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4章 期間限定の恩恵

第11話 求められることとのギャップ

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 その日、「さかなし」の営業が終わり、茨木童子いばらきどうじ葛の葉くずのはがいつもの様に押しかけ、もとい、訪れ、たこ焼きをさかなに酒盛りになっていた。がばがばとペースの速い茨木童子に、ゆったりと楽しむ葛の葉、いつもの光景である。

「ふぅん、その和馬かずまくんて子、心配やねぇ~」

 葛の葉がうれいげに小さく息を吐く。渚沙なぎさから一連の話を聞いたからである。人間の常識に寄り添わない葛の葉だが、やはり子どもが絡むと、母親の顔が出てくる様だ。

「子どもってねぇ~、思った以上に親の影響を受けるもんなんよねぇ~。小さかったらなおさらやわ。その母親が和馬くんのことを何よりも考えてるんは、あたくしも親やから分かるんやけど、子どもから見たらねぇ~、解りづらいわよねぇ~」

「面倒くせぇなぁ。ガキなんざ、その辺に転がしといたらええやろ」

 茨木童子が眉をしかめて言い捨てる。それにたけちゃんと葛の葉はあからさまな呆れ顔を見せた。

「ほんま、茨木は無神経やねぇ~。子育てはそんな単純なもんや無いんよ~。小さくても個性はあるんやから、できる限り寄り添って、その子に合わせたげな」

「そうカピな。和馬を見ていると、賢くて素直な子という印象カピ。だから我慢していたのだと思うのだカピ。それが折れてしまったのだカピ。そんな子に親ができることは、その子を抱き締めてあげることなのだカピ」

「そうやねぇ~。母親がちゃんと和馬くんを思ってることを、教えたげなあかんよねぇ~。で、和馬くんがどうしたいんかを、ちゃんと聞いてあげなねぇ~。基本的なことやでぇ~」

 母親ふたりの談義は続く。茨木童子はつまらなさそうにグラスから日本酒をあおった。本当に興味が無いのだろう。

 和馬くんは実年齢より大人びて見えるところがある様に、渚沙には思える。我慢をしていたというのもその通りかも知れない。やはり家庭環境がそうさせてしまっているのかも知れない。

 確かに母親には時間が無いのだと思うが、和馬くんが自分のやりたいことなどをもっと言えていたら、また状況は変わったのだろうか。

 そもそも、和馬くんにはやりたいことなどがあるのだろうか。例えば将来の夢とか。

 夢の内容によっては、今のルートにいた方が近道な場合もある。お医者さんや弁護士さんなどなら学歴が必要だから、理に適っていると言える。

 だが例えばスポーツ選手になりたいと言うのなら、今やるべきことが変わって来ると思うのだ。

 まだ小さいから、そこまで具体的に考えているかどうかは分からない。ただ和馬くんは聡明な子だから、もしかしたら将来を見据えているのかも知れない。それと現状が合わなくて、混乱したかも知れない。そして今に至ってしまったのだとしたら。

 なんて、渚沙が想像を巡らせても何も解決しない。和馬くんにとって渚沙は「家の近くのたこ焼き屋のお姉さん」なので、踏み込むことはできないし、しない方が良い。

 何とも歯がゆい思いではあるが、渚沙にできることは、和馬くんが食べに来てくれた時に笑顔で迎えて、温かいたこ焼きを提供するだけだ。

(結局、わらしちゃんに任せるしか無いんよなぁ)

 渚沙がそんなことを思って小さく溜め息を吐いた時、店内に幼女の声が響いた。

「来たぞ」

 声の方、ドアを見ると、その前にちょこんと立っていたのは座敷童子ざしきわらしだった。

「わらしちゃん、おかえり、や無いんかな? まだ」

「まだじゃな。ひとまず酒を寄越せ。祝杯じゃ」

「祝杯?」

 渚沙が立ち上がって問うと、座敷童子はその空いた席に腰を掛けた。渚沙は座敷童子用のグラスと、他のテーブルから自分の椅子を用意し、テーブルに戻る。グラスにパック酒を注ぐと、茨木童子が「分け前が減るやんか」と不満げに漏らした。当然誰もが無視であるが。

「和馬の母親の社員昇格が決まったのじゃ」

「わぁ! 良かったやん」

「ふむカピ」

「まぁ~」

 座敷童子の報告に、渚沙も竹ちゃんも葛の葉も、感嘆かんたんの声を上げた。茨木童子だけがどうでも無さげにそっぽを向いていた。
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