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1章 電撃結婚の真実

第2話 まさかの花嫁衣装で

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よ! 花嫁さまの白無垢しろむく用意して!」

文金高島田ぶんきんたかしまだもやで!」

「早よ早よ! 花嫁さまの気が変わらんうちに!」

 にわかに紹介所の中が忙しくなった。職員さんと思しき、テーブルの内側にいた人たちはもちろん、お客と思われる人も慌てふためいている。

 真琴まことひとりが完全に取り残されている。何が何やら判らない状況の中で、このまま流れに身を任せてはいけないと言うことだけは分かる。このままだと、何かとんでもないことに巻き込まれるのでは無いか。

 気が変わるも何も、そもそも花嫁になるつもりは無い。……逃げよう! そう決心し、腰を浮かし掛けた時だった。

「さ、花嫁さま、行きますよ!」

 もう職員さんだかお客だか分からないふたりの女性に両脇を挟まれ、真琴は抵抗する間も無く引きずられる様に奥に連れて行かれてしまう。実際抗おうにも、ふたりとも凄い力の持ち主で、真琴ごときの腕力ではもがくことすら難しかった。

 奥の部屋も畳敷きの和室だった。大きな金屏風きんびょうぶが置かれている。真琴はさらにもう一部屋奥に連れて行かれる。そこも和室で、衣桁に白い着物が掛けられ、傍らに文金高島田が置かれていた。

「さぁさぁ、早く着付けんとね」

肌襦袢はだじゅばんはどこや?」

「はいはいはいー!」

 何人かの女性が真琴の周りを慌ただしく動き回る。その合間に靴下が脱がされ白い足袋たびを履かされ、続けざまに服が脱がされ、白い肌襦袢など数枚の着物が着付けられて行く。

 真琴が口を挟む隙間はまるで無かった。口を開こうとするのだが、「あ」と言おうとすると白い掛下かけしたが掛けられ、掛下帯が巻かれる。

 そして次々に襟や帯、色小物などで飾られ、白い打掛うちかけを掛けられ、最後に文金高島田が頭に乗せられた。

「重っ!」

 真琴はここでようやく声を発することができた。不意打ちだったこともあり、つい声が出てしまったのだ。

「我慢してくださいねー。お式の間だけですからー」

 文金高島田を乗せてくれた若い女性がにこやかに応えてくれる。そりゃあ重いだろう。あれだけ大きなものなのだから。

 そして白無垢も重い。何かを着せられるたびに、肩にずしりと重みが乗っかかって行った。総重量はどれぐらいあるのだろうか。

「はーい、こちらにお座りくださいねー」

 そう言われながら持って来られたのは椅子である。ご家庭のダイニングにある様な生活感のあるデザインだ。

 真琴は身体にのし掛かる重みに勝てず、その椅子に浅く腰を降ろした。ふぅ、少し楽になった。ほっとして小さく息を吐く。

 と、そんな悠長なことを考えている場合では無い。このままでは本当に、得体の知れないどこの誰とも分からない人と結婚をさせられてしまう。

 話の流れから、真琴が結婚させられようとしているのは、さっきの美しい男性なのだろう。確かにその整った容姿に見惚れてしまったことは認めるが、結婚となると話は別である。

 出会いも何も無い、恋人がいない歴を着々と更新している自分が言うのもなんだが、お付き合いをして、その中で結婚したい気持ちになるものでは無いだろうか。

 結婚を前提としたお見合いならともかく、それでも何回か会って、互いの意思を固めて行くものだと思う。

 それを、今日初めて会って、ろくに会話も交わしていない相手と結婚だなんて冗談では無い。名前だって知らないのだから。

 やはり逃げなければ。とは言え、周りは人だらけだ。いつの間にやら室内は女性陣で埋め尽くされている。とても隙を付いて抜け出せるとは思えない。

 それにここは結婚相談所の奥の部屋である。この部屋から出れたとして、出口までには金屏風の部屋、そして結婚相談所がある。そこにも人はいるだろう。

 そして雰囲気的に、今ここにいる人たち全員が真琴とあの男性との結婚を望んでいるかの様だ。あらゆるところで妨害に遭うだろう。

 どうにか外に出られたとして、この動きにくい格好でどこまで行けるのか。それに家の近くをこんな格好で歩き回りたく無いと言う、此の期に及んでしょうもない羞恥心しゅうちしんまで沸き上がる。

