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3章 ぜぇんぶうまく行くからね
第2話 お祖母ちゃんの容体
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お祖母ちゃんは長居駅から少し距離のある総合病院に運び込まれた。ここ近年のうちに建て替えられたばかりの白い綺麗な建物だ。
ストレッチャーに乗せられたお祖母ちゃんは処置室に運び込まれ、リリコはその厚いドアを呆然と見つめる。
「……お祖母ちゃん」
リリコが呟くと、若大将さんがそっと肩を抱いてくれた。
「リリコちゃん、座って待とう」
そう言って手近な長ソファに座らせてくれる。そして目の前にハンカチが差し出された。
「……え」
リリコが驚いて小さな声を漏らすと、若大将さんがリリコの顔を優しく拭ってくれた。
「涙で顔が濡れてしもとるで」
気付かなかった。私は泣いていたのか。リリコはされるがままに若大将さんに顔を拭かれた。
「大丈夫や。久実子さんは大丈夫や」
若大将さんは優しく「大丈夫」を繰り返し、俯くリリコの背中にそっと手を添えてくれていた。しっかりしろ、とか、そういうことは言わない。ただただ静かに泣かせてくれた。
看護師さんが問診票を挟んだバインダーを持って来る。涙が止まらないリリコの代わりに、若大将さんが書いてくれた。
お祖母ちゃんに何かあったらどうしよう。リリコはただただ不安と恐怖に襲われる。
お祖父ちゃんの時もそうだった。心臓を抑えて倒れ込んだと思ったら、救急車で運ばれてそのまま帰らぬ人となった。
もしお祖母ちゃんもそうなってしまったら。頭の病気だってたくさんある。お祖母ちゃんはまだまだ元気だと思っていたし、お祖父ちゃんの様に太ってもいないから、生活習慣病の心配なんてしていなかった。
お祖父ちゃんお願い、まだお祖母ちゃんを連れて行かんといて。ううん、違う。どうかお祖母ちゃんを守って。お父さん、お母さん、お願い!
気付けばリリコは祈る様に胸元で手を組んでいた。
しばらくして、看護師さんに呼ばれる。
「加島さんのご家族の方ですね?」
「はい」
若大将さんがリリコに代わって応えてくれる。
「診察室にどうぞ。先生から説明があります」
「はい。リリコちゃん、立てるか?」
リリコは小さく頷くと、手の甲で涙を拭いてふらりと立ち上がる。それを若大将さんが支えてくれた。
看護師さんに案内されて処置室の隣の診察室に入ると、中は無人だった。だがすぐに奥のドアから白衣の男性医師が顔を出した。
「すいません、お待たせしました」
丁寧な物腰の若い先生だ。穏やかな口調にリリコは少しほっとする。
「どうぞお掛けください」
若大将さんがリリコを丸椅子に掛けさせてくれ、若大将さんはリリコの後ろに立った。リリコはつい前のめりになってしまう。
「……あの、お祖母ちゃんは」
リリコが掠れる声で言うと、先生はリリコを安心させるためか、穏やかに頷く。
「まず、お生命は大丈夫ですよ。今は点滴をして眠ってはります。加島さん、お婆ちゃんは貧血です」
思いもよらぬ病名が出て来て、リリコは一瞬呆気にとられる。
「貧血、ですか? 普段は元気で、でもさっきはあんなにしんどそうで」
「もしかしたらですけど、症状が軽くて気付けへんかったところに、一時的に悪化してしもうたのかも知れませんね。検査をしたところ、お婆ちゃんは腎臓機能が下がってきてしもうてるんです。腎性貧血と言います」
「やっぱり病気なんですか?」
リリコはまた不安になる。
「そこまでではありませんので安心してくださいね。お歳を召すと、どうしても腎臓の働きが悪うなってしまうんです。腎臓からはエリスロポエチンという成分が分泌されていて、それが赤血球を作ることを促すんです。ですけど腎臓機能が下がってしまうと、エリスロポエチンが充分な量作られなくなってしもうて、赤血球が不足してしまうんです。お婆ちゃんは普段からお元気やったとのことですが」
「はい。軽い目眩とかは、もしかしたらあったかも知れへんのですけども、病院も年に一度の健康診断に行くぐらいでほとんど縁が無くて」
「じゃあ目眩に慣れてへんで、余計にしんどかったんかも知れませんね。確かにお婆ちゃんは腎臓機能低下による貧血なんですけども、そう重いもんでは無いんです。心臓への負担もそう多くありませんでした。なのでエリスロポエチン産生を促すお薬と、鉄剤を飲んでもらうことになるんですけども、そう深刻になることはありません。あとはお食事を気を付けてもらえたら大丈夫ですよ」
先生にそう言われ、リリコは一気に力が抜けてしまう。口を閉じるのも忘れたままふらっと後ろに倒れ掛けると、若大将さんが「おっと」と支えてくれた。リリコは慌てて「ごめんなさい」と上半身に力を入れる。
「あの、じゃあ入院とか手術とか、そういうのは」
「ありませんよ。今日は念のため一泊してもろうた方がええかなと思いますけど、明日の昼前には退院できますから」
笑顔の先生にそう言われ、リリコは再び目を潤ませる。
「良かったっ……っ」
そう声を詰まらせた。リリコは両手で顔を覆い、先生の前だと言うのに、はらはらと落ちる涙が止められない。若大将さんが優しく背中を撫でてくれる手が暖かい。それが余計にリリコに安堵の涙を誘った。
「せやから安心してくださいね。お婆ちゃん今は眠ってますけど、目が覚めたら普通にお話しもできるはずですから。点滴にお薬入れてますんでね。もう今は一般病棟に移ってるはずです。看護師に案内してもろてください」
