あずき食堂でお祝いを

山いい奈

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4章 ミステリアスレディの中身

第6話 浄霊に向けて

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 さくとマリコちゃん、伊集いしゅうさんとの待ち合わせは、朝の9時35分、阪急はんきゅう電車宝塚たからづか曽根そね駅の改札前だった。9時39分の大阪梅田うめだ行きに乗車予定である。目的の庄内しょうない駅までは2駅。5分も掛からない。

 曽根駅が高架に上がって久しい。これと言って特徴の無いシンプルな造りの駅である。曽根は住宅街で、ラッシュ時以外の乗降者数もそう多く無い。混雑も少なくて利用しやすい駅と言えた。

 朔が9時半に曽根駅に着くと、すでに伊集さんは来られて待っていてくださった。伊集さんはやはり全身真っ黒の装束だった。

「お待たせしてしまって申し訳ありません」

「いいえ、私も来たところです。電車の時間まで少し時間がありますね。待合室で待ちましょうか」

「はい」

 朔と伊集さんは交通系ICカードを使って改札を通る。阪急電車は阪神はんしん電車と共通のスタシアピタパというICカードを発行している。料金は後日、銀行口座からの引き落としだ。

 曽根に住まい、曽根で「あずき食堂」を営んでいる朔は、電車に乗る機会は多く無い。だがこの手のカードはやはり便利である。今はもう券売機で切符を買うことも無くなった。これ1枚あればほとんどの鉄道会社で使えるからである。

 エスカレータでホームに上がり、下り寄りにある細長いガラス張りの待合室に入る。ベンチがあり、冷暖房完備で快適である。今は春先で少し肌寒いからか、暖房が効いていた。他の利用客はいなかったので、ゆったりとベンチを使わせてもらう。

 阪急電車宝塚線は急行電車と、各駅停車の普通電車の2種類が走っていて、急行電車の普通電車の追い越しをこの曽根駅でも行なっている。そのため上り下りとも線路が2本ずつある。曽根駅は普通電車だけが止まる。朔たちが39分発の電車を待っている間も、急行電車が通過して行った。

「朔さん、マリコさんもご一緒なんですよね?」

「はい。分かりますか?」

 マリコちゃんは今姿を現しているので、朔には見えている。朔の横のベンチにちょこんと掛けていた。なので伊集さんが感じる気配も濃いはずだ。マリコちゃんは見た目が幼女なので、床に足は着いていない。下駄を履いた小さな足をぶらぶらさせている。

「ええ。こうしておふたりに浄霊をご覧いただくのは少し緊張してしまいますわね。でも今日は一昨日の様な愚は犯しません。朝ごはんに「あずき食堂」さんのお赤飯もたっぷりといただきましたから」

 昨日伊集さんが申し出られたお赤飯のお持ち帰り。今日の朝ごはんにしたいと言うことだった。「あずき食堂」のお赤飯にご加護があることをご存知の伊集さんは、力を底上げするために念には念を入れられたのだ。

「除霊や浄霊は、同席する方にも少なからず危険があるものなのです。なので私たち術者はその方々を護らなければなりません。ですがお赤飯のお陰で力がみなぎっています。依頼者を助け、あなた方を必ずお護りいたします」

「お手間を増やしてしまって、申し訳ありません」

 朔が申し訳無さげに頭を下げると、伊集さんは「いいえ」と柔らかな笑みを浮かべる。

「全然構いません。ただ危険があることを知っておいていただきたいんです。あまりこういう言い方はしたくないのですけども、現場では必ず私の言うことを聞いていただきたいのです」

「もちろんです」

 朔が真剣に頷くと、マリコちゃんも「うむ」と表情を引き締める。

「マリコちゃんも分かったと言っています」

「よろしくお願いしますわね」

 その時、お目当ての電車が来るアナウンスが流れた。

「そろそろですわね。行きましょう」

「はい」

 朔と伊集さんは立ち上がり、マリコちゃんはひらりと床に降り立った。



 庄内駅に着き、朔とマリコちゃんは伊集さんの案内で道を辿る。庄内駅は高架にはなっておらず、踏切も現役である。駅の近くには豊南ほうなん市場があり、近くの飲食店の方が仕入れに訪れたりもする。もちろん普通の買い物もできる。

 最寄りには大阪音楽大学もあり、楽器を手にしている若者もちらほらと見掛けた。

 庄内駅から5分ほど歩いて到着したのはマンションの一室。階数も高く、ファミリー向けの規模だった。オートロックだったので、伊集さんがインターフォンで部屋番号と思しき数字を押した。

