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5章 ファインダの中の宝物
第2話 夢への道すがら
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閉店後、朔は片付けをしながら、余りのお惣菜をもりもり食べるマリコちゃんに「ねぇ」と話し掛ける。
「丸山さんがすぐに綺麗な夕日を撮らはることができたん、お赤飯のお陰やろか」
マリコちゃんは口に入れていたものをごくりと飲み下し、口を開く。
「そうじゃな。丸山は日々真面目に頑張っておる。夢も追い掛けておる。じゃから加護が届いたのじゃろうな。ああ言う若者を見ていると、柄にも無く応援したくなるものじゃ。丸山は今、意に沿わぬ被写体を撮らされておるのじゃろう?」
「そんなに嫌々やってるわけや無いと思うけどなぁ」
陽が苦笑すると、マリコちゃんは「そうかの?」ときょとんと首を傾げる。
「そりゃあ食べてくために、お金を稼げる仕事は必要やろ。けど人とかものを撮るんが嫌なんやったら、他の仕事かてあんねん。やのに丸山さんはそういう撮影をしてる。せやから嫌なわけや無いと思うで」
「なるほどの。うむ、やりたいことのために、時には嫌なことをすることもあるもんじゃろうと思っておったが、丸山はそうでは無いのじゃな」
「そりゃあそういうこともあるとは思うで。でもそれは人間誰しもにあることやからさ。好きで、とまでは言わへんかも知れんけど、大丈夫やと思う」
「そうか。ま、丸山が納得しておるならそれで良い」
「うん」
「ほんまに、丸山さんの夢が叶うとええね」
「そうじゃのう」
マリコちゃんはしみじみと言い、春きゃべつとお豆腐の卵とじを口に運んで「きゃべつが甘くて良いのう」と笑顔になった。
それから数ヶ月、その間も丸山さんは「あずき食堂」でお赤飯を食べて、英気を養いながらお仕事に背景写真にと励んでおられる様子だった。
出張撮影のお話や世間話などをしながら、丸山さんはいつも嬉しそうにお食事をされていた。
だから朔も陽も、そしてマリコちゃんも、丸山さんの心境の変化に気付かなかった。
酷暑が過ぎようとしていた。だが残暑は色濃く、まだ暑さは人々を翻弄する。早朝や夜には少しばかり過ごしやすくなって来ただろうか。
そんな日に訪れた丸山さんは息を荒くされ、頬がほんのりと染まっていた。暑さのせいかと思ったが、明らかに興奮している様だった。双子は驚いて目を見張った。
「こ、こんばんは!」
声も弾んでいる。丸山さんは自らを落ち着かせる様に「はぁっ」と息を吐いてようやく椅子に掛けた。そしてご注文もそこそこに意気込んで口を開いた。
「あ、あのっ、写真コンテストに入賞したんです!」
朔と陽は一瞬ぽかんとし、次にはぱぁっと破顔した。
「凄いですね! おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
我が事の様にでは無いが、この吉報は本当に喜ばしいことだった。なかなか芽が出ず、それでも地道に頑張り続けられた結果だ。ようやく花開いたのだ。
「ありがとうございます」
丸山さんは照れて頭を掻いた。周りのお客さま、ご常連からも「おめでとう!」と声があがり、丸山さんは方々に頭を下げられる。
「どんなお写真を出さはったんですか? 風景写真ですよね?」
朔が聞くと、丸山さんは「それなんですが」と膝に置いたバッグからタブレットを出す。すっすっと操作をして、画面を朔と陽に差し出した。ふたりが並んで覗き込むと。
「……笑顔の、女の子ですか?」
予想外のものが映されていて、朔は問う様な声を上げる。丸山さんは風景写真専門の写真家さんになりたいと励んでおられたはずだ。
だがそこにあったのは、青空を背景にした満面の笑みの笑顔の少女だった。まだあどけなさが残る、セミロングの黒髪が綺麗な可愛らしい少女である。
