あずき食堂でお祝いを

山いい奈

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エピローグ

エピローグ:前編

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 ゴールデンウィークが終わり、初夏がやって来る。すっかりとぬるんだ空気はまだ心地よく、そっと髪をなびかせ頬を撫でる。

 門脇かどわきさん(3章)は怠そうに肩を落とされ、その横で浮田うきたさんは元気いっぱいでお食事を進めておられた。

「毎年5月病にやられるんですよね僕ぅ~。ほんましんどいですわぁ~」

 お声からも心と身体のお辛さが見て取れる。浮田さんは「あはは」とおかしそうに笑い声を上げた。

「そんな時こそしっかり食べんとね。ほら門脇くん、今日のお惣菜もお赤飯も美味しいで」

「ここのご飯が美味しいことは分かっとるんですけどね~。最近ご飯もろくに喉を通らんで~」

 だからなのか、目の前に整えられた定食の進みは遅かった。確かにお選びいただいたお惣菜も、しろ菜の煮浸しと玉ねぎとわかめの酢の物という、あっさりとした2品で、メインもいかのねぎ塩焼きだった。お赤飯は半量である。

 こうして食が進まないと言うのにこの「あずき食堂」に来られるのは、ひとえに浮田さんにお会いしたいがためなのだろう。

 おふたりの出会いから約1年。ここでお話をしているうちにおふたりの距離も縮まり、こうしてフランクな会話ができる様になっていた。

 最初は門脇さんの憧れから始まったわけだが、その感情が変わったのか、浮田さんの心のうちはどうなのか、さくにはわからない。きっとようもだろう。マリコちゃんはどうだろうか。

 マリコちゃんは特に浮田さんをしたっている。だからというわけでは無いが、ぜひ良い道を歩いていただきたいと思ってしまう。

 浮田さんはこれから出勤である。高級クラブのフロアレディという大変なお仕事をされながら、こつこつと貯金に励んでおられる。

 そして門脇さんは、やはり1度は浮田さんがお勤めになる高級クラブに行ってみたいらしく、貯金を続けておられるそうだ。行くとなれば金額を気にせず楽しみたいので、いくらあっても良いのだそう。

 おふたりの関係がこれからどうなるかは神のみぞ知るだが、どうか良い様になっていただきたいと思うのだ。



 町田まちださんの息子さんの義明よしあきくん(2章)は、この春で無事大学2年生になられた。お家の金物屋さんを継がれるために、日々経営学を学ばれている。雑貨店のアルバイトにも励んでおられるとのことだ。

「今日は父さんと母さん、ふたりでご飯行く言うて。せやから今日は俺もここでのんびりご飯です。赤飯も食べたかったですし」

 町田さんが義明くんを「あずき食堂」にお連れしてからおよそ1年、奥さまもご一緒にご家族で来られることもあった。「あずき食堂」はカウンタ席のみなので、基本横並びにお掛けいただくことになるのだが、ご夫婦で義明くんを挟んで、とても和やかな雰囲気でお食事をされていた。

 揃ってお赤飯を食べられ、奥さまは「ほんまにええことありそうやねぇ」なんてにこやかにおっしゃっていた。

「俺が跡を継いだら、父さんにも母さんにも楽してもらえると思うんです。でも、父さんに言われましたよ。うちみたいないつ潰れてもおかしない店継いだら、将来結婚してくれる人もおらんでって」

 義明くんはそう言って笑う。その表情に悲壮感の様なものは見られない。ご結婚などは、義明くんはまだお若い学生さんなので、現実感が無くて当たり前だ。「町田金物店」を継がれるのももう少し先のことだろう。

「ご結婚は縁のもんやからねぇ。一緒にお店したいって言わはるお嬢さんかて、いてはるかも知れへんし」

 朔が言うと、義明くんは「いやぁ」と苦笑しながら頭をかれた。

「時代的にどうなんでしょ。一緒に苦労したいて言うてくれる女の子がおるんかどうか。不景気が続いとって、今は子どもに人気の職業が男女ともに会社員やて聞きました」

「何か、夢が無い気がしてまうねぇ」

 今度は朔が苦笑してしまう番だった。

「でも、アナウンサーとかプロデューサーとか、ゲームクリエイターやエンジニアでも、会社勤めしとったら会社員でしょ。結構職種は広いんやと思いますよ」

「あ、なるほど」

 朔は目を丸くする。要は不景気という背景のある中、毎月安定したお給金を欲しているということだ。金物屋さんも「あずき食堂」の様な飲食店も、そういう意味では安定しないお仕事と言えた。

