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7章 2次元の幻想の中で
第6話 大事な準備
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岩手県産大納言小豆、そして白玉粉と栗の甘露煮は、無事翌々日の土曜日に届けられた。双子はそれを大切に戸棚にしまう。出番は明後日の月曜日だ。
当日は有田さんのスケッチに、双子も同行させていただけることになっている。お邪魔になるだろうからと当初は行くつもりは無かったのだが、有田さんが「ぜひ」とおっしゃってくださったのだ。
画家さんがどの様に風景を、被写体を切り取るのか、双子はとても楽しみにしていた。双子も学校の授業で写生などをした経験はあるが、プロの仕事を見るのは初めてなので、とても楽しみだ。
そして、月曜日がやって来た。スケッチは明るい時間帯にされたいとのことなので、開始予定時間は12時である。舞台は「あずき食堂」からも近い、服部緑地の中央にある円形花壇だ。
服部緑地はいくつもの広場や遊技場、競技場や野外音楽堂などを擁する、広大な公園である。四季折々には花々や植物が実り、バーベキューエリアもあり、近隣住民や観光客などの憩いの場になっている。
最寄り駅は北大阪急行の緑地公園駅だ。この路線は大阪メトロ御堂筋線から乗り入れられており、曽根駅から電車で行くとなると阪急電車で大阪梅田駅に出て乗り換える必要があるのだが、曽根駅前からは阪急バスが運行されているし、徒歩でもそう無理の無い距離である。
出発時間から逆算して、8時半に双子とマリコちゃんは定休日の「あずき食堂」にやって来た。
総勢12人分のお赤飯とおしるこを作るには、自宅のキッチンでは手に余ってしまう。大きなお鍋も炊飯器も無いので、それぞれ1度で作ることが難しいのである。
マリコちゃんが日々食べている量を見ると、底無しなのである。マリコちゃんはお惣菜はもちろん、余りのお赤飯もぺろりと平らげてしまう。
食品ロスを出さない様に加減をして仕込みをしているので、それほど大量では無いのだが、それでも人間の大人ひとりが食べる分と比べると多い。マリコちゃんはいつも「満腹じゃ」と言ってくれるのだが、それが本当かどうかは怪しいところである。
そんな座敷童子たちをお腹いっぱいにさせるだけの量を仕込むのである。食堂にある大鍋と炊飯器が必要だった。
正直なところ、それでも満足な量を作れるか疑問である。だがたっぷり用意してまずは目で満足してもらい、もちろん味にも満悦してもらえばどうにかなるだろうか。そんな希望を持つ。
朔がおしるこを、陽がお赤飯を平行して作って行く。双子はコンロの前に並んで、それぞれのお鍋で小豆を茹でた。
1度渋切りのために水を変え、小豆が茹で上がると、陽は火を止めて冷ますために、氷を入れた大きなボウルに鍋底を突っ込んだ。朔は小豆のお鍋にお砂糖とお塩を加え、続けて煮て行く。
お赤飯の小豆を茹でていたコンロに別のお鍋を用意し、お水を張って火を付ける。沸いたら、小豆を茹でている間に丸めた白玉団子を茹でて行く。最初は沈んでいた白玉が、やがてぷかぷかと浮いて来る。そこから数分さらに茹でて行く。
「良い匂いじゃ」
カウンタ席に座るマリコちゃんが、心地よさそうに鼻をひくつかせる。
「先に食いたいところじゃが、他の座敷童子に免じて、待つとしようかの」
マリコちゃんが殊勝にそんなことを言う。朔は「ふふ」と笑みをこぼした。
「そやね、今日はその方がええね。岩手県産大納言の贅沢品やで。絶対に美味しいと思うわ」
「お前たちがいつも作る北海道産小豆の赤飯も旨いがな。大納言、しかも岩手県産と来ると、わしら座敷童子にとってはご馳走じゃ」
「そうなんよな。他の子らも喜んでくれたら嬉しいわ」
陽もそう言って顔を綻ばす。
「楽しみじゃ」
マリコちゃんはわくわくといった表情で身体を揺らした。
12時30分になり、準備はすっかりと整った。お赤飯はおにぎりにしてごま塩をぱらりとまぶし、ひとつひとつラップに包んだ。おしるこはジップバッグ数個に分けて入れ、綺麗に洗ったお鍋も用意する。栗の甘露煮は瓶のまま持って行く。昨日の営業後に仕込んだお大根の塩昆布漬けはタッパに入れた。
器に発泡スチロールのお椀を用意し、使い捨てのスプーンを買って来た。お箸は人間の分だけで大丈夫。座敷童子には自前のお箸がある。
それらを小型のスーツケースふたつに分けて入れた。双子それぞれの私物で、朔のものはシルバー、陽のものは紫色である。飛行機に持ち込めるサイズのものだ。