「一般の中学生の女の子なんですけどね」
丸山さんははにかみながら口を開く。
「春に出会うた女の子なんです。その子はお友だちと出張撮影を頼んではって、俺が行ったんですけど、SNSに載せるエモい写真を撮って欲しいて言いましてね。なんやモデルになりたい言うて、スカウトして欲しいて載せたい言うて。大阪にもモデル事務所はあって、スチールの仕事もショーの仕事もあります。でもその子はファッション雑誌に載る様なモデルになりたい言いましてね」
「それは壮大な夢ですねぇ」
朔が感心した様に言うと、丸山さんは「そうですね」と頷く。
「ああいうところのモデルになるには、雑誌で募集してるオーディションを受けるんが早道です。でも未成年やから親の許可がいるでしょ。この女の子は親御さんに反対されてしもうて、応募することもあかんて言われたんですって」
「それは……、厳しいですねぇ」
朔は眦を下げるが、親御さんのお気持ちも分かってしまう。モデルという肩書きを手に入れても、生活の安定が望めるわけでは無い。昨今は多くのモデルさんがバラエティやドラマで幅広く活躍をしている。だがきっとそういう人は一握りなのだ。
可愛く、スタイルが良く、華もあり、だが同世代の女性に親しみやすく、まずは雑誌で人気が出たとする。そしてそういうシーンに羽ばたいて行ったら、今度は話の面白さや機転、老若男女の好感度が必要になる。
ショーに出られる様なモデルさんならまた条件は違って来るのだろうが、朔が時折テレビなどで見る女の子のモデルさんたちは、皆さんそうして今の地位を保たれているのである。それがいかに難しいことか。
浮き沈みの激しい芸能界で生き残るためには、きっと並大抵の努力では足りないのだ。向き不向きだってあるだろう。
この歳若い女の子がどこまで考えておられるのかは判らない。親御さんもきっと娘さんの夢を応援したいと思っておられる。だが苦労をさせたくないとも思っておられるのだと思う。
不景気が続く中、会社勤めが安泰とは言い切れない。それでも生活が安定していれば、ひとまずは親御さんとしては安心であろう。
「いろいろと話をしてるうちに、ものは違えど夢を追ってるって共通してるもんがあって、感情移入してしもたんでしょうね。コンテスト用のモデルに誘うてみたんです。もちろん入賞する保証なんてあれへんし、もし入賞できたとしても、その女の子にスカウトとか、モデルの道が開かれるか判らへん、でも何もせんかったら何にもならへんて言うて。そしたら女の子も乗り気になってくれて」
「もうひとり女の子おったんですよね。その子はどないしはったんです?」
陽が聞いたことは朔も気になっていたことである。その子もモデルさん希望だったら。
「ああ、もうひとりの子はその子の付き合いやってことで。せやので大丈夫やったんです。で、さすがに中学生の女の子が外や言うても、大人の男とふたりやっちゅうのもあかんので、もうひとりの子にも付き合うてもろて、撮影したんです。それでたくさん撮った中から3人で選んで、これやっちゅうのを応募したんです」
「それがさっきの入賞したお写真なんですね?」
「そうです。もうほんま、大事なんは愛や情やなってしみじみ思いました」
丸山さんは照れた様に頭を掻かれた。
そうか。これは素人考えなのかも知れないが、被写体が何であれ、相対するものへの愛や情が必要なのだ。良い写真を撮りたい、綺麗に撮りたいという欲や情熱も大事なのだろうが、撮るものを慈しめなければ、きっと良い写真は撮れないのだ。
それはもしかしたら、双子が「あずき食堂」を経営することに通じるのかも知れない。きっかけはマリコちゃんの希望であったが、お料理に触れるうちに、ふたりとも作ることが好きになり、美味しいものを提供したいと思う様になり、食べていただいた時のその人の幸せを願う様になった。
