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2章 新しいお家といちょう食堂

第5話 新年会のお支度

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 住吉大社すみよしたいしゃからまたタクシーで長居ながいに向かう。駅前で降りて商店街で買い出しだ。

 八百屋やおやさんで白菜や長ねぎ、椎茸などの野菜を買い、お肉屋さんで鶏もも肉と鶏ひき肉、豚肉をたっぷりと買い込む。お豆腐屋さんでは木綿豆腐を買った。荷物は大将さんと若大将さんが手分けして持ってくれた。

「そういやお祖母ちゃん、何の鍋にするん?」

「水炊きにしようと思って。お鍋にお昆布こぶ浸けて来たんよ。あさりも昨日から砂抜きしてるんよ」

「そらええですなぁ。好きなんいろいろ入れたらええですやん」

 水炊きと言えば、福岡博多ふくおかはかた白濁はくだくした鶏スープのお鍋を想像しそうだが、大阪、関西の水炊きは透明な昆布出汁のお鍋だ。お出汁に昆布以外の味付けはせず、食べる時にポン酢などを付ける。

「せやったら、良かったらうちからうらら香持って来ましょか?」

「若大将さん、それってお家の直会なおらいで用意してくれはったポン酢ですよね?」

「せやで。あれ美味しかったやろ」

「はい。酸味がすっきりしてて、お出汁の旨味たっぷりで。私お醤油強いのん苦手で、ええなぁて思ってたんです。うちにあるんは旭ポン酢なんですけど」

「ああ、あれはちょっと味強めやもんなぁ。大阪でポン酢言うたら真っ先に出て来るんが旭ポン酢やしなぁ」

「そうなんですよねぇ。美味しいのんは分かるんですけど、私には辛くて。お祖母ちゃんは平気みたいなんですけど」

「そこは好みやな。俺はどっちも好きやで。家には両方置いとるし、店でも旭ポン酢とうらら香選んでもらえるねん」

「お店でポン酢使うんですか?」

「冬に湯豆腐出すからな」

 湯豆腐! 昆布出汁をたっぷりと含んだふかふかほかほかのお豆腐を思い出し、リリコは喉が鳴りそうになってしまう。

「あ~、湯豆腐ええですねぇ。じゃあお店再開したら食べられます?」

「せやな。今その時季やもんな。また食べに来てな」

「はい。絶対に行きます」

 酒屋さんでお酒も買う。リリコが酎ハイの棚を見ていると、若大将さんが「リリコちゃん、酎ハイがええの?」と訊いて来る。

「軽めのやつやったらええんですけど。普通のビール飲まれへんし」

 お祖母ちゃんはビールを飲む様で、いくつかの缶ビールを大将さんが持つかごに入れていた。

「それやったらなんか作ろうか。ベースはうちから持って来るわ」

「わ、ええんですか?」

 それは嬉しい。市販でも評判の軽いお酒はたくさんあるが、若大将さんが作ってくれるなら確実に美味しいだろう。

「うん。ご飯食べながらやったら、さっぱりしたもんの方がええやろ。俺も作ったもんのほうがええし。割もん選ぼか」

「ありがとうございます」

「いやいや」

 リリコと若大将さんは、若大将さんに教えてもらいながら、コーラや炭酸水などを選んだ。



 家に帰り着き、お祖母ちゃんと大将さんがキッチンで水炊きの支度をしている間、若大将さんは下の家に必要なものを取りに行く。リリコはとんすいやグラスにおはし、カセットコンロなどを炬燵こたつに準備する。

 若大将さんが戻って来た時には、ずっしりとかさのあるエコバッグを手にしていた。

「重そうです」

 リリコは慌てて出迎えた。

「瓶もんばっかりやからな」

 若大将さんは言いながらバッグの中身を出す。そこには何やら詰められているタッパーもあって、若大将さんはそれをキッチンに持って行った。

 リリコが水色ベースのラベルが付いた瓶を見ると、三重県の会社のものだった。

「それ、うちの店でも使ってる酎ハイのベースやねん」

「大阪のもんや無いんですね」

「大阪でも焼酎作ってはるんやけど、本格焼酎でな、一般向けの酎ハイのベースには向かへんねん。せやからこれだけは、このキンミヤ焼酎使てるねん」

「そうなんですね。こっちは?」

 茶色い化粧箱に入れられていて、中身が判らない。

「山崎や。ウィスキーやな。大阪と京都の境にサントリーの山崎蒸溜所じょうりゅうじょがあって、蒸溜所見学ができるねん。その時に買える、蒸溜所限定のモルトウィスキーや。一応住所表記は大阪やから、ぎりぎり大阪もんやて思って店でも出しとる。店のは酒屋で買えるやつやけどな」

