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2幕 新婚旅行を満喫します!
77場 ヒンギスの答え
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正午の鐘が鳴る。
窓の外は相変わらずの快晴だ。一面の青空に浮かぶ入道雲は、何度夏が巡っても変わらない。
結婚相手を必死に探す蝉たちの鳴き声を、うるさいと感じなくなったのはいつからだろう。少なくとも百二十年前は感じていた。
「うるせえなあ」
「うるさいわね」
そうぼやく同期たちの隣を歩きながら。
「……あれから百二十年ですか」
純血のエルフにとって、百二十年という月日は大したものではない。一千年の寿命のうちの、ほんのひととき。微睡の中で見る泡沫の夢。
けれど、激しい閃光のように焼き付いた青春の日々。
これから何百年経とうとも、あれを超える日々はきっと訪れないだろう。それこそ、死んで生まれ変わらない限りは。
「あの……。ニールの様子はどうでしょうか。昨日から顔を見ていないので気になって……。夜も何か騒がしかったですし」
「元気にしてますよ。今頃、グレイグやエレンといるんじゃないですか。最近、仲良くしてるみたいだから。なあ、ナダル」
「そうそう。騒がしいのも、ここじゃよくあることですよ。ヒンギス先生は本当に過保護だなあ。大先輩に言うことじゃないですけどね、一人の生徒に入れ込むのは良くないですよ」
左右から後輩たちに嗜められて口を噤む。ナダルに言われなくとも、入れ込んでいる自覚はあった。
いけないと思いつつ、どうしても重なるのだ。あのくすんだ金髪が。夏の森のような緑色の瞳が。儚く散っていった彼女と。
あの日、無様に眠りこけていなければ、ここに立っていたのは彼女だっただろう。
廊下の鏡に映る白いローブに目を向ける。どれだけ望んでも、そこに彼女の面影は見当たらなかった。
「……ケイトの容体はいかがですか」
自分でもわかるほどの暗い声だ。それでも、夏の日差しのように明るい二人には毛ほども感じなかったらしい。
「あー、まだ眠ったままみたいですよ」
「まあ、目を覚ましたらすぐに連絡が来ますって」
アルフレッドがあっけらかんとした口調で言い、それに追随してナダルもさらりと返す。
だから他種族は苦手だ。こちらの憂いなど気にせず、常に前だけを見て進んでいるから。自分もそうあれたら、どんなに良かっただろう。
「残念だったよな。せっかく筆記をクリアしたのに」
「まあな。小箱の謎も解けそうだって言ってなかったか? あれってひらめきが必要なタイプなんだろ。真面目なケイトには難しかっただろうにな」
「失格になったお前が言う?」
「お前こそ辞退したじゃねぇか」
軽快に会話を続ける二人に唇を噛む。そんなヒンギスに気づいたのか、アルフレッドが話題を変えた。
「それにしても、ドニ先生が本当に犯人なんですかね。ヒンギス先生は同期でしょ? どう思いますか?」
「さあ……。時間は人を変えますからね」
声が不自然になりはしなかっただろうか。
胸の中にじわりと焦燥感が湧いたとき、校長室の扉が見えてきた。入学したときから変わらない、真鍮のノブ。時間の流れから切り離されたような重厚な扉。
それを見た瞬間、ふいに声が蘇った。隣を歩く二人に負けず劣らず明るい声が。
『そんなにここを出たくないなら、いっそ校長になっちゃえば? そしたら、あたしも安心だし! ヒンギスが校長なら、ドジってもクビにならないよね』
そう言ってくれた人は、もういない。
「校長先生は中でお待ちです」
「じゃあ、俺らはこれで」
「どうも。お世話様でした」
わいわいと去っていく二人を見送り、扉に向かい合う。右手には真鍮のドアノブ。左手には一冊の魔法書。これを提出すれば全ては終わる。
「……もう、後戻りはできない。行きましょう、アリア」