双子はスーツケースを引いて、マリコちゃんと一緒に外に出る。戸締りをしっかりとして。すると間も無く、お店の前に濃紺のステーションワゴンがするりと滑り込んで来た。
「朔さん陽さん、マリコさん、お待たせしました」
助手席から出て来たのは吉本さんだった。運転席には有田さん。有田さんは窓を開けて双子とマリコちゃんに「こんにちは」と頭を下げた。車は有田さんのものの様だ。
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
「こんにちは」
「とんでもありません。こちらこそ、きっと朝からお手間をお掛けしてしもうて」
「いえいえ、とんでも無いですよ」
朔が笑顔で首を振ると、回って来た吉本さんが手を出して来た。
「荷物、トランクに入れますね。横にして大丈夫ですか?」
「あ、はい。大丈夫です。あ、自分でやりますよ」
吉本さんが双子の手からさりげなくスーツケースを受け取り、車の後ろに回る。双子が慌てて追い掛けるが、吉本さんは「いやいや」と爽やかに言う。
「言うても重いでしょう。今日の僕は力仕事担当です。何でも任せてください」
吉本さんはそうおっしゃりながら、素早くふたつのスーツケースを寝かせてトランクに入れた。トランクには有田さんの道具と思しきボストンバッグと、吉本さんがいつも持たれているリュックがあったが、さすがステーションワゴン、広々としていた。
確かにたっぷりのお赤飯とおしるこ、数々の道具。スーツケースに入れて引いていると感じにくい重量があったと思う。なので正直言うと、吉本さんのお気遣いはありがたかった。
「ほな、後ろに乗ってください。さっそく行きましょ!」
吉本さんが後部座席のドアを開けてくれたので、マリコちゃんを挟んで朔が運転席の後ろ、陽が助手席の後ろに納まった。
「他の座敷童子たちは? ご一緒ですよね?」
「はい。姿現したら車ん中ぎゅうぎゅうになりますから、消えてもろてます」
朔の問いに応えられた有田さんは、ゆっくりとアクセルを踏まれた。確かに7人全員が姿を表したら、車中はとんでもないことになるだろう。
「でも皆、車に乗れるってんで喜んでましたよ」
吉本さんが言うと、マリコちゃんが「分かるぞ」と頷いた。
「朔も陽も、免許は持っておるのに車には滅多に乗らんし、座敷童子たちも普段は旅館にいるんじゃから、車に乗る機会なんて無いからのう。たまに乗れるのが嬉しいんじゃ」
「ほな、今も見えへんだけで、皆大騒ぎなんかも知れんな」
陽が楽しげに言うと、マリコちゃんは「そうじゃな」と微笑んだ。
当日は有田さんのスケッチに、双子も同行させていただけることになっている。お邪魔になるだろうからと当初は行くつもりは無かったのだが、有田さんが「ぜひ」とおっしゃってくださったのだ。
画家さんがどの様に風景を、被写体を切り取るのか、双子はとても楽しみにしていた。双子も学校の授業で写生などをした経験はあるが、プロの仕事を見るのは初めてなので、とても楽しみだ。
そして、月曜日がやって来た。スケッチは明るい時間帯にされたいとのことなので、開始予定時間は12時である。舞台は「あずき食堂」からも近い、服部緑地の中央にある円形花壇だ。
服部緑地はいくつもの広場や遊技場、競技場や野外音楽堂などを擁する、広大な公園である。四季折々には花々や植物が実り、バーベキューエリアもあり、近隣住民や観光客などの憩いの場になっている。
最寄り駅は北大阪急行の緑地公園駅だ。この路線は大阪メトロ御堂筋線から乗り入れられており、曽根駅から電車で行くとなると阪急電車で大阪梅田駅に出て乗り換える必要があるのだが、曽根駅前からは阪急バスが運行されているし、徒歩でもそう無理の無い距離である。
出発時間から逆算して、8時半に双子とマリコちゃんは定休日の「あずき食堂」にやって来た。
総勢12人分のお赤飯とおしるこを作るには、自宅のキッチンでは手に余ってしまう。大きなお鍋も炊飯器も無いので、それぞれ1度で作ることが難しいのである。
マリコちゃんが日々食べている量を見ると、底無しなのである。マリコちゃんはお惣菜はもちろん、余りのお赤飯もぺろりと平らげてしまう。
食品ロスを出さない様に加減をして仕込みをしているので、それほど大量では無いのだが、それでも人間の大人ひとりが食べる分と比べると多い。マリコちゃんはいつも「満腹じゃ」と言ってくれるのだが、それが本当かどうかは怪しいところである。
そんな座敷童子たちをお腹いっぱいにさせるだけの量を仕込むのである。食堂にある大鍋と炊飯器が必要だった。
正直なところ、それでも満足な量を作れるか疑問である。だがたっぷり用意してまずは目で満足してもらい、もちろん味にも満悦してもらえばどうにかなるだろうか。そんな希望を持つ。
