15 / 45
2章 「まこ庵」での日々
第2話 春を迎えて
しおりを挟む
「まこ庵」の新開店日は、4月10日にした。1日からも考えたが、やはり子どもたちの入学式に参列したかったのだ。その年は8日だった。
保護者ってどんな服装がええんやろ。真琴はフォーマルショップで店員さんに相談に乗ってもらいながら、ロング丈のネイビーのワンピースとジャケットを選び、アクセサリーはパールで揃えた。
ちなみに、ここでまた雅玖の資産力が爆発し、パールは全て本真珠になってしまった。真琴は貝パールで充分だと、何としても辞退しようとしたのだが。
「パールのアクセサリーは一生ものですよ」
雅玖に邪気の無い顔でそう言われ、それもそうか……? と折れたのである。
雅玖はチャコールグレイのスーツ姿。シャツは白、ネクタイはえんじ色とできる限り地味にまとめてもらった。紋付袴で行こうとしたところを「目立つからやめい」と真琴が止めたのだ。
とは言え、長い銀髪に金色の目なのだから、目立つなと言う方が無理があった。周りの保護者がひそひそと噂話をするのを、雅玖は平然と受け流す。真琴としては……開き直るしか無かった。
この学校はクラス数が多くないため、壱斗と三鶴、弐那と四音が同じクラスになった。入学式は学校のアリーナで行われたのだが、開け放たれた扉から入場してくる子どもたちを見つけるたびに、まだ触れ合ってそんなに経ってもいないのに、真琴はなぜか感慨深くなってしまった。
壱斗は堂々と、三鶴は冷静に凛として、四音はにこにことご機嫌で、弐那は少し緊張した様におどおどと、景五はまたぶすっと仏頂面である。それも子どもたちの個性である。
学校といえば勉強は大事である。だが何より大事なのは人間関係だと真琴は思っている。これが潤滑に行かなければ勉強だって、下手をすれば通学すら困難になってしまう。
友だちをたくさん作れとか、そういうことでは無い。どうしても気の合わない同級生だっているだろう。そういう同級生とどう付き合って行くのか。それはこれからの人生に於いても大事になってくると思うのだ。
どうか、子どもたちが良い環境で過ごせますように。真琴はただ願った。そして隣でスマートフォンを構える雅玖は、涙ぐんでいた。
「まこ庵」の和カフェとしてのオープンはまだだが、子どもたちと同じ種族のあやかしたちが、子どもたちに会いに来るのは「まこ庵」の内装ができあがったあたりから始まっていた。
今夜も妖力で、外から見ると開店前のひっそりしている店舗だが、中はあかりが灯されて、あやかしたちが子どもたちを囲って飲めや食えやの大騒ぎだった。
子どもたちと一緒に暮らし始めて、分かったことがたくさんある。子どもたちの好きなもの、趣味、将来なりたいもの。
壱斗はアイドルになりたいのだと言った。学校から帰ると宿題を済ませ、自室のテレビで録画した音楽番組やライブなどを見て、歌とダンスの練習をするのだ。
この家のテレビは衛星放送が見られる様になっているので、放送される音楽番組のジャンルも多岐に渡るののである。
その壱斗は、小上がりの椅子と座布団を端に寄せて、そこをステージ代わりにし、「スーパー壱斗リサイタル」を開いていた。サブスクでカラオケ曲をダウンロードし、それに合わせて壱斗が歌って踊るのだ。そのタイトルのダサさもまた微笑ましい。
壱斗は狼のあやかしなのだ。なので観客も主に狼のあやかしたちである。小上がりの前に集まって、やんややんやとエールを送っている。
そうすると店内が騒がしいかと思うが、そこも妖力の出番である。真琴も壱斗の歌は聴きたいので完全防音では無く、BGM並みに聞こえる様になっているのである。歌もダンスもまだ発展途上ではあるが、頑張っているのが見て取れる。壱斗はきらきらと輝いていた。
弐那は入って手前の4人掛けテーブルのひとつに掛け、スケッチブックに一心不乱にイラストを描いている。
弐那は妖狐、狐のあやかしなので、弐那を囲んでいるあやかしたちも妖狐である。
漫画家になりたい弐那は、学校から帰って来て、やはり宿題を終わらせたあとは、こうしてスケッチブックや自由帳でイラストの練習をしている。
画材屋や大きな書店で入手できるポーズ集などを買って、それをお手本にせっせと鉛筆を走らせている。真琴の様な素人目から見てもまだ拙いが、ひとつが完成するたびに妖狐たちから歓声が上がるのだ。
三鶴はもうひとつの4人掛けのテーブルで、テキストとノートを広げている。お勉強が大好きな三鶴は、将来研究者になりたいのだ。