校長室のドアを開け、ヒンギスが粛々と中に入ってきた。左手には一冊の魔法書を抱えている。まるで幼子を抱くように。
ヒンギスはメルディの存在に気づくことなく、机を挟んでエルドラドの前に立った。しかし、その視線は部屋の中を彷徨っている。
「ドニは……?」
「気になるかの?」
「それは……同期ですし」
メルディと応対したときとは違う、少しだけフランクな口調。それでいて、どこか怯えを含んだ瞳。これがヒンギスの本当の姿なのかもしれない。他種族に見せる冷たさは、自分を守る盾なのだ。
「あいつはちっと寝坊しとっての。開始時間までには来るじゃろ。今頃、廊下を走っとるかもしれんな。学生の頃も、教師になってからも、だらしのないやつじゃ」
ヒンギスの唇が緩み、肩の力が抜けた。それだけで、彼らが積み重ねて来た時間が決して短くないとわかる。友への情がまだ残っていることも。
だからこそ、辛い。彼に現実を――己の罪を突きつけるのが。けれど、仕方がない。人はいずれ夢から覚めなくてはならないのだから。
「体調はどうじゃ? 飯も喉を通らんようじゃと、アルフレッド先生たちが心配しとったぞ」
「ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。この通り、問題なく」
青ざめた顔で言われても説得力はないが、それを否定することなく、エルドラドが話を続ける。
「ケイトが襲われたり、ニールがドニと行方をくらましたりと、いろいろあったからのう。心労が祟っても仕方あるまい」
「えっ……」
「おっと。ニールの件は言うなと釘を刺されとったんじゃった。すまん、忘れてくれ」
驚愕に目を見開いたヒンギスを尻目に、エルドラドがこれみよがしに懐中時計に目を落とす。
この様子だと、ヒンギスはニールの凶行には本当に関わっていないのだろう。彼のしたことは決して許されることではないが、ニールを利用する人間ではないと知れて少しだけほっとした。
「……そろそろ時間じゃな。ドニのやつめ、結局間に合わんかったか。生徒にやられて来られんとは情けない。もう結果は決まったようなものじゃが、面接を始めようか」
「ちょ、ちょっとお待ちください。ニールがドニをどうしたと言うのですか?」
「待たん。待たんよ、ヒンギス。時間は有限なんじゃ。たとえエルフのワシらでもの」
パチン、と懐中時計を閉じ、エルドラドが背筋を伸ばす。同時に部屋の中の空気が張り詰め、その雰囲気に気圧されたヒンギスが口を噤んだ。
「さあ、答えを聞こうか。『無数に並ぶ窓。そこから覗くものは?』」
「……こちらです」
言いたいことを必死に飲み込んだ様子で、ヒンギスが抱えていた魔法書を差し出した。人を殴り倒せそうなほど分厚く、表紙にはメルディには皆目わからない文字が並んでいる。
それでも、そう言えない手前、素直に頷くしかない。メルディが頷くと同時に、エルドラドも威厳たっぷりに頷いた。
「ふむ。これが何故、答えだと思った?」
「頂いた問題用紙に、小箱の中身を使用して導かれた結果だからです」
質問を予想していたらしい。さっきまでの動揺が嘘のように、ヒンギスが言葉を紡ぎ始める。
その口調はとても滑らかで、普段からこの調子で授業しているのだと見てとれた。ニールの言う通り、彼は教師としての能力は高いのだろう。ただ、人と接するのが不器用なだけで。
「小箱は決められた手順を踏んで開けるからくり箱になっていました。中には羽ペンとインク瓶が一つずつ。インク瓶の中身を改めたところ、透明インクの戻し液だとわかりました。ただ、通常の透明インクには反応しなかった。おそらく、この試験のために特別配合されたもの――違いますか?」
上目遣いに伺うヒンギスに「続けなさい」とエルドラドが促す。