「あの!」

 なので、真琴はストレートに自分の気持ちをこの部屋にいる女性に伝えようと声を上げた。すると主に真琴に着付けをしてくれた、ふっくらとした体型のおばさまが「はい、なんでしょう花嫁さま」とにこやかに近付いて来た。

「あの、結婚て何ですか? 私、するつもりありませんけど」

 気味の悪さやら恐怖やら、いろいろな感情が沸き上がるものの、この部屋や女性たちの雰囲気がどうにもなごやかで、不思議とそれに後押しされる様に、冷静に言うことができた。

 するとおばさまは「あらま」と目を丸くする。

「そうですねぇ、ほな、それは直接雅玖がくさまと話し合うていただいて。私らは慣習に従ってるだけですのでね」

 おばさまは笑顔のままその場を離れて行く。と言っても同じ部屋の中に控えているのだが。

 真琴の準備はすっかりと整ってしまった。あとはおばさまの言う通り、その雅玖さまとやらと直接対決するしか無い。

 それでどうにかなるものなのか。真琴の意思が尊重されるのか無視されるのか、それはその雅玖さまとやら次第なのだろう。

 冗談では無い。怒涛どとうのことにろくに抵抗ができなかった真琴にも落ち度はあるのだろうが、正直なところそんな隙は無かった。真琴自身がわけの分からない状態のまま、全て相手の思うがままにことを運ばれた感じである。

 その結果、真琴は花嫁衣装をきっちりと着付けられ、ここにいる。ここは何としてでも雅玖さまとやらに勝利して、解放されなければ。

 そう思ったら緊張して来た。雅玖さまとは、あの綺麗な男性だろう。話が通じる相手なら良いのだが。

「失礼しますよ。大丈夫ですか?」

 襖越しに男性の声が響く。多分だが雅玖さまとやらの声だ。部屋にいた女性のひとりが「大丈夫ですよ、どうぞー」と返事をすると、静かに襖が開かれた。

 そこに立っていたのは確かに雅玖さまとやらだった。ただ、黒紋付羽織袴くろもんつきはおりはかまに着替えている。ものの見事な結婚式の装束である。

 黒は真琴も良く着る色であるが、紋付袴となると緊張感が出て、それが雅玖さまとやらの美貌を際立たせていた。思わず真琴はどきりとしてしまう。

 いやいや、こんなことで絆されている場合では無い。何としてもこんなふざけた結婚は回避しなければ。

 雅玖さまとやらが柔らかな笑みをたたえ、優雅な所作で真琴の正面にひざまずく。そして両手で真琴の右手をそっと取った。

「とてもお綺麗です」

 微笑みを崩さず、雅玖さまとやらは穏やかに言う。これは、確かにときめいてしまいそうになる。だが真琴の理性が待ったを掛けた。

「あの、私、結婚をするつもりはありません」

 そうきっぱりと言い放つ。すると雅玖さまとやらがかすかに目を丸くし、次には眉尻を下げた。

「駄目なのですか?」

「はい、駄目です」

「そうですか……」

 雅玖さまとやらへの視線が下になっているせいもあるのか、失礼ながらまるで叱られてしょげている大型犬の様に見えてしまう。それにまた情が芽生えそうになってしまうが、それをぐっと押し留める。

「でも、あなたはあびこ観音さまで、ご良縁を望まれたのですよね?」

「……え?」

 どうしてそれを知っているのか。真琴は驚いて腑抜けた声を上げてしまった。
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