歳の差100歳ですが、諦めません!

遠野さつき

文字の大きさ
上 下
68 / 88
2幕 新婚旅行を満喫します!

68場 実験棟の幽霊図書館

しおりを挟む
「あれ、ニール君。今日はフリー? 図書委員の仕事は?」
「ヒンギス先生が実技試験に集中したいと言うので、研究室を出てきました。先生たちの調べ物の邪魔をしないように、試験が終わるまで図書館は閉鎖だそうです」
「えっ、そうなんだ。じゃあ、昨日誘えば良かったな」

 一番路のど真ん中。行き交う生徒たちの邪魔をしないよう端に寄り、渡り廊下に隠されていたプレートを見つけたと話す。もちろんバー穴蔵を見つけたことは内緒だ。

 ニールは「あんなところに……」と目を丸くしていたが、それ以上深くは突っ込んでこなかった。

「ところで、今日もお一人ですか?」

 メルディの両肩に乗ったフィーとアズロを順番に眺め、ニールが問う。今日は一日、レイもグレイグもミルディアと一緒なので、案内役としてまた来てくれたのだ。

「そうなのよ。お仕事とはいえ、みんな大変だよねえ」

 いよいよ教授選も終盤戦。英知の結晶と名高い魔法学校の動向は各新聞社も気になるところだ。

 昨日ナダルがやらかしたこともあり、しつこく取材を申し込んでくる記者たちの対応にかかりきりになっているらしい。

 同時に次期校長お披露目の会見準備も進めなければいけないそうで、体がいくつあっても足りないと、昨日ベッドの中でレイがぼやいていた。

「せっかくの新婚旅行なのに残念ですね……。これからどこに行かれるんですか?」
「んーとね、エレン君に会いに行こうかと思って」

 様子が気になるし、と心の中で呟く。
 
「シュミットなら、ドニ先生に連れられて嘆きの森に行っていますよ。何か大きな筒みたいなものを抱えてましたけど」
「あー……。何しようとしてるのか、わかっちゃった」
 
 嘆きの森とは、校舎の奥に広がる森のことだ。物騒な名前がついているが、おどろおどろしい謂れは何もない。

 好きな人にフラれたときに叫んだり、テストで赤点を取ったときなどに魔法をぶっ放す場として使用されているため、その名前がついたそうだ。

 ドニも研究室に転がっていた筒の二弾目をぶっ放そうとしているのだろう。願わくばナダルみたいに失格にならなければいいが。

「試験中なのに、相変わらずですよね。……ドニ先生は、もう解けたんでしょうか?」
「いや、それがさあ」

 次の瞬間、喉が詰まるような感覚がして言葉が途切れた。どれだけ力を入れても声が出ない。試験のヒントになり得ることは話せないように魔法がかかっているらしい。

 この広大な敷地の中を覆う魔法。どれだけの労力を割いているのか、考えるだけで目眩がしてくる。レイが連日疲れているわけがわかった。

「ごめん。私の口からは言えないや」

 それだけで悟ったのか、ニールが「そうですか……」と呟く。

 その表情は暗い。よく見ると目の下にクマもできている。レイと同じで疲れているのかもしれない。弟と同い年の子供が辛そうだと、それだけで心配になる。

「どうしたの? なんか、しんどそうだよ。寝不足?」
「論文の追い込みで……。それと、夜中に勉強してるんです。日中は先生の手伝いや図書委員の仕事があるから。カウンター業務はなくても、本の修繕とかは回ってくるんですよ」

 長期休みは生徒の数が少なくなる。しかし、日々の仕事がなくなるわけではない。仕方がないこととはいえ、残された生徒の負担はどうしても大きくなる。

 それを文句も言わずにこなし、勉学に勤しむニールは素直に尊敬できた。やっぱりグレイグに爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

「ニール君はすごく努力家なんだね。でも、無理しちゃダメだよ。もし体を壊しちゃったら、お兄さんたちだって――」
「僕はシュミットみたいに頭がいいわけでも、リヒトシュタインみたいに強いわけでもないから、それぐらいしないとついていけないんです」