「この問題用紙には、三つのアイテムが出てきます。本と羽ペンとインク。紙を本、インクを戻し液と仮定するならば、この紙に戻し液を落とせばいい。表面には問題が書かれていますから、裏面に実行したところ、中心に二つの文字が浮かび上がりました。まず、『899』。これは魔語を示す分類番号です。そして、『RBN232ー4ー1819ー7329ー4』。こちらは、この魔法書の図書番号です」
魔法書の背表紙には、確かに『899』とシールが貼られていた。裏表紙にもRBNから始まる数字が記載されている。
ヒンギスはローブのポケットから紙を取り出すと、裏側を向けて机の上に載せた。そこにはレトロな茶色のインクで、彼が言った通りの文字が書かれていた。
「この文字が現れたと同時に羽ペンが光りだし、風魔法でこの紙を巻き上げ、共に窓から外へ飛び出して行きました。庭を横切り、学生たちが『ソーサラー大河』と冗談で名付けた小川を越え――最終的に導かれたのは図書館の禁書庫です」
喋りすぎて喉が渇いたのか、ヒンギスが小さく咳払いをする。研究者らしく、その目は魔法紋を語るレイと同じように輝いていた。
「禁書庫には中を監視できるよう、無数に並ぶ小さな窓があります。そこから覗くのは、この魔法書を含めた複数の禁書でした。その全てが魔法学の始祖たちが書き記したもの――つまり、今日まで続く物語の始まりと言えます」
「なるほどのう。よう考えたものじゃて」
感心するように頷いたエルドラドに、ヒンギスの表情が明るくなる。しかし次の瞬間、大きく響く笑い声に目が点になった。
「残念ながら、ハズレじゃヒンギス。お前ともあろうものが、そう易々と騙されるとはのう」
「それは……。一体どういうことですか。この答えが間違っていると?」
「間違っているとも。ああ、最初からな」
皮肉めいた笑みを浮かべるエルドラドに、ヒンギスは鼻白んでいる。
さっきの信頼し切った様子を見るに、エルドラドにこんな態度を取られるのは始めてなのだろう。その事実に、少しだけ胸が痛む。
そのとき、廊下を駆ける複数の足音が聞こえた。もうこれ以上、下手な芝居を続ける必要はない。
「まだ気づかないの? 目の前の違和感に」
メルディが発した言葉に、ヒンギスは大きく目を見開いた。
窓の外は相変わらずの快晴だ。一面の青空に浮かぶ入道雲は、何度夏が巡っても変わらない。
結婚相手を必死に探す蝉たちの鳴き声を、うるさいと感じなくなったのはいつからだろう。少なくとも百二十年前は感じていた。
「うるせえなあ」
「うるさいわね」
そうぼやく同期たちの隣を歩きながら。
「……あれから百二十年ですか」
純血のエルフにとって、百二十年という月日は大したものではない。一千年の寿命のうちの、ほんのひととき。微睡の中で見る泡沫の夢。
けれど、激しい閃光のように焼き付いた青春の日々。
これから何百年経とうとも、あれを超える日々はきっと訪れないだろう。それこそ、死んで生まれ変わらない限りは。
「あの……。ニールの様子はどうでしょうか。昨日から顔を見ていないので気になって……。夜も何か騒がしかったですし」
「元気にしてますよ。今頃、グレイグやエレンといるんじゃないですか。最近、仲良くしてるみたいだから。なあ、ナダル」
「そうそう。騒がしいのも、ここじゃよくあることですよ。ヒンギス先生は本当に過保護だなあ。大先輩に言うことじゃないですけどね、一人の生徒に入れ込むのは良くないですよ」
左右から後輩たちに嗜められて口を噤む。ナダルに言われなくとも、入れ込んでいる自覚はあった。
いけないと思いつつ、どうしても重なるのだ。あのくすんだ金髪が。夏の森のような緑色の瞳が。儚く散っていった彼女と。
あの日、無様に眠りこけていなければ、ここに立っていたのは彼女だっただろう。
廊下の鏡に映る白いローブに目を向ける。どれだけ望んでも、そこに彼女の面影は見当たらなかった。
「……ケイトの容体はいかがですか」
自分でもわかるほどの暗い声だ。それでも、夏の日差しのように明るい二人には毛ほども感じなかったらしい。