「そっか。サントリーって大阪のブランドですもんね」

「本社はな。工場とか蒸溜所はいろんなところにあるから、正確に大阪もんて言えるんはこのウィスキーだけかも知れんな。大阪には他にサンガリアとダイドーがあるから、店でも割もんとかジュースとかお茶なんかはそっち使っとる。特にメニューには書いてへんけどな」

「あー、サンガリア! ダイドー!」

 自動販売機でよく見るブランドだ。なかなか個性的なラインナップが目に止まる。完成されつつも少しばかり雑多さを感じさせるパッケージデザインが、大阪らしいと言えるだろう。

「あれらって大阪の会社なんですね」

「せやねん。サンガリアにひやしあめとか、みっくちゅじゅーちゅとかあんのも、大阪ならではやろな」

 ひやしあめは全国区では無いと思うのだが、関西では定番の夏の飲み物である。とろりとして甘いのだが、生姜の風味がきりっとして、すっきりもしている。これが温かいものだとあめ湯と呼ばれ、冬の寒い時に好まれる。

 みっくちゅじゅーちゅはいわゆるミックスジュースである。発祥は大阪市の新世界にある老舗の喫茶店だ。バナナや缶詰のみかん、牛乳などを使って作る。大阪では様々なカフェやドリンクスタンドなどでも手軽に飲むことができる。

 リリコと若大将さんがそんな話をしていると、お祖母ちゃんが「はいはいリリちゃん、若大将さん」とお野菜が盛られた大皿を手にリビングに入って来る。その後には鍋つかみを使い、両手で土鍋を持った大将さんが続いた。

「お鍋の準備できたで。飲み物よろしくねぇ」

「はい。すぐにやりますわ」

 若大将さんが酒瓶を手に腰を上げる。リリコも続いた。

「お祖母ちゃんはビールやんな?」

「うん」

「お、なんや悠太ゆうた、限定山崎持って来たんか」

「おう。ハイボール作ろか思って」

「ええな。贅沢やな。俺も2杯目はそれ作ってもらおかな」

「大将さんもまずはビールですか?」

「おう。おおきにな」

 お祖母ちゃんたちと入れ替わる様にキッチンに入るリリコと若大将さん。ダイニングテーブルにはお肉のお皿と、木製の丸いトレイに小鉢が四個置かれていて、戻って来たお祖母ちゃんと大将さんが持って行った。

 若大将さんは食器棚を見て「これ使わせてもらうな」と、大振りなグラスをふたつ出した。リリコは手際良い若大将さんの手元をついじっと見てしまう。

 両方に氷を詰め、片方には山崎ウィスキー、もう片方にはキンミヤ焼酎を入れ、ウィスキーのグラスにはサンガリアの伊賀の天然水炭酸水、キンミヤ焼酎の方にはサンガリアの果実味わう100%オレンジジュースを注ぐ。こんな時にもしっかりと大阪もんを意識する若大将さんだ。もう職業病と言えるだろう。

 できあがるころにリリコが冷蔵庫から缶ビールを出す。お祖母ちゃんたちが選んだのはプレミアム・モルツの香るエールだった。

「これもサントリーやから、大阪もんになるんですか?」

「モルツの工場は京都とかやからな。その土地の水で醸造しとる思うで。うちの生ビールもプレモルやけどな」

「大阪もんや無いけど本社が大阪やから……。奥が深い……」

「深いかぁ?」

 若大将さんはおかしそうに笑う。リリコが出した木製の四角いトレイにドリンクを全て乗せて、リビングに運んでくれた。
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