上 下
38 / 45
4章 宝物に会うために

第8話 ハッピーバースディ

しおりを挟む
 子育て! 六槻むつきのお世話! と真琴まことは意気込んでいたのだが。

「産まれて約1年は妖力が安定しなくて、人間さまの姿になることができないのです。なので、1歳前後になるまではこの相談所で育てなければならないのです。万が一他の人間さまに見られてしまっては大変ですから。ですが、夜にあやかしたちが「まこ庵」に来る時間には連れて来てもらえますから」

「え、ほな昼間は、六槻ここにおらんの?」

「はい。残念ですが」

 雅玖がくに申し訳無さげに言われて、真琴は拍子抜けしてしまう。そしてとても残念に思う。確かにお昼間には真琴は「まこ庵」にいるので、お世話は雅玖にお任せすることになるだろうが、近くにいるのといないのとでは、安心感が違う。

 感覚的な問題だろうと言われたらその通りかも知れないが、やはりできる限り側にいて欲しいと思ってしまうのだ。これも母親の心理だろうか。

 心が不安に染められる。決して相談所のあやかしたちを信用していないわけでは無い。むしろ信じている。雅玖はあやかしの中で、特にここを拠点にしている大阪のあやかしの中では高位のあやかしなので、きっとその雅玖の子である六槻も大切に育ててくれる。分かってはいるのだが。

「……夜には、うちに帰って来るんやんな?」

「はい。夜の「まこ庵」は妖力で隠されている状態なので、けものの容姿の六槻がいても大丈夫なのです。ですので「まこ庵」に六槻の寝床を作りましょう。子どもたちもいますから、皆で大事にしましょうね」

 そう言われてしまえば、わがままを言うわけにはいかない。真琴は渋々ながらも「分かった」と頷いた。

「本当にすいません。真琴さんは母親なのですから、六槻の側に少しでもいたいでしょうに」

「そんなん、雅玖も一緒やろう? 父親なんやから」

「もちろんそうです。ですが六槻を守るという意味合いもあるのです」

「うん、分かってる。夜だけでも一緒におれるんやったら、大丈夫」

「ありがとうございます」

 雅玖は安堵した様に表情を緩めた。一緒にいられるのは短い時間なのかも知れないが、その間に愛情をたっぷり注いであげよう。相談所という保育園に預けていると思えば良い。普通の保育園よりはよほど長い時間ではあるのだが。



 お正月休みが終わり、真琴の産休ももうすぐ終わりである。その間、真琴と雅玖は毎日結婚相談所に六槻に会いに行っていた。子どもたちは学校が終わり次第駆け付ける。お休みの間は夜のあやかしタイムも無いからである。

 毎日見ても、飽きない。それはそうだ。自分の子どもなのだから。本来の姿だからなのか、泣いても人間の赤子の様な大きな声では無く、余裕を持ってあやしたりミルクをあげることができた。

 雅玖も子どもたちも六槻を抱きたがり、皆で交代で抱っこをして可愛がった。

 なので六槻と離れて家に帰らなければならない時は、寂しさと不安が入り混じった。六槻はちゃんと真琴と雅玖を親だと感じていてくれているのだろうか。5人の子どもたちを兄姉だと分かってくれているのだろうか。

 六槻は1歳になるまで、「まこ庵」のあやかしタイムが再開しても、この結婚相談所にいる時間の方が圧倒的に長いのだ。1年後、六槻を家に迎え入れる時、真琴たちに馴染んでくれるだろうか。

 ……いや、それこそ真琴たち親兄姉の踏ん張りどころだ。それまでいたところと違う環境に慣れてもらえる様に、力を尽くさねばならないのだ。

 とにかく今は1年後を待ちつつ、六槻と会える貴重な時間を精一杯大事にしようと思うのだった。



 2月1日、「まこ庵」再開の日である。真琴の懐妊かいにんに気付いていたご常連はお祝いの言葉をくれる。真琴がお休み前通りに笑顔で営業していたから、無事産まれたことを察してくれたのだろう。

 李里りさとさんもこれまで通り働いてくれている。お陰で滞り無くお昼の営業ができた。

 そして夜。子どもたちが降りて来て、あやかしたちも訪れる。そのうちの1体、若い女性のあやかしが六槻を抱いて来てくれた。

「真琴さま、六槻さまをお連れしました」

 この女性のあやかしは名を雁乃かりのさんと言い、結婚相談所で主に六槻のお世話をしてくれている白狐びゃっこのあやかしである。雅玖と同じ白狐だけあって、あごあたりで切り揃えられた髪の色は淡いベージュだったが、容姿の整った綺麗な人だった。

「ありがとうございます」

 六槻の寝床は、ゆりかごを用意した。あやかしタイムで普段使われないテーブルに置き、雁乃さんから六槻を受け取った真琴は、まずはたっぷりと抱き締め、そっとゆりかごに寝かせた。