「あー、まだ眠ったままみたいですよ」
「まあ、目を覚ましたらすぐに連絡が来ますって」
アルフレッドがあっけらかんとした口調で言い、それに追随してナダルもさらりと返す。
だから他種族は苦手だ。こちらの憂いなど気にせず、常に前だけを見て進んでいるから。自分もそうあれたら、どんなに良かっただろう。
「残念だったよな。せっかく筆記をクリアしたのに」
「まあな。小箱の謎も解けそうだって言ってなかったか? あれってひらめきが必要なタイプなんだろ。真面目なケイトには難しかっただろうにな」
「失格になったお前が言う?」
「お前こそ辞退したじゃねぇか」
軽快に会話を続ける二人に唇を噛む。そんなヒンギスに気づいたのか、アルフレッドが話題を変えた。
「それにしても、ドニ先生が本当に犯人なんですかね。ヒンギス先生は同期でしょ? どう思いますか?」
「さあ……。時間は人を変えますからね」
声が不自然になりはしなかっただろうか。
胸の中にじわりと焦燥感が湧いたとき、校長室の扉が見えてきた。入学したときから変わらない、真鍮のノブ。時間の流れから切り離されたような重厚な扉。
それを見た瞬間、ふいに声が蘇った。隣を歩く二人に負けず劣らず明るい声が。
『そんなにここを出たくないなら、いっそ校長になっちゃえば? そしたら、あたしも安心だし! ヒンギスが校長なら、ドジってもクビにならないよね』
そう言ってくれた人は、もういない。
「校長先生は中でお待ちです」
「じゃあ、俺らはこれで」
「どうも。お世話様でした」
わいわいと去っていく二人を見送り、扉に向かい合う。右手には真鍮のドアノブ。左手には一冊の魔法書。これを提出すれば全ては終わる。
「……もう、後戻りはできない。行きましょう、アリア」
校長室のドアを開け、ヒンギスが粛々と中に入ってきた。左手には一冊の魔法書を抱えている。まるで幼子を抱くように。
ヒンギスはメルディの存在に気づくことなく、机を挟んでエルドラドの前に立った。しかし、その視線は部屋の中を彷徨っている。
「ドニは……?」
「気になるかの?」
「それは……同期ですし」
メルディと応対したときとは違う、少しだけフランクな口調。それでいて、どこか怯えを含んだ瞳。これがヒンギスの本当の姿なのかもしれない。他種族に見せる冷たさは、自分を守る盾なのだ。
「あいつはちっと寝坊しとっての。開始時間までには来るじゃろ。今頃、廊下を走っとるかもしれんな。学生の頃も、教師になってからも、だらしのないやつじゃ」
ヒンギスの唇が緩み、肩の力が抜けた。それだけで、彼らが積み重ねて来た時間が決して短くないとわかる。友への情がまだ残っていることも。
だからこそ、辛い。彼に現実を――己の罪を突きつけるのが。けれど、仕方がない。人はいずれ夢から覚めなくてはならないのだから。
「体調はどうじゃ? 飯も喉を通らんようじゃと、アルフレッド先生たちが心配しとったぞ」
「ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。この通り、問題なく」
青ざめた顔で言われても説得力はないが、それを否定することなく、エルドラドが話を続ける。
「ケイトが襲われたり、ニールがドニと行方をくらましたりと、いろいろあったからのう。心労が祟っても仕方あるまい」
「えっ……」
「おっと。ニールの件は言うなと釘を刺されとったんじゃった。すまん、忘れてくれ」
驚愕に目を見開いたヒンギスを尻目に、エルドラドがこれみよがしに懐中時計に目を落とす。
この様子だと、ヒンギスはニールの凶行には本当に関わっていないのだろう。彼のしたことは決して許されることではないが、ニールを利用する人間ではないと知れて少しだけほっとした。
「……そろそろ時間じゃな。ドニのやつめ、結局間に合わんかったか。生徒にやられて来られんとは情けない。もう結果は決まったようなものじゃが、面接を始めようか」
