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四方山話その1
小豆洗いさんの悲哀
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座敷童子のマリコちゃんが見える朔と陽だが、他の妖怪を見ることもある。マリコちゃんいわく「あずき食堂」の中でだけ、マリコちゃんが見える様にしているとのこと。
確かに「あずき食堂」以外では、妖怪の姿を見たことの無い双子である。日常的に見えることが良いのかどうなのかどうか、双子には判らないが、とりあえずふたりの周りは今も平穏である。
「小豆洗い」という妖怪がいる。各地に様々な伝承がある様だが、基本的にはその名の通り小豆を洗う妖怪だ。
小豆洗いさんは時折、営業時間前の「あずき食堂」にやって来る。今日も気付けばしれっとカウンタに座っていて、朔は「うひゃあ!」と驚いた。
「もーう、小豆洗いさん、驚かさんでくださいよ」
「ほっほっほ、済まんのう」
小豆洗いさんは鷹揚に笑う。
小豆洗いさんの容姿は、言うなればちっちゃなお爺ちゃんである。左右にある少ない頭髪を綺麗にまとめ、ちょび髭もトレードマーク。
そんな小豆洗いさんの目的はお赤飯だ。
「今日も旨い小豆飯を期待しておるぞい」
小豆洗いさんの目は期待に満ちている。わくわくと前のめりだ。朔はくすりと笑ってお茶碗を取った。
「はい。すぐにご用意しますね」
朔は蒸らし終わったばかりのお赤飯の炊飯器を開ける。ふわぁっと美味しい湯気が立ち上がり、朔は顔を綻ばした。それは小豆洗いさんにも届いた様で「おお……」と目を細める。
お赤飯にしゃもじを入れて良く解しふんわりさせると、お茶碗にこんもりと山になる様に盛る。小豆洗いさんはいつも大盛りを食べられる。小豆洗いさんのお赤飯にはごま塩は無しだ。
「はい、どうぞ」
お箸を添えて、ほかほかと湯気の上がるお茶碗を出すと、小豆洗いさんは「うほほほほ」と心の底から嬉しそうな笑い声を上げた。
「今日も旨そうじゃの。ではいただきます」
小豆洗いさんはお箸を持ち上げると、わっしわっしとお赤飯を掻き込んだ。眦を下げて「んふんふ」と声を上げながら口を動かす。
「んふー」
じっくりと噛みながら満足げに頬を緩める小豆洗いさん。今日もお気に召してくれた様だ。
「ふむ、わしももらおうかの」
そう言って姿を現したのはマリコちゃん。とことこ歩いて、小豆洗いさんの横をひとつ空けた席に飛び上がった。
「マリコちゃんはお赤飯とお惣菜やんね」
「うむ」
「お惣菜、私が用意するわ」
陽が言ってくれるので、朔は「ありがとう」とお茶碗を出した。
陽は丸皿を出すと、そこにお惣菜を盛り付けて行く。今日のお惣菜はきのこのオイル煮、塩揉みきゃべつの海苔和え、大根とお揚げのきんぴら、茄子とピーマンの煮浸し、ひじきの卵焼きだ。
きのこのオイル煮はアヒージョのことである。にんにくの甘い香ばしさと唐辛子のほのかな辛味が溶け出したオリーブオイルで、たっぷりのきのこを煮るのだ。今回は半分に切った椎茸と大振りに割いたしめじと舞茸を使った。
アヒージョだとスキレットなどを使ってたっぷりのオリーブオイルを使うが、「あずき食堂」ではフライパンにきのこをぎっしり敷き詰めてオイルをひたひたに注ぐ。きのこはオイルをたっぷり吸うのでオイルが少なくなるが、適当に返したりオイルを足しながら炒め煮にして行くのだ。
きのこは火が通ってとろっとなるが、しゃくっとした歯ごたえは損なわれない。旨味が溶け出したオイルを吸ってふくよかな味わいになる。
塩揉みきゃべつの海苔和えは、太めの千切りにしたきゃべつを塩揉みして水分を搾り、お醤油とお酢とごま油で和え、ちぎった焼き海苔を混ぜ込む。
きゃべつの甘さが際立ち、ほんのりと磯の香りがくすぐる一品だ。
