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4章 ミステリアスレディの中身
第11話 悪霊の成り立ち
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包みに置かれたお赤飯のおにぎりは、みるみるとマリコちゃんの中に消えて行く。マリコちゃんは妖怪だからか食べられる量の上限は無いのだが、なかなかの食べっぷりである。
マリコちゃんが見えていない伊集さんから見て、減って行くおにぎりがどう映っているのかが気になったが、話の本筋では無いので朔は黙っていた。
マリコちゃんが伊集さんに好奇心に満ちた目を向ける中、伊集さんは「では」と仕切り直す。
「まず、背景をお話いたします。悪霊となってしまったのは、ご依頼のあった兵動さんの娘さん、憑かれてしまったお嬢さんのクラスメイトでした」
「まさか、お友だちやったんですか?」
朔の問いに、伊集さんは「いいえ」と痛ましげに首を振る。
「いじめがあったのです。兵動さんの娘さんが、悪霊となってしまったお嬢さんに危害を加えていたのです」
朔は、そして陽も吉本さんも息を飲んだ。マリコちゃんも顔をしかめる。
「そんな、ほな悪霊になってしもうた女の子はもしかして」
陽が呆然として言うと、伊集さんは重々しく頷いた。
「お察しの通り、自殺されたのですわ。いじめを苦に、そして兵動さんのお嬢さんを恨んで」
控え室の空気が一気に重くなった。心霊方面に明るく無い朔には、その世界の仕組みは分からない。だが悪霊になってしまい、人を呪うということは、それなりの理由があるのだろうなとは思っていた。元は人間なのだから。
時代が移り変わっても、人の悪意は変わらない。双子が幼いころから、いや、生まれる前からいじめというものは存在して、人々を苦しめて来た。自殺に至ってしまうということは、よほど酷い目に遭ったのだろう。恨みを抱いて死を選んでしまった結果は、想像するだけで胸が痛む。
「除霊や浄霊のやり方は人それぞれなのですが、私は少しでも魂が救われる様に尽力します。成仏する様に働きかけ、対話をするのです。悪霊になってしまったお嬢さんは、49日を迎えたら閻魔さまの沙汰を受け、きっと天国に行けるでしょう」
「天国地獄ってほんまにあるんですか?」
「ありますわよ。悪霊のお嬢さんも生前は清廉潔白ではありません。そんな人はそもそも存在しないのです。ですがいじめで被害に遭われたことで帳消しになっているはずです。悪霊のままでしたら自力での成仏はできませんし、この世で苦しみ続けるだけです。ですので、私はお嬢さんにもう呪う必要は無いと語りかけました。いじめをした娘さんには必ず報いがあると」
伊集さんは言葉を切ると、すぅと小さく息を吸い込んだ。そしてまた、静かに口を開く。
「私は、いじめをした未成年の人権が全面的に守られるべきという、今の風潮を良く思ってはいないのです。いじめだなんて軽い言葉で片付けられてしまいますが、これは犯罪だと私は捉えています。傷害事件です。兵動さんの娘さんは人を殺したことと同義だと私は思っています。そして魂に関わるこの世界でも、そう考えられています。直接手を下していなくても、精神的に追い詰めたことは事実なのですから」
冷酷とも言える伊集さんのせりふに、朔はごくりと喉を鳴らす。だがそれは朔も思っていたことだ。いじめで相手を死に追い込んでおいて、守られるのはおかしいのでは無いのかと。
それが法律だと言ってしまえばそれまでかも知れない。いじめに関わらず未成年であれば「未来がある」と実名報道もされないし、人権も保護される。
だがそんなのはご本人やご遺族にとってはたまったものでは無い。未来は被害者にだってあるのだから。
「報いがある、そう言わはりましたね」
吉本さんの神妙なせりふに、伊集さんは「ええ」と口角を上げた。冷たい氷の様な、だが美しい笑顔だった。朔はぞくりとしてしまう。
「直接的でも間接的でも、人殺しは人殺しです。魂への関与、それをした人は、魂に「しみ」ができるのです。それはどれだけ善行を行おうが消え去らないものなのです。きっと兵動さんの娘さんは、何かある度に影を落とすでしょう。身近なところでは高校受験でしょうか。確かまだ中学生だったはずですから」
高校に関わらず大学受験もあるし、就職活動、結婚、女性なら出産と、様々な節目がある。夢を持つことだってあるだろう。兵動さんの娘さんはそうした時につまずくのだ。