 いつになく強い口調だ。それだけ本心なのだろう。エレンはニールを羨ましがっていた。ニールもエレンをそう思っていたとは。

 ただ黙って目を丸くするメルディに、ニールがはっと我に返る。

「……すみません。ただの愚痴です。二人には言わないでください」
「言わないよ。弟のこと、買ってくれてるんだね」
「買ってるっていうか……。リヒトシュタインは良くも悪くも目立つから」

 知りたくないことを知ってしまいそうなので、それ以上詳しく聞くのはやめた。

 会話が途切れたのを機に、レイのことを話題に出す。興奮した己の姿を思い出したらしい。ニールの頬が赤くなった。

「あ、あれは忘れてください……。レイ先輩には大変失礼しました。つい我を忘れてしまって……」
「試験が終わったら、またお話ししてあげて。ニール君は今、魔法学科だったよね。将来はレイさんみたいな魔法紋師になりたいの?」
「それは……。まだ、わからないです。魔法紋は好きだけど、僕はそんなに器用じゃないから、魔法学の方が向いてるって兄やヒンギス先生に言われてるんです。ヒト種の僕じゃ、どう頑張ってもレイ先輩みたいにはなれないと思うし」

 寂しそうに笑うニールに、グレイグの影が重なった。エレンを含めたこの三人は、根っこの部分でとても似ているのかもしれない。

 気づいたら、勝手に口から言葉が飛び出していた。

「ねえ、ニール君。お姉さんとデートしない?」





「うわ、埃っぽい。ここってどれぐらい放置されてるの?」
「戦後からなので、たぶん百二十年ぐらい……。それより、デートって不思議探しのことだったんですか?」
「え? うん。気分転換になるかなーって思って」

 薄暗い部屋の中、舞い散る埃を手で払うメルディに、ニールが呆れた顔を向ける。

 メルディたちがやって来たのは、研究室棟と隣接した実験棟の資料室……という名のガラクタ置き場だった。

 資料室はドニの研究室よりも一回り狭く、天井にまで届く棚が部屋いっぱいに並べられている。

 一見すると図書館のようだが、あるのは本だけではない。

 乱雑に積まれている木箱の中には、古びたローブや杖、コップなどの生活用品も一緒くたに放り込まれていた。どうも、卒業していく生徒たちが不要品をめいめい置いて行った結果らしい。
 
 最初こそ有志が整理整頓していたが、モルガン戦争をきっかけに放棄され、もはやどこに何があるのか誰も把握していない状態だそうだ。

「この奥に開かずの扉があるんだっけ?」
「そうです。噂によると、貴重な資料が保管されているらしいんですけど、誰も開けられなくて。生徒たちの間では、実験棟の幽霊図書館って言われてます」

 言い得て妙である。

 ニールに先導されて奥に行くと、鉄板で補強された扉があった。ドアノブは真鍮で、いくら押しても引いても開かない。ロックの魔法がかかっているのだろう。

 扉の近くの棚の中には、生徒の作品らしいミニチュアが置かれていた。工房の風景を再現したもののようだ。

 大きさは前ならえしたときの幅ぐらいで、溶けた鉄を運ぶ坩堝や炉、作業台、金床や金槌までしっかり作られている。この細かさはドワーフの作品かもしれない。

「すごーい。ミニ工房だ。リアルだなあ。ちっちゃいドワーフまでいるよ。これを作った人はよっぽど職人仕事に詳しいんだね。合金のミニインゴットまで丁寧に作ってあるし」

 合金のインゴットは合計で五種類。左から順番に、火属性のイフリート鋼、氷属性のルクレツィア鋼、土属性のガイア鋼、水属性のウンディーネ鋼、雷属性のヴォルト鋼だ。ドワーフ人形はどれから炉にくべようか悩んでいるようだった。

 炉の近くの壁には火の色見本が貼り付けてある。下から赤、白、青、オレンジ、黄色の順で、色見本の隣には小さく上向きの矢印が書かれている。

 ニールはしばらくミニ工房と扉を観察していたが、やがて顎に手を当てて、ぽつりと呟いた。
 
「……メルディさんって、デュラハンの防具職人でしたよね。魔鉱石の合金って詳しいですか?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...