食材を、お料理の工程を、お客さまを、大事に思っていなければ、きっと成立しないのだ。
「分かります」
朔が言って微笑むと、丸山さんはほっとした様に目尻を細められた。
「丸山さんがすぐに綺麗な夕日を撮らはることができたん、お赤飯のお陰やろか」
マリコちゃんは口に入れていたものをごくりと飲み下し、口を開く。
「そうじゃな。丸山は日々真面目に頑張っておる。夢も追い掛けておる。じゃから加護が届いたのじゃろうな。ああ言う若者を見ていると、柄にも無く応援したくなるものじゃ。丸山は今、意に沿わぬ被写体を撮らされておるのじゃろう?」
「そんなに嫌々やってるわけや無いと思うけどなぁ」
陽が苦笑すると、マリコちゃんは「そうかの?」ときょとんと首を傾げる。
「そりゃあ食べてくために、お金を稼げる仕事は必要やろ。けど人とかものを撮るんが嫌なんやったら、他の仕事かてあんねん。やのに丸山さんはそういう撮影をしてる。せやから嫌なわけや無いと思うで」
「なるほどの。うむ、やりたいことのために、時には嫌なことをすることもあるもんじゃろうと思っておったが、丸山はそうでは無いのじゃな」
「そりゃあそういうこともあるとは思うで。でもそれは人間誰しもにあることやからさ。好きで、とまでは言わへんかも知れんけど、大丈夫やと思う」
「そうか。ま、丸山が納得しておるならそれで良い」
「うん」
「ほんまに、丸山さんの夢が叶うとええね」
「そうじゃのう」
マリコちゃんはしみじみと言い、春きゃべつとお豆腐の卵とじを口に運んで「きゃべつが甘くて良いのう」と笑顔になった。
それから数ヶ月、その間も丸山さんは「あずき食堂」でお赤飯を食べて、英気を養いながらお仕事に背景写真にと励んでおられる様子だった。
出張撮影のお話や世間話などをしながら、丸山さんはいつも嬉しそうにお食事をされていた。
だから朔も陽も、そしてマリコちゃんも、丸山さんの心境の変化に気付かなかった。
酷暑が過ぎようとしていた。だが残暑は色濃く、まだ暑さは人々を翻弄する。早朝や夜には少しばかり過ごしやすくなって来ただろうか。
そんな日に訪れた丸山さんは息を荒くされ、頬がほんのりと染まっていた。暑さのせいかと思ったが、明らかに興奮している様だった。双子は驚いて目を見張った。
「こ、こんばんは!」
声も弾んでいる。丸山さんは自らを落ち着かせる様に「はぁっ」と息を吐いてようやく椅子に掛けた。そしてご注文もそこそこに意気込んで口を開いた。
「あ、あのっ、写真コンテストに入賞したんです!」
朔と陽は一瞬ぽかんとし、次にはぱぁっと破顔した。
「凄いですね! おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
我が事の様にでは無いが、この吉報は本当に喜ばしいことだった。なかなか芽が出ず、それでも地道に頑張り続けられた結果だ。ようやく花開いたのだ。
「ありがとうございます」
丸山さんは照れて頭を掻いた。周りのお客さま、ご常連からも「おめでとう!」と声があがり、丸山さんは方々に頭を下げられる。
「どんなお写真を出さはったんですか? 風景写真ですよね?」
朔が聞くと、丸山さんは「それなんですが」と膝に置いたバッグからタブレットを出す。すっすっと操作をして、画面を朔と陽に差し出した。ふたりが並んで覗き込むと。
「……笑顔の、女の子ですか?」
予想外のものが映されていて、朔は問う様な声を上げる。丸山さんは風景写真専門の写真家さんになりたいと励んでおられたはずだ。
だがそこにあったのは、青空を背景にした満面の笑みの笑顔の少女だった。まだあどけなさが残る、セミロングの黒髪が綺麗な可愛らしい少女である。
「一般の中学生の女の子なんですけどね」
丸山さんははにかみながら口を開く。