被害者のご遺族にそれで溜飲を下げろとは言えない。ご遺族にとってそれはちっぽけなものだ。生命と天秤には掛けられないだろう。ただ少しでも救いがあることを願うだけである。
「除霊そのものはどうだったんじゃ。わしはほとんど見れんかった」
陽がマリコちゃんの要望を言うと、伊集さんは「はい」と小さく頷かれる。
「お清めのお塩で結界を作り、朔さんとマリコさんにはそこに入っていただきましたね。そして影響が及ばない様にも働きかけておりました。それに加え、兵動さんの娘さんの周りにも結界を張りました。悪霊を外に出さないためです。そうして私は、抵抗しようとする悪霊に攻撃を加えました。弱らせて正気に戻さなければ対話もできませんから」
伊集さんは包みの上にふたつ残されていたお赤飯のおにぎりを手にし、ふっと表情を和らげた。マリコちゃんはおにぎりを食べる手を止めて、伊集さんの話を真剣に聞いていた。
「朝にこちらのお赤飯をいただいていたこともあって、昨日は私の力が上回りました。それでどうにか鎮めることができたのです。成仏すれば、悪霊の時よりもずっと良い状態になれますから」
伊集さんは一旦言葉を切り、ふぅと小さく息を吐かれた。
「あの悪霊は本当に強力でした。恨みの念が大きかったのです。自殺をした人は、一部例外もありますが、基本自然に成仏はできません。自殺の原因に囚われて、それに執着してしまうのです。あの悪霊は自分をいじめた兵動さんの娘さんを呪い殺す勢いでした」
「そんなに強かったんですか?」
朔が恐々と聞く。そんな強大な悪霊のすぐ近くにいただなんて。あらためて思い起こすと恐ろしい話である。
「ええ。ですが今回は勝算がありました。前回で少しは弱らすことができていたこと、そして「あずき食堂」のお赤飯をいただけていたこと。私もそれが無ければさすがにご同行を受け入れることは難しかったですわ。でもマリコさんのことは完全に計算外でした。私の知識不足でした。本当に申し訳無いことをしました」
伊集さんは目を伏せる。まだ気に病んでおられるのだろうか。朔がマリコちゃんを見ると、マリコちゃんが「わしはもう平気じゃ」とけろりとした顔で言ったので、伊集さんにお伝えする。
「本当に、そう言っていただけてありがたいですわ。お陰さまで悪霊は落ち着かれ、成仏されました。あとは兵動さんの娘さんの体力が戻れば大丈夫です」
「あの、兵動さんのご両親に、その、娘さんがいじめをやっとったこととかは」
「もちろん、包み隠さずお伝えしております」
朔の問いに、伊集さんはきっぱりと応えられた。
「ご両親は原因を知りたがっておられましたしね。かなりショックを受けられた様ですが、娘さんの幼稚さと浅はかさが撒いた種です。ご家族で話し合えば良いかと思いますよ」
伊集さんは悪霊になってしまった女の子に肩入れをしているわけでは無いが、どうも兵動さんのお娘さんに辛辣な様な気がする。朔もいじめはいけないことだと重々承知しているが、もしかしたら過去に何かあったのだろうか。それか正義感が強いだけなのかも知れない。
「悪霊となってしもうた女の子は、弱かったのかも知れんな」
マリコちゃんがぽつりと言う。その顔は悲しみに滲んでいた。
「弱いことは悪いことでは無い。人間は千差万別じゃ。精神的に強い者も弱い者もおる。そこに善悪は無い。じゃが、やはり死を選んでしまうことは、わしは悪いことじゃと思ってしまう。そうせざるを得ん事情かてあるじゃろう。もし、もし悪霊になってしもうた女の子が「あずき食堂」の赤飯を食うていれば、少しでも助けになったんじゃろうか」
「あずき食堂」のお赤飯は、当たり前だがお店に来られて、注文された方だけに振舞われるものである。まだ中学生なら、親御さん同伴でも無ければ2駅離れたお店に来ることは難しかっただろう。
誰をも助けたり幸せにすることはできない。そんなことはマリコちゃんも解っている。それでもこんな身近に救いを求めている子がいたという事実はマリコちゃんに衝撃を与えた。もどかしい、悔しい、そんな思いが伝わる。
朔はマリコちゃんをそっと抱き寄せ、陽はマリコちゃんのさらさらの頭を優しく撫でた。吉本さんは伊集さんにマリコちゃんの言葉を伝え、伊集さんは辛そうに目を伏せた。
「マリコさん、酷なことを言いますが、確かに自殺は良く無いことです。ですが、それがあの悪霊となってしまったお嬢さんの天命だったのです。そういう宿命だったのです。確かに「あずき食堂」のお赤飯に出会っていたら、何かが変わっていたかも知れません。ですがそれも含めて宿命なのです。ですからマリコさん、どうか悲しまないでください」