 真琴は四音しおん景五けいごと協力しながら厨房を回し、タイミングを見て六槻の元に行った。いつもはリサイタルやお絵かきやお勉強やと精を出している子どもたちも、すっかりと六槻にめろめろで、ゆりかごを取り囲んでいる。

 子どもたちに会いに来ているあやかしたちも、そんな子どもたちの気持ちを尊重して、一緒にお世話などをしてくれていた。

 そして「まこ庵」休日の日には、家族揃って相談所に六槻に会いに行っていた。



 そんな六槻に変化が出だしたのは、産まれて半年ほどが経ったころだった。それまでは全身白狐の姿だったのだが、顔や身体が人間の様なものになり、耳と尻尾がぴょこんと生えている容姿になっていたのだ。

「うわぁ~……、かわいい~……!」

 赤ちゃん白狐の姿も、それはもうとても可愛かったが、この狐耳状態の六槻の可愛さはとんでもなかった。

「ちょ、雅玖、写真写真!」

「はい!」

 真琴はすっかりと興奮してしまい、見た途端六槻を抱き上げた。そして雅玖が何枚もコンパクトデジタルカメラで写真を撮る。

 今やプライベート写真はスマートフォンで撮影するのが一般的になっているが、真琴や雅玖のスマートフォンで撮ったものが万が一他人に見られたり流出してしまえば大変だ。なのでその心配が無いデジタルカメラに大容量のSDカードを入れ、そこに撮り溜めていた。デジタルカメラはそのためだけに購入したのである。

 子どもたちも大騒ぎになった。

「可愛い!」「めっちゃ可愛い!」

 そう言いながら、我れ先にと抱きたがった。六槻はまだまだ小さいのに空気を読んでいるかの様に、おとなしく子どもたちの手から手へと渡っていた。

「あと約半年もすれば、完全に人間さまの姿に変化しますよ。そうなればお家に帰れますから、もうしばらくお待ちくださいね」

 お世話をしてくれている雁乃さんの言葉に、真琴は「はい」と頷く。あと半年。そうしたら家族全員で暮らせる。それは真琴の大きな励みになった。



 そして約半年後の朝、結婚相談所の雁乃さんから雅玖のスマートフォンに連絡があった。

『六槻さまの変化が確立しました。いつでもお迎えに来てください』

 その日は、翌年の元旦だった。六槻のお誕生日だ。真琴はこっそり期待していた。六槻が産まれてちょうど1年の今日、お家で一緒に新年を迎えられたら、お誕生日をお祝いできたらと。

 もしお家でが無理でも、一緒に過ごせたらと、昨日の大晦日に去年同様おせち料理を整えた。六槻はまだ食べられないだろうが、雰囲気だけでも味わって欲しいのだ。

 そして、誕生日ケーキも用意するつもりだ。今日直前にデコレーションしようと、昨日スポンジケーキを焼き上げていた。こちらももちろん、まだ六槻は食べられないだろう。それでも六槻のお誕生日を皆で祝いたかった。

 それが、本当に叶えられるなんて。しかもお家で。

 六槻は生後8ヶ月ごろから歩き始めたので、きっとじっとはしていないだろう。言葉もまだまだたどたどしいが出始めていた。これまでは真琴たちが行けない時は雁乃さんのお任せするしか無かったが、これからはずっと一緒だ。そして本当の子育てが始まるのだ。

 子どもたちに伝えると、皆喜んでくれた。皆が待ち望んでいたのだ。

 急いで結婚相談所に迎えに行くと、三つ指をつく雁乃さんに付き添われ、しっかりとした足取りで立つ、完全に人間に変化した六槻が、玄関で真琴たちを迎えてくれた。

 真琴は少しずつ体重が増えて来ている六槻を抱き上げる。六槻は真琴に抱き締められて「ふや」と可愛らしい声を上げた。

「六槻、一緒にお家に帰ろうな」

「あい!」

 元気な六槻の返事に、真琴は崩れる頬の筋肉が止められない。

「あ~可愛い。六槻、可愛いなぁ」

「くふ」

 これが母性と言うのだろうか。六槻に対する愛情、なんでもしてあげたいという思いが溢れてしまっている。

「雁乃、これまで本当にありがとうございました」

 雅玖が言い、真琴も「ありがとうございました」と頭を下げる。子どもたちもそれに倣った。雁乃さんは穏やかに笑みを浮かべる。

「いいえ、とんでもありません。真琴さまと雅玖さま、おふたりのお子さまの育成に関われて光栄でした。よければまた、ご家族で遊びに来てくださいね」

「はい」

 一緒に帰って、そうだ、さっそく新年のお祝いをしよう。ケーキも可愛くデコレーションして、お茶を淹れて六槻のお誕生日を盛大にお祝いしよう。

 真琴は六槻を迎えたこれからの生活が、楽しみでならなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

すこやか食堂のゆかいな人々

山いい奈
ライト文芸
貧血体質で悩まされている、常盤みのり。 母親が栄養学の本を読みながらごはんを作ってくれているのを見て、みのりも興味を持った。 心を癒し、食べるもので健康になれる様な食堂を開きたい。それがみのりの目標になっていた。 短大で栄養学を学び、専門学校でお料理を学び、体調を見ながら日本料理店でのアルバイトに励み、お料理教室で技を鍛えて来た。 そしてみのりは、両親や幼なじみ、お料理教室の先生、テナントビルのオーナーの力を借りて、すこやか食堂をオープンする。 一癖も二癖もある周りの人々やお客さまに囲まれて、みのりは奮闘する。 やがて、それはみのりの家族の問題に繋がっていく。 じんわりと、だがほっこりと心暖まる物語。