 短いやりとりがあり、間も無く自動ドアが開いた。

「行きましょう」

 伊集さんが先に入り、朔とマリコちゃんも続いた。

「朔、わくわくするな」

 軽やかな足取りのマリコちゃんが、楽しそうに言う。朔は「うーん」と浮かない返事をする。

「楽しみって言うんも、なんか失礼な気がするんよねぇ。伊集さんの大事なお仕事やねんから」

「それはそうじゃがな」

 朔とマリコちゃんがひそひそとそんな話をしていると、伊集さんが「あら?」と振り返る。

「何かありましたか?」

「あ、いえ、何でもありません」

 朔はあわてて首を振った。

 今日、朔がここに来ることになったのは、ようが辞退したからだった。陽は心霊やオカルトが好きである。だから絶対に来たがると思ったのだが。

「私が行くと興奮して邪魔になるかも知れへん。朔の方が冷静でおれるやろ」

 そう言われたのだ。確かにそうかも知れない。好きなことを前にして、平常心でおれる人はそういない。

 部屋は1階だった。廊下を進み、中ごろの部屋の前で止まる。表札には漢字で「兵動ひょうどう」とあった。

「こちらですわ」

 伊集さんがインターフォンを押す。すると間も無くドアが外側に開いた。迎えてくれた人はドアの陰になって、朔からは見えなかった。

「伊集さん、お待ちしておりました」

 中年ほどの男性の声だった。このお家のご主人だろうか。

「おはようございます。先日は大変失礼いたしました。パワーをしっかりとチャージして参りましたので、今日こそは成功できると思います」

「ほんまに、よろしくお願いします」

「あの、今日は念には念を入れまして、助手を連れて参りました。一緒にお邪魔してもよろしいでしょうか」

「もちろんです」

 そこで朔は伊集さんに手招きされる。朔とマリコちゃんが伊集さんの後ろ、兵頭さんのご主人と思われる人から見える位置に立った。お声の通り40歳から50歳ぐらいの男性で、ふっくらとした体型で上下は黒のジャージ姿だった。

五十嵐いがらしと申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします」

 朔は深く頭を下げる。すると兵動さんも「こちらこそ」と頭を下げてくださった。

「さっそくよろしくお願いいたします」

 兵動さんがドアを大きく開けてくださったので、伊集さんに続いて中にお邪魔した。

 フローリングの廊下は綺麗に掃除をされていて、朔たちは兵動さんに付いて廊下を歩く。再奥にドアがある。多くのマンションの造り的にリビングダイニングだと思われる。案内されたのは廊下にふたつ並んだドアの奥側だった。

 兵動さんがドアを開けると、目に入ったのは鮮やかなブルーのカーテンだった。そして部屋の面積の半分近くを占めているベッド。カバーはベージュだった。そこに若い、まだ高校生ぐらいの女の子が横たわっていて、苦しそうにはぁはぁと息を荒くしていた。その様子に朔はまなじりを下げてしまう。

「良かった、まだあまり酷くなってはおりませんわね」

 伊集さんが少し安心された様に言い、女の子に近寄る。ベッド脇に膝を落とすと、しなやかな手を女の子の額にかざし、なにやらぶつぶつと唱えた。すると女の子の顔がすぅっと楽になった様に落ち着いた。伊集さんはほっと口角を上げて立ち上がる。

「では始めさせていただきます」

「よろしくお願いします」

 兵動さんは深く頭を下げて、部屋を出て行った。伊集さんはおっしゃっていた。立ち会う人も護らなければならないのだと。そういう懸念を少しでも排するためだろう。

 そう思うと、やはり朔とマリコちゃんがいさせていただくのは、伊集さんのご負担になってしまうのだ。少しでもそうならない様にしなければ。朔はしかと心に刻み付ける。

「マリコちゃん、おとなしくしてようね」

「うむ」

 マリコちゃんもさすがに空気を読む。嬉しそうな表情は隠さないが、朔の横でじっとしていた。

 伊集さんは手にしていた黒のトートバッグから、白い粉の様なものが入ったジップロックを出す。その粉をフローリングの床の隅にライン状に置き始める。やがてそこが粉に隔離された様になった。

「お清めのお塩の結界です。朔さん、マリコさん、その中に入って、私が良いと言うまで絶対に外に出ないでください。座っていただけるほどの広さはあるかと思います」

「分かりました」

 伊集さんには聞こえないだろうが、マリコちゃんも「うむ」と頷く。

 朔は速やかにその中に入り、腰を降ろす。マリコちゃんは当然の様に朔の膝に飛び乗った。

「楽しみじゃ。む、これは失言かの?」

「少しぐらいやったら大丈夫かなぁ」

 朔は小さく苦笑する。伊集さんはもうこちらには意識は無い様で、トーツバッグから紫のポーチを出し、そこからじゃらりと透明の数珠じゅずを出した。つい朔は(あ、黒や無いんや)と思ってしまう。

「では、始めます」

 伊集さんは静かに言うと、数珠を手にした両手をぱぁんと打ち鳴らした。
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