「……はいっ」
リリコはぐしゃぐしゃになった顔を手の甲で拭った。
ストレッチャーに乗せられたお祖母ちゃんは処置室に運び込まれ、リリコはその厚いドアを呆然と見つめる。
「……お祖母ちゃん」
リリコが呟くと、若大将さんがそっと肩を抱いてくれた。
「リリコちゃん、座って待とう」
そう言って手近な長ソファに座らせてくれる。そして目の前にハンカチが差し出された。
「……え」
リリコが驚いて小さな声を漏らすと、若大将さんがリリコの顔を優しく拭ってくれた。
「涙で顔が濡れてしもとるで」
気付かなかった。私は泣いていたのか。リリコはされるがままに若大将さんに顔を拭かれた。
「大丈夫や。久実子さんは大丈夫や」
若大将さんは優しく「大丈夫」を繰り返し、俯くリリコの背中にそっと手を添えてくれていた。しっかりしろ、とか、そういうことは言わない。ただただ静かに泣かせてくれた。
看護師さんが問診票を挟んだバインダーを持って来る。涙が止まらないリリコの代わりに、若大将さんが書いてくれた。
お祖母ちゃんに何かあったらどうしよう。リリコはただただ不安と恐怖に襲われる。
お祖父ちゃんの時もそうだった。心臓を抑えて倒れ込んだと思ったら、救急車で運ばれてそのまま帰らぬ人となった。
もしお祖母ちゃんもそうなってしまったら。頭の病気だってたくさんある。お祖母ちゃんはまだまだ元気だと思っていたし、お祖父ちゃんの様に太ってもいないから、生活習慣病の心配なんてしていなかった。
お祖父ちゃんお願い、まだお祖母ちゃんを連れて行かんといて。ううん、違う。どうかお祖母ちゃんを守って。お父さん、お母さん、お願い!
気付けばリリコは祈る様に胸元で手を組んでいた。
しばらくして、看護師さんに呼ばれる。
「加島さんのご家族の方ですね?」
「はい」
若大将さんがリリコに代わって応えてくれる。
「診察室にどうぞ。先生から説明があります」
「はい。リリコちゃん、立てるか?」
リリコは小さく頷くと、手の甲で涙を拭いてふらりと立ち上がる。それを若大将さんが支えてくれた。
看護師さんに案内されて処置室の隣の診察室に入ると、中は無人だった。だがすぐに奥のドアから白衣の男性医師が顔を出した。
「すいません、お待たせしました」
丁寧な物腰の若い先生だ。穏やかな口調にリリコは少しほっとする。
「どうぞお掛けください」
若大将さんがリリコを丸椅子に掛けさせてくれ、若大将さんはリリコの後ろに立った。リリコはつい前のめりになってしまう。
「……あの、お祖母ちゃんは」
リリコが掠れる声で言うと、先生はリリコを安心させるためか、穏やかに頷く。
「まず、お生命は大丈夫ですよ。今は点滴をして眠ってはります。加島さん、お婆ちゃんは貧血です」
思いもよらぬ病名が出て来て、リリコは一瞬呆気にとられる。
「貧血、ですか? 普段は元気で、でもさっきはあんなにしんどそうで」
「もしかしたらですけど、症状が軽くて気付けへんかったところに、一時的に悪化してしもうたのかも知れませんね。検査をしたところ、お婆ちゃんは腎臓機能が下がってきてしもうてるんです。腎性貧血と言います」
「やっぱり病気なんですか?」
リリコはまた不安になる。
「そこまでではありませんので安心してくださいね。お歳を召すと、どうしても腎臓の働きが悪うなってしまうんです。腎臓からはエリスロポエチンという成分が分泌されていて、それが赤血球を作ることを促すんです。ですけど腎臓機能が下がってしまうと、エリスロポエチンが充分な量作られなくなってしもうて、赤血球が不足してしまうんです。お婆ちゃんは普段からお元気やったとのことですが」
「はい。軽い目眩とかは、もしかしたらあったかも知れへんのですけども、病院も年に一度の健康診断に行くぐらいでほとんど縁が無くて」
「じゃあ目眩に慣れてへんで、余計にしんどかったんかも知れませんね。確かにお婆ちゃんは腎臓機能低下による貧血なんですけども、そう重いもんでは無いんです。心臓への負担もそう多くありませんでした。なのでエリスロポエチン産生を促すお薬と、鉄剤を飲んでもらうことになるんですけども、そう深刻になることはありません。あとはお食事を気を付けてもらえたら大丈夫ですよ」
先生にそう言われ、リリコは一気に力が抜けてしまう。口を閉じるのも忘れたままふらっと後ろに倒れ掛けると、若大将さんが「おっと」と支えてくれた。リリコは慌てて「ごめんなさい」と上半身に力を入れる。
「あの、じゃあ入院とか手術とか、そういうのは」
「ありませんよ。今日は念のため一泊してもろうた方がええかなと思いますけど、明日の昼前には退院できますから」
笑顔の先生にそう言われ、リリコは再び目を潤ませる。
「良かったっ……っ」
そう声を詰まらせた。リリコは両手で顔を覆い、先生の前だと言うのに、はらはらと落ちる涙が止められない。若大将さんが優しく背中を撫でてくれる手が暖かい。それが余計にリリコに安堵の涙を誘った。
「せやから安心してくださいね。お婆ちゃん今は眠ってますけど、目が覚めたら普通にお話しもできるはずですから。点滴にお薬入れてますんでね。もう今は一般病棟に移ってるはずです。看護師に案内してもろてください」
「……はいっ」
リリコはぐしゃぐしゃになった顔を手の甲で拭った。
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