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2章 「まこ庵」での日々

第6話 子どもたちへの贈り物

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 「まこ庵」の定休日は火曜日である。朝は全員揃って真琴まことが整えた朝ごはんを食べ、子どもたちは元気に学校に行く。それを見送った真琴は、雅玖がくに家のことを任せて買い物に出掛けた。向かうは天王寺てんのうじ。あべのハルカスに入っている近鉄百貨店である。

 あべのハルカスはつい先日まで日本でいちばん高いビルだった。今は東京でオープンしたばかりの麻布台ヒルズに抜かれてしまっている。大阪人としては少し悔しい思いだ。とはいえ西日本でいちばん高いビルではある。

 四音しおん景五けいごのペティナイフはダマスカス製の良い品があるから大丈夫として、壱斗いちと弐那にな三鶴みつるには何をあげようか。

 弐那は漫画にまつわるもの、三鶴には筆記用具が良いだろうと当たりを付ける。

 問題は壱斗である。壱斗の夢はアイドルで、「スーパー壱斗リサイタル」もそのためのものである。スマートフォンにスピーカーを繋いで音源にし、どこにも繋いでいないマイクを手に生歌を肉声で披露しているのだが。

 そのスピーカーもマイクも雅玖が買い与えたもので、有名ブランドの高品質のものである。そこに真琴の今回の予算で入り込む隙は無い。

 さて、どうしようか。真琴は近鉄百貨店のキッズフロアを練り歩きながら、思案を重ねた。



「ただいまー!」

 子どもたちが学校から帰って来た。明るい声の様子から、今日も楽しく過ごせた様だ。

 真琴もとうに戻って来ていて、子どもたちの帰宅を待ちわびていた。喜んでくれるだろうか。真琴は少しばかり緊張する。

 洗面所で順番に手を洗ってそれぞれ自室に入り、制服から私服に着替えた子どもたちが宿題のためにリビングにやって来ると、真琴は子どもたちの前に腰を下ろした。

「宿題前にごめんやで。四音、景五、これ、プレゼント」

 ふたりの前に、プレゼントラッピングされた箱を置いた。ふたりは目を丸くする。

「わぁ、ありがとう、ママちゃま! 開けてええ?」

 四音が目を輝かす。景五もぽつりと「ありがとう」と言い、頬を緩めた。

「ええよ」

 ふたりはがさごそと音をさせて、近鉄百貨店の包み紙を開ける。そして出て来たダマスカス製のペティナイフに「わぁ!」と歓喜の声を上げた。

 ふたりとも同じ製品なのだが、それぞれにそれぞれの名前を刻印してもらっている。既製品だが、世界にひとつだけのペディナイフである。

「包丁や!」

「そう。ペディナイフ。果物ナイフとも言うな。ふたりともまだ手が小さいから、これが使いやすいと思うんよ。明日の夜から、お野菜とかの切り方やってみようと思うんやけど、どうや?」

 真琴が言うと、四音も景五も頬を紅潮させ、精一杯輝く目を見開いた。

「ほんまに!? 僕らもママちゃまみたいにお野菜切れるん?」

「うん。早くなるには練習がいるけどな。やれる?」

「うん! ありがとう、ママちゃま!」

「……ありがとう」

 四音は笑顔を溢れさせて頷いた。景五は相変わらずの仏頂面ぶっちょうづらだが、口角が上がっている。良かった、喜んでもらえた。

 そして壱斗たちを見ると、その目には羨望せんぼうが見えた。だが皆、自分も欲しいなんて言わない。自分もまだまだやなぁ、と真琴は自分の不甲斐なさにがっかりするのだが、表に出さない様に努めて。

「もちろん、壱斗と弐那と三鶴にもあるで」

 そう言ってにっと笑った。3人の顔が期待に染まる。

「はい。どうぞ」

 そうして3人に、それぞれ用意したものを差し出す。

 弐那には漫画用原稿用紙、分離型ガラスペンと漫画用インク、筆ペンだ。

 昨今、漫画原稿をオールデジタルで完成させる漫画家が多いことは、真琴も知っている。だが弐那はまずアナログで描ける様になりたいと、スケッチブックを何冊も埋めているのだ。