「……うむ」
マリコちゃんは納得できたのかいないのか、それでも朔の腕の中で小さく頷いた。
マリコちゃんが見えていない伊集さんから見て、減って行くおにぎりがどう映っているのかが気になったが、話の本筋では無いので朔は黙っていた。
マリコちゃんが伊集さんに好奇心に満ちた目を向ける中、伊集さんは「では」と仕切り直す。
「まず、背景をお話いたします。悪霊となってしまったのは、ご依頼のあった兵動さんの娘さん、憑かれてしまったお嬢さんのクラスメイトでした」
「まさか、お友だちやったんですか?」
朔の問いに、伊集さんは「いいえ」と痛ましげに首を振る。
「いじめがあったのです。兵動さんの娘さんが、悪霊となってしまったお嬢さんに危害を加えていたのです」
朔は、そして陽も吉本さんも息を飲んだ。マリコちゃんも顔をしかめる。
「そんな、ほな悪霊になってしもうた女の子はもしかして」
陽が呆然として言うと、伊集さんは重々しく頷いた。
「お察しの通り、自殺されたのですわ。いじめを苦に、そして兵動さんのお嬢さんを恨んで」
控え室の空気が一気に重くなった。心霊方面に明るく無い朔には、その世界の仕組みは分からない。だが悪霊になってしまい、人を呪うということは、それなりの理由があるのだろうなとは思っていた。元は人間なのだから。
時代が移り変わっても、人の悪意は変わらない。双子が幼いころから、いや、生まれる前からいじめというものは存在して、人々を苦しめて来た。自殺に至ってしまうということは、よほど酷い目に遭ったのだろう。恨みを抱いて死を選んでしまった結果は、想像するだけで胸が痛む。
「除霊や浄霊のやり方は人それぞれなのですが、私は少しでも魂が救われる様に尽力します。成仏する様に働きかけ、対話をするのです。悪霊になってしまったお嬢さんは、49日を迎えたら閻魔さまの沙汰を受け、きっと天国に行けるでしょう」
「天国地獄ってほんまにあるんですか?」
「ありますわよ。悪霊のお嬢さんも生前は清廉潔白ではありません。そんな人はそもそも存在しないのです。ですがいじめで被害に遭われたことで帳消しになっているはずです。悪霊のままでしたら自力での成仏はできませんし、この世で苦しみ続けるだけです。ですので、私はお嬢さんにもう呪う必要は無いと語りかけました。いじめをした娘さんには必ず報いがあると」
伊集さんは言葉を切ると、すぅと小さく息を吸い込んだ。そしてまた、静かに口を開く。
「私は、いじめをした未成年の人権が全面的に守られるべきという、今の風潮を良く思ってはいないのです。いじめだなんて軽い言葉で片付けられてしまいますが、これは犯罪だと私は捉えています。傷害事件です。兵動さんの娘さんは人を殺したことと同義だと私は思っています。そして魂に関わるこの世界でも、そう考えられています。直接手を下していなくても、精神的に追い詰めたことは事実なのですから」
冷酷とも言える伊集さんのせりふに、朔はごくりと喉を鳴らす。だがそれは朔も思っていたことだ。いじめで相手を死に追い込んでおいて、守られるのはおかしいのでは無いのかと。
それが法律だと言ってしまえばそれまでかも知れない。いじめに関わらず未成年であれば「未来がある」と実名報道もされないし、人権も保護される。
だがそんなのはご本人やご遺族にとってはたまったものでは無い。未来は被害者にだってあるのだから。
「報いがある、そう言わはりましたね」
吉本さんの神妙なせりふに、伊集さんは「ええ」と口角を上げた。冷たい氷の様な、だが美しい笑顔だった。朔はぞくりとしてしまう。
「直接的でも間接的でも、人殺しは人殺しです。魂への関与、それをした人は、魂に「しみ」ができるのです。それはどれだけ善行を行おうが消え去らないものなのです。きっと兵動さんの娘さんは、何かある度に影を落とすでしょう。身近なところでは高校受験でしょうか。確かまだ中学生だったはずですから」
高校に関わらず大学受験もあるし、就職活動、結婚、女性なら出産と、様々な節目がある。夢を持つことだってあるだろう。兵動さんの娘さんはそうした時につまずくのだ。
被害者のご遺族にそれで溜飲を下げろとは言えない。ご遺族にとってそれはちっぽけなものだ。生命と天秤には掛けられないだろう。ただ少しでも救いがあることを願うだけである。
「除霊そのものはどうだったんじゃ。わしはほとんど見れんかった」