「ちょ、ちょっとお待ちください。ニールがドニをどうしたと言うのですか?」
「待たん。待たんよ、ヒンギス。時間は有限なんじゃ。たとえエルフのワシらでもの」
パチン、と懐中時計を閉じ、エルドラドが背筋を伸ばす。同時に部屋の中の空気が張り詰め、その雰囲気に気圧されたヒンギスが口を噤んだ。
「さあ、答えを聞こうか。『無数に並ぶ窓。そこから覗くものは?』」
「……こちらです」
言いたいことを必死に飲み込んだ様子で、ヒンギスが抱えていた魔法書を差し出した。人を殴り倒せそうなほど分厚く、表紙にはメルディには皆目わからない文字が並んでいる。
それでも、そう言えない手前、素直に頷くしかない。メルディが頷くと同時に、エルドラドも威厳たっぷりに頷いた。
「ふむ。これが何故、答えだと思った?」
「頂いた問題用紙に、小箱の中身を使用して導かれた結果だからです」
質問を予想していたらしい。さっきまでの動揺が嘘のように、ヒンギスが言葉を紡ぎ始める。
その口調はとても滑らかで、普段からこの調子で授業しているのだと見てとれた。ニールの言う通り、彼は教師としての能力は高いのだろう。ただ、人と接するのが不器用なだけで。
「小箱は決められた手順を踏んで開けるからくり箱になっていました。中には羽ペンとインク瓶が一つずつ。インク瓶の中身を改めたところ、透明インクの戻し液だとわかりました。ただ、通常の透明インクには反応しなかった。おそらく、この試験のために特別配合されたもの――違いますか?」
上目遣いに伺うヒンギスに「続けなさい」とエルドラドが促す。
「この問題用紙には、三つのアイテムが出てきます。本と羽ペンとインク。紙を本、インクを戻し液と仮定するならば、この紙に戻し液を落とせばいい。表面には問題が書かれていますから、裏面に実行したところ、中心に二つの文字が浮かび上がりました。まず、『899』。これは魔語を示す分類番号です。そして、『RBN232ー4ー1819ー7329ー4』。こちらは、この魔法書の図書番号です」
魔法書の背表紙には、確かに『899』とシールが貼られていた。裏表紙にもRBNから始まる数字が記載されている。
ヒンギスはローブのポケットから紙を取り出すと、裏側を向けて机の上に載せた。そこにはレトロな茶色のインクで、彼が言った通りの文字が書かれていた。
「この文字が現れたと同時に羽ペンが光りだし、風魔法でこの紙を巻き上げ、共に窓から外へ飛び出して行きました。庭を横切り、学生たちが『ソーサラー大河』と冗談で名付けた小川を越え――最終的に導かれたのは図書館の禁書庫です」
喋りすぎて喉が渇いたのか、ヒンギスが小さく咳払いをする。研究者らしく、その目は魔法紋を語るレイと同じように輝いていた。
「禁書庫には中を監視できるよう、無数に並ぶ小さな窓があります。そこから覗くのは、この魔法書を含めた複数の禁書でした。その全てが魔法学の始祖たちが書き記したもの――つまり、今日まで続く物語の始まりと言えます」
「なるほどのう。よう考えたものじゃて」
感心するように頷いたエルドラドに、ヒンギスの表情が明るくなる。しかし次の瞬間、大きく響く笑い声に目が点になった。
「残念ながら、ハズレじゃヒンギス。お前ともあろうものが、そう易々と騙されるとはのう」
「それは……。一体どういうことですか。この答えが間違っていると?」
「間違っているとも。ああ、最初からな」
皮肉めいた笑みを浮かべるエルドラドに、ヒンギスは鼻白んでいる。
さっきの信頼し切った様子を見るに、エルドラドにこんな態度を取られるのは始めてなのだろう。その事実に、少しだけ胸が痛む。
そのとき、廊下を駆ける複数の足音が聞こえた。もうこれ以上、下手な芝居を続ける必要はない。
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