 弐那はまだ鉛筆でしか描いていない。アナログで漫画を描く道具を調べてみると、丸ペンやGペンなどと呼ばれる付けペンを使うのが主流とあった。だがそれらは消耗品で、しかも数個入った1箱が結構お高めである。雅玖に言えばいくらでも買ってくれるだろうが、まずは同じインクを使うカラスペンで清書をしてみても良いのでは、と思ったのだ。

 線の強弱が付けづらいという弱点はあるらしいが、鉛筆だけのイラストから清書をしたら、その達成感もあると思うのだ。もちろん弐那のタイミングがあるだろうから、その時が来たら、使ってくれたら嬉しい。

 弐那は包装紙から出て来たそれらを「わぁ……」と感激した様な表情で眺める。

「ママさま、これ弐那、ううん、あたしの……?」

「そやで。使ってくれる?」

「うん! ありがとう、ママさま!」

 弐那は満面の笑顔でそれらを抱き締める。隙間から筆ペンがぽろりと落ちた。

 三鶴には万年筆と紫色の染料インクを用意した。万年筆のボディは三鶴が好きだと言う紫色の地に細かで華やかな蔓の模様が彩られたものである。評判のある信用が高いブランドのものだ。

「わぁ、さすがお母さまやわ。やっぱり万年筆を使いこなして、一人前の大人やもんね。万年筆でお勉強なんて、できる女って感じやん」

 三鶴は少し気取ってそんなことを言う。実際に大人である真琴が使いこなせない万年筆であるが、確かに大人っぽいというイメージで選んだのだ。綺麗なボディならインテリアにもなる。

「ありがとう、お母さま。私、お母さまにお手紙を書くわね」

「わ、めっちゃ嬉しい。ありがとう」

 何て嬉しいことを言ってくれるのか。真琴は感動してしまい、心がじんとする。

 そして、壱斗には。

 某ブランドのVネックのシャツを用意した。そでが7分丈で、カラーははっとする様な鮮やかなブルー。利発な壱斗に似合うだろうと選んだのだ。サイズは念のために少しだけ大きめにしてある。

「お母ちゃま、これ」

 壱斗は呆気にとられた様な表情である。他の子どもたちが夢にちなんだものなのに、壱斗だけが違う様に見えるからだろう。

「壱斗、アイドルになるにはな、オーディションもやけど、スカウトっちゅう手もあるやろ」

「うん」

「それ。結構目立つ色やろ。それ着て都会歩いとったら目に付きやすいんちゃうかなぁって思って。壱斗、持ってる服、結構シンプルなんが多いやろ」

 子どもたちの服は、この家で一緒に暮らし始める時に持ち込んだもので、本人たちが選んだものでは無い。あやかしたちが子どもたちに着て欲しいと買い揃えたものである。

 スポンサーが雅玖のため、全てブランド物ではあるのだが、大人のセンスなのであまり派手なものは無かった。どうしても使い勝手の良いものに偏ってしまうのだ。

「スカウトされに行くときに、それ着てくれたら嬉しいわ」

 真琴が微笑むと、壱斗は目をまん丸にして「うん!」と頷いた。

「ありがとう、お母ちゃま! オレ、東京でスカウトされてみたい! 今度、今度行ってええかな?」

「ええよ。夏休みに計画しよか」

「やったー!」

 心底嬉しいのか、壱斗はシャツを握り締めてぴょんぴょんと力強く跳ねた。

 全員に喜んでもらえて、本当に良かった。ふところ的には決して痛まないわけでは無いが、子どもたちのこんな顔をみれば、安いものだと心の底から思う。

 雅玖はそんな子どもたちの様子を、微笑ましく見守っていた。

「みんな、良かったですね。大事にするのですよ」

 雅玖が穏やかに言うと、子どもたちは「はーい!」と元気に手を挙げた。

「では、宿題を済ませてしまいましょう。そのあとは自由時間ですよ」

「はーい」

 子どもたちはプレゼントを大事そうに傍らに置き、学校指定のバッグから教材などを出した。真琴は子どもたちの邪魔にならない様にとその場を離れ、ぼちぼち晩ごはんの支度をしようかとキッチンに入る。

 真琴の心は、暖かなもので包まれていた。
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