あずき食堂でお祝いを

山いい奈

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7章 2次元の幻想の中で

第3話 予想外のできごと

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 一夜が経ち、自宅で母とマリコちゃんと双子とで、双子の作ったお昼ごはんを食べたあと、さくがスマートフォンを見るとメッセージが届いていた。吉本よしもとさんからだった。

『これから有田ありたくんと東北行って来ます。吉報を待っててください』

 朔は自室でメッセージを読む。吉本さんと有田さんは、まずは岩手県の座敷童子伝説がある金田一きんだいち温泉に行くとあった。

 大阪府から岩手県に行くには、大阪国際空港、もしくは関西国際空港から飛行機でいわて花巻はなまき空港に飛ぶのがいちばん早い。おふたりは大阪国際空港から機上の人となられるそうだ。

「吉本さん、何やって?」

 ようがスマートフォンを覗き込んで来る。朔は画面を見せながら「これから行かはるって」と言った。

「金田一温泉で座敷童子っちゅうたら、あの宿やんな。人気やで。昨日今日で部屋取れるんやろか」

「難しいかも知れんねぇ。でも目的は座敷童子やから、ロビーとかに入れたら何とかなるかも?」

「しれーっと旅館内うろうろしてもええやろしな」

「ご迷惑が掛からん範囲やったら大丈夫やろか。巧くいったらええんやけど」

 昨日のご来店で、おふたりはお赤飯を食べていた。その恩恵がどこまで続くか。マリコちゃんがこの様な難題を言い出した時点で、ご加護が無かったのだろうかと思ってしまうのだが。

「なぁ、マリコちゃん、なんで有田さんにあんな大変なこと言うたん?」

 朔が聞くと、ベッドに腰掛けていたマリコちゃんは「む」と目を丸くする。

「大変か?」

「そう思うけど……」

 朔が戸惑うと、マリコちゃんは「ふん」と鼻を鳴らす。

「昨日、何のために赤飯を持たせたと思うておる」

 実は昨日、吉本さんと有田さんのお帰り際、お赤飯をおにぎりにしてお持ちしてもらっていたのだ。

「朝めしにすると良い」

 マリコちゃんがそう言ったので、おふたりはきっとその通りにされたと思うのだが。

「あのお赤飯が助けてくれるっちゅうこと?」

「それは甘露寺かんろじ次第じゃ。甘露寺が日々励んでおれば問題無い。そうで無ければそれまでじゃ」

 優しい様な冷たい様な。朔は有田さんが日々ご尽力されていると勝手に思っているのだが。今回だって座敷童子ざしきわらしを、マリコちゃんを描きたい一心で、東北まで足を運ばれているのだから。

 朔は有田さんの願いが叶う様に、祈るしかできなかった。



 その日の晩、「あずき食堂」を店じまいしてからスマートフォンを見ると、吉本さんから新たなメッセージが届いていた。

『大変なことになりました。明日には大阪に戻ります。また遅めの時間にお店にお邪魔します』

 朔はメッセージを見て目を丸くした。

「大変なことってなんやろ」

「どしたん?」

 カウンタ内の厨房で、お皿に余ったお惣菜を盛り付けていた陽が聞いて来る。朔はスマートフォンの画面を陽に見せた。

「大変なこと? なんやろな。気になるわ」

「なるやんね。帰って来はったら来てくれはるみたいやし、そん時にお話してくれはると思うけど」

 朔はスマートフォンをスリープさせ、エプロンのポケットに滑り込ませた。

「でも帰って来るってことは、座敷童子に会えたってことやんな? でもいくらあの旅館やからって、そんなすぐに巧く行くもんなん? はい、マリコちゃんお待たせ」

 陽が準備していたお惣菜はマリコちゃんのためのものだったのである。マリコちゃんは「うむ」と頷いておはしを出した。

 陽の疑問はもっともで、朔は「う~ん」と唸る。「どうやろうねぇ」と言いながら掃除道具を出し、考えつつ上の空気味でほうきで床をき始めた。

「大丈夫じゃ」

 お惣菜をごくりと飲み込んだマリコちゃんがきっぱりと言う。

「わしが言った通り、甘露寺が日々励んでいる前提で、朝に赤飯を食うて行っておれば大丈夫なはずじゃ」

「それは、マリコちゃんのご加護が働くからってこと?」

「さて、それはどうじゃろうなぁ」

 マリコちゃんは楽しそうに言い、今日のお惣菜のひとつであった春きゃべつの和風マリネを口に入れて「む」と目を細めた。

「このほのかな酸っぱさが良いの」

 そんなグルメの様なことを言って、次には人参しりしりにお箸を伸ばした。

 人参しりしりの人参は、主に大阪の泉州せんしゅう地域で育まれている彩誉あやほまれというブランド人参を使った。フルーツの様に甘いと人気の人参である。なかなか北摂ほくせつ地域に流れて来ないのだが、今回はたまたま仕入れられたからと、八百屋やおやさんが持って来てくれたのだ。