陽がマリコちゃんの要望を言うと、伊集さんは「はい」と小さく頷かれる。
「お清めのお塩で結界を作り、朔さんとマリコさんにはそこに入っていただきましたね。そして影響が及ばない様にも働きかけておりました。それに加え、兵動さんの娘さんの周りにも結界を張りました。悪霊を外に出さないためです。そうして私は、抵抗しようとする悪霊に攻撃を加えました。弱らせて正気に戻さなければ対話もできませんから」
伊集さんは包みの上にふたつ残されていたお赤飯のおにぎりを手にし、ふっと表情を和らげた。マリコちゃんはおにぎりを食べる手を止めて、伊集さんの話を真剣に聞いていた。
「朝にこちらのお赤飯をいただいていたこともあって、昨日は私の力が上回りました。それでどうにか鎮めることができたのです。成仏すれば、悪霊の時よりもずっと良い状態になれますから」
伊集さんは一旦言葉を切り、ふぅと小さく息を吐かれた。
「あの悪霊は本当に強力でした。恨みの念が大きかったのです。自殺をした人は、一部例外もありますが、基本自然に成仏はできません。自殺の原因に囚われて、それに執着してしまうのです。あの悪霊は自分をいじめた兵動さんの娘さんを呪い殺す勢いでした」
「そんなに強かったんですか?」
朔が恐々と聞く。そんな強大な悪霊のすぐ近くにいただなんて。あらためて思い起こすと恐ろしい話である。
「ええ。ですが今回は勝算がありました。前回で少しは弱らすことができていたこと、そして「あずき食堂」のお赤飯をいただけていたこと。私もそれが無ければさすがにご同行を受け入れることは難しかったですわ。でもマリコさんのことは完全に計算外でした。私の知識不足でした。本当に申し訳無いことをしました」
伊集さんは目を伏せる。まだ気に病んでおられるのだろうか。朔がマリコちゃんを見ると、マリコちゃんが「わしはもう平気じゃ」とけろりとした顔で言ったので、伊集さんにお伝えする。
「本当に、そう言っていただけてありがたいですわ。お陰さまで悪霊は落ち着かれ、成仏されました。あとは兵動さんの娘さんの体力が戻れば大丈夫です」
「あの、兵動さんのご両親に、その、娘さんがいじめをやっとったこととかは」
「もちろん、包み隠さずお伝えしております」
朔の問いに、伊集さんはきっぱりと応えられた。
「ご両親は原因を知りたがっておられましたしね。かなりショックを受けられた様ですが、娘さんの幼稚さと浅はかさが撒いた種です。ご家族で話し合えば良いかと思いますよ」
伊集さんは悪霊になってしまった女の子に肩入れをしているわけでは無いが、どうも兵動さんのお娘さんに辛辣な様な気がする。朔もいじめはいけないことだと重々承知しているが、もしかしたら過去に何かあったのだろうか。それか正義感が強いだけなのかも知れない。
「悪霊となってしもうた女の子は、弱かったのかも知れんな」
マリコちゃんがぽつりと言う。その顔は悲しみに滲んでいた。
「弱いことは悪いことでは無い。人間は千差万別じゃ。精神的に強い者も弱い者もおる。そこに善悪は無い。じゃが、やはり死を選んでしまうことは、わしは悪いことじゃと思ってしまう。そうせざるを得ん事情かてあるじゃろう。もし、もし悪霊になってしもうた女の子が「あずき食堂」の赤飯を食うていれば、少しでも助けになったんじゃろうか」
「あずき食堂」のお赤飯は、当たり前だがお店に来られて、注文された方だけに振舞われるものである。まだ中学生なら、親御さん同伴でも無ければ2駅離れたお店に来ることは難しかっただろう。
誰をも助けたり幸せにすることはできない。そんなことはマリコちゃんも解っている。それでもこんな身近に救いを求めている子がいたという事実はマリコちゃんに衝撃を与えた。もどかしい、悔しい、そんな思いが伝わる。
朔はマリコちゃんをそっと抱き寄せ、陽はマリコちゃんのさらさらの頭を優しく撫でた。吉本さんは伊集さんにマリコちゃんの言葉を伝え、伊集さんは辛そうに目を伏せた。
「マリコさん、酷なことを言いますが、確かに自殺は良く無いことです。ですが、それがあの悪霊となってしまったお嬢さんの天命だったのです。そういう宿命だったのです。確かに「あずき食堂」のお赤飯に出会っていたら、何かが変わっていたかも知れません。ですがそれも含めて宿命なのです。ですからマリコさん、どうか悲しまないでください」
「……うむ」
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