る程カピ。なら今度街に行った時に、要るのなら買うが良いカピ」

「うん。肉焼きたい肉」

 壱は楽しそうに言いながら、バッグを持って立ち上がる。

「さ、俺は製糸工房と木製工房に行くけど、サユリはどうする?」

「……行くカピ」

 サユリは応えると、のそりと立ち上がった。



 さて、まずは製糸工房である。開け放たれているドアから覗くと、中では従業員が忙しなく作業をしていた。

 壱は中に入り、声を掛ける。

「こんにちは!」

 すると、声に気付いた何人かが振り向いてくれて、「こんにちは!」と挨拶を返してくれる。

 傍にいたひとりの女性がこちらに来てくれた。

「仕事中にすいません。あの、マリルさんに用なんですが」

 壱が言うと、女性は笑って「ちょっと待ってね」と言い、奥に向かう。

 やがて、奥からマリルが掛けて来た。

「こ、こんにちは、イチさん。どうしたんですか? あ、その洋服」

 やや頬が赤いだろうか。少し息を荒くして、マリルは嬉しそうな笑顔で言う。

「うん、早速着させて貰ってるよ。ありがとう。で、これ」

 壱は袋からクッキーの袋を出し、マリルに差し出す。するとマリルは驚いた様子で眼を見開き、壱を見上げた。

「え?」

「服のお礼。クッキー焼いたんだ。食堂の人たちの分も焼いたから、お裾分けみたいでごめんなんだけど、よかったら」

「え、ええっ!? 手作り!」

 マリルは叫ぶ様に言うと、眸を潤ませて頬を紅潮こうちょうさせる。一体何事か。壱こそ狼狽うろたえそうになる。

「い、良いんですか!? え? 私に!?」

「う、うん。良かったら食べてやって。口に合ったら良いんだけど。ラッピングとか可愛く無くてごめんね」

 壱が笑みを浮かべて言うと、マリルは震える手を差し出し、壱の手から包みを受け取った。

「あ、ありがとうございます……! 大切に食べます!」

「明日中には食べて貰った方が良いかな。悪くなるからね。食堂のみんなが食べて、喜んでくれたみたいだから、多分味は悪く無いと思うんだけど」

「い、イチさんが作ってくださったものですから、絶対美味しい筈です! 本当にありがとうございます……!」

 マリルはそう言い、満面の笑みを浮かべる。喜んでくれて良かった。

「じゃ、じゃあ、お礼をしないといけないですね! 何か欲しいものありますか?」

 ああ! サユリの予感的中! 壱は一瞬頭を抱えたくなるが、堪える。横ではサユリが呆れ顔。

「ううん、これでおあいこだよ。服なんて良いもの貰って、本来ならこっちがもっとお返ししなきゃならないぐらいだよ。だからさ、本当にこれで終わり」

「で、でも」

「本当にね。で無いとエンドレスになっちゃったら大変だから。ね」

 マリルは何か言いたそうと口を開き掛けるが、少し思案して、小さく頷いた。

「わ、解りました。イチさんがそうおっしゃるのでしたら」

「うん。良かった」

 壱が安堵あんどして笑みを浮かべると、マリルも小さく笑った。

「仕事中に邪魔してごめんね。食べ物だから早く渡したくて。じゃ、俺はこれで」

「あ、はい。ありがとうございました」

「ううん、こちらこそ」

 壱は言うと、製糸工房を出る。サユリも足元に付いて来ていた。

「喜んで貰えたみたいで良かったよ」

「そうカピな。マリルは普段は大人しいカピが、激情的な部分もあるのだカピ。後はそうカピな、親の愛情不足のせいの依存症。それは自業自得な部分があるのだカピが。幼い頃から家に殆どいなかったらしいカピからな。そこを注意して付き合って行けば良いカピ」

「うん、気を付けてみるよ。実際どうしたら良いのか良く判らないけど」

「過度な親切とか、特別扱いとか、誤解される様な事が無ければ大丈夫カピ」

「そっか。成る程な」

 壱は小さく何度か頷いた。
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