大根とお揚げのきんぴらは、千切りのお揚げをかりっと炒め、こちらも千切りにした大根を加えてさっと炒め、お醤油やお酒、みりんなどで味付けをし、仕上げに白すりごまをたっぷりとまとわせた。
大根のしゃきしゃきを味わいつつ、白ごまの香ばしい甘さが味わい深い。
茄子とピーマンの煮浸しは、乱切りにした茄子とピーマンをお出汁ベースの煮汁でことことと煮る。くったりとなった食材に煮汁がたっぷりと含まれ、滋味深くなるのだ。
ひじきの卵焼きは、お出汁とみりん、日本酒とお醤油で煮たひじきを卵液に混ぜ込んで焼く。ふんわりと甘辛いひじきのアクセントがおもしろい一品になった。
「はい、マリコちゃんお待たせ」
陽がお惣菜のお皿を置くと、マリコちゃんは「おお」と相貌を崩す。朔も「こっちもお待たせ」とお赤飯のお茶碗を出した。こちらはごま塩が振られている。
「うむ、今日も旨そうじゃ。いただきます」
マリコちゃんはさっそくお赤飯を口に放り込む。もぐもぐと噛み締めて「うむ」と満足げに頷いた。
「今日も巧く炊けておる。えらいぞ」
「あはは、ありがとう。お惣菜はどうやろか」
「まぁ急ぐで無い」
マリコちゃんはお惣菜をそれぞれ1口ずつゆっくりと食べて行く。目を細めてじっくりと味わいながら。
「うむ。今日も旨いぞ」
朔と陽はほっと胸を撫で下ろす。
「良かったぁ。マリコちゃんのお墨付きなら絶対やね」
「そうやな。今日も無事に店を開けられるな」
すると一心不乱にお赤飯を食べていた小豆洗いさんが、マリコちゃんのお惣菜のお皿を興味深げに覗き込んで言った。
「ええのう、それも美味しそうじゃなぁ」
「旨いぞ。じゃがお前さんは赤飯意外は食べられないんじゃ無いのか?」
「そうなんじゃよなぁ」
小豆洗いさんはがっくりとうなだれる。
「小豆飯はもちろん美味しいが、他の美味しそうなものを見ていると、食べてみたくなるんじゃ。しかしわしは小豆飯以外を食べると食あたりを起こしてしまうんじゃ」
「残念なことじゃなぁ」
マリコちゃんは気の毒そうな視線を小豆洗いさんに向ける。
「なぁ小豆洗いさん、それってさ、小豆と米なら食べれるってこと?」
陽が言うと、小豆洗いさんは「んん?」と顔を上げる。
「そういうことじゃと思うのう。まぁの、わしは小豆洗いじゃからの、じゃから小豆なんじゃろうし、日本の妖怪じゃから、米も食べられるんじゃろうなぁ」
「じゃあさ、これやったらどうや?」
陽がそう言って厨房から出したのは、おはぎをふたつ乗せたお皿だ。
「これは、おはぎか!」
小豆洗いさんが目を丸くする。
「そう。小豆を煮て潰しただけのあんこや。砂糖を使てへんし、米も普通の米やから、小豆洗いさんでも食べれるんや無いかと思ってさ」
「おお……おはぎには砂糖が使われておるから、わしには食べられんと思っておったんじゃが、こうしてもらえたらきっとわしにも食べられるのう」
小豆洗いさんはおはぎを前に感涙しそうな勢いだ。おずおずと手を伸ばして。
「た、食べてええんじゃろうか?」
声が小さく震えている。その目は期待に満ちていた。陽はにかっと笑う。
「当たり前やで。小豆洗いさんに食べてもらうために作ったんやからさ」
「おお、おお……! なんとありがたい」
小豆洗いさんは両手でおはぎを取り、大口を開けてかぶり付いた。もぐもぐとゆっくりと口を動かして、満足げにぱぁっと満面の笑顔になった。
「美味しいのう! 本当に美味しい! まさかおはぎが食べられるなんて思いもせんかった。わしのためだけの特別なおはぎじゃな。ああ、嬉しいのう」
小豆洗いさんは涙を零さんばかりに目を細める。
「喜んでもらえて良かったで。他の調味料も一切使ってへんからな。お腹壊したりはせぇへんやろ」
「うんうん、きっと大丈夫じゃ。ありがたいのう」
小豆洗いさんは「美味しいのう、嬉しいのう」と言いながら、ふたつのおはぎをぺろりと食べてしまった。