「春に出会うた女の子なんです。その子はお友だちと出張撮影を頼んではって、俺が行ったんですけど、SNSに載せるエモい写真を撮って欲しいて言いましてね。なんやモデルになりたい言うて、スカウトして欲しいて載せたい言うて。大阪にもモデル事務所はあって、スチールの仕事もショーの仕事もあります。でもその子はファッション雑誌に載る様なモデルになりたい言いましてね」
「それは壮大な夢ですねぇ」
朔が感心した様に言うと、丸山さんは「そうですね」と頷く。
「ああいうところのモデルになるには、雑誌で募集してるオーディションを受けるんが早道です。でも未成年やから親の許可がいるでしょ。この女の子は親御さんに反対されてしもうて、応募することもあかんて言われたんですって」
「それは……、厳しいですねぇ」
朔は眦を下げるが、親御さんのお気持ちも分かってしまう。モデルという肩書きを手に入れても、生活の安定が望めるわけでは無い。昨今は多くのモデルさんがバラエティやドラマで幅広く活躍をしている。だがきっとそういう人は一握りなのだ。
可愛く、スタイルが良く、華もあり、だが同世代の女性に親しみやすく、まずは雑誌で人気が出たとする。そしてそういうシーンに羽ばたいて行ったら、今度は話の面白さや機転、老若男女の好感度が必要になる。
ショーに出られる様なモデルさんならまた条件は違って来るのだろうが、朔が時折テレビなどで見る女の子のモデルさんたちは、皆さんそうして今の地位を保たれているのである。それがいかに難しいことか。
浮き沈みの激しい芸能界で生き残るためには、きっと並大抵の努力では足りないのだ。向き不向きだってあるだろう。
この歳若い女の子がどこまで考えておられるのかは判らない。親御さんもきっと娘さんの夢を応援したいと思っておられる。だが苦労をさせたくないとも思っておられるのだと思う。
不景気が続く中、会社勤めが安泰とは言い切れない。それでも生活が安定していれば、ひとまずは親御さんとしては安心であろう。
「いろいろと話をしてるうちに、ものは違えど夢を追ってるって共通してるもんがあって、感情移入してしもたんでしょうね。コンテスト用のモデルに誘うてみたんです。もちろん入賞する保証なんてあれへんし、もし入賞できたとしても、その女の子にスカウトとか、モデルの道が開かれるか判らへん、でも何もせんかったら何にもならへんて言うて。そしたら女の子も乗り気になってくれて」
「もうひとり女の子おったんですよね。その子はどないしはったんです?」
陽が聞いたことは朔も気になっていたことである。その子もモデルさん希望だったら。
「ああ、もうひとりの子はその子の付き合いやってことで。せやので大丈夫やったんです。で、さすがに中学生の女の子が外や言うても、大人の男とふたりやっちゅうのもあかんので、もうひとりの子にも付き合うてもろて、撮影したんです。それでたくさん撮った中から3人で選んで、これやっちゅうのを応募したんです」
「それがさっきの入賞したお写真なんですね?」
「そうです。もうほんま、大事なんは愛や情やなってしみじみ思いました」
丸山さんは照れた様に頭を掻かれた。
そうか。これは素人考えなのかも知れないが、被写体が何であれ、相対するものへの愛や情が必要なのだ。良い写真を撮りたい、綺麗に撮りたいという欲や情熱も大事なのだろうが、撮るものを慈しめなければ、きっと良い写真は撮れないのだ。
それはもしかしたら、双子が「あずき食堂」を経営することに通じるのかも知れない。きっかけはマリコちゃんの希望であったが、お料理に触れるうちに、ふたりとも作ることが好きになり、美味しいものを提供したいと思う様になり、食べていただいた時のその人の幸せを願う様になった。
食材を、お料理の工程を、お客さまを、大事に思っていなければ、きっと成立しないのだ。
「分かります」
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