朔がおしるこを、陽がお赤飯を平行して作って行く。双子はコンロの前に並んで、それぞれのお鍋で小豆を茹でた。
1度渋切りのために水を変え、小豆が茹で上がると、陽は火を止めて冷ますために、氷を入れた大きなボウルに鍋底を突っ込んだ。朔は小豆のお鍋にお砂糖とお塩を加え、続けて煮て行く。
お赤飯の小豆を茹でていたコンロに別のお鍋を用意し、お水を張って火を付ける。沸いたら、小豆を茹でている間に丸めた白玉団子を茹でて行く。最初は沈んでいた白玉が、やがてぷかぷかと浮いて来る。そこから数分さらに茹でて行く。
「良い匂いじゃ」
カウンタ席に座るマリコちゃんが、心地よさそうに鼻をひくつかせる。
「先に食いたいところじゃが、他の座敷童子に免じて、待つとしようかの」
マリコちゃんが殊勝にそんなことを言う。朔は「ふふ」と笑みをこぼした。
「そやね、今日はその方がええね。岩手県産大納言の贅沢品やで。絶対に美味しいと思うわ」
「お前たちがいつも作る北海道産小豆の赤飯も旨いがな。大納言、しかも岩手県産と来ると、わしら座敷童子にとってはご馳走じゃ」
「そうなんよな。他の子らも喜んでくれたら嬉しいわ」
陽もそう言って顔を綻ばす。
「楽しみじゃ」
マリコちゃんはわくわくといった表情で身体を揺らした。
12時30分になり、準備はすっかりと整った。お赤飯はおにぎりにしてごま塩をぱらりとまぶし、ひとつひとつラップに包んだ。おしるこはジップバッグ数個に分けて入れ、綺麗に洗ったお鍋も用意する。栗の甘露煮は瓶のまま持って行く。昨日の営業後に仕込んだお大根の塩昆布漬けはタッパに入れた。
器に発泡スチロールのお椀を用意し、使い捨てのスプーンを買って来た。お箸は人間の分だけで大丈夫。座敷童子には自前のお箸がある。
それらを小型のスーツケースふたつに分けて入れた。双子それぞれの私物で、朔のものはシルバー、陽のものは紫色である。飛行機に持ち込めるサイズのものだ。
双子はスーツケースを引いて、マリコちゃんと一緒に外に出る。戸締りをしっかりとして。すると間も無く、お店の前に濃紺のステーションワゴンがするりと滑り込んで来た。
「朔さん陽さん、マリコさん、お待たせしました」
助手席から出て来たのは吉本さんだった。運転席には有田さん。有田さんは窓を開けて双子とマリコちゃんに「こんにちは」と頭を下げた。車は有田さんのものの様だ。
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
「こんにちは」
「とんでもありません。こちらこそ、きっと朝からお手間をお掛けしてしもうて」
「いえいえ、とんでも無いですよ」
朔が笑顔で首を振ると、回って来た吉本さんが手を出して来た。
「荷物、トランクに入れますね。横にして大丈夫ですか?」
「あ、はい。大丈夫です。あ、自分でやりますよ」
吉本さんが双子の手からさりげなくスーツケースを受け取り、車の後ろに回る。双子が慌てて追い掛けるが、吉本さんは「いやいや」と爽やかに言う。
「言うても重いでしょう。今日の僕は力仕事担当です。何でも任せてください」
吉本さんはそうおっしゃりながら、素早くふたつのスーツケースを寝かせてトランクに入れた。トランクには有田さんの道具と思しきボストンバッグと、吉本さんがいつも持たれているリュックがあったが、さすがステーションワゴン、広々としていた。
確かにたっぷりのお赤飯とおしるこ、数々の道具。スーツケースに入れて引いていると感じにくい重量があったと思う。なので正直言うと、吉本さんのお気遣いはありがたかった。
「ほな、後ろに乗ってください。さっそく行きましょ!」
吉本さんが後部座席のドアを開けてくれたので、マリコちゃんを挟んで朔が運転席の後ろ、陽が助手席の後ろに納まった。
「他の座敷童子たちは? ご一緒ですよね?」
「はい。姿現したら車ん中ぎゅうぎゅうになりますから、消えてもろてます」
朔の問いに応えられた有田さんは、ゆっくりとアクセルを踏まれた。確かに7人全員が姿を表したら、車中はとんでもないことになるだろう。
「でも皆、車に乗れるってんで喜んでましたよ」
吉本さんが言うと、マリコちゃんが「分かるぞ」と頷いた。
「朔も陽も、免許は持っておるのに車には滅多に乗らんし、座敷童子たちも普段は旅館にいるんじゃから、車に乗る機会なんて無いからのう。たまに乗れるのが嬉しいんじゃ」
「ほな、今も見えへんだけで、皆大騒ぎなんかも知れんな」
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