「ふぅ、ごちそうさまでした」
小豆洗いさんは満足げに頬を和ませて手を合わせた。
「とても美味しかったのじゃ。陽よ、朔よ、ありがとうのう」
「わしへの感謝は無しか」
マリコちゃんがぷぅと膨れると、小豆洗いさんは「ほっほっほ」とおかしそうに笑う。
「もちろん感謝しておるぞ。ありがとうなぁ座敷童子よ」
「ふふん」
マリコちゃんは得意げに小さな胸を張った。
「ではわしはそろそろ行こうかの。また来るの」
「うん」
「はい。お待ちしてますね」
「うむ。また来るが良い」
「ほっほっほ」
穏やかな笑い声を残して、小豆洗いさんはすぅっと消えた。
「陽、良かったね。おはぎ気に入ってもらえて」
「そうじゃの。陽、毎日作っておったもんなぁ」
「いつ来るか分からんからな。でもあんなに感激、感激? 感激やろか」
「感激やと思うで」
「そっか。感激してくれるとは思わんかった。また作ってやらんとな」
すると朔もマリコちゃんも、ついうんざりした様な顔をしてしまう。
「じゃあまたお砂糖抜きあんこのおはぎ、毎日食べなあかんの?」
「うむぅ、小豆好きのわしでも、砂糖抜きが毎日は辛いのう」
「前もって来るのが分かったらええんやけどなぁ」
陽は眉をしかめて腕を組む。少しして「あ」と目を開いた。
「そうや、あんこは冷凍できるやん。冷凍しといて、小豆洗いさんが来たら解凍してご飯に包んだらええんや。ご飯は普通の米やから炊飯器にあるん使えばええんやし」
陽は「そっかーそうやんなー何で気付かんかったんやろ」とひとりで納得している。
「解決ってこと?」
「うん。連日で甘くも無いおはぎ食べさせてごめんやで」
「構わへんよ。でもさすがにそろそろ飽きて来てもうてたんよ。冷凍ええね。また小豆洗いさんに食べてもらえたらええね」
「うん。さてと、そろそろ開店の準備せんとな。マリコちゃんも食べ終わったか?」
「うむ」
マリコちゃんのお皿とお茶碗はすっかりと空になっていた。
「ではわしは消えておる。今日もせいぜい励め」
「うん」
「うん」
マリコちゃんが姿を消し、さて、今日もあずき食堂開店である。
確かに「あずき食堂」以外では、妖怪の姿を見たことの無い双子である。日常的に見えることが良いのかどうなのかどうか、双子には判らないが、とりあえずふたりの周りは今も平穏である。
「小豆洗い」という妖怪がいる。各地に様々な伝承がある様だが、基本的にはその名の通り小豆を洗う妖怪だ。
小豆洗いさんは時折、営業時間前の「あずき食堂」にやって来る。今日も気付けばしれっとカウンタに座っていて、朔は「うひゃあ!」と驚いた。
「もーう、小豆洗いさん、驚かさんでくださいよ」
「ほっほっほ、済まんのう」
小豆洗いさんは鷹揚に笑う。
小豆洗いさんの容姿は、言うなればちっちゃなお爺ちゃんである。左右にある少ない頭髪を綺麗にまとめ、ちょび髭もトレードマーク。
そんな小豆洗いさんの目的はお赤飯だ。
「今日も旨い小豆飯を期待しておるぞい」
小豆洗いさんの目は期待に満ちている。わくわくと前のめりだ。朔はくすりと笑ってお茶碗を取った。
「はい。すぐにご用意しますね」
朔は蒸らし終わったばかりのお赤飯の炊飯器を開ける。ふわぁっと美味しい湯気が立ち上がり、朔は顔を綻ばした。それは小豆洗いさんにも届いた様で「おお……」と目を細める。
お赤飯にしゃもじを入れて良く解しふんわりさせると、お茶碗にこんもりと山になる様に盛る。小豆洗いさんはいつも大盛りを食べられる。小豆洗いさんのお赤飯にはごま塩は無しだ。
「はい、どうぞ」
お箸を添えて、ほかほかと湯気の上がるお茶碗を出すと、小豆洗いさんは「うほほほほ」と心の底から嬉しそうな笑い声を上げた。
「今日も旨そうじゃの。ではいただきます」
小豆洗いさんはお箸を持ち上げると、わっしわっしとお赤飯を掻き込んだ。眦を下げて「んふんふ」と声を上げながら口を動かす。