本当なら、自分の部屋にこもって静かにお勉強をしたいところだろう。だがあやかしたちが会いに来たいというのを無下にもできない。冷静ながらも優しい子なのだ。
三鶴は鬼の子である。なのであやかしたちも当然鬼だ。だからなのか、女性はともかく男性は筋肉質なあやかしが多い気がする。
そして四音と景五はというと、お料理に興味があるということで、真琴と一緒にカウンタ内の厨房に入っていた。
とはいえまだ包丁は持たせられない。なので野菜を洗ってもらったりちぎってもらったり、お皿を出してもらったりの雑用をしてもらっている。そういうことに慣れて来たら、野菜の切り方なども教えてあげようと思う。
やはり、お料理は自分でやるからこそ楽しいのだ。毎日となると面倒になってしまうこともあるだろうが、真琴のこれは仕事なのである。ちっぽけながらも矜持だってあるのだ。
真琴は自分が前の職場でなかなか恵まれなかったからか、いつまで経っても包丁を持たせてもらえない様な、そんな思いを四音と景五にはして欲しく無かった。興味があるのならなおのこと、お料理を作る喜びを、ぜひ知って欲しいと思うのだ。
保護者ってどんな服装がええんやろ。真琴はフォーマルショップで店員さんに相談に乗ってもらいながら、ロング丈のネイビーのワンピースとジャケットを選び、アクセサリーはパールで揃えた。
ちなみに、ここでまた雅玖の資産力が爆発し、パールは全て本真珠になってしまった。真琴は貝パールで充分だと、何としても辞退しようとしたのだが。
「パールのアクセサリーは一生ものですよ」
雅玖に邪気の無い顔でそう言われ、それもそうか……? と折れたのである。
雅玖はチャコールグレイのスーツ姿。シャツは白、ネクタイはえんじ色とできる限り地味にまとめてもらった。紋付袴で行こうとしたところを「目立つからやめい」と真琴が止めたのだ。
とは言え、長い銀髪に金色の目なのだから、目立つなと言う方が無理があった。周りの保護者がひそひそと噂話をするのを、雅玖は平然と受け流す。真琴としては……開き直るしか無かった。
この学校はクラス数が多くないため、壱斗と三鶴、弐那と四音が同じクラスになった。入学式は学校のアリーナで行われたのだが、開け放たれた扉から入場してくる子どもたちを見つけるたびに、まだ触れ合ってそんなに経ってもいないのに、真琴はなぜか感慨深くなってしまった。
壱斗は堂々と、三鶴は冷静に凛として、四音はにこにことご機嫌で、弐那は少し緊張した様におどおどと、景五はまたぶすっと仏頂面である。それも子どもたちの個性である。
学校といえば勉強は大事である。だが何より大事なのは人間関係だと真琴は思っている。これが潤滑に行かなければ勉強だって、下手をすれば通学すら困難になってしまう。
友だちをたくさん作れとか、そういうことでは無い。どうしても気の合わない同級生だっているだろう。そういう同級生とどう付き合って行くのか。それはこれからの人生に於いても大事になってくると思うのだ。
どうか、子どもたちが良い環境で過ごせますように。真琴はただ願った。そして隣でスマートフォンを構える雅玖は、涙ぐんでいた。
「まこ庵」の和カフェとしてのオープンはまだだが、子どもたちと同じ種族のあやかしたちが、子どもたちに会いに来るのは「まこ庵」の内装ができあがったあたりから始まっていた。
今夜も妖力で、外から見ると開店前のひっそりしている店舗だが、中はあかりが灯されて、あやかしたちが子どもたちを囲って飲めや食えやの大騒ぎだった。
子どもたちと一緒に暮らし始めて、分かったことがたくさんある。子どもたちの好きなもの、趣味、将来なりたいもの。
壱斗はアイドルになりたいのだと言った。学校から帰ると宿題を済ませ、自室のテレビで録画した音楽番組やライブなどを見て、歌とダンスの練習をするのだ。
この家のテレビは衛星放送が見られる様になっているので、放送される音楽番組のジャンルも多岐に渡るののである。
その壱斗は、小上がりの椅子と座布団を端に寄せて、そこをステージ代わりにし、「スーパー壱斗リサイタル」を開いていた。サブスクでカラオケ曲をダウンロードし、それに合わせて壱斗が歌って踊るのだ。そのタイトルのダサさもまた微笑ましい。
壱斗は狼のあやかしなのだ。なので観客も主に狼のあやかしたちである。小上がりの前に集まって、やんややんやとエールを送っている。