 そこそこの量を包丁で千切りにするのは大変なので、双子はピーラーを使っているのだが、その時に生のまま少し食べてみた。すると想像以上に甘味を蓄えていた。卵も使うのだしと、調味の時のみりんとお砂糖を控えめにしていた。人参の甘みで充分である。

 日本酒とお醤油も使い、彩誉の甘さがぐんと引き立つ。卵がほろりと絡まって、味わいを高めるのである。

 春きゃべつの和風マリネは、太めの千切りにした春きゃべつを塩揉みしてから、お酢とオリーブオイル、お砂糖と胡椒、隠し味にお醤油を落としたマリネ液に漬け込んだ。

 ほのかな酸味の中に、しっとりしゃきしゃきの甘い春きゃべつがふんだんに香る一品である。

 ちなみに今日の卵焼きは青ねぎで、マリコちゃんには残念だったが残らなかった。

「ともあれ、明日帰って来るのじゃろ? ならここに来るのを待つが良い。わしが考えている通りなら、おもしろいことになるぞ」

 マリコちゃんはそう言ってにやりと笑った。確かに双子は吉本さんと有田さんの訪れをお待ちするしか無いわけなのだが。

「マリコちゃん、何知ってるん。教えてや~」

 陽がなげく様に言うが、マリコちゃんは「ふふん」と得意げに鼻を鳴らして陽をいなしている。言ってくれるつもりは無いのだろう。

 朔もやきもきしてしまうが、今はできるだけ早く吉本さん方が来てくださることを願うだけだった。



 それは、翌日の遅めの時間のことだった。吉本さんと有田さんが連れ立って来られたのだ。今日東北岩手から戻られるとのことだったので、まさかその日に来てくださるとは思わなかった。

「いらっしゃいませ。お疲れなんや無いですか?」

 奥の方にお座りになったおふたりに温かいおしぼりをお渡ししながら朔がお伺いすると、吉本さんは「いやぁ」と晴れ晴れとしたご様子だった。

「びっくりする様なことが次々ありまして。また他のお客さんが帰らはった時に」

「はい。楽しみにしておりますね。ご注文はどうしはります?」

「今日はちょっとお赤飯で飲みたいんで、お赤飯と惣菜だけってええですか?」

「もちろんです。今日はですねぇ、申し訳無いことに卵焼きがもう無くなってしもうたんです」

「人気ですもんね。大丈夫ですよ。ほな、あとのよっつ、ひとつずつください。有田くん、それでええ? シェアしようや」

「ええね」

 有田さんもご機嫌である。おふたりはまずは瓶ビールを1本ご注文され、互いに注ぎ合って乾杯をされた。

 卵焼き以外のお惣菜。ひとつは定番の煮浸しだ。今日はお揚げとロメインレタスである。

 シーザーサラダでおなじみのロメインレタスだが、葉が厚くしっかりしているので、火を通すお料理にも向いているのである。

 しっとりとした葉としゃきしゃきの白い軸が、お揚げがにじみ出た旨味たっぷりの煮汁に絡んでふくよかになる。

 2品目はうすいえんどうの卵とじだ。卵焼きと卵が被るのだが、卵料理はやはり人気なのである。

 春にしか出回らないうすいえんどうは、小さな身ながらも火を通すとほっくりとなる。爽やかな旨味と卵のまろやかさの相性が良いのである。

 3品目はフルーツトマトのバジルマリネである。くし切りにしたフルーツトマトを、お酢とオリーブオイル、お砂糖と乾燥バジルで作ったマリネ液に漬けた。

 お酢とトマトそれぞれの酸味の相性が良く、フルーツトマトの持つもうひとつの側面、甘さがぐっと引き立てられるのだ。そこにバジルがふぅわりと香るのである。

 4品目は山芋と貝割かいわれ大根のごま和えだ。短冊切りの山芋とざく切りにした貝割れ大根を、煮切った日本酒とお砂糖とお醤油、たっぷりのすり白ごまで和える。

 ねっとりさっくりの淡白な味の山芋に、ぴりっとほの辛い貝割れ大根がアクセントになり、香ばしいすり白ごまがまとめ上げるのである。

 吉本さんと有田さんはお惣菜とお赤飯をさかなに、緩やかにビールグラスを傾けた。



 そしてオーダーストップの時間が過ぎ、やがてお客さまは吉本さんと有田さんだけになった。

 お惣菜もお赤飯も程よく減っていて、瓶ビールはオーダーストップの時に追加をされたので、また充分量があった。

「朔さん、陽さん、お待たせしました」

 吉本さんが満を持した様におっしゃった。双子はわくわくしてしまう。一体おふたりに何があったのか。何が「大変」だったのか。

 吉本さんと有田さんは目を合わせ、頷き合った。

「皆、出ておいでー」

 すると、空いている全ての椅子にぽんっぽんっと腰を掛けて現れたのは、色とりどりの着物を身にまとった男女の幼児、総勢7名だった。

 双子は呆気に取られ、朔はぐるりと全員を見渡した。小さな子たちは皆くすくすと楽しそうに笑っている。

「この子ら、全員座敷童子なんです」

 有田さんのせりふに、双子は揃って「えー!?」と驚きの叫びを上げた。
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