あずき食堂でお祝いを

山いい奈

文字の大きさ
上 下
29 / 51
5章 ファインダの中の宝物

第3話 思いがけない障害

しおりを挟む
 写真コンテスト入賞の副賞として賞金が十数万円出るそうなのだが、丸山さんはそれをできる限り、モデルになってくれた女の子とそのお友だちに使いたいとおっしゃる。

「あの写真は俺ひとりでは撮れんかったもんです。せやからできるだけ還元したいと思って。報酬として現金も渡したいんですけど、中学生の子にあまり大金を渡すんもまずいんで、ご飯とかスイーツご馳走したり、コスメ買うてあげたりしようと思って」

 そうされたいお気持ちは判る。人物写真はモデルさんあってのものだ。だが……。朔はつい表情を陰らせてしまう。

「あの、丸山さん、差し出がましい様ですけど、現金でもご馳走でも物でも、あまりお渡しにならへん方がええんや無いかと」

 朔が遠慮がちに言うと、丸山さんは「え」と漏らし、不安げなお顔をされた。

「まずいですかね?」

「そうですね。適正価格があると思いますよ。えっと、その女の子はフリーのモデルさんってことになるんですよね? それやったらそれ相応のお金なり物なりをお渡しして、それまでにした方がええと思うんです」

「私もそう思います」

 陽も口添えしてくれる。朔と同じことを思っていてくれたのかと、朔は安心する。

「確かにモデルあっての入賞やったんやろうとは思うんですけど、相手はまだ中学生ですよね。未熟な子らです。丸山さんのお気持ちは分かるんですけど、相場以上をあげるんは、ややこしなりそうです」

「そうでしょうか……」

 丸山さんは肩を落とされてしまう。丸山さんはただ女の子たちに感謝と誠意を示したいだけなのだと思う。そのお気持ちは良く分かる。それでも女の子たちのことを考えると、やはり多くを与えてしまうのは、良く無いと思うのだ。

 朔は言葉を探りつつ、口を開く。

「そのモデルさんをされたことは、女の子にとっての初仕事みたいなもんですよね。せやから余計に、相場をお渡ししてあげることが、その女の子たちのためになると思います。それでも、ええと、フリーのモデルさんの相場ってどれぐらいになるんでしょう」

「スチールですから、2万円ぐらいです。ふたりにも2万渡そうと思ってます」

「中学生には大金ですよ。もし親御さんに見付かってしもたら、ややこしいことになるかも知れません。あ、丸山さん、親御さんにご挨拶はしはりました?」

 聞くと、丸山さんのお顔がさーっと青ざめた。

「してへん……。そうや、未成年のお嬢さんやねんから、親御さんにちゃんと挨拶せなあかんやん。すいません、俺ちょっと電話して来ます」

 丸山さんはバッグを椅子に乱暴に置き、ジャケットの内側に手を入れながら、慌ててお外に出て行った。



 丸山さんが戻って来られたのは、10分後のことだった。お疲れになってしまった様で、すっかりと憔悴されている。

「大丈夫ですか?」

 朔は丸山さんに温かいほうじ茶をお淹れした。まだご注文をされていないので、カウンタの上には何も無い。だが丸山さんはそれどころでは無い様で、「参りました」とぽつりとおっしゃった。

「モデルになってくれた子……、詩織ちゃんて言うんですけど、お母さんにばれたら怒られるから挨拶は嫌やって。それで俺も巧く説得できひんで」

「知られたら怒られるって、でもスカウトして欲しいて言わはって、エモ写真を撮って欲しがったんですよね。コンテストで入賞されたお写真も表に出るでしょうし。詩織さんスカウトされたらどうしはるおつもりなんでしょうか」

 朔の問いに、丸山さんは疲れたお顔のまま口を開く。

「スカウトされたら強行するっちゅうか、モデルになれることは保証されるんやから、親を無視してでも上京するって言うてました。俺もそれは良う無いでって言うたんですけど、大丈夫やって軽く考えてるみたいで」

 それはあまりにも行き当たりばったりである。いくら中学生だとは言え、考えが足りていない様に思えてしまう。

 丸山さんは唸ってしまわれる。どうしたら良いのか。思案されるが、なかなか考えがまとまらない様である。

「丸山さん、ほうじ茶を飲んで落ち着かれませんか? まだ温かいですよ」

 朔が言うと、丸山さんははっと目を開いて顔を上げる。

「すいません、そう言えば注文もしてませんでしたね。うわ、ほんまにすいません」

 慌てておっしゃるので、朔は「いいえ」とふわりと笑みを浮かべた。

「大丈夫ですよ。もし食欲が無い様でしたら、今度でもええんですし」

 お店に入って何も注文をしないというのは普通ならありえないことだが、美味しく召し上がっていただくのがいちばんである。もしかしたら、お赤飯を食べたら何か良い案が浮かぶかもと思ったのだが、そんな事情は言えないし、無理強いもできない。

 それにしても、丸山さん渾身の作品が入賞したという、とてもおめでたいお話だったはずなのに、こんなことになってしまうだなんて。

「いくらなんでもそういうわけには。食欲はまぁ、ちょっとは落ちましたけど、お腹空きました。今日のお惣菜は何ですか?」

「煮浸しはピーマンで、卵焼きは紅生姜です。あとは里芋の煮っころがしと、ズッキーニのきんぴら、モロヘイヤと海苔の炒め物です」

 煮浸しのピーマンは、綺麗な緑色と歯ごたえが残る様に、余熱で調理している。お揚げから出る旨味をまとって、爽やかな味わいが引き立っている。

 里芋は秋が見える今が旬になる。皮付きのまま茹でてから包丁を使わずに皮を剥いているので、可愛らしいころんとした形がそのまま生かされている。お出汁にお砂糖やみりん、日本酒にお醤油で調味した煮汁でことことと煮含ませた。ねっとりとした食感が心地よい、ほっとする味わいに仕上がっている。