そうすると店内が騒がしいかと思うが、そこも妖力の出番である。真琴も壱斗の歌は聴きたいので完全防音では無く、BGM並みに聞こえる様になっているのである。歌もダンスもまだ発展途上ではあるが、頑張っているのが見て取れる。壱斗はきらきらと輝いていた。
弐那は入って手前の4人掛けテーブルのひとつに掛け、スケッチブックに一心不乱にイラストを描いている。
弐那は妖狐、狐のあやかしなので、弐那を囲んでいるあやかしたちも妖狐である。
漫画家になりたい弐那は、学校から帰って来て、やはり宿題を終わらせたあとは、こうしてスケッチブックや自由帳でイラストの練習をしている。
画材屋や大きな書店で入手できるポーズ集などを買って、それをお手本にせっせと鉛筆を走らせている。真琴の様な素人目から見てもまだ拙いが、ひとつが完成するたびに妖狐たちから歓声が上がるのだ。
三鶴はもうひとつの4人掛けのテーブルで、テキストとノートを広げている。お勉強が大好きな三鶴は、将来研究者になりたいのだ。
本当なら、自分の部屋にこもって静かにお勉強をしたいところだろう。だがあやかしたちが会いに来たいというのを無下にもできない。冷静ながらも優しい子なのだ。
三鶴は鬼の子である。なのであやかしたちも当然鬼だ。だからなのか、女性はともかく男性は筋肉質なあやかしが多い気がする。
そして四音と景五はというと、お料理に興味があるということで、真琴と一緒にカウンタ内の厨房に入っていた。
とはいえまだ包丁は持たせられない。なので野菜を洗ってもらったりちぎってもらったり、お皿を出してもらったりの雑用をしてもらっている。そういうことに慣れて来たら、野菜の切り方なども教えてあげようと思う。
やはり、お料理は自分でやるからこそ楽しいのだ。毎日となると面倒になってしまうこともあるだろうが、真琴のこれは仕事なのである。ちっぽけながらも矜持だってあるのだ。
真琴は自分が前の職場でなかなか恵まれなかったからか、いつまで経っても包丁を持たせてもらえない様な、そんな思いを四音と景五にはして欲しく無かった。興味があるのならなおのこと、お料理を作る喜びを、ぜひ知って欲しいと思うのだ。
21
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。
光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。
昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。
逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。
でも、私は不幸じゃなかった。
私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。
彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。
私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー
例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。
「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」
「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」
夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。
カインも結局、私を裏切るのね。
エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。
それなら、もういいわ。全部、要らない。
絶対に許さないわ。
私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー!
覚悟していてね?
私は、絶対に貴方達を許さないから。
「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。
私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。
ざまぁみろ」
不定期更新。
この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる