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4章 ミステリアスレディの中身
第4話 ミステリアスレディの正体
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翌日、「あずき食堂」を瑠花さんが訪れる。
「こんばんは!」
今日も晴れ晴れとお元気である。そしていつもの様に店内を見渡して、伊集さんがおられないことに落胆される。しょんぼりされたお顔のまま、空いている手前の席に腰を降ろした。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませー」
朔がお渡しした温かいおしぼりで手を拭い、少しお気持ちを持ち直されたか、ほっと息を吐かれた。
「今日も伊集さんにはお会いできひんかなぁ。残念やわぁ」
「残念でしたねぇ。でもまだお時間は早めですし、分かりませんよ」
今の時間は18時過ぎ。ラストオーダーまでまだまだ時間はある。伊集さんは来られる時間もまちまちなので、これから来られる可能性だってあるのである。
と言うより、ぜひお元気なお顔を見せていただきたいと思っていた。昨日の今日なので難しいだろうか。お薬の様なものだとおっしゃっていた、あの黒い木箱の正体も判らないままである。
昨日の伊集さんは本当に具合が悪そうだった。自力で立つことすら覚束なかったのだ。普通なら救急車を呼ぶなりしてお医者に掛かろうとするだろう。だが伊集さんはあの木箱を頼ったのだ。
と言うことは、伊集さんは体調を崩された原因に心当たりがあると言うことだ。あの木箱で治ることが分かっていたのである。
ならあの木箱は何なのだという疑問に行き着く。何があってああなってしまったのかも。
伊集さんは説明をしてくださるとおっしゃっていたので、双子は「あずき食堂」でお待ちするだけである。
瑠花さんは伊集さんにお会いしたいからか、ゆっくりとお食事を運ばれた。それでもお酒が無いので1時間が限度である。
器を綺麗に空にした瑠花さんは、あまり粘ってもいられないとお会計を申し出られる。
「次は伊集さんにお会いしたいですぅ。あ、ご飯は今日もめっちゃ美味しかったです」
「ありがとうございます」
朔はにっこりと微笑む。瑠花さんの願いが叶えられなかったのは残念に思うが、こればかりはやはり縁なのだろう。
瑠花さんと伊集さんに縁はあるのだろう。瑠花さんは伊集さんを慕われているし、伊集さんも楽しそうにお話をされている。だが今日はそういうタイミングで無かったと言うだけなのだ、きっと。
お赤飯がその底上げになると思うのだが、やはり苦手だとおっしゃるものをすすめようとは思わなかった。
「あずき食堂」のラストオーダーは22時である。遅い時間になると、お酒を飲まれるお客さまも増える。もうすぐ22時と言う今、店内はまるで居酒屋の様になっていた。とは言え飲み過ぎるお客さまはおられないのだが。
少しばかりのお酒を楽しまれながら、お惣菜などを肴にされる。和気藹々とした空気が流れていた。
さて、そろそろオーダーストップになるだろうか。朔は厨房の時計をちらりと見る。
その時、がららとお店の開き戸が開く音がした。
「こんばんは」
お顔を出されたのは伊集さんだった。いつもの様にたおやかな笑みを浮かべ、お顔の色は白いながら、お元気そうに見えた。
「伊集さん! いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ!」
良かった、回復されたのだ。朔もだが陽も嬉しかった様で、お迎えする声がつい大きくなってしまった。
もう遅い時間なので席は充分に空いている。伊集さんはお気に入りのいちばん奥の席に掛けられた。朔は温かいおしぼりをお渡しする。
「お元気そうで良かったです。もう大丈夫なんですか?」
「はい、お陰さまで。昨日は無様な姿を見せてしまってごめんなさいね。本当にお世話になりました。ありがとうございました」
伊集さんはおっしゃって、しとやかに頭を下げる。双子は「いえいえ」と慌てる。
「とんでもありません。ほんまに良かったです。お顔の色もすっかりと戻られて」
「ふふ」
伊集さんは美しい笑みを浮かべる。本当にお元気になったのだと、双子は心底安心した。
「それで、昨日お約束したでしょう? 事情をお話するって。ああでも、その前に注文良いかしら」
「はい。卵焼きが無くなってしもたんですけど、他のお惣菜はまだありますよ」
今日の卵焼きは海苔を巻き込んだものだった。卵の甘みの中にふんわりと磯の香りが抜ける一品である。
伊集さんは腰を浮かしてお惣菜の大皿を眺める。そしてクレソンのごま和えと、春きゃべつと新玉ねぎの黒胡椒炒めを注文された。
ごま和えのクレソンはさっと茹でてある。ほのかな苦味のあるクレソンをすり白ごまなどで作った香ばしい和え衣で和えることで、その旨味が引き立つのである。
春きゃべつと新玉ねぎはしんなりと炒めて、しっかりと甘みを引き出してやる。そこにたっぷりの黒胡椒が良いアクセントを醸し出すのだ。
「あの、軽く食べて来たので、メインは無しでも大丈夫でしょうか。お赤飯はいつもの様にお願いします」
「はい。もちろん大丈夫ですよ。お飲み物はどうしはります?」
「赤ワインをお願いします」
「はい。かしこまりました」
朔は先に赤ワイン、登美の丘の赤をワイングラスにご用意し、伊集さんにお出しする。続けてお惣菜を小鉢に盛り付け、半分量のお赤飯を添えてご提供した。
「お待たせしました」
「ありがとうございます。今日は遅い時間が都合が良かったものでしたから」
伊集さんは登美の丘の赤で赤い唇を湿らせた。陽は他のお客さまにお惣菜追加のご注文を受けて、そちらに行っていた。
「陽さんにも聞いていただきたいから、少しお待ちしますわね」
「ありがとうございます」
その間、伊集さんは静かにお食事を進める。そしてオーダーストップになり、酒盛りをしているお客さまに最後のお飲み物をお出しして、手が離れた陽も伊集さんの前に来た。
「伊集さん、お元気そうで良かったです」
陽も心配だったのだろう。開口一番そう言った。
「本当に昨日はお世話になりました。あの時おふたりに会えていなかったら、どうなっていたか」
伊集さんはそう言い、あらためて深々と頭を下げた。
「あああああ、頭を上げてください」
双子はすっかりと焦ってしまう。陽が言うと、伊集さんはゆっくりと頭を上げてくださった。
「恐らく、おふたりには信じていただけるでしょうから、お話ししますね。この「あずき食堂」さんには、「人ならざるもの」がおられますわね?」
そうおっしゃると、ぐるりと店内に視線を巡らせた。
「……え?」
朔が驚いて思わず漏らすと、伊集さんはにっこりと微笑む。陽も朔の横で目を見開いていた。
この「あずき食堂」にいる「人ならざるもの」。それは座敷童子であるマリコちゃんだ。まさか伊集さんにも見えているのだろうか。朔は思わずごくりと喉を鳴らす。
伊集さんは双子の答えを待たず、笑みをたたえたまま口を開いた。
「私には見えません。ただ気配を感じるのです。そしてその「もの」は、この「あずき食堂」さんにとって善なるもの。とても素晴らしいですわね」
その通りである。マリコちゃんはこの「あずき食堂」の護り神である。そのマリコちゃんの存在を感じ取れて、見えなくて詳細は判らないまでも、その特性までを言い当てられてしまう。双子はすっかりと驚愕してしまい、言葉が詰まってしまう。
「そしてこちらのお赤飯は、美味しいだけでは無く、力が込められている。こちらのお赤飯をいただくと、お仕事もいつもより巧く行くんですよ」
それもまたその通りだ。朔も陽も愕然とする。だが伊集さんはずっと笑みを崩さない。優しい口調でそっと語り掛けておられる。
「朔さん、陽さん、きっとおふたりにはその「善きもの」が見えておられるのでしょうね。ですからきっと私の話も信じてくださると思うんです」
伊集さんは柔らかく口角を上げ、ゆっくりと口を開いた。
「実は私、霊能者なんです」
朔はあまりのことに目を剥いて口元を手で押さえた。隣で陽もあんぐりと口を開けていた。
「こんばんは!」
今日も晴れ晴れとお元気である。そしていつもの様に店内を見渡して、伊集さんがおられないことに落胆される。しょんぼりされたお顔のまま、空いている手前の席に腰を降ろした。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませー」
朔がお渡しした温かいおしぼりで手を拭い、少しお気持ちを持ち直されたか、ほっと息を吐かれた。
「今日も伊集さんにはお会いできひんかなぁ。残念やわぁ」
「残念でしたねぇ。でもまだお時間は早めですし、分かりませんよ」
今の時間は18時過ぎ。ラストオーダーまでまだまだ時間はある。伊集さんは来られる時間もまちまちなので、これから来られる可能性だってあるのである。
と言うより、ぜひお元気なお顔を見せていただきたいと思っていた。昨日の今日なので難しいだろうか。お薬の様なものだとおっしゃっていた、あの黒い木箱の正体も判らないままである。
昨日の伊集さんは本当に具合が悪そうだった。自力で立つことすら覚束なかったのだ。普通なら救急車を呼ぶなりしてお医者に掛かろうとするだろう。だが伊集さんはあの木箱を頼ったのだ。
と言うことは、伊集さんは体調を崩された原因に心当たりがあると言うことだ。あの木箱で治ることが分かっていたのである。
ならあの木箱は何なのだという疑問に行き着く。何があってああなってしまったのかも。
伊集さんは説明をしてくださるとおっしゃっていたので、双子は「あずき食堂」でお待ちするだけである。
瑠花さんは伊集さんにお会いしたいからか、ゆっくりとお食事を運ばれた。それでもお酒が無いので1時間が限度である。
器を綺麗に空にした瑠花さんは、あまり粘ってもいられないとお会計を申し出られる。
「次は伊集さんにお会いしたいですぅ。あ、ご飯は今日もめっちゃ美味しかったです」
「ありがとうございます」
朔はにっこりと微笑む。瑠花さんの願いが叶えられなかったのは残念に思うが、こればかりはやはり縁なのだろう。
瑠花さんと伊集さんに縁はあるのだろう。瑠花さんは伊集さんを慕われているし、伊集さんも楽しそうにお話をされている。だが今日はそういうタイミングで無かったと言うだけなのだ、きっと。
お赤飯がその底上げになると思うのだが、やはり苦手だとおっしゃるものをすすめようとは思わなかった。
「あずき食堂」のラストオーダーは22時である。遅い時間になると、お酒を飲まれるお客さまも増える。もうすぐ22時と言う今、店内はまるで居酒屋の様になっていた。とは言え飲み過ぎるお客さまはおられないのだが。
少しばかりのお酒を楽しまれながら、お惣菜などを肴にされる。和気藹々とした空気が流れていた。
さて、そろそろオーダーストップになるだろうか。朔は厨房の時計をちらりと見る。
その時、がららとお店の開き戸が開く音がした。
「こんばんは」
お顔を出されたのは伊集さんだった。いつもの様にたおやかな笑みを浮かべ、お顔の色は白いながら、お元気そうに見えた。
「伊集さん! いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ!」
良かった、回復されたのだ。朔もだが陽も嬉しかった様で、お迎えする声がつい大きくなってしまった。
もう遅い時間なので席は充分に空いている。伊集さんはお気に入りのいちばん奥の席に掛けられた。朔は温かいおしぼりをお渡しする。
「お元気そうで良かったです。もう大丈夫なんですか?」
「はい、お陰さまで。昨日は無様な姿を見せてしまってごめんなさいね。本当にお世話になりました。ありがとうございました」
伊集さんはおっしゃって、しとやかに頭を下げる。双子は「いえいえ」と慌てる。
「とんでもありません。ほんまに良かったです。お顔の色もすっかりと戻られて」
「ふふ」
伊集さんは美しい笑みを浮かべる。本当にお元気になったのだと、双子は心底安心した。
「それで、昨日お約束したでしょう? 事情をお話するって。ああでも、その前に注文良いかしら」
「はい。卵焼きが無くなってしもたんですけど、他のお惣菜はまだありますよ」
今日の卵焼きは海苔を巻き込んだものだった。卵の甘みの中にふんわりと磯の香りが抜ける一品である。
伊集さんは腰を浮かしてお惣菜の大皿を眺める。そしてクレソンのごま和えと、春きゃべつと新玉ねぎの黒胡椒炒めを注文された。
ごま和えのクレソンはさっと茹でてある。ほのかな苦味のあるクレソンをすり白ごまなどで作った香ばしい和え衣で和えることで、その旨味が引き立つのである。
春きゃべつと新玉ねぎはしんなりと炒めて、しっかりと甘みを引き出してやる。そこにたっぷりの黒胡椒が良いアクセントを醸し出すのだ。
「あの、軽く食べて来たので、メインは無しでも大丈夫でしょうか。お赤飯はいつもの様にお願いします」
「はい。もちろん大丈夫ですよ。お飲み物はどうしはります?」
「赤ワインをお願いします」
「はい。かしこまりました」
朔は先に赤ワイン、登美の丘の赤をワイングラスにご用意し、伊集さんにお出しする。続けてお惣菜を小鉢に盛り付け、半分量のお赤飯を添えてご提供した。
「お待たせしました」
「ありがとうございます。今日は遅い時間が都合が良かったものでしたから」
伊集さんは登美の丘の赤で赤い唇を湿らせた。陽は他のお客さまにお惣菜追加のご注文を受けて、そちらに行っていた。
「陽さんにも聞いていただきたいから、少しお待ちしますわね」
「ありがとうございます」
その間、伊集さんは静かにお食事を進める。そしてオーダーストップになり、酒盛りをしているお客さまに最後のお飲み物をお出しして、手が離れた陽も伊集さんの前に来た。
「伊集さん、お元気そうで良かったです」
陽も心配だったのだろう。開口一番そう言った。
「本当に昨日はお世話になりました。あの時おふたりに会えていなかったら、どうなっていたか」
伊集さんはそう言い、あらためて深々と頭を下げた。
「あああああ、頭を上げてください」
双子はすっかりと焦ってしまう。陽が言うと、伊集さんはゆっくりと頭を上げてくださった。
「恐らく、おふたりには信じていただけるでしょうから、お話ししますね。この「あずき食堂」さんには、「人ならざるもの」がおられますわね?」
そうおっしゃると、ぐるりと店内に視線を巡らせた。
「……え?」
朔が驚いて思わず漏らすと、伊集さんはにっこりと微笑む。陽も朔の横で目を見開いていた。
この「あずき食堂」にいる「人ならざるもの」。それは座敷童子であるマリコちゃんだ。まさか伊集さんにも見えているのだろうか。朔は思わずごくりと喉を鳴らす。
伊集さんは双子の答えを待たず、笑みをたたえたまま口を開いた。
「私には見えません。ただ気配を感じるのです。そしてその「もの」は、この「あずき食堂」さんにとって善なるもの。とても素晴らしいですわね」
その通りである。マリコちゃんはこの「あずき食堂」の護り神である。そのマリコちゃんの存在を感じ取れて、見えなくて詳細は判らないまでも、その特性までを言い当てられてしまう。双子はすっかりと驚愕してしまい、言葉が詰まってしまう。
「そしてこちらのお赤飯は、美味しいだけでは無く、力が込められている。こちらのお赤飯をいただくと、お仕事もいつもより巧く行くんですよ」
それもまたその通りだ。朔も陽も愕然とする。だが伊集さんはずっと笑みを崩さない。優しい口調でそっと語り掛けておられる。
「朔さん、陽さん、きっとおふたりにはその「善きもの」が見えておられるのでしょうね。ですからきっと私の話も信じてくださると思うんです」
伊集さんは柔らかく口角を上げ、ゆっくりと口を開いた。
「実は私、霊能者なんです」
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