「んふー」
じっくりと噛みながら満足げに頬を緩める小豆洗いさん。今日もお気に召してくれた様だ。
「ふむ、わしももらおうかの」
そう言って姿を現したのはマリコちゃん。とことこ歩いて、小豆洗いさんの横をひとつ空けた席に飛び上がった。
「マリコちゃんはお赤飯とお惣菜やんね」
「うむ」
「お惣菜、私が用意するわ」
陽が言ってくれるので、朔は「ありがとう」とお茶碗を出した。
陽は丸皿を出すと、そこにお惣菜を盛り付けて行く。今日のお惣菜はきのこのオイル煮、塩揉みきゃべつの海苔和え、大根とお揚げのきんぴら、茄子とピーマンの煮浸し、ひじきの卵焼きだ。
きのこのオイル煮はアヒージョのことである。にんにくの甘い香ばしさと唐辛子のほのかな辛味が溶け出したオリーブオイルで、たっぷりのきのこを煮るのだ。今回は半分に切った椎茸と大振りに割いたしめじと舞茸を使った。
アヒージョだとスキレットなどを使ってたっぷりのオリーブオイルを使うが、「あずき食堂」ではフライパンにきのこをぎっしり敷き詰めてオイルをひたひたに注ぐ。きのこはオイルをたっぷり吸うのでオイルが少なくなるが、適当に返したりオイルを足しながら炒め煮にして行くのだ。
きのこは火が通ってとろっとなるが、しゃくっとした歯ごたえは損なわれない。旨味が溶け出したオイルを吸ってふくよかな味わいになる。
塩揉みきゃべつの海苔和えは、太めの千切りにしたきゃべつを塩揉みして水分を搾り、お醤油とお酢とごま油で和え、ちぎった焼き海苔を混ぜ込む。
きゃべつの甘さが際立ち、ほんのりと磯の香りがくすぐる一品だ。
大根とお揚げのきんぴらは、千切りのお揚げをかりっと炒め、こちらも千切りにした大根を加えてさっと炒め、お醤油やお酒、みりんなどで味付けをし、仕上げに白すりごまをたっぷりとまとわせた。
大根のしゃきしゃきを味わいつつ、白ごまの香ばしい甘さが味わい深い。
茄子とピーマンの煮浸しは、乱切りにした茄子とピーマンをお出汁ベースの煮汁でことことと煮る。くったりとなった食材に煮汁がたっぷりと含まれ、滋味深くなるのだ。
ひじきの卵焼きは、お出汁とみりん、日本酒とお醤油で煮たひじきを卵液に混ぜ込んで焼く。ふんわりと甘辛いひじきのアクセントがおもしろい一品になった。
「はい、マリコちゃんお待たせ」
陽がお惣菜のお皿を置くと、マリコちゃんは「おお」と相貌を崩す。朔も「こっちもお待たせ」とお赤飯のお茶碗を出した。こちらはごま塩が振られている。
「うむ、今日も旨そうじゃ。いただきます」
マリコちゃんはさっそくお赤飯を口に放り込む。もぐもぐと噛み締めて「うむ」と満足げに頷いた。
「今日も巧く炊けておる。えらいぞ」
「あはは、ありがとう。お惣菜はどうやろか」
「まぁ急ぐで無い」
マリコちゃんはお惣菜をそれぞれ1口ずつゆっくりと食べて行く。目を細めてじっくりと味わいながら。
「うむ。今日も旨いぞ」
朔と陽はほっと胸を撫で下ろす。
「良かったぁ。マリコちゃんのお墨付きなら絶対やね」
「そうやな。今日も無事に店を開けられるな」
すると一心不乱にお赤飯を食べていた小豆洗いさんが、マリコちゃんのお惣菜のお皿を興味深げに覗き込んで言った。
「ええのう、それも美味しそうじゃなぁ」
「旨いぞ。じゃがお前さんは赤飯意外は食べられないんじゃ無いのか?」
「そうなんじゃよなぁ」
小豆洗いさんはがっくりとうなだれる。
「小豆飯はもちろん美味しいが、他の美味しそうなものを見ていると、食べてみたくなるんじゃ。しかしわしは小豆飯以外を食べると食あたりを起こしてしまうんじゃ」
「残念なことじゃなぁ」
マリコちゃんは気の毒そうな視線を小豆洗いさんに向ける。
「なぁ小豆洗いさん、それってさ、小豆と米なら食べれるってこと?」
陽が言うと、小豆洗いさんは「んん?」と顔を上げる。