龍神様の婚約者、幽世のデパ地下で洋菓子店はじめました

卯月みか
キャラ文芸
両親を交通事故で亡くした月ヶ瀬美桜は、叔父と叔母に引き取られ、召使いのようにこき使われていた。ある日、お金を盗んだという濡れ衣を着せられ、従姉妹と言い争いになり、家を飛び出してしまう。 そんな美桜を救ったのは、幽世からやって来た龍神の翡翠だった。異界へ行ける人間は、人ではない者に嫁ぐ者だけだという翡翠に、美桜はついて行く決心をする。 お菓子作りの腕を見込まれた美桜は、翡翠の元で生活をする代わりに、翡翠が営む万屋で、洋菓子店を開くことになるのだが……。

後宮出入りの女商人 四神国の妃と消えた護符

washusatomi
キャラ文芸
西域の女商人白蘭は、董王朝の皇太后の護符の行方を追う。皇帝に自分の有能さを認めさせ、後宮出入りの女商人として生きていくために――。 そして奮闘する白蘭は、無骨な禁軍将軍と心を通わせるようになり……。

マーちゃんの深憂

釧路太郎
キャラ文芸
 生きているもの死んでいるものに関わらず大なり小なり魔力をその身に秘めているものだが、それを上手に活用することが出来るモノは限られている。生まれつきその能力に長けているものは魔法使いとして活躍する場面が多く得られるのだが、普通の人間にはそのような場面に出会うことも出来ないどころか魔法を普通に使う事すら難しいのだ。  生まれ持った才能がなければ魔法を使う事すら出来ず、努力をして魔法を使えるようになるという事に対して何の意味もない行動であった。むしろ、魔法に関する才能がないのにもかかわらず魔法を使うための努力をすることは自分の可能性を極端に狭めて未来を閉ざすことになる場合が非常に多かった。  しかし、魔法を使うことが出来ない普通の人たちにとって文字通り人生を変えることになる世紀の大発明が今から三年前に誕生したのだ。その発明によって魔力を誰でも苦労なく扱えるようになり、三年経った今現在は日本に登録されている魔法使いの数が四千人からほぼすべての国民へと増加したのだった。  日本人の日本人による日本人のための魔法革命によって世界中で猛威を振るっていた魔物たちは駆逐され、長きにわたって人類を苦しめていた問題から一気に解放されたのである。  日本のみならず世界そのものを変えた彼女の発明は多くの者から支持され、その名誉は永遠に語り継がれるであろう。 設定・用語解説は別に用意してあります。 そちらを見ていただくとより本編を楽しめるとは思います。 「マーちゃんの深憂 設定・用語集」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/863298964/650844803

「お節介鬼神とタヌキ娘のほっこり喫茶店~お疲れ心にお茶を一杯~」

GOM
キャラ文芸
  ここは四国のど真ん中、お大師様の力に守られた地。  そこに住まう、お節介焼きなあやかし達と人々の物語。  GOMがお送りします地元ファンタジー物語。  アルファポリス初登場です。 イラスト:鷲羽さん  

ブラックベリーの霊能学

猫宮乾
キャラ文芸
 新南津市には、古くから名門とされる霊能力者の一族がいる。それが、玲瓏院一族で、その次男である大学生の僕(紬)は、「さすがは名だたる天才だ。除霊も完璧」と言われている、というお話。※周囲には天才霊能力者と誤解されている大学生の日常。

あずき食堂でお祝いを

山いい奈
キャラ文芸
大阪府豊中市の曽根にある「あずき食堂」。 セレクト形式で定食を提供するお店なのだが、密かな名物がお赤飯なのだ。 このお赤飯には、主人公たちに憑いている座敷童子のご加護があるのである。 主人公である双子の姉妹の美味しいご飯と、座敷童子の小さなお祝い。 「あずき食堂」は今日も和やかに営業中でございます。

CODE:HEXA

青出 風太
キャラ文芸
舞台は近未来の日本。 AI技術の発展によってAIを搭載したロボットの社会進出が進む中、発展の陰に隠された事故は多くの孤児を生んでいた。 孤児である主人公の吹雪六花はAIの暴走を阻止する組織の一員として暗躍する。 ※「小説家になろう」「カクヨム」の方にも投稿しています。 ※毎週金曜日の投稿を予定しています。変更の可能性があります。

処理中です...