 ズッキーニは斜めの輪切りにしてから太めの千切りにし、ごま油で炒めてから調味をし、仕上げにすり白ごまをまとわせた。うり科独特のほのかな癖に白ごまが合わさり、風味を上げるのである。

 モロヘイヤはざく切りにし、米油で炒めてから荒くちぎった海苔をたっぷりと加え、みりんと風味付けのお醤油で軽く調味した。海苔の風味がモロヘイヤの味わいを包み込み、さっぱりと食べやすい一品になっている。

 紅生姜の卵焼きは、艶やかな黄色の中に鮮やかな赤が映え、食べるとぴりっとした良いアクセントになる。卵の甘みと高め合うのだ。

「卵焼きと、えっと、そうやなぁ、里芋ください。それと豚の生姜焼きお願いします。ご飯は赤飯で」

「はい。お待ちくださいね」

 陽が生姜焼き作りを申し出てくれたので、朔は小鉢にお惣菜を盛り付け、お茶碗にお赤飯をよそってごま塩を振り、お椀にお味噌汁を注いだ。今日のお味噌汁の具ははしめじである。

 それらをまずはお出しする。

「お待たせしました」

「ありがとうございます」

 丸山さんはカウンタに並べられたお料理から、まずはお味噌汁をずずっとすすり、さっそくお赤飯を口に運ぶ。ゆっくりと咀嚼し、ごくりと飲み込んだその時。

「あ」

 何かを思い付いた様に、お声を漏らした。先ほどまで刻まれていた眉間のしわもすっかりと取り払われていた。

「ええこと思い付きました。巧く行ったら、いやいかんでも、また相談さしてもろうてええですか?」

「私らでお役に立てるかどうか……」

 朔が戸惑うと、陽は明るく言い放つ。

「少なくともお話を聞くだけはできますから。いつでもお気軽にどうぞ」

「ありがとうございます」

 丸山さんは安心した様に頬を和ませた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

すこやか食堂のゆかいな人々

山いい奈
ライト文芸
貧血体質で悩まされている、常盤みのり。 母親が栄養学の本を読みながらごはんを作ってくれているのを見て、みのりも興味を持った。 心を癒し、食べるもので健康になれる様な食堂を開きたい。それがみのりの目標になっていた。 短大で栄養学を学び、専門学校でお料理を学び、体調を見ながら日本料理店でのアルバイトに励み、お料理教室で技を鍛えて来た。 そしてみのりは、両親や幼なじみ、お料理教室の先生、テナントビルのオーナーの力を借りて、すこやか食堂をオープンする。 一癖も二癖もある周りの人々やお客さまに囲まれて、みのりは奮闘する。 やがて、それはみのりの家族の問題に繋がっていく。 じんわりと、だがほっこりと心暖まる物語。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

カフェひなたぼっこ

松田 詩依
キャラ文芸
 関東圏にある小さな町「日和町」  駅を降りると皆、大河川に架かる橋を渡り我が家へと帰ってゆく。そしてそんな彼らが必ず通るのが「ひより商店街」である。   日和町にデパートなくとも、ひより商店街で揃わぬ物はなし。とまで言わしめる程、多種多様な店舗が立ち並び、昼夜問わず人々で賑わっている昔ながらの商店街。  その中に、ひっそりと佇む十坪にも満たない小さな小さなカフェ「ひなたぼっこ」  店内は六つのカウンター席のみ。狭い店内には日中その名を表すように、ぽかぽかとした心地よい陽気が差し込む。  店先に置かれた小さな座布団の近くには「看板猫 虎次郎」と書かれた手作り感溢れる看板が置かれている。だが、その者が仕事を勤めているかはその日の気分次第。  「おまかせランチ」と「おまかせスイーツ」のたった二つのメニューを下げたその店を一人で営むのは--泣く子も黙る、般若のような強面を下げた男、瀬野弘太郎である。 ※2020.4.12 新装開店致しました 不定期更新※

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。 心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。 悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。 辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。 それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。 社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ! 食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて…… 神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

あやかし古民家暮らし-ゆるっとカップル、田舎で生きなおしてみる-

橘花やよい
キャラ文芸
「怖がられるから、秘密にしないと」 会社員の穂乃花は生まれつき、あやかしと呼ばれるだろう変なものを見る体質だった。そのために他人と距離を置いて暮らしていたのに、恋人である雪斗の母親に秘密を知られ、案の定怖がられてしまう。このままだと結婚できないかもと悩んでいると「気分転換に引っ越ししない?」と雪斗の誘いがかかった。引っ越し先は、恋人の祖父母が住んでいた田舎の山中。そこには賑やかご近所さんがたくさんいるようで、だんだんと田舎暮らしが気に入って――……。 これは、どこかにひっそりとあるかもしれない、ちょっとおかしくて優しい日常のお話。 エブリスタに投稿している「穂乃花さんは、おかしな隣人と戯れる。」の改稿版です。 表紙はてんぱる様のフリー素材を使用させていただきました。

処理中です...