「そういうことじゃと思うのう。まぁの、わしは小豆洗いじゃからの、じゃから小豆なんじゃろうし、日本の妖怪じゃから、米も食べられるんじゃろうなぁ」
「じゃあさ、これやったらどうや?」
陽がそう言って厨房から出したのは、おはぎをふたつ乗せたお皿だ。
「これは、おはぎか!」
小豆洗いさんが目を丸くする。
「そう。小豆を煮て潰しただけのあんこや。砂糖を使てへんし、米も普通の米やから、小豆洗いさんでも食べれるんや無いかと思ってさ」
「おお……おはぎには砂糖が使われておるから、わしには食べられんと思っておったんじゃが、こうしてもらえたらきっとわしにも食べられるのう」
小豆洗いさんはおはぎを前に感涙しそうな勢いだ。おずおずと手を伸ばして。
「た、食べてええんじゃろうか?」
声が小さく震えている。その目は期待に満ちていた。陽はにかっと笑う。
「当たり前やで。小豆洗いさんに食べてもらうために作ったんやからさ」
「おお、おお……! なんとありがたい」
小豆洗いさんは両手でおはぎを取り、大口を開けてかぶり付いた。もぐもぐとゆっくりと口を動かして、満足げにぱぁっと満面の笑顔になった。
「美味しいのう! 本当に美味しい! まさかおはぎが食べられるなんて思いもせんかった。わしのためだけの特別なおはぎじゃな。ああ、嬉しいのう」
小豆洗いさんは涙を零さんばかりに目を細める。
「喜んでもらえて良かったで。他の調味料も一切使ってへんからな。お腹壊したりはせぇへんやろ」
「うんうん、きっと大丈夫じゃ。ありがたいのう」
小豆洗いさんは「美味しいのう、嬉しいのう」と言いながら、ふたつのおはぎをぺろりと食べてしまった。
「ふぅ、ごちそうさまでした」
小豆洗いさんは満足げに頬を和ませて手を合わせた。
「とても美味しかったのじゃ。陽よ、朔よ、ありがとうのう」
「わしへの感謝は無しか」
マリコちゃんがぷぅと膨れると、小豆洗いさんは「ほっほっほ」とおかしそうに笑う。
「もちろん感謝しておるぞ。ありがとうなぁ座敷童子よ」
「ふふん」
マリコちゃんは得意げに小さな胸を張った。
「ではわしはそろそろ行こうかの。また来るの」
「うん」
「はい。お待ちしてますね」
「うむ。また来るが良い」
「ほっほっほ」
穏やかな笑い声を残して、小豆洗いさんはすぅっと消えた。
「陽、良かったね。おはぎ気に入ってもらえて」
「そうじゃの。陽、毎日作っておったもんなぁ」
「いつ来るか分からんからな。でもあんなに感激、感激? 感激やろか」
「感激やと思うで」
「そっか。感激してくれるとは思わんかった。また作ってやらんとな」
すると朔もマリコちゃんも、ついうんざりした様な顔をしてしまう。
「じゃあまたお砂糖抜きあんこのおはぎ、毎日食べなあかんの?」
「うむぅ、小豆好きのわしでも、砂糖抜きが毎日は辛いのう」
「前もって来るのが分かったらええんやけどなぁ」
陽は眉をしかめて腕を組む。少しして「あ」と目を開いた。
「そうや、あんこは冷凍できるやん。冷凍しといて、小豆洗いさんが来たら解凍してご飯に包んだらええんや。ご飯は普通の米やから炊飯器にあるん使えばええんやし」
陽は「そっかーそうやんなー何で気付かんかったんやろ」とひとりで納得している。
「解決ってこと?」
「うん。連日で甘くも無いおはぎ食べさせてごめんやで」
「構わへんよ。でもさすがにそろそろ飽きて来てもうてたんよ。冷凍ええね。また小豆洗いさんに食べてもらえたらええね」
「うん。さてと、そろそろ開店の準備せんとな。マリコちゃんも食べ終わったか?」
「うむ」
マリコちゃんのお皿とお茶碗はすっかりと空になっていた。
「ではわしは消えておる。今日もせいぜい励め」
「うん」
「うん」
マリコちゃんが姿を消し、さて、今日もあずき食堂開店である。
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