 「あずき食堂」はこうしたご常連とマリコちゃんのお陰で、幸い月々の売上にそう大きな波は無いのだが、それでもお客さまが少ない日などは不安になってしまう。会社員には必要の無い揺れだ。

 どちらにも良し悪しがあるのだと思う。確かに飲食店には多少の心許こころもとなさはある。お客さまあっての商売だから、来店されないとどうしようも無い。だがこうしたご常連との触れ合いや、ご飯を食べていただいた時の嬉しそうな表情は、朔に、そしてきっと陽にも幸せをもたらす。

 「町田金物店」は地元のお年寄りからの信頼も厚い。義明くんはそういう方々との関わりを守りたいとおっしゃっていたので、それは多分双子と同じなのでは無いだろうか。

「金物屋の仕事は、確かに安定はせんかも知れません。でも、あの店閉めた無いんですよね。何や俺にも愛着があって。俺の次はどうなるか分かりませんけど」

 好きなものを残したい、守りたいと思うのは自然な感情である。朔だってそう思うのだから。

「あんま深刻にならんのがええんかも知れへんね、ご結婚も先々んことも。時代はその時々でいろいろあって、常識かて変わるんやもん。まずは義明くんは、大学を現役で卒業することやね」

「そうですね。そんで、ちゃんとした経営者になれる様にがんばります」

 義明くんはそう言って、ほがらかに笑った。



詩織しおりちゃん、無事高校生になりました」

 ふぅふぅ言いながら熱いほうじ茶をすすり、丸山まるやまさん(5章)は表情を綻ばせた。

「良かったですねぇ。丸山さんの専属モデルはまだ続けてはるんですか?」

「はい。まだモデルんなることは詩織ちゃんの夢みたいです。高校の3年間で心境の変化が出てくるか、それは分かりませんけど、俺は自分ができることで応援するだけです」

「楽しみでもありますよねぇ」

「そうですね。俺もあの受賞から、ありがたいことに人を撮る仕事が増えて、それこそ詩織ちゃんが目指してる様なモデルさんを撮ることもあるんですよ。大阪にロケに来はった時とかに。そんな時に心構えみたいなんを聞いたりして、詩織ちゃんに話したりしてます。興味深げに聞いてますよ」

「これからのご参考になったらええですね」

「ほんまに。あ、今度また詩織ちゃんとお友だち連れて来ますね」

 おふたりは丸山さんに連れられて一度来られ、お赤飯をもりもりと食べ、白いご飯をお代わりまでして「美味しい! 美味しい!」と食べられた。さすが食べ盛りのお嬢さん方だ。

 特に詩織さんはモデルさんを目指しておられるものの、まだダイエットなどは眼中に無い様だ。確かに新陳代謝しんちんたいしゃの高い育ち盛りの若人わこうどは、バランス良く適量を食べてしかるべきである。

 詩織さんは背中までまっすぐ伸びた黒髪が綺麗で、満面の笑みがとても可愛らしいお嬢さんだった。モデル志望なだけあってスタイルも良かった。細い手足がすらりと伸び、くびれた腰の位置も高かった。

「またここの赤飯食べたい言うてて。ほんまは受験の前にも連れて来て赤飯食べさしてあげたかったんですけど、さすがに親御さんの許可が出ませんでした」

 「あずき食堂」のお赤飯を食べると良いことがある。丸山さんがそう感じておられても、それを他人に信じてもらうのは難しい。特に受験という人生の分岐点において、親御さんとしては勉強に集中して欲しいと思うのは無理からぬことだ。

「ぜひ、いつでもおいでください。また美味しいお赤飯を炊いて、お待ちしておりますよ」

 朔が笑顔で言うと、丸山さんは「ぜひ」